小話⑤:「友達何人できるかな~国王編~」
この話は元拍手小話を加筆修正したものです。
元は会話文だけだったものに地の分を付け足しました。後日譚はありません。
ヒドイ出来です。
……鈴芽ちゃんと陛下は混ぜちゃいけなかった。
「ハロー☆“皆の王様”ことアレクサンダーだよ!!」
―――ハイディングスフェルト王国の国王陛下は私の叔父さんにそっくりでした。………顔も中身も。
え、もしかして、同一人物ですか?
◇◇◇
ハイディングスフェルト王国王宮にある国王の謁見室。
国王たるアレクサンダーは右手を差し出し、何かを期待するように瞳を輝かせながら、高らかに言い放った。
「お手!!」
あまりにも自然に言われたためか、スズメは“お手”をしそうになる。しかし、今の自分にあるのは手ではなく羽だということを思い出して、衝撃を受けたように固まった。
「……っ!?…て、手がないです…」
はたして、そういう問題なのだろうか。
「あっ、そっか~。じゃあ、お足?」
アレクサンダーはスズメの言葉を気にすることもなく、代替案を出した。その提案を聞いたスズメはいくら本人に言われたといえ、国王相手に足を出しても良いのかと悩み、逡巡している。
足を出したり引っ込めたりする彼女に、見かねたギルバートが声を掛けた。
「陛下。彼女はペットではありませんよ」
「あはははっ、冗談だよ☆ふ~ん、ホントに言葉を話すんだね~。どこから声が出てるの?」
「え、ええっと……嘴とか?」
スズメはそう答えて、小首を傾げた。
ある意味当然とも言える質問だったのだが、そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、かなり動揺している。…いくらなんでも、嘴から声は出ないだろう。
「陛下。専門家に見せましたが、仕組みは分からないそうです」
ギルバートに抜かりはない。
この謁見の数日前には、自分の邸に鳥や魔法を専門とする学者達を呼んで調べさせていた。しかし成果はなく、スズメの生態…もとい声帯は未だ謎に包まれている。
「そうだったんですか?」
何故かスズメはそれを忘れていた。
“そんなことあったっけ?”という顔で、ギルバートを見ている。
「そうなんだ~。ええっと、元人間なんだよね?」
一応、事前に話は聞いていたらしいアレクサンダー。
「はい。いつの間にか、この姿になってたんです」
「僕の知り合いに“人間からカエルになった”子がいるんだけど、ひょっとして親戚の人?」
彼が言う“知り合い”はこの世界の人間なので、スズメの親戚では有り得ない。
「いえ、違います。………その人は人間に戻れたんですか?」
今の彼女にとって身近な話であったため、少々真剣に問い掛ける。
隣で二人の会話を聞いているギルバートはその話を知っているのか、特に反応しなかった。
「ううん。彼は自分からカエルになったから、今はカエルライフをエンジョイしてるよ」
「…そう、ですか………」
人間に戻る方法が見つかるかもしれない、と期待していたスズメは肩を落とす。……実際はカナリアの姿なので、彼女の落ち込んだ雰囲気からそう見えるだけなのだが。
「………陛下へのご紹介も終わりましたし、そろそろ私達は帰らせて頂きます」
スズメが落ち込んでいるのを察したギルバートが暇を告げる。
かなり分かりやすく悄気ているのを見て、気を遣ったようだ。
「ああっ!!そうだ、思い出したよ!!」
今までの会話をぶった切るように、アレクサンダーは突然声を上げた。
「………。………何をですか?」
微妙な沈黙の後にギルバートが尋ねる。
「昔、“呪いでナメクジに変えられちゃった”人と友達になったんだけどね~」
色んな意味でカエルを越える生物に、スズメとギルバートは絶句している。
「ナメクジ……」
「……それはお気の毒な…」
やっと出てきた言葉は、見知らぬ“呪いでナメクジに変えられちゃった”人への同情に溢れていた。
「実は、その解呪方法は“愛する異性にキスしてもらうこと”だったんだ。
