第二曲「婚約プレリュード」
プレリュード=前奏曲
お久しぶりです。更新が遅れて申し訳ありません。
この話の前に小話を割り込み投稿しています。そちらの話を先に読んだ方が良い……かもしれません。
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※注意! 後半、宰相サマが空気です。…宰相サマだけじゃないけど。
私は緊張している。今までにないくらい緊張している。
どれくらい緊張しているかと言うと……初めて恋人の実家を訪ねるときくらいだろうか。
いや、もっと正確には……。
―――………………。………ああっ!?菓子折り持って来るの忘れちゃった!?
◇◇◇
私とギルバートさんはとある邸の門前に立っていた。
「スズメ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「………………ハイ」
彼が優しく言葉を掛けてくれたが、効果はなかった。自分でも返事がかすれていることが分かる。
「母も姉もあなたを取って食べたりはしないでしょうから」
重ねて……私の緊張を解すためか冗談めかして言う彼に、少し緊張が和らいだ。
お礼を言おうと思って笑いかけると、ギルバートさんは視線を斜め下にしてぼそりと呟く。
「………………おそらくは」
小声で付け加えられたその言葉に、私は笑顔のまま凍りついた。
誰でも恋人の実家へ挨拶に行くのは不安だし、緊張すると思う。その家が私のような庶民には関わりのない“伯爵家”ともなれば尚更だ。
「すみません、あなたに負担を掛けてしまって」
伯爵家の使用人に案内された部屋で、ギルバートさんに謝られた。驚いて彼の顔を見ると、気遣わしげな眼差しとぶつかる。
「そんなことないです!」
思っていた以上に恋人が気にしていることに気付いて、慌てて首を左右に振った。
「だって、必要なことなんでしょう?」
婚約するために。
ギルバートさんの実家であるグリフィス伯爵家の家訓では、婚約する前に必ず相手を当主に紹介しなくてはならないらしい。
彼自身はもう少し先にしたかったようだが、どこからか彼が私に求婚したことを知った実家の方から手紙が来たため、こうしてここに来た訳である。…ギルバートさんが異様に急いでいた気がするものの、手紙に何が書いてあったのかは分からない。
「それはそうですが……」
まだ気にしている彼の顔を真っ直ぐ見つめる。
「それに、その……私もギルバートさんの家族に認めてもらいたいですから」
「……スズメ」
照れながらもそう言うと、彼は驚いたように目を見開いた。そして、嬉しそうに破顔する。
何だか良い雰囲気になっていると、部屋の扉がノックされた。
「き、来たんですか……」
来ちゃった……っ!?
さっきまで微笑んでいた顔が徐々に強張っていく。きっと、今の私は死刑宣告を受ける囚人のように悲痛な顔をしていることだろう。
「そのようですね。……お入りください」
私の呟きを肯定してから、ギルバートさんは扉の方を向いて入室許可を出した。
いつもより許可の言葉がやや丁寧だ。…部屋の外にいるのが彼の母や姉達だからだろうか。
「………………」
扉が開くのが随分ゆっくりに感じられる。
………………。
カチャリと回されるドアノブを食い入るように見つめていると、緊張で冷たくなっている手がふと温かくなった。
ハッとして下を見れば、強く握りしめ過ぎて白くなっている私の手に彼の手が添えられている。添えられた手を視線で辿っていくと、ギルバートさんが“大丈夫”というように微笑んでいた。
「………………ありがとうございます」
小さくお礼を言う。
もうギルバートさんの方から視線を外していたので、彼に聞こえたかどうかは分からなかった。
落ち着いた気持ちで扉に目を向けていると、扉が開かれ四人の女性と二人の男性が入って来る。隣に座っていたギルバートさんが立ち上がったため、私も一緒に立った。
「久しぶりね、ギルバート?」
四人の女性のうちの一人――貫禄のある迫力美人がギルバートさんに声を掛ける。顔のベース自体は彼に似ている気がするが、雰囲気が全く違う。ただ立っているだけで、女王のような風格があった。
「久しぶり、というほどではない気がしますが?」
「そうだったかしら。……久しぶり、じゃない?ギルバート」
何故だろう。彼女から“自分が久しぶりだと言っているんだから、お前も言え”……という空気を感じる。
「…………お久しぶりです」
数瞬の間の後、ギルバートさんは諦めたようにそう返した。
ここへ来る前に言っていた言葉通り、彼は姉に弱いらしい。
「良い子ね」
「………………」
うわぁ……。
何と言うか……可哀相だ。いくら相手が姉でも、自立した……所謂立派な大人であるのに、恋人の前で子供扱いされるのは嬉しくないだろう。
「ふふっ。姉様、虐めるのはそれくらいにしてあげたら?」
「そうよ、ギルバートがカワイソウだわ」
明らかに面白がっている口調で、二人の女性が言う。
さっきの迫力美人を“姉様”と呼んだ女性は顔も雰囲気もギルバートさんによく似た、やや冷たい感じのする知的美人だ。彼女がいくつなのかは分からないが……まるで、ギルバートさんと性別だけを入れ替えたようにそっくりな顔をしている。
“カワイソウ”と言った女性は、どこか悪戯っぽい雰囲気がある美人だ。小悪魔系というのだろうか。彼女もいくつなのか分からない……というか、下手をしたらギルバートさんより年下に見える。彼に妹はいないそうなので、姉なのだろうが……。
「あら、二人共。ギルバートの味方をするの?」
ギルバートさんを庇った(?)二人に、リディアーヌさんが聞く。…私なら“いえ、あなたの味方です!”と答えてしまいそうな蠱惑的な表情をしている。
な、流し目……っ!
