小話④:「おつかいマーチ」
割り込み投稿です。
今回も元拍手小話に後日譚を付け加えたものになります。
時間軸はちょうど鈴芽ちゃんの仕事が決まる前くらい。
―――子供のお使いじゃありません、小鳥のお使いです!
◇◇◇
私がギルバートさんの説得に成功してから、もう四日が過ぎた。
しかし、まだ仕事が始めるどころか、職すら決まっていない。 やっぱり、鳥が働くのは難しいのだろうか。
「スズメ様っ」
“ギルバートさんにこれ以上ワガママ言う訳にもいかないし……”と思い悩んでいると、セドリックさんから声を掛けられた。
あれ?何かあったのかな?
彼の様子がいつもと違う。…何だか焦っているようだ。
「申し訳ありませんが、スズメ様にお願いしたいことが……」
彼の話によると、ギルバートさんが忘れ物をしたから王宮まで私に届けに行って欲しいらしい。
私に頼んだのは、私が飛べるようになったからだろう。
「もちろん、良いですよ!」
…外に出れるしね。
「ありがとうございます。……では、こちらを」
セドリックさんはそう言って、紙を手渡す。軽くて小さいので、私でも運べそうだ。
「これ、手紙ですか?」
手紙のように見える…というか、手紙にしか見えないが、ギルバートさんの仕事関係の物なのだろうか。
「はい。ギル坊ちゃんの仕事に必要な物で、急いで届けねばなりません。…お願いできますか?」
どうやら、大事な手紙らしい。
「分かりました。じゃあ、急いで行ってきますね!」
それだけ言って、私はすぐに飛び立った。
…でも、そんなに大事な物をギルバートさんが忘れたりするかな?
◇◇◇
「あれ~?もう行っちゃったんですか~?」
ミルカはセドリックに問い掛けた。
「ええ。…“忘れ物”は無事に届けてもらえそうです」
彼は笑顔で答えるが、彼の主が見たら“一体、何を企んでいるんです?”と聞いたことだろう。
「これで~、スズメ様のお仕事が決まると良いですね~」
ミルカはスズメが大好きだ。…多少、含みがあっても。
「それだけではありませんよ。……そろそろ進展して頂かなくては」
セドリックは主思いだ。…たぶん。
―――使用人たる者、常に主のことを考えなくてはならない。
◇◇◇
「閣下ー、書類追加でーす」
グイドの声が宰相執務室に響いた。
目の前にドンッと置かれた白い山を見て、私は溜め息を吐く。…減ったと思っていた物が増えたのだ。溜息でも吐かないとやっていられない。
「またですか……。今日は一段と多いですね」
「あー、陛下もクリフ殿下も脱走中らしいんで」
グイドはその性格故か、情報通である。
しかし、この情報は予想通り過ぎて役に立たない。
「ラウル」
直属の部下の一人であるラウルを呼ぶ。
「はい?何ですか?」
「騎士団に陛下とクリストフ殿下の捜索を頼んで来てください」
あの二人に仕事をさせなければ、私は帰れないだろう。
前までなら王宮に泊まってでも処理したが、今はそういう訳にもいかない。
……スズメが待っているでしょうしね。
昨日の夜、“明日は、元の世界で私が好きだった曲を歌いますね!”と言っていた彼女を思い出す。…早く帰りたい。
「ええっ!?……俺、まだ仕事終わってないのにー」
「どんまい、ラウル~」
「グイドさん…他人事だと思って……」
「よっ!宰相執務室のパシリ!」
「………………イジメです」
ラウルはまだ仕事を終えていなかったようだ。…まあ、終わるはずがないのだが。
悪いとは思うが、この執務室で最もフットワークが軽いのは彼なのだから、仕方がない。
ちなみに、グイドは王宮内で会った女性を口説かずにはいられないので、まったく向いていない。
雑用をこなしてくれる者を雇うべきでしょうか?
数人の顔が頭に浮かぶが、どの文官も然るべき役職に就けているため動かせないだろう。
新しく雇用するにしても、信頼の置ける者でなくてはならないのでかなり手間が掛かる。…もちろん、そんな暇はない。
『コツ、コツ』
黙々と仕事を処理していると、不意に窓を叩くような音がした。
窓の方を見た私の目には、ここにはいないはずの見慣れたカナリアが映っている。
私は、思っていた以上に疲れているのでしょうか……幻覚が見えます。
眉間を揉み解してから、もう一度窓の方を向いた。
やはり、鮮やかな黄色をしたカナリアが見える。……挨拶でもするように手…ではなく、羽を振っていた。私が知る限り、そんな人間臭い行動をとる鳥は一匹だけだ。
急いで窓を開ける。
「スズメっ!どうしてここに!?」
「あ、気付いてくれたんですね。…ギルバートさんに忘れ物を届けに来ました!」
忘れ物?…何かを忘れた覚えはありませんが………。
「はいっ!!これです!」
そう言って、スズメは一通の小さな手紙を差し出した。…どこから出したのだろう。
「………………」
「……………?」
私が困惑していると、彼女は首を傾げた。
目が“受け取らないんですか?”と言っているが、口に出さないのは嘴で手紙を銜えているからだろうか。
「……ありがとうございます」
彼女の好意を無下にする訳にもいかないので、とりあえず礼を言った。
「それで、あなたにこの手紙を託したのは誰です?」
「セドリックさんですけど……何かいけませんでしたか?」
一体、彼は何を企んでいるのか。
何故か私にとってあまり良いことではない気がする。
「いえ、聞いてみただけです。………中に入りなさい、お茶でも用意させましょう」
「えっ、お仕事の邪魔をする気は……」
「ちょうど休憩にしようと思っていたところですから、気にしないでください」
ちょうど今、休憩が決まった。
「はい、ありがとうございます!…お邪魔しますね」
そう言って、スズメは室内に入る。
お茶を用意させようと他の者に目を向けると、何故か全員が驚いた顔でこちらを見ていた。
「閣下…。その小鳥は、一体………」
「へぇ~、鳥を囲ってるってホントだったんですねえ」
「と、鳥がしゃべって……」
大混乱だ。
ちなみに、ローレンスは現在席を外しているためいない。
「こんにちは。ギルバートさんの部下の方ですか?」
………はぁ、休憩のついでに自己紹介でもさせますか。
◇◇◇
そろそろ暗くなるので、スズメは帰した。…彼女は夜目が利かないので、暗くなると帰れないのだ。
スズメを紹介したときに分かったが、部下達は変な誤解をしていたようだ。ラウルはまだしも、グイドは故意だった気がするが。
それにしても、この手紙は何なのでしょう?
