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わたしとあの子の桶狭間  作者: 澤群キョウ
結構厳しい、異世界行
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虹色のホームラン

 空は禍々しい色をしていた。

 濃いマゼンダピンクから青紫へと変わっていくグラデーションは、終わりかけの夕方のような薄暗さだ。

 周囲には何もない。背後には鬱蒼とした森、眼前には荒野が広がっている。遥か遠くに街の影のようなものが見えるが、ところどころから黒煙が上がっていた。

(ここが、メーロワデイル)

 自分に力を与えた精霊と、かつて戦いを繰り広げていた相手である魔物はここから来ていたのかという小さな感慨がふたばの胸をよぎる。それにしても、なんという景色だろう。不吉で、不幸で、荒涼としていて。

「いやー、ひどい光景だよね。リパリーガントのお城、とうとうなくなっちゃってるし!」

「三日前に落ちたそうです」

 ヒューンルに答える少女の声は暗い。

「それは大変だー。もっと早くふたばを連れて来られたら良かったのにねえ、ロクェス」

「今更言っても仕方ない。さあ、とにかく行くぞ」

 騎士に応え、少女とヒューンルがその背中に続く。

 そんな光景を、ふたばはぼうっとしたまま見つめていた。


 遠ざかっていく背中についていく義務があるだろうか?

 しかし今、どうやら自分は異世界にいるらしく、ぬくぬくといつまでも孤独に浸っていられるスイートホームに戻る術はない。

「ちょっとー、ふたば! なにやってんの? 早く来なよ」

 随分離れてからようやくヒューンルが振り返り、ふたばにこんな注意を促してきた。

「気が進まないのはわかるけどさ、もう休憩なら充分取ったでしょ? 病気で内臓やられる前に動いたらダイエットにもなるよ、うん。ライラックムーンのところにつくまでに、その贅肉は半分くらいなくなるんじゃないかなあ」

 ケタケタと笑う精霊に背中を押され、ふたばもようやく重い脚をゆっくりと動かして前に進んだ。

 気が進まないどころではない。説明は半端だし、同行する二人についてもよく知らない。一人は名前すらわからない。

 

 彼らが言うには、ふたばには「相当な責任があるらしい」。


 そう、あの日、戦いを、放棄した。それを負い目に感じている。


(そう考えてた頃もあった)

 ふたばの脳裏に蘇る、「あの日」の次の日。

 辛かったが、戦いを放棄するのは違うのではないか。一人でもやっていけばいいんじゃないか。そんな思いも微かにだが、あったはずだ。

(でも、出来なかった)

 一人では怖かった。もう一度同じ言葉を浴びせかけられたらと思うと堪らなかった。少し休んでから、もう少し、気持ちが整ってから。そう思い続けて、体も心も、どんどんと動かなくなっていき――。


 いつか必ず終わりが来るとふたばは知っていた。終わらなければならないし、終わりにしたいと心の底では思っていた。まさかこんな形で、強引に引きずり出されるとは考えもしなかったけれど。

 もしかしたら、これは幸運なのかもしれないという小さな小さな希望がふたばの胸の中に芽生える。

 いや、芽生えかけた瞬間、それは一気に萎れた。

 突然聞こえてきた奇声。バサバサという翼の音。薄暗い空に浮かび上がった、二つの黒いシルエット。


 ロクェスがマントを翻して剣を抜く。隣の少女も荷物を投げ捨てて、槍を構えた。

「ふたばー、出たー、敵が出たよーん!」

 ヒューンルはキャッキャと飛び回り、腕をぐるぐる回している。

「さー、コーラルシャインの力、見せちゃって!」

 

 骨と皮だけで出来ているかのような、細い細い人型のシルエットに翼が生えている。まるで蝙蝠のような翼で飛びながら、手にした三つ又のモリのようなものを振り廻している。それが、二体。


 ロクェスが剣で攻撃を受ける音が、甲高く響く。


 戦いだ。

 キン、キンと剣とモリが当たる音が響いている。そして、その隣で少女の槍があっさりと弾き飛ばされ、ふたばのすぐ目の前に落ちてきた。

「キャアッ!」

 少女の悲鳴。繰り出される一撃。血しぶき、裂ける服、地面へ倒れこみ、そこに追撃。騎士が剣で払うが、それでできた隙をもう一体の敵が狙っている。

「ロクェスあぶなーい!」

 ヒューンルが飛び、青い光を敵に向かって投げつけた。それに怯んだものの、魔物はダメージを受けた様子もなく、再びモリを構えて獲物を狙っている。


 どう見ても劣勢だ。

 少女は地に蹲り、騎士は攻撃を弾くだけで精一杯。そうとしか思えない、危機的な状況になってしまっている。

「ちょ、ふたばー! ホントに頼むよ。まだ五、六歩しか進んでないのに全滅とか、シャレにならないよ? 教会で生き返るとかそういうのないんだからねー?」

 ほら早く、と精霊に急き立てられて、ふたばはひたすらまごまごしながらやっと心を動かし始めていた。



 あの頃。

 毎日のように戦っていたあの頃。

 自分がどうしていたか。なにを、どうやっていたのか。

 ロクェスが倒れ、ヒューンルが叩き落され、モリが自分に向けられてようやく、ふたばは目を覚ました。

 このままでは本当に死んでしまうかもしれない。こんな訳のわからない状況で、納得しないまま死ぬのは嫌だ。


 コーラルシャインだった頃は、ヒューンルから与えられたペンダントを身に着けていた。それを握りしめ、決め台詞を言えば変身して、魔法の力を使えるようになっていた。

 では今は――?

