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わたしとあの子の桶狭間  作者: 澤群キョウ
いざ、異世界
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強制召喚からの、強制出立

 父と母が揃って家にいる日曜日。朝は必ずテレビの前に座っていた。

 いつもは普通の小学生、中学生の女の子たちが、変身して悪と戦う。ヒラヒラの衣装を翻し、(パンチ)で、(キック)で、悪そうな敵を吹っ飛ばすヒロインたちの活躍に胸を躍らせ、いつか自分もああなりたいと強く思っていた。


 そんなのはテレビの中だけの話だと知ってからもなお、胸の底に眠っていた憧れ。

 十四歳の少女の夢は突然叶った。

 白いふわふわの未知なる生き物。空を飛び、日本語を話す未確認生命体に選ばれ、力を与えられ、ふたばは夢に見ていた「ヒロイン」になった。


 白いブーツで地を蹴って駆け抜ける、そのスピード。

 キラキラと輝く石がいくつも嵌ったステッキを振れば、色とりどりの光が瞬き、魔法の力が働いた。

「いいぞーっ、ふたばーっ!」

 精霊は嬉しそうに声を上げ、選ばれた正義の戦士の活躍を称えている。

「よし、行くよ、千華!」

「オッケーふたば!」

 二人は最強。二人は無敵。二人で、世界を救う……はずだったのに。



「本当に残念です、コーラルシャイン。戦士があなた一人だけだったらこんな事態にはならなかったでしょう」

 ロクェスの声は冷ややかだ。誠実そうな顔は整っており凛々しいが、派手さはない。きっと堅苦しい人物なのだろうと思わせる雰囲気がぷんぷんと漂っている。

「メーロワデイルにある国はすべて滅びようとしています。人はすべて魔族の支配の下、奴隷としていいように扱われているのです。かつてこの世界から力を与えられた、ライラックムーンの手によって、です」


 唐突な言葉に、ふたばの息が止まる。


「あなた方が戦いをやめてしまったとヒューンルから告げられ、我々は世界を跨いで魔物を退治しに行きました。大きな代償を払わなければなりませんでしたが、しかしそれはいい。我々の世界から行った魔獣がそちらに迷惑をかけたのだから、我々が責任を取るのは当然です」

 だが、と騎士は唸る。一瞬のためらいを見せ、眉間に大きく皺を寄せ。

「精霊に与えられた力を悪用し、メーロワデイルを支配するなど……!」

 ぎりぎりと歯が鳴らされる音はふたばの耳にも届いた。


 支配。

 ライラックムーンが、つまり、千華が、メーロワデイルを。


「どういうこと?」

「こちらが聞きたいくらいです」

 騎士に鋭い視線を向けられ、ふたばはぐっと身を縮めた。

「いつの間にどうやってやって来たのか、魔獣どもを集めて従え、次々と街を攻め滅ぼした。今、ライラックムーンはカルティオーネの城を占領し、王子たちを人質にとってやりたい放題!」


 ふたばの元を訪れた時の冷静な印象は何処へやら、怒りに身を任せるようにしてロクェスが叫ぶ。


「あの力に対抗できるのは、コーラルシャインの力を持つ貴女しかいない。だから、来てもらいました」


 思いもよらない事情に、ふたばはひたすらに戸惑った。

 かつての親友がこの三年間に歩んだ道が、あまりにも意外で、あまりにも唐突で。


 あの日、二人の友情が壊れた日。いや、友情など最初からありはしなかった。すべてが白日の下にさらされ、この世のすべてが崩れ落ちてしまったかの如き衝撃を受け、脱力してしまったあの日から。

 一体、千華になにがあったというのだろう。


「そんなの……、わたしには関係ない」


 心がじりじりと焼かれている。そう感じていたが、それでもふたばの口からはこんな言葉が飛び出した。

 そんなの知らない。千華なんてもう忘れた。もう真正面から直視なんてできない。あの日どれだけ傷ついたか、自分がどれほど愚かだと知ったか、とにかくもう打ちのめされ過ぎて、二度と千華には会えないと思っていた。それこそ、人生の酸いも甘いも乗り越えて、互いに老婆になった未来にならばともかく。


 まだ、三年しか経っていないのに――。


「関係ないとは言わせません。戦士は一人で良かった。二人になったのは貴方の都合だったのだから」


 魔法少女の力を得る。

 憧れていたヒロインになる。

 心の中に歓びばかりを溢れさせて、ふたばはその場にいた千華に向かって振り返った。


「ねえ、精霊さん! だったら……、力をくれるんだったら千華にも!」


 わたしの親友なんだよ。小さい頃からずっと一緒だったんだ。正義の心なら絶対あるはずだから。わたし、千華と一緒に戦いたい。ねえいいでしょ? 戦士が二人いれば心強いし、わたしと千華が力を合わせればどんな強敵だって勝てるはずだもん――。