グリフィス伯爵家の家紋が押されているので、実家からだろう。
嫌な予感がするため、まだ読んでいない。
読まなくては……いけないのでしょうね………。
読まなかったら、あとで何を言われるか分からない。
仕方ありません、早く読んでしまいましょう。
嫌なことはさっさとしてしまうに限る。…そして、女性には逆らわない。
それが、伯爵家の男が一番最初に覚える…覚えさせられることである。
――愛する息子、ギルバートへ。
セドリックから、カナリアのお嬢さんの話を聞きました。
何故、そういうことをもっと早く言わないのです。
言っておいてくれたら、縁談を送ったりしなかったのに。
これからは、カナリアのお嬢さんに悪いので縁談が来ても私の方から断っておきます。
あと、たまには実家に顔を出しなさい。…カナリアのお嬢さんも連れて。
私だけではなく、あなたの姉達も気にしていますよ。
カナリアのお嫁さんが来てくれることを願って。――母より。
一体、セドリックは母上に何を言ったのでしょう……。
近い内に、誤解を解くために実家に行かなければならないようだ。
スズメは………連れて行かない方が良いだろう。
―――そう思っていた彼が、カナリアになれる婚約者を家族に紹介するのは、もう少し先の話。
◇◇◇
~後日譚~
ハイディングスフェルト王国王都・ベヒイトルスハイムに隣接するグリフィス伯爵領は、国内でも一、二を争うほど豊かな土地である。
その領主――グリフィス伯爵家の当主であるリディアーヌは、母のミレーヌと噂話に興じていた。
「お母様、ギルバートのお嫁さんはいつ来ると思う?」
母親から“弟の嫁”の話を聞いた彼女は、楽しげに問い掛ける。
蠱惑的な美女が悪戯っぽく微笑む姿に惹かれない者はいないだろう。…たとえ、その美女が二人の娘を持つような年齢であっても。
「手紙には書いたけど……あの子のことだから、しばらくは無理じゃないかしら。
帰って来るとしても、きっと一人で来るわね」
ふぅ、と頬に手を当てて答えるミレーヌも自身の娘に負けず劣らず若づ…美しい。孫――長女・次女・三女の娘――が七人もいるとは思えない美貌である。
「そうでしょうね。……そういえば、お母様。クロエからの手紙にはなんてあったの?」
ミレーヌは宰相邸の侍女頭であるクロエと手紙のやり取りをしている。手紙には王都の噂話などが書かれていることも多いが、主な話題は可愛い息子の近況だ。
ちなみに、息子本人はその手紙の内容について全く知らない。
「邸では、いつあの子が結婚するかの賭けが行われているそうよ」
「あら、楽しそうね」
「一番多いのは“半年以上先”らしいわ。我が息子ながら情けないこと」
そう言って溜め息を吐きつつも、ミレーヌの目は笑っている。息子が賭けの対象にされていることを面白がっているようだ。
「グリフィス伯爵家の男なのにね。……いえ、男だから、かしら?」
「それだけじゃなく、生まれ持った性格もあるでしょうけど」
「ギルバートって、昔から……」
年齢不詳の美女二人の話は、“可愛い末っ子”の性格へと移っていった。…たまにかなり辛辣な一言が入るが、彼に対する愛ゆえだろう。
◇◇◇
「それにしても、噂の……“カナリアのスズメちゃん”にはしばらく会えなさそうね」
ひとしきり盛り上がった後、リディアーヌが話を戻した。
「残念?」
「いいえ、ギルバートが帰って来たときに聞けば良いだけもの。色々と、ね」
「ふふふ、楽しみだわ」
二人の笑みが深まる。…どこぞの宰相が見たら、裸足で逃げ出しそうだ。
「そのときはヴィオレットとナディアも呼ばないと」
“弟が帰って来たとき”を想像したリディアーヌは妹達の名前を挙げた。
次女と三女は他家に嫁いでいるため伯爵領にはいない。しかし、お茶会と称してよく集まっているので、姉妹が揃うのはそう珍しいことでもなかった。
「ナディアは妹が欲しかったみたいだから、ギルバートをせっつくでしょうね」
その光景が目に浮かぶ。
実家に帰っても…いや、実家に帰ったらギルバートは気が休まらないことだろう。
「そうね。……本当に、楽しみだわ」
その時、王宮で仕事をしていた宰相閣下の背筋に悪寒が走った。
―――グリフィス伯爵邸……またの名を“魔女の館”という。




