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わたしとあの子の桶狭間  作者: 澤群キョウ
女王様には、女王様の憂鬱

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31/42

ここからまた、進んで行く

 ロクェスとイーリオ、二人の騎士は揃って目を見開き、自分の前に現れた二体目の精霊の姿を見つめた。


「ロクェス・ウルバルド」

 白い精霊ニティカが微笑み、金の騎士の手を取る。


「イーリオ・バッジ」

 黒い精霊メダルトは顔を輝かせ、銀の騎士の腕を取って高く掲げさせた。


「今日から、この命は精霊と共に」

 騎士たちは光に包まれ、その姿を変えていく。


 異名通りの姿になって、騎士たちは光り輝いていた。

「ふふっ」

 思わず笑みがこぼれてしまうほど、キラピカキラピカ輝いている。

(なるほど)

 メダルトがふたばの姿に簡単に納得してくれた理由がよくわかった。精霊と契約したものは、もれなくド派手な姿を与えられるのだろう。


 精霊の力を得た騎士たちは恐ろしく強かった。彼らの握った剣と槍は輝きを放ち、金と銀の騎士が持つのに相応しい形に姿を変え、切り伏せ、突き刺し、壁に叩き付けていく。

 ふたばも二