第一曲「求婚ラプソディー」
ラプソディーとは狂詩曲のことです。…今まで知らなかった……。
今回は私が書いた話の中で一番長いです。
あ、飽きないでくださいね?
私は求婚したつもりだったのだが、想い人にはまったく伝わっていなかったらしい。
「すみません、せっかく“このまま邸に住んでも良い”って言ってもらったのに」
………そうは言っていないはずですが。
そう思いつつ、何故かカナリアの姿に戻っている彼女を見つめる。
「や、やっぱり呆れちゃいました?」
………どうしてそうなるのでしょう?
「いえ、そうではありません。……スズメ、私が前に言ったことを覚えていますか?」
―――私は、あなたにこれからもずっと隣にいて欲しい。……鳥ではなく、人として。
◇◇◇
ギルバートさんに鳥の姿の戻ってしまったことを報告――言わなくても見たら分かるのだが…――すると、変なことを聞かれた。
「ええっと、“前”っていつのことですか?」
私が謝ってから彼は真顔のままだ。…呆れられているのかと思ったが、そうではないらしい。
無表情だと冷たく見えるので、優しい人だと知っていてもちょっと怖い。
「あなたが人に戻ってすぐのことです」
“人に戻ってすぐ”って、あれのことかな?
「確か……“鳥じゃなくても邸に住んで良い”って、言ってくれましたよね?」
…………あれ?何か違う?
何か違う気もするが、概ねこんな内容だった。……はず。
「………………」
私が彼の質問に答えると、何故か彼は固まってしまった。
やっぱり、何か間違っていたのだろうか。
「スズメ様」
無言の彼を見ながら、どうしようかと思っていると、セドリックさんに声を掛けられた。
ちなみに、ここはギルバートさんの私室で、今は私とギルバートさんとセドリックさんしかいない。私を運んでくれたクロエさん達は退出してしまっている。
「何ですか?」
「ギル坊ちゃんは少し混乱されているようですから、落ち着かれるまで部屋に戻って頂けますか?
そろそろ王宮へ向かう時間でもありますし」
私がいるから混乱しているのだろうか。…人間に戻ったり鳥になったり、忙しいやつですみません。
「分かりました。……私も一緒に王宮に行って良いですか?」
私は仕事に誇りと責任を持った大人である。
人間だったら“伝書カナリア”の仕事は無理だが、今は鳥の姿なのだから仕事に行くべきだと思う。
「いえ、それは……」
「え、ダメなんですか?」
何故、ギルバートさんと一緒に仕事に行くのがダメなのか。
混乱してるから?……彼はまだ固まっている。そんなに驚くことだっただろうか。
「ギル坊ちゃんと共に行くことではなく、仕事に行くこと自体を許可できません」
「ええっ!?何でですか!?」
思いがけないことを言われてしまった。
まさかの“仕事ダメ”発言である。…半年以上前に戻ったようだ。あのときはセドリックさんではなく、ギルバートさんが“ダメ”と言っていたのだが。
「危ないからです」
これが既視感ってやつですか?
「えーと……私、もうずっと働いてるんですけど…」
「いえ、そういう意味ではありません。
スズメ様は昨日人になっておられましたが、今朝は鳥に戻られました」
セドリックさん。私は人間に戻ったんであって、人間になった訳じゃありません。
彼の中での私の認識は“鳥”だったのだろうか。…本体はこれじゃないですよ。
私が彼の言葉に引っかかっている間も、彼は話を続けている。
「もし、飛んでるときに人に戻ったらどうされるのです?」
……あっ。
「確か、昨日は捻挫をされたそうですね」
誰だ、バラしたのは。
「ですから、スズメ様が仕事に行くことは許可できません」
………邸でおとなしく低空飛行してます。
「分かってくださったのなら結構です」
話が終わったため、部屋を出ようと背を向けた私にセドリックさんが声を掛ける。
「………ああ、それと」
まだ何かあるんですか?