最近思ったのだが、私は少し美人に弱いのかもしれない。
「今日はね」
「当たり前じゃない。可愛い弟だもの」
知的美人さんは私の方をチラリと見てから答えた。“今日”が意味ありげに聞こえる。
小悪魔さん、ギルバートさんを追撃しちゃってますよ!
やっぱり彼女はリディアーヌさんの味方なのかもしれない。
“可愛い弟”と言われたギルバートさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。…彼の様子からすると、いつもはこんなことを言われないのだろう。
「ナディアは“妹”に良いところを見せたいだけでしょう?」
「もうっ!ヴィオレット姉様ったら」
妹?……え、いたの?
ギルバートさんにも知らされていない、妹の存在が……?まさか隠し子!?
訪ねる時期を間違えてしまっただろうか。…私、お邪魔ですか?
「三人共。お客様を放り出して、何をしているの」
今までずっと黙っていた最後の女性――男性の方はもう空気である――が声を掛けた。すると、話していた三人が一斉にこちらを向く。
「あの、私のことはお構いなく……」
控えめにそう言ってみた。…だから、あんまりこっちを凝視しないでください。
「ごめんなさいね、スズメさん」
三人に注意した女性が謝ってくれる。
その雰囲気で、私でも何となく察しがついた。
「いえ、気にしないでください、ミレーヌさん」
彼女は、きっとギルバートさんのお母さんだろう。さっきの三人は、たぶんお姉さん達。
四人の名前くらいは、事前に彼から聞いている。
「ご挨拶が遅れてしまってすみません。
初めまして。ギルバートさんとお付き合いさせて頂いている、桐下鈴芽です」
◇◇◇
お互いに自己紹介を終え、全員が椅子に腰かける。しかし紹介は女性陣だけだったため、男性二人が誰なのかは分からない。…端の方に座っているので、意識しないと視界にも入らないし。
だいたい、察しはつくけど……。
紹介されなかった男性達から、目の前の四人の女性へと思考を変える。彼女達は黙ったまま私を観察しているが、柔らかい表情なのでまだ悪感情は持たれていないようだ。
長女のリディアーヌさんは女王様系美人。
次女のヴィオレットさんはクール系美人。
三女のナディアさんは小悪魔系美人。
母親のミレーヌさんはおっとり系美人。
…………何ですか、この家。美人の見本市ですか?
はっ、これが噂の美人局ってやつ……!? (←違う)
「スズメ」
バカなことを考えながらボケっとしていると、ギルバートさんに声を掛けられた。
俯いていたので、不安になっているのかもしれないと心配したらしい。
「はい」
顔を上げて前を見る。
「リディアーヌ姉上。婚約の許可を頂きたいのですが」
………………。
ギルバートさんの言葉を横に聞きながら、リディアーヌさんを見つめた。…緊張する。
私達二人の視線を受け止めた彼女はゆっくりと頷き、そして……。
「いいわよ」
え、あっさり?
かなりあっさりと許可をくれた。
「元々そのつもりだったもんねー」
と、ナディアさん。
「むしろ、スズメさんと婚約しないなんて言ったら、怒っていたところよ」
ミレーヌさんは“ほほほ”と優雅に笑っているが、彼女の“怒っていた”という言葉に、ギルバートさんが少し蒼褪めた。
おっとりしていて普段から優しそうな分、きっと怒ったら怖いのだろう。
「手紙に“会いに来なさい”って書いたのも、スズメちゃんの顔が見たかっただけだもの」
ナディアさんのまさかの発言にヴィオレットさんが続ける。
「まあ、ギルバートはオマケね」
家族から“別に来なくて良かったわよ?”という視線を向けられた彼の背中には、哀愁が漂っていた。
そんな弟――あるいは息子の姿を見て、美しい女性達はころころと笑う。
「ということで、私達はスズメちゃんと女のお話をしたいの」
「だから、ギルバートは出て行ってね」
そうして、ギルバートさんと部屋に入ってから一言もしゃべらなかった男性二人は出て行ってしまった。彼らまで追い出した理由は“女の話に男はいらないから”らしい。
「あの二人が気になるの?」
三人が出て行った扉を眺めていると、ナディアさんにそう尋ねられた。
ギルバートさんを気にしていたのもあるが、彼女の言う通りでもあったので頷く。
「ふふふ、誰だと思う?」
「紹介くらいすれば良かったかしら」
「二人共何も言わなかったしね」
上からリディアーヌさん、ミレーヌさん、ヴィオレットさんだ。
バラバラに反応を返されたので、誰に返事をすれば良いか分からない。
「えっと……」
「ああ、ごめんなさい。一気に言われても困るわよね」
戸惑っていると、ヴィオレットさんに謝られた。
「じゃあ、私から。……あの2人、誰だと思う?」
リディアーヌさんがもう一度聞く。
名前を聞いてるんじゃ……ないよね?
