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わたしとあの子の桶狭間  作者: 澤群キョウ
女王様には、女王様の憂鬱

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33/42

二人駆け

 突き出したステッキの先から、光が伸びていく。突き抜けるビームを迫りくる魔物たちに向け、ふたばは空に浮かぶ黒い翼を焼き払っていった。だが、左からも右からも、続々と新手が姿を現している。

 光を伸ばし続けたまま縦に横にステッキを振るふたばの隣では、エランジが弓を討ちながら走っていた。カルティオーネの城へ、狙うは一点突破。迫りくる魔物から逃れる術はない。みんなみんなやっつけて、城への道を切り開いて、駆け抜けていくしかない。


 空から襲い掛かって来た第一波を撃墜していく。その間に、地平は大小さまざまな獣たちで埋め尽くされており、そのすべてが唸りをあげながら侵入者へと迫っていた。

「多すぎる!」

 小さく吐き捨てながら、光を放つ。ボールを飛ばしてまとめて吹っ飛ばしても、どう見ても焼け石に水の状態だった。ふたばが狙ったのとは逆の方向にエランジが矢を放ち、見事に命中させて魔物の数は少しずつ減っている、が。

(駄目だ)

 新手は続々と現れる。空からやってくるものすべてを撃ち落とせないし、地上についても同様。つまり、まるで、手が足りない。

「ふたば、下がって!」

 ヒューンルが叫ぶ。ぴったりとはりついていたふたばの背中から飛び出して二人の間に移動し、これでもかという程の大声で叫んでいる。

 無理だとふたばもわかっている。それなのに、口をついて出てきたのはこんな言葉で。

「駄目だよ……」

「駄目じゃないよ! エランジも、二人とも振り返って、走って! 今すぐ!」

 無口な青年も悔しげにこう漏らす。

「しかし」

「しかしじゃないよ、もう、早く、ほら早く!!」

 小さな体をばたばたと動かし、かつてない迫力でヒューンルが叫ぶ。どど、と大地を揺らしているのは、象よりも巨大ななにかで、恐ろしい勢いで駆けて来る。小さな体のものを容赦なく弾き飛ばし、あるいは踏みつけながら、たった二人の敵目掛けて暴走してきていた。


 シャインボールを飛ばし、矢を討ちながら、二人は迷いつつ後ずさる。

「馬鹿、ふたば、エランジ、走れってば!」

 しびれを切らしたのか、精霊は短い手でエランジの首元を掴んで引く。無口な青年は慌てて振り返り、はっとした表情を浮かべると腕を伸ばしてふたばの手を引き、走り出した。


「なにっ?」


 見えなくなった敵の勢いを、背中がひしひしと感じている。巨大な手が追いかけてきているような感覚があって、怖い。地面は絶えず揺れ、震えている。エランジはなにも言わない。ふたばの手を引き駆けている。振り返って一発かましてやろうかと思ったが、足の回転が追いつかず、それどころか手を動かせないまま感じたのは、後悔だった。


(振り返るんじゃなかった!)


 近づいている。もう巨大な指先が追いつこうとしている。散々落としたはずの空からの敵も増えている。それが、すべて見えてしまった。

 胸の底がひゅんと冷える。足の下から頭、毛の先に向かって悪寒が走り抜けて行く。


(逃げてなんになるの?)

 逃げ切れるわけがない。だったら――。

「戦うしかないでしょ!?」

 エランジの手を振り払い、身を翻してふたばは叫ぶ。

 光を集め、自分のうちに溜めて、溜めて、そして爆発させた。


 ふたばを中心にして、ドーム状に光が膨れ上がり、炸裂する。魔物の体も、悲鳴もかき消されて散っていく。


 時間が止まる。


 真っ白に染まった視界はゆっくりと色を取り戻し、再び、動き出す。

「うわ」

 魔物は減っていた。確かに、迫り来ていたものは消えてなくなった。けれど、遠くにはまだまだ残っている。光の届かなかったところから先で蠢き、様子を窺っている。

 ならばもう一回。引きつけて、同じように焼き尽くしてやるだけだ。


 心は滾っている。だが、突然足から力が抜け、ふたばはかくんと地面に座り込んでしまった。

「あれ」

 立ち上がれない。手にも足にも、力が入らない。

(なんで)

「ふたば!」

 エランジの叫ぶ声が聞こえる。でも、振り返ることすらできない。


(ああ)


 エネルギーが切れている。ちびちびと保存食をかじっただけなのに、ここまで五日間走り通しだった。

 散々ビームを撃って、ボールを投げつけて、最後に大爆発を起こせば、こうなるに決まっている。


(嘘でしょ)


 ここまできて、こんな単純な理由で動けなくなってしまうなんて。

 ひたむきに走って来たけれど、そうしなければ死んでしまいそうな程に焦ってはいたけれど。


(馬鹿過ぎ)

 汗が吹きだして額を走り、目に飛び込んでくる。視界はぼやけ、色とりどりの魔物がまるで万華鏡の向こう側のような光景に変わっていく。暗い色の中に、黄色や明るい紫、橙色が躍っている。

「はは……」

 選択肢をどこで間違えた?