「飛ぶことは禁止です。……もちろん、低空飛行も」
彼は心が読めるらしい。
今日からしばらくは、歩いて生活することになりそうだ。…せっかく飛べるようになったのに。
◇◇◇
その日の宰相執務室はいつになく静かだった。
ただ、ペンの走る音だけが部屋に響いている。
「あの、閣下?」
「………………」
「閣下ー、どーしたんです?」
「………………」
「……閣下?」
「………………」
………………。
「閣下!」
無心になって仕事をしていた私は、ローレンスから声を掛けられた。
ハッとして周りを見渡すと、困惑顔の部下達がこちらを見ている。…まったく気が付かなかったが、他の者にも何度か声を掛けられていたらしい。
「すみません。………少し、外の空気を吸って来ます」
何かあったのかと問い掛けるような沈黙に耐えかね、席を立った。
驚くほど仕事が減っているので、少しなら席を外しても大丈夫だろう。
心配されているのは分かるのですが……。
王宮の庭園へ続く廊下を歩きながら、気遣わしげな視線を向けてきていた部下達を思い浮かべる。
彼らにだけは――いや、家族や邸の者達にも――言いたくない。
………スズメに、私の求婚がまったく伝わっていなかったことを。
◇◇◇
王宮の庭園はいつも美しく、気分転換には最適だ。
色とりどりの花を見ていると悩みも吹き飛ぶ…ということはないが、心が落ち着く。…気がする。
邸の庭も美しいが、この庭園には敵わないだろう。
そういえば、スズメを拾ったのはここでしたね。
彼女と初めて会ったときのことを思い出す。
あのとき、彼女に出会うことができて、彼女を助けることができて、本当に良かったと思う。
……もう、スズメと共にいない自分など想像できません。
それほど彼女と共にいることが当たり前になってしまった。
だからこそ、少々勇み足かとは思ったものの、人間に戻った彼女に求婚したのだ。
しかし………………。
まさか伝わっていなかったとは………。
「………はぁ」
思わず、溜め息が漏れる。
求婚を断られても困っただろうが、まだ予想はしていた。…伝わらないことは予想の範囲外だ。
説明するのも、もう一度求婚するのもマヌケですし………さて、どうしましょうか。
正直言って、手詰まりである。
「おや、ギル様。一体どうなさいました?」
物思いにふけっていると、庭師のヨハンに声を掛けられた。
かなり長く王宮で勤めている彼は、陛下の茶飲み友達だ。…陛下よりも年上だが。
確か、姉上達が噂していましたね。
姉上達の話では、ヨハンと奥方――とある国の王女だ――は駆け落ちの末に結婚したらしい。…陛下が“ホントだよ!ヨハンもヤルよね☆”と言っていたので、真実なのだろう。
人生経験が豊富な彼ならば、何か良い案をくれるかもしれない。
「ヨハン。………少し、相談があるのですが」
「…では、お茶でも飲みながら聞かせて頂きましょうか。陛下から美味しいハーブを貰ったんですよ」
陛下の王宮菜園は順調のようだ。…最近は販売までしているらしい。
「ありがとうございます」
とりあえず、彼の勧めに従って温室に移動することにした。
ヨハンに淹れてもらったハーブティーに口をつける。
「……美味しいですね」
「それは良かった。本当にあの方は、何でもソツなくこなされますね」
ソツなく仕事もして欲しい。
「ええ。それに、陛下は多趣味ですし」
「次は“気球を作って空を飛ぶ!”と言っていましたよ。何でも、設計から自分でするそうです」
そんな書類があった気がする。
何故、魔法ではなく、わざわざ気球を作って飛ぼうとするのか。
「そのようですね。神殿…マーリン様も絡んで、今は随分と大きな話になっています。
……………それで、本題の相談なのですが…」
どう切り出そうかと言葉を濁し、再びカップに手を伸ばした。
「ふむ、それは“カナリアのお嬢さん”のことですかな?」
………っ!?
しまった。
動揺した所為で少しハーブティーが零れてしまった。
しかし、何故彼がそのことを知っているのか。
「な、ど、どこでそれを………っ」
自分でも動揺し過ぎだと思う。
私らしくもない、少し落ち着かなければ……という考えは、次の彼の言葉で吹き飛んだ。
「最近の陛下とのお茶会の話題は、もっぱらギル様の恋についてなんですよ。
いやぁ~、春ですねぇ」
…………。
……………今は秋です。
何か言おうと思うのだが、何も言葉が思いつかない。
何故だろうか、顔が熱い気がする。
「ははは、初々しいですねぇ。それで、ご結婚はいつ頃の予定ですか?
まあ、恋人期間を満喫するのも楽しいものですが」
けっこん。
こいびと。
彼は何の話をしているのだろう。
「………恋人?」
「ジーク様は随分と…アレでしたが。まあ、恋のスピードはそれぞれですよ」
こいのすぴーど。
こい……恋!?