カナリアちゃんも試してみれば?」
定番と言えば定番なアレクサンダーの提案を聞き、スズメは何やら考え込んでいる。
「異性って…カナリアのオスのことですか?ちょっと、無理です……いや、頑張れば…」
そして、ブツブツとそう呟いた。…何故、“異性”がカナリアのオスなのかは不明だ。普通は人間の男のことだろうに。
「陛下。スズメの場合は呪いではありませんから、関係ないと思いますよ」
神官長であるアレンのお墨付きだ。
人格に多少の問題はあるものの、彼は一応有能な男なので信憑性は高い。
「あ、そうでした」
またしても、スズメはそれを――自分のことだというのに忘れてしまっていたようだ。
だが、先程とは違い記憶にはあったらしく、ポンっと羽を叩く。…おそらく、何かに思い当たった人間が“手を打つ”動作と同じものだろう。
「ああ、そっか~。残念だったね~、スズメリアちゃん」
「………え、それ誰ですか?」
アレクサンダーが言った謎の人物名に、スズメが思わずツッコんだ。…おそらく名前である“スズメ”とカナリアの“リア”を混ぜたものだと推測される。
「君のあだ名だよ、スズちょん☆」
「……っ。………そっちの方が良いです。何か、懐かしいので」
一瞬で変わったあだ名に目を見開く。
どうやら、“スズちょん”というあだ名は彼女の叔父が呼んでいたものらしい。
スズメの“懐かしい”という言葉を聞いたギルバートが、元の世界を恋しく思っているのかと彼女の様子を窺うと……何故か、遠い目をしていた。…その目からは、郷愁は全く感じられない。
「えっ、ホント?他にもカナリンとか、ズズっちんとか、メメのんとかあるけど」
「原形が何か分かりませんね」
誰のことか分からないあだ名の数々に、今度はギルバートがツッコんだ。
スズメは一瞬キョトンとしたが、すぐに弾けるような笑い声を上げる。
「あははっ!どれもステキなあだ名ですから、陛下の好きに呼んでください」
本当に“ステキ”だと思っているかは、さておき。彼女は自分の叔父によく似たアレクサンダーに親しみを覚えたのか、あだ名を任せることにしたらしい。
「う~ん。ギルたんはどれが良いと思う~?」
「……どれでも良いと思いますが、“メメのん”はないのでは?」
話を振られたギルバートは、一番何のことか分からないあだ名を挙げる。律儀に答えてはいるが、“もう好きにしてください”とでも言いそうな雰囲気を醸し出していた。
「よしっ、じゃあ“スズちょん”で!!」
元の世界でもこの世界でも、スズメのあだ名は変わらないようだ。…ごく限られた人しか呼ばないだろうが。
「はい。……ありがとうございます?」
「マーくん以外の人から、初めてあだ名を喜ばれた!?」
アレクサンダーの大親友である大神官は、彼が付けたあだ名を気に入っている奇特な人だ。楽しいもの好きの大神官にとっては、アレクサンダー自身が“楽しいもの”なのかもしれない。
「嬉しかったので。……マーくんって誰ですか?」
“マーくん”に会ったことがない――いや、会っていてもその呼び方では分からない――スズメはそんな(珍しい)人がいたのかという驚きと共に問い掛けた。
「………ねぇ、ギルたん。スズちょんをレオぴょんのお嫁さんにしちゃダメかな?」
しかし、アレクサンダーはスズメの問いを無視したあげく、売れ残りの息子を押し付けようとしている。“レオぴょん”は第三王子のレオンハルトのことであり、彼は以前の失恋が堪えたのかまだ独身だ。…恋人ができる予定は当分ないものと思われる。
「私に聞かれても困るのですが……本人の意思次第でしょう」
いきなりの話題転換に戸惑いつつも、常識人なギルバートはそう答えた。ペットのお見合いではないのだから、彼がそう答えるのも当たり前である。
「スズちょんはレオぴょんのこと、どう思う?」
「……良い人だと思います。お友達になりたいですね」
“良い人なんだけど……”は定型文の1つだ。断り文句の。
「ダメか~。やっぱり、レオぴょんじゃお友達止まりだよね…」
