第五羽
これからは、土日の間に頑張ろうと思っています。
………学校なんて潰れればいいんだ。
―――もう、この世界に来て一ヵ月です。
虫も食べられるように…………なりませんでした。
◇◇◇
私が叔父の所為でこの世界に来てしまってから、一ヵ月が過ぎた。
鳥だというのに飛べないので、ギルバートさんの邸の中を歩き回っている。
「あら、スズメ様。もう起きられたのですか?」
朝からてちてちと珍妙な音をさせて廊下を歩いてると、侍女頭のクロエさんに会った。
彼女は仕草がとても上品で、こんな風に年を重ねていきたいと思わせるような女性だ。
初めて名前を聞いたときは“黒江さん”だと勘違いしたが、会ってみると顔がどう見ても日本人ではなかった。…私の期待は破られる運命にあるのかもしれない。
「おはようございます、クロエさん。
今日は早く目が覚めたので、自分で食堂まで行こうと思ったんですけど……」
私は振り返り、自室の扉を見る。……すぐそこだ。
全然進んでいないが、どのくらいの時間歩いていたのかは考えたくもない。
「では、私がお送りしましょう」
クロエさん、その生暖かい笑みは止めてください。心が折れます。
「………お願いします」
私が歩いていたら食堂に着くまでに日が暮れてしまうのでお願いすると、クロエさんは私をそっと持ち上げて歩き出す。
両手で持ってもらえると安定して良い、ということに最近気付いた。…いるんだよね、鳥を摘まみ上げる人って。
その点、彼女は心得た人だと思う。
「ありがとうございます」
「いえいえ。スズメ様でしたら、私でもお運びできますから」
それはそうだ。
ただの鳥なので“羽根のように軽く”はないが。
「そういえば、今日はディーンが“良い食材が手に入った”と言っていましたよ」
私が悄気ながら自室の扉を見送っていた所為か、クロエさんが明るく話題を変えてくれた。
「ディーンさんが?…それは楽しみですね」
彼が“良い”という食材なら、かなり美味しいだろう。
さすが、この邸の料理長だ。“良い虫を捕ってきたぞ”とか言って、ピンクと紫の斑の虫を差し出してくるどこかの王子とは違う。
私は鳥の姿をしていても、虫は食べない。……そこまで人間を捨ててはいないつもりだ。
クロエさんと話していたら、すぐに食堂に着いた。
何故だろう、何だか泣けてくる。
「では、私はこれで」
彼女は私をテーブルの上に置いて去って行った。
…別にマナー違反ではない。椅子に座っても届かないだけだ。
「あら~、スズメ様じゃない。今日はここで食べるのね」
私が鳥であることの悲しみに暮れていると、ディーンさんが話し掛けてきた。
朝食の用意が終わったのだろう。、
「ええ、今日は早く目が覚めたので」
「スズメ様はカワイイから大歓迎よ。いつでも好きなときに食べに来てね」
「ありがとうございます」
ディーンさんは男の人だ。
美形でもなければ、筋骨隆々としたマッチョでもない。
ごく平凡な男性で………オネエである。
「はい、今日は自信作よ」
目の前に雀の涙ほどの料理が置かれる。…何って、私の朝食だ。
この世界に来てから少食になったが、痩せている気はしない。
「美味しそうですね。…あっ、クロエさんから聞いたんですけど、良い食材ってどれですか?」
「それはデザートよ。スズメ様が好きなアレが手に入ったの」
アレとは、果物のことだ。
灰色と黄色のマーブル柄の皮に中が青という、若干怪しいものではあるが、食べてみると美味しい。
この世界での、私の好物である。
「ホントですか!?すっごく楽しみです」
「ふふ、それは良かったわ。デザートだから後で出すわね」
「はいっ!!」
そう返事をして、私はホカホカと湯気を立てている朝食を食べ始めた。……嘴で。
◇◇◇
デザートも食べ終わり、そろそろ部屋に戻ろうかと思っていたとき。
「あ~、スズメ様~」
間延びした口調の侍女――ミルカちゃんが食堂に入って来た。
彼女は私より年下なので、ちゃん付けで呼んでいる。
「どうしたの?」
「え~と、旦那様がもうすぐ出られるそうですよ~」
「えっ!もう!?」
“旦那様”というのは、ギルバートさんのことだ。
私は現在何もできないが、毎朝彼のお見送りだけはしている。
「はい~。お運びしましょ~か~?」
「ありがとう」
ミルカちゃんにお礼を言って、玄関まで運んでもらった。…彼女はちょっと扱い方が雑だ。
玄関に着くと、ギルバートさんはもう出ようとしていた。
「ギルバートさんっ!!」
私が声を掛けると振り向いてくれる。
……ちょっと声が大きかったかもしれない。
「スズメ」
「行ってらっしゃい、ギルバートさん」
「はい、行ってきますね。いつもありがとうございます」
彼はそう言って、微笑んでくれた。
いつものことだが、こんな変な鳥にも優しい人だ。
「いえ、お世話になってるんですから、お見送りくらいはさせてください」
「そんなことは気にしなくても良いのですが……あなたに見送ってもらえるのは嬉しいですね。
……もう時間ですから、私は行きます」
「行ってらっしゃい」
もう一度そう言うと、彼は私の頭を一撫でして出て行った。
「私もいたんですけどね~」
「う、うん、分かってるよ?」
もちろん、私を持っていてくれたミルカちゃんのことを忘れたりはしていない。…はずだ。
「まあ~、別に良いんですけどね~。……旦那様にも春が来たってことでしょうし」
「ええと、今何か言った?」
途中からかなり小声だったので、彼女の手に乗っている私でも聞こえなかった。
「いいえ~。私達使用人はスズメ様が早く人間になられることを祈っていますよ~」
この邸の使用人の人達は、良い人ばかりのようです。
曲者(?)揃いの宰相邸…一番マトモなのは宰相サマかもしれない。
次は宰相サマ視点の幕間を予定しています。
“チャック”と違って若干スローテンポですが、見捨てないで下さいっ!