 やはり、ロクェスと共に来るべきだったか。でも、二人だけでこの大軍をやっつけられたかどうかはわからない。


 精霊の国へ行って、ささやかながら戦力を得て、体が軽くなって、自分には帰るところがあるんだからと心を入れ替えて、エランジの同行に本当はこっそり喜びを感じながら、いけるような気になって、勝手にカルティオーネへ向かって――。


「なに、勘違いしてんだろ」


 選ばれし戦士だから。本来の姿を取り戻したから。メーロワデイルを救って、自分を待つ家族のもとへ一刻も早く帰りたいと願っていたから。すべてが好転したと思っていたから。自分だけが千華をなんとかできる存在だから。

「わかってたのに」

 けれどすべては、無事に城に辿り着いてこそだ。ふたばの口の中に苦いものがこみ上げてくる。ただでさえ世間を知らない、十四年と、三年間の虚無の時間を生きただけの異世界の少女が、ここがどれだけ危険な場所なのか、どれほど切羽詰まった状況にあるところなのか、ちっとも考えずに進めばこんな事態にもなるだろう。

 

 ぼやけた視界に踊るカラフルな水玉が、少しずつ大きくなっていく。右腕で目を擦って、ふたばは後悔した。ドット柄のままで終われば良かった。すぐそこに迫る絶望の影をはっきりと目にして、心も体も、巨大な影に呑み込まれていく。


「ふたばぁーっ!」


 ヒューンルの叫び声に目を閉じた瞬間、体が宙に浮いた。腰を掴まれ、足がぶらぶらと揺れる。


 このまま、高いところから落とされて死ぬのか。


 悲鳴すら上がらない。自分のマヌケさに呆れ果てて、体に力が入らない。


「うおおおお!」

 

 声はすぐ横から聞こえた。

 イーリオのものだ。低くてよく通る、野太い雄叫びを上げている。ひゅんと空を切る音は、まるで矢が放たれた時のもののようだ。


 おそるおそる目を開く。

 浮いていた。自分の細くなったウエストに回されている腕には、金色の籠手がつけられている。顔をあげるとそこに、巨大で、かつファンシーな形状の鳥に乗ったイーリオとエランジの姿が見えた。銀の騎士は槍を振り回して周囲に寄って来た魔物を突き、エランジはその後ろで弓矢を放っている。

「ふたば、しっかり」

 耳の後ろから聞こえたのはロクェスのものだ。

「話は後です。動かないでください」

 旋回していく。なにに乗っているのかはわからないが、ロクェスにぶら下がるように抱かれたまま、ふたばはカルティオーネの上空を舞った。


 イーリオとエランジが翼の魔物達を落としていく様を、地上に蠢くものたちは悔しそうに見上げているだけだ。

 やがて空の敵影がすべて駆逐され、騎士たちは互いに顔を見合わせると力強く頷き、カルティオーネの城、東の塔の上へ向かって飛んだ。



 巨大な鳥のような摩訶不思議な生き物の姿に、ふたばはひたすら愛らしさを感じている。ふわっふわの毛に覆われ、愛らしい耳をぴょこんと立てた白と黒の鳥。よく見ればそれは鳥ではなく、精霊に無理やり翼を付けたような姿をしているように見える。

 そう感じたのは間違いではなく、ロクェスとイーリオに頭を撫でられると鳥たちは姿を変え、元の精霊の姿に戻って騎士たちの肩にぴょこんと乗った。

「精霊って、変身もできるの?」

「できるよ。僕たちほら、魔法使えるから」

「ヒューンルは?」

「僕は尻尾切られたから無理なんだね」

 こんな呑気な会話を交わす一人と一匹の前に、イーリオがまっすぐに立つ。

 腕を組んだ銀の騎士からは鋭い視線が向けられていた。

「随分と勝手な真似をしてくれた」

 いまだに足に力が入らないふたばは、ただ、騎士の怒り顔を見上げている。

「エランジ、お前も。どれだけ皆が心配したか想像できるか?」

「……はい、申し訳ありません、イーリオ様」


 本来ならば三日は説教にあてるところだ、と厳格な銀の騎士は言い放った。彼の特徴である「ドSオーラ」が部屋中にまき散らされていて、お怒りは御尤も、とふたばは思う。だが当然、くどくどと説教をしていられる状況ではない。既に敵の本丸、カルティオーネの城に入っているのだから。