「ふたば、今君は既にコーラルシャインなんだよ! こっちではずーっとずーっとコーラルシャインなんだ。だから、変身はもう要らない。ステッキを呼んで! 呼べば、手の中に現れるから!」

 地の上でくねくねと身をよじらせながら、ヒューンルが叫ぶ。

 すぐ前に、魔物が迫っている。

 三つに分かれたモリの先端が二つ、自分の膨れ上がった腹へまっすぐに。

「シャインステッキ!」

 視界に入って来た自分の贅肉。その景色にやたらと悲しい気分になって、ふたばは叫んだ。このまま、豚のような姿で果てるのは余りにも惨い。ここに来る前に見た、鏡に映った自分。メーロワデイルにやってくるなり失笑された醜い姿。


 このまま死ねる訳がない。


 乙女の恥じらいを復活させたコーラルシャインの声に応え、赤を帯びた光の輪が宙に浮かび、中からステッキが現れた。脱衣所に置いてきたはずのそれ。そういえば履いて来なかったはずのブーツも身に着けられている。摩訶不思議な魔法の力が自らに働いている。そう感じながら、ふたばはステッキを手に取り、それを思いきり振り抜いた。


 桃色の軌跡を宙に描いて、振り抜かれたステッキは魔物を二匹まとめて打つ。

 二の腕の肉をぶるぶると揺らしながら、敵が吹っ飛んでいくのをふたばは茫然と見送った。

 鳥ガラのようなシルエットの魔物が遠く遠く、地平の果てまで飛んでいく――。


「わあ、ホームランだあ!」

 ひっくり返っていた精霊がぴょんと飛び上がり、ふたばの周囲をくるくると回り出す。

「前よりパワーがあるんじゃない?」

「うるさい、うるっさい!」

「全然魔法って感じじゃないねえ」


 こんな会話の間に、ロクェスと少女が立ち上がっていた。二人は体中についた土を払い落としながら、ふたばをなんともいえない表情で見つめている。

「……さすが、選ばれし戦士」

 しばらくの沈黙の後、騎士の口から出てきたのはこんな言葉だった。ロクェスは膝をつき、ふたばにむけて頭を垂れる。

「ここまでの非礼をお詫びします。やはり貴女の力はこの世界に必要だった。本当は疑っていたのです。もう力は失われていて、無理なのではないかと……」

 槍の少女も、額から血を流したまま騎士の隣に膝をついて並んだ。

「もしあっさりとこの旅が終わりのたれ死んだとしても、それは因果応報、やむを得ないとすら思っていました」


(ひどくない?)

 目を閉じて空を仰ぎ、ふたばは唸る。


 勝手に連れてきておいて、死んだってしょーがねえというのは余りにも非人道的な考えではないだろうか。そんなヤケクソな気持ちで連れてこられた現状に憤りつつ、逆に「そこまでしなくてはならない状況」まで追い詰められているのだと気が付いて、ふたばは心をずっしり、しっとりと重くしていく。


 ライラックムーン。

 幼稚園からずっと一緒だった、千華。カッコよくて、美人で、スラっとしていて、頭も良くて、一番大好きだった「ともだち」。

 彼女はあの日、すべてを告白して自分の下から去って行った。


 去って行っただけではなく、今はこの異世界を蹂躙しているという。


 あの日心を粉々に破壊されて、人生が終わったような気分になっていた。被害者は自分。そう思っていた。

 けれど、彼女の言葉がすべて真実なら。

 千華をずっと傷つけていたのは自分。だとしたらやはり、この世界を救うために立ち上がる責任があるのかもしれない。


 凍り切った心の大地から、ゆっくりと、小さな芽が出ようとしていた。

 三年間、冷たい地面の下で根を伸ばし続け、ようやく芽吹いた小さな小さな希望。

 

「コーラルシャイン。命を救って頂き、感謝致します。どうか我々に力を」

「コーラルシャイン様、お願いいたします」

 会うなりふとっちょ呼ばわりしてきた少女も揃って、騎士と共に深く深く頭を下げている。


 振り返れば、禍々しい色の空が広がっていた。

 いつかヒューンルに聞いた、メーロワデイルの話。


 キレイなところだよ。空は緑がかった青で、地球とはちょっと違うかな。夜になると月が二つ出てきて、仲良く朝まで並んで空を駆け抜けて行くんだ。魔物の出る森はちょっと暗くて怖いけど、精霊と精霊に選ばれた戦士が戦って、人々を守っているんだよ――。


 紫色の空の中に、月は見えない。どこにも見当たらない。

 隠れていて見えないのか、それとも、失われてしまったのか。


 ライラックムーン。

 空の色の中にかつての友人の姿をはっきりと心の中に思い描いて、ふたばはステッキを強く握りしめた。

 

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