「そんなの、あたしのせいじゃない! 千華にもって確かに言ったけど、それがダメだったんなら、そこのハゲ精霊が断れば良かったんじゃない!」

 能天気な顔のまま浮いているヒューンルを指差し、ふたばは叫ぶ。

「その通り。ライラックムーンに力を与えた件について、ヒューンルにも非がある。彼はその罰を既に受けました」

「はっ?」


 既に、罰を。


 指を差したまま精霊へと顔を向けると、傷だらけのヒューンルはてへっと顔を斜めに傾げた。

「そうなんだよー。僕のミスはあまりにも大きすぎるから、公開処刑されるところだったんだよねー!」

 あまりにも明るい口調に、ふたばは開いた口が塞がらない。

「なんなのよ、あんた……」


 まさかそんな事情で、あの愛らしい容姿を失うことになっていたなんて。


「しょうがないよねー。いくらふたばにゴネられたからって、あの時うんって言うべきじゃなかったんだよー」

 やれやれと小さな肩をすくめ、ヒューンルが首を振る。

「僕の浅はかさが半分、ふたばがゴネたのが半分。責任は仲良く半分こで! じゃあ、ライラックムーン退治に出かけよう!」

 レッツゴー、と間抜けな掛け声が響き渡る。


 薄暗い洞窟の中のような場所。ここは一体どこなのだろう。ここを出て、千華のところへ行く?

 足先からぶるぶると、悪寒がふたばの体を駆け抜けていく。


「そんなの嫌だ!」

「往生際が悪いなあ、ちゃんと説明したでしょー? 僕たちは既に路頭に迷ってこんな薄暗いとこにいるんだからね。ふたばが行ってくれなかったら、魔物に見つかって皆殺しだよおー」

 こわいねー! とわざとらしく身を震わせる精霊の気持ちがまったく理解できず、ふたばはしばし、口をぽかんと開けたまま黙った。

「ほら、行くよ。ライラックムーンに対抗できるのは、コーラルシャインだけなんだから! 早く行かなきゃメーロワデイルが滅んじゃうー」


 冷たい感情が胸をよぎる。そんなの、自分には関係ない。さっきもした否定を再び繰り返そうとするも、精霊はそれを許さなかった。

「メーロワデイルが滅んだら、次は地球でしょ? 呑気に家で引きこもってられなくなっちゃうからね。だから、さっさと退治に出かけよう!」


 背中を押され部屋から出て、廊下の奥、階段へと導かれる。既に旅支度を済ませた様子であるロクェスが追いついてきて、ふたばに向かって大きな荷物を突き出してきた。

「さあ行きましょう」

「行きましょうって……」


 同意していない。納得していない。

 しかし、許されない。

 有無を言わさぬメーロワデイルの面々に、それでもふたばは逆らおうとした。が、その瞬間。


「ロクェス様、私も連れて行ってください!」

 ガチャガチャと音を立てながら、一人の少女が駆けてきた。自分の背丈よりも長い槍を持ち、背中に大きな荷物をしょった髪の長いその少女は、軽く息を切らしながらふたばたちの前に立つ。

「駄目だ。足手まといになる」

「戦闘の訓練をずっと積んできました。そこのふとっちょよりも、私の方がきっと役に立ちます!」

 真正面から指をさされ、ふたばはあんぐりと口を開けた。

「あはは、ふとっちょだって! ふたば、ふとっちょだって」

「うるさい黙れ」

「ここからカルティオーネの国まで、ひと月はかかるでしょう。その間、戦闘以外に必要な雑用は私がやります。そういう役目の者も必要でしょう?」

 ふたばの抗議を一切無視し、少女は叫ぶようにロクェスの前へ出た。

「どうか、どうか……ロクェス様」

 

 ふたばはこの少女を知らない。それどころか、すぐ横に立つ男についても、どうやら騎士らしい、くらいしか知らない。

 それでも、この短いやり取りの間に気が付いていた。

 目の前の少女は恐らく、騎士ロクェスに恋をしている。

 瞳に浮かんだうるうるとした輝き、赤く情熱を帯びた色。他人の色恋沙汰などに興味のないふたばですら即座に察知できる、あからさまな「恋する少女」ぶりだった。


「いいんじゃないのー、ロクェス。確かに雑用係は必要だよ。ふたばは多分役に立たないし、僕も疲れちゃって、チョー便利な魔法の力が使えない時だってあるだろうからねえ」

「お願いします」

 精霊からの一言が効いたのか、騎士の眉間に入っていた力が緩む。

「覚悟はできているのか」

「はい」


 静かだが、力強い返事をして少女はまっすぐにロクェスを見つめた。

 ふたばはその光景に思いっきり顔をしかめ、それを見てヒューンルはケタケタと笑う。


「わかった、いいだろう。余裕のある旅ではないから、足手まといになったら置いて行くぞ」

「わかっています!」

 冷酷な宣言をされたにも関わらず、少女は笑顔だ。よっぽどお好きなんですね、とふたばは心の中で唾を吐き出している。

「では行こう」

 荷物を突き出され、ずん、としたその重みに膝が耐えられず、選ばれし戦士はふらふらと座り込んでしまった。

「運動不足ー!」

 笑うヒューンルを、ロクェスが厳しく諌める。

「笑っている場合ではない。一分一秒でも早く、我々は行かねばらならないのだぞ。コーラルシャイン、立ってください。すぐにここを出ます」


 同意した覚えなど一つもない。

 特に知りたいと思っていないが、今、蔑んだような目で自分を見ている押しかけ同行者の少女の名前も知らない。

「話すことはまだまだあるんじゃないの?」

「説明が必要ならば、道中に話しましょう」


 とにかく、今すぐここから発たねばならないらしい。

 無理矢理荷物を背負わされ、ふたばは仕方なく、よろよろとした足取りで階段を上り、地上へと出た。

 

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