そうだ。確か、夫婦になる前に恋人という期間があったはず。
「それです!」
思わず立ち上がっていた。…頭を冷やした方が良いのかもしれない。
「………すみません、少し熱が入ってしまいました。
その、ヨハン。恋人でもない女性に求婚するというのは、どうなのでしょうか?」
やはり、恋人でもない異性から急に求婚されても分からないだろう。
きっと、求婚する前に“恋人として付き合って欲しい”と告白すべきだったのだ。
「………それは、また一足飛びに進めようとしましたね…」
「いえ、少々……感極まってしまいまして」
彼女がこの世界にいてくれたことが、ただ嬉しかった。
自分でも急ぎ過ぎたのかもしれないと反省している。…気付いたのはさっきだが。
そういえば……あのとき、スズメを抱き締めてしまった気が…。
「…それで、まさか求婚を断られてしまったのですか?」
まさか求婚が伝わらないとは……。
「……………伝わらなかったのです」
何となく恥ずかしかったため、小声になってしまった。
ボソッと言ったので、分からなかったのか、ヨハンはややキョトンとしている。
「………………は?」
「………だからっ、伝わらなかったのですっ!!」
……強く言い過ぎたようだ。温室に私の声が響いてしまっている。
「……ちなみに、何と言って求婚されたのですか?」
「彼女が人に戻ったときに言ったのですが……“私は、あなたにこれからもずっと隣にいて欲しい。……鳥ではなく、人として”と」
「素敵な言葉ですね。…カナリアのお嬢さんは何と?」
ヨハンはそう言ってくれるが、求婚の言葉があれで良かったのかは疑問だ。…肝心の彼女には伝わらなかったことだし。
ちなみに、何故か邸の者達は私が求婚したことを知っている。
今日邸に帰る頃には、失敗したこと――断られる以前に伝わらなかったのだ。…これを失敗と言わずして何と言うのか――も広まっているだろう。…実家まで話が行かないことを祈ろう。
「確か、“これからも一緒にいられて嬉しいです”と。
………このときは伝わっていると思っていたんですが…」
彼女の言葉なら一言一句覚えている……というか、私は無駄に記憶力が良いので人が言ったことを忘れない。
「その後に何か?」
何か………ある意味大事件でしたね。
“朝起きていたらカナリアになっていた”というのは、かなり大きな出来事だろう。…問題はそこではないが。
「今朝、彼女がまたカナリアになってしまったのですが、そのときに……その、正しく伝わっていなかったことが分かりまして」
「ふむ、それは“カナリアに戻ってしまった”ことが原因では?」
スズメに限ってそれはない。
「いえ……その、求婚自体が伝わっていなかったらしく、求婚の言葉も何故か“鳥じゃなくても邸に住んで良い”と思われていたようなのです」
「………異世界の方には、少し伝わりにくかったのかもしれませんね」
これが、文化の壁……というものでしょうか。
同じ世界の中ですら多様な文化があるのだから、異なる世界から来た彼女と多少行き違ってしまっても仕方ないのかもしれない。
「そうなのでしょうか…。では、ジークフリートは何と言って求婚したのでしょう?」
あの男はコウノがハリボテを脱いでから一ヵ月ほどで結婚したはずだ。…早過ぎるだろう。
もしかしたら、コウノはジークフリートの前ではハリボテを脱いでいたのかもしれませんね。
「……………人にはそれぞれ向き不向きがありますから。
それにギル様の想いは、あなた自身の言葉で伝えなければ」
あの男の真似だけはする気がない。…私にできる気もしないが。
しかし、それでスズメに伝わるのなら……いや、それはない。
「大丈夫です、あの男の真似をする気はありません。
………もう一度、求婚した方が良いでしょうか?」
もう、それしか手はないのか。
それは、何というか………私の求婚がなかったことになるようで、気が進まない。
「そうですね…。今度は、もう少し直接的な言葉を選んでみても良いのでは?」
「直接的、ですか?」
「ええ、はっきりと自分の想いを口に出した方が伝わりやすいと思います。
それに、やはり女性は“愛の言葉”を貰うと喜ぶものですよ」
“愛の言葉”………。
「しかし、姉上達…というか、私の親族が“ありきたりな求婚はつまらないから印象に残らない”と言っていたのですが……」
その言葉を聞いたときは姉上達の求婚者に同情したものだ。
自分にきた恋文を笑いながら姉妹間で回し読みしていた姉上達を思い出すと、憂鬱になってくる。…もう、思い出すのは止めよう。
「リディ様達には、山ほどの求婚者がいましたからね…。
私は、むしろ“ありきたり”な言葉であるからこそ、真っ直ぐに想いが伝わるのだと思いますよ」
「そういうもの、なのでしょうか………」
スズメに“つまらない求婚ですね”と言われたら、私は泣ける気がする。
「…あまりインパクトのある言葉で求婚しても、その、伝わらないかもしれませんし……」
「では、私の求婚はインパクトがあったから伝わらなかったのですね。
………分かりました。もう一度、彼女に求婚してきます」
今度はもっと直接的に“ありきたり”な言葉で言ってみよう。…意味が伝わることを第一に考えて。
「……………………。
今度は、どのように求婚するのですか?」
「相談に乗ってもらっておいて申し訳ないのですが、それは彼女に一番に伝えなければならない言葉なので」
スズメに捧げる言葉を、彼女に言う前に他の人間に言う訳にもいかない。
「そうですね、それが良いでしょう。
…私のような年寄りでよければ、またいつでも相談に乗りますから」
「ありがとうございます。……また相談に来ることがないよう、努力しましょう」
「上手くいくことを祈っていますよ。さあ、あなたの愛する方のところに行っておあげなさい」
ヨハンにこう言ってもらえると、何故か上手くいく気がするから不思議だ。
それにしても、いつ言えば良いのでしょう?