そう考えて、さっきの男性二人の様子を思い起こした。
たぶんあれだろう、と考えついてはいるが自信はない。
「ね、外れても笑わないから言ってみて?」
“笑わない”と言っているナディアさんが一番笑いそうだ。…もう目が笑ってますよ。
四人にじっと見つめられ、自信なさ気に推測を口にする。
「えっと…………年嵩の男性がミレーヌさんの旦那さんで、それより年下の男性はリディアーヌさんの旦那さん……ですか?」
ミレーヌさんとリディアーヌさんの方を見ながら答えると、二人は目を丸くした。大人の女性のそんな仕草はどこか可愛らしく映る。
「すごいわ。当たりよ」
良かった~。
これで、実はナディアさんとヴィオレットさんの夫だったりしたら笑えない。間違えた人にも間違われた人にも失礼だ。
「ええー、何で分かったの?」
何故かナディアさんは拗ねている。…何ですか、そんなに笑いたかったんですか。
「お二人共、自分の奥さんの方ばっかり見てましたから」
どこぞの団長さんみたいに。
「それだけ?」
もちろん違う。
今言った理由は決定打だ。
「あとは……ナディアさんとヴィオレットさんは嫁いでいる、と聞いていたからですね。さすがに余所からは来ないかなーって」
来るとしたら、ギルバートさんの父親と伯爵邸で暮らしているはずのリディアーヌさんの夫だろう。
そこまで考えたら、男性陣の年齢でどちらがどちらの夫か分かる。ミレーヌさんが年下の男性と結婚していたとしても、もう一人の男性が夫ではギルバートさんの年齢が合わない。
「へえ。……新しい妹がバカな子じゃなくて良かったわ」
リディアーヌさんが何やら呟いている。怖いので聞かなかったことにしよう。
「よく考えたね、スズメちゃん」
ナディアさんがテーブルに身を乗り出して、私の頭を撫でてきた。口調も何だが幼い子を褒めるようなものだ。…あの、子供じゃないんですが。
彼女は私をいくつだと思っているのだろう。童顔を気にしている身には、子供扱いはちょっと辛い。
「ナディア」
彼女を見たヴィオレットさんが呆れた声を出す。
さあ、私の代わりに言っちゃってください!
「やめなさい、はしたないわよ」
違ーう!!
いや、合ってるけど。合ってはいるけど。
私が言って欲しかったのはマナー的なことじゃなくて……!
「ふふ、ナディアったら。妹ができてはしゃいでいるのね」
……いえ、ミレーヌさん。
まだ結婚してませんから、“妹”ではないです。
「ああっ、言い忘れてたわ!」
にこにこ笑いながら娘達を見ていたミレーヌさんが突然声を上げる。
何となく、わざとらしく感じるのは私の気のせいだろうか。
「婚約おめでとう、スズメさん。……早く可愛い孫を見せてね」
「あ、ありがとうございます…………って、ええ!?」
とりあえず、私はギルバートさんの婚約者にはなれたみたいだ。
……気が、気が早いです、ミレーヌさん!
《宰相サマの家族について》
スズメ「ナディアさんって小悪魔系ですよね」
宰相「そうですね。悪魔のように恐ろしい姉です」
スズメ「…………え」
気を取り直して。
スズメ「ヴィオレットさんはお姉さん達の中で一番ギルバートさんと似てますね」
宰相「そのようですね。よく言われます」
スズメ「顔以外にも似てるって言われるところはありますか?」
宰相「いえ、ありませんね。……私はあの姉ほど腹黒くないので」
スズメ「…………え」
もう一度、気を取り直して。
スズメ「リディアーヌさんって迫力ありますよね。女王様みたいです」
宰相「そうですね。女暴君のようです」
スズメ「…………え」
宰相「“弟は姉の言うことに絶対。弟の金は姉のもの”とよく言っていますし」
スズメ「………………ジャ○アン?」
もう一度、気を取り直…。
スズメ「……もう、やめましょうか」
宰相「ええ、そうしましょう」