「そ、そんなことないですよ!………私は年上が好きなんです!!…たぶん」
このままではレオンハルトに悪いと思ったのか、スズメがややズレたフォローを入れる。
そんなスズメの言葉に、アレクサンダーは“それならば!”と言わんばかりに身を乗り出した。……余程スズメに嫁に来てもらいたいらしい。
「クーぽんがいるよ!!!…スズちょんって、27歳は圏内?」
「ギリ?」
スズメは現在二十六歳。
「スズメ、悪いことは言いませんから、アレだけは止めておきなさい」
クリストフは結婚相手に向いていないらしく、ギルバートが“お母さん許しませんよ”的な口調で忠告する。
「いえ、あの………。私“クーぽん”さんのこと知りませんから」
二人共クリストフの名前をきちんと告げていないため、スズメの中に“陛下のアレな息子・クーぽん殿下”としてインプットされてしまった。
「なら、お見合いでもする?クーぽんと」
「……私は元の世界に帰りたいので、こっちでお見合いするのは相手に悪いです」
本心を混ぜつつ遠回しに断る。
「なんだったら、元の世界に帰るときにクーぽん持ってっても良いよ?」
しかし、アレクサンダーはそんな遠回しな断り文句ではめげたりしない。気前良く、自らの次男を異世界に飛ばすつもりのようだ。
「ダメです。………いくらクリストフ殿下でも、異世界に行かれるのは困ります」
アレクサンダーの問題発言にすかさずギルバートがストップをかけた。
そこはかとなく、彼からクリストフへの悪意を感じる。
「二人の愛のためだったら、僕がクーぽんの分まで仕事するよ!!!」
「……陛下…。そこまで……」
キリリッと、いつになく真剣な顔で宣言するアレクサンダーと、そんな彼の“仕事する”発言に感動するギルバート。
「あの、愛とか芽生えてませんよ?それ以前に、会ってもいませんし」
変な方向に盛り上がる二人に、スズメが口を挟んだ。
「……はっ。すみません……陛下があまりにも真剣でしたから、つい」
宰相閣下の目下の悩みは“どうすれば国王陛下が仕事をしてくれるか”である。
「ふぅ、僕もつい熱くなっちゃったよ。ゴメンね、スズちょん」
「いえ。陛下って、息子思いな良いお父さんなんですね」
スズメは仲の良い家族を思い、ほっこりする。
「うん!スズちょんみたいな娘が欲しいから、頑張っちゃった☆」
「息子思いというより、自分の欲望に忠実なだけの気がしますが」
『ゴーン、ゴーン』
三人がくだらない話を繰り広げていると、突然室内に鐘の音が響き渡った。
「へ、陛下!これはまさか…」
その音を聞いたギルバートの顔は蒼褪めている。この鐘には彼を蒼褪めさせる何かがあるようだ。
「あ。………奥さんとのデートの時間、忘れてた」
この鐘の音はアレクサンダーの妻である王妃が、彼を呼ぶためのものである。どうやら、妻とデートの約束をしていたのを“すっかり”忘れてしまっていたらしい。
「何を言っているのです!さっさと行ってください!!」
アレクサンダーの言葉に、ギルバートは慌てた。
彼は王妃の甥だが、彼女を苦手としているため怒らせたくないのだろう。
「怒ってるかな~。ねぇ、ギルたんも一緒にデート行かない?」
「道連れにするのは止めてください。……さあ、スズメ。私達は帰りますよ」
このままこの場にいては危ないと思ったギルバートは、スズメを手に乗せて扉へ向かう。少々早足気味だったせいで、手の上のスズメがガクガクと上下に揺れていた。
「ああっ、行っちゃうの~!?スズちょん、バイバイ。まったね~!!」
アレクサンダーは一瞬残念そうな表情を浮かべるが、すぐに満面の笑みを作り、過ぎ去って行く2人――1人と1羽――に大きく手を振った。
「………飛べるようになったら、一人で会いに来ても良いですか?」
「いつでもどうぞ!それに飛べなくたって、僕が会いに行くよ!!今度は、奥さんも連れて!!!」
「………………私の邸には、叔母上を連れて来ないでください」
聞き捨てならないセリフを聞いたギルバートは、謁見室の扉を開けながら嫌そうにそう言った。