◇◇◇
最近、彼の様子がおかしい。
「………あの、どうかしたんですか?」
その彼――ギルバートさんに声を掛ける。
さっきからずっと私を凝視しているのだが、何かあるのだろうか。…歯に青のりでもついているのか。
「………………。いえ、何でもありません」
長い沈黙のあと、彼はそれだけ言って去ってしまった。
いつになく無表情だったが、何やら落ち込んでいる気がする。
本当に、どうかしたのかな?
ここ数日、ギルバートさんはそわそわしている。
たまに熱くなったり、的を外したことを言ったりするが、基本的にはいつも落ち着いている人なのでそんな姿は珍しい。
それに、元々表情豊かという訳ではなかった彼だが、最近は常に無表情である。
彼をよく知らない人には冷たく見えるらしいが、彼と親しい人には………何というか、緊張で顔が固まってるように見える。
何か言いたいことでもあるのかなぁ?
物言いたげに私を見つめてくるのだが、私が問い掛けるとすぐに顔を反らしてしまう。
ま、まさか………邸から出てけ、とか……。
……………ないな。
自分で考えておいて何だが、彼は優しいので、そんなことは言わないどころか思ってもないだろう。
優しいというか、結構他人に甘い人なのだ。私が鳥であっても、人間であっても“隣にいて良い”と言ってくれるくらいに。
ん?………何か、体がムズムズする。
ここ最近のギルバートさんの様子について考え込んでいたら、体に異変を感じた。
ムズムズする、というか………何だか体が重い気がする。
あっ!?もしかして、これって………っ!!
この感覚には覚えがある。しかも、ごく最近。
……………っ!……やったぁ!!
気が付くと、いつの間にか人間に戻っていた。
ちなみに、服はちゃんと着ている。
鳥になっているときはどこにいっているのだろう。…もしや、私はいつも裸なのか。
「あらん?………スズメ様?」
期せずして人間に戻れた喜びを噛みしめていると、たまたま通りがかった――ここは邸の廊下だ――ディーンさんに声を掛けられた。
若干疑問形なのは、私が人間の姿だからだろう。
それにしても、ごく普通の男性の口からオネエ言葉が出てくるのは、今更だがものすごく違和感がある。…もう少し彼が女の人っぽかったり、逆に男らしかったりすれば良かったのかもしれない。
「はい、そうです。……見てください、ディーンさん!また人間に戻れたんです!!」
私の野望――ずっと人間でいること――達成までもうちょっとだ。
しかし、鳥の姿にも大分慣れたので少々もったいない気がする。
「まあ~、良かったわねぇ。……どうして戻れたの?」
え………そんなの分かりません。
「えっと、いきなり?」
「…………ふぅん?ま、とりあえず旦那様に言っておあげなさいな。
あなたが人になるの、随分待ってたらしいわよ?」
「えっ………何でですか?」
私が人間の姿だと、何かあるのだろうか。
「あ、もしかして国民登録とかですか?」
そういえば、私もこの国に国民登録されていたはずだ。
書類を見せてもらったが、ちょっぴりショックだったので忘れてた。
“名前:キリモト・スズメ”
“種族:元人間のカナリア(飼育種)”
“職業:王宮伝達係”
“備考:珍獣。しゃべる鳥。宰相邸のペット”
………ギルバートさんは頑張ってくれたようだが、さすがに人間としては登録できなかったらしい。
「……………………」
あれ?ディーンさん、どうしたのかな?
何故か彼はさっきから黙ったままだ。
話好きな人なので、ずっと黙っているのは珍しい気がする。
「……スズメ様。今の、ホンキ?」
「えーと……何がですか?」
国民登録の話だろうか。
「………はぁ、旦那様も苦労するわねぇ」
何故か溜め息を吐かれてしまった。
◇◇◇
あの後ディーンさんに“とにかく、旦那様のところに行ってあげて”と言われたので、今はギルバートさんの私室の前に来ている。
『コン、コン』
「入りなさい」
扉を叩くとすぐに彼の許可が出たため、中に入る。…扉を開けることすら久しぶりだ。
「失礼します」
「一体、何の用で……」
私を見た彼は言葉の途中で固まってしまった。
私がいきなり人間に戻っているので驚いたのだろうか。
「………ギルバートさん?」
私が窺うように問い掛けると、次は慌てだした。…どうしたんだろう?
“そんな、急に……”とか小声で呟いているのが聞こえるので、やっぱり驚いたのかもしれない。
「スズメ」
意を決したように名前を呼ばれる。
もしかして………っ!
「人間として登録してもらえるんですか!?」
「………は?」
「国民登録のことです!……え、違うんですか?」
とうとう私も“カナリア(飼育種)”から“人間(異世界産)”にジョブチェンジできるのかと思ったのが、違ったようだ。
せっかくフリーズが解けていたのに、彼はまた固まってしまっている。
「…………。スズメ」
「………はい」
……変なこと言って、すみません。
「あなたに伝えたいことがあるのですが、聞いて頂けますか?」
さっきの慌てぶりが嘘のように、静かに問われた。…あれをなかったことにするとは………美形は得ですね。
「もちろんです。……何ですか?」
何を言う気なのだろう。
最近、言いたそうにしていたことだろうか。
「いえ、そうですね……。少し、移動しましょうか」
ギルバートさんに連れられるまま、いつも夜に歌っているバルコニーにやって来た。
人間の姿で来るのは初めてだ。
「スズメ」
“相変わらず変な月だなぁ~”と夜空を眺めていたら、彼に声を掛けられた。
さっき言っていた“伝えたいこと”の話だろうか。
“いつでもどうぞ!”というように彼を見上げる。…私は身長が低いので、長い間長身の彼を見上げていると、正直首が痛い。
「あなたを愛しています」
「……………へ?」
「どうか、私の妻になって頂けませんか?」
今、私はポッカーンとしているはずだ。
彼の目には随分なマヌケ面が映っているだろう。
「………………」
「………………」
沈黙。…一体、何を言えば良いのか分からない。
「………スズメ」
「………………」
「突然、すみません」
私があまりに何も言わない所為か、謝られてしまった。
ええっと、これってプロポーズ…だよね?
私と彼は恋人ではないし、夜景の綺麗なレストランで給料三ヵ月分の指輪を渡された訳でもないが、これはプロポ-ズだろう。…どう聞いてもそうにしか聞こえない、紛う方ないプロポーズだ。
「……考えたいのでしたら、返事は後でも構いませんよ」
私が混乱していると、彼はそう言って立ち去ろうとしてしまう。
………っ!?
私はとっさに、彼の服の裾を掴んでいた。
「………スズメ?」
“どうかしたのか”というように見つめられる。
「………あのっ!」
言おうと思ったものの、そこから先がなかなか出てこない。…顔に熱が集まっている気がする。
そんな、のぼせたような状態で頭に浮かんだ言葉は、飾ることのないシンプルな一言だった。
「私も、ギルバートさんが……好きです」
聞こえた……かな?
「…………………」
聞こえるかどうかも怪しいほどの、消え入りそうな声で言った私の告白はちゃんと聞こえたらしく、彼は驚いたように目を瞠っている。
彼をしっかり見つめながら、私はそのまま言葉を続けた。
「だから、あなたの奥さんにしてください」
あ、“まずは恋人からで”って付けるの忘れた…。
「スズメ」
“今からでも間に合うかな…?”と思い、付け加えようとすると、その前に彼に抱きしめられた。…あれ、前もこんなことなかったっけ?
ま、いっか。
「ギルバートさん、必ず幸せにしますからね!」
「………………」
私を抱き締めたままの彼に向かって決意を表してみたが、微妙そうな顔をしている。…何か間違えたようだ。
何がおかしかったのかと内心首をひねっていると、彼がふっと微笑んだ。
「……それは私のセリフですよ、スズメ」
やっぱり、美形は得だよね。
何せ、笑顔が見惚れるほどに綺麗なのだから。
別タイトルは“宰相サマのプロポーズ秘話”です(笑)
何かものすごく迷走してましたが、見捨てないでやってください。
………これでも、鈴芽ちゃんから逆プロポーズさせるよりはマシだと思うんですよ…。