「ふたば、この精霊は癒しの力を持っています」

 険しい顔をしながらも、ロクェスは自分の白い精霊を呼び寄せてふたばの膝の上に置いた。

「頼むぞ」

「あーい!」

 精霊ニティカは愛らしく頷くと、小さな手をふたばの右手の甲の上に乗せる。

 そこから流れ込んできたものが優しくふたばの中を駆け巡り、体を内側から暖めていった。

 力が少し取り戻されてきて、ふたばは微笑む。

「ありがとうニティカ」

「ニティカ?」

 ロクェスは首を傾げている。

「この子の名前だよ。名づけてくれって言われたから……」

 金の騎士の瞳が伏せられる。イーリオが鋭い視線を向けてきたので、ふたばはもう一方の精霊の名も答えた。

「そっちの黒い子は、メダルト」

「そうか」

 そっけない返事だったが、銀の騎士も心の中で思いを噛みしめているようだった。白い精霊ニティカはふたばの膝からぴょんと飛び降りると、次はエランジの足に手を添えている。

「ヒューンルから、カルティオーネへ向かっていると伝えられて来た」

「ヒューンルから?」

 精霊たちは遠く離れていても意思の疎通が可能なのだ、とニティカとメダルトが胸を張る。

「そうなんだ」

「まあね。でも僕はちょっと、力が弱いみたい。とぎれとぎれになっちゃったし、一生懸命やらないとうまくいかなくて、苦労したよ」

 ふわふわの毛を揺らす新米たちと並ぶと、ヒューンルの姿は貧相極まりなかった。むき出しになった地肌は汚れ、しっぽはないし、眼帯も日焼けしたのか色褪せてきている。

「だからずっと無口だったの?」

「そうだよ。ふたば……、僕は心配で仕方なかった。ふたばが無事に千華のもとへたどり着くには、ちょっと足りないって思ってたから。だから、二人に知らせたんだ」


 ひたすらにポジティブなのが、精霊の基本的な性格のはずだ。それなのに、ヒューンルはひどく弱気に見える。そもそも、精霊は泣くものなのだろうか? ここのところ、ふたばはずっとそう感じていた。


「ふたば、行きます。話は歩きながら」

 

 塔の最上階の扉を開けると、中には螺旋階段が続いていた。二回転するごとに踊り場が現れ、部屋があるらしく扉が備え付けられていた。

 イーリオは扉の前で必ず立ち止まって、中の様子を窺っているようだ。

「なんの部屋なの?」

「一番上は見張りの詰所です。それ以外は、問題を起こした者を留め置くために使われています」

(留置所みたいなものかな?)

 こんなに大きな城なのだから、きっと牢屋があるだろうとふたばは思う。ファンタジー世界を舞台にしたゲームには大抵、地下牢があった。そこへ入れられる前に取り調べなどをするところなのかもしれない。そんな風に勝手に納得をして、ふたばは軽やかに階段を降りていく。

 

「ふたば、この塔の出入り口を出ると、城の屋上に出ます。そこから城の中へ入る扉までの間に、魔物がいるかもしれません」

「わかった」

 螺旋はまだ続いている。細長い塔だった。一体何階分なのか、どうやって建てたのか。

(クレーンもないのに)

 そう考えて、ふたばは笑った。

(魔法があるんだっけ)

 魔法のある世界なら、高い高い建物も、凝った装飾も思いのままなのかもしれない。


 階段を下りながら、ふたばはロクェスを振り返ってこんな質問を投げかけた。

「ロクェス、あそこに居た人たちはどうしてるの?」

「ふたばとエランジが出ていったと聞き、私たちは皆で話し合いました。私はすぐに追うと決めましたが、イーリオも共に行くと言い出したからです」

 そこが不思議で、不安に思うところだった。彼らをまとめ、ここまで守り抜いてきたリーダーが出てしまって大丈夫なのか。イーリオの姿を見た時には心底ほっとしたが、すぐにこんな心配が湧き出したのも確かだった。

「皆、我々に『行ってくれ』と。ふたばを助け、この世界に平穏を取り戻してほしいと言いました」


 思わず、立ち止まる。先を行くイーリオ、エランジの足は止まらないが、ロクェスはふたばの隣に立ち止まった。


「これが最大にして最後の機会です。メーロワデイルを生かすも殺すも、私たちの今日にかかっている」

 誠実なロクェスの瞳が、ふたばの震える心に突き刺さる。

「精霊たちは、魔物が皆カルティオーネに集っていると告げてきました。近くに潜むものはもうないと。精霊は嘘をつきません。ですから、イーリオと共に来ました。我々には救いたい御方がいます。けれど今は、ふたば、あなたの助けにもなりたいのです。ここまでたった一人で戦ってきてくれました。……あんなにも良くない形で迎えてしまったことを、私は深く後悔しています」


 ゴミで築き上げた城と、そこに突然乱入してきた元騎士に、ハゲた精霊。そして、ぶっくぶくに太った引きこもりの残念過ぎる十七歳女子。


「ホントに、酷かったね」

「ええ」

 ふたばが笑うと、ロクェスも微笑みを浮かべた。

「二人とも、のんびり話している場合ではない!」


 階下からかかったイーリオの怒り声に、二人は慌てて、階段を再び駆け下りはじめた。

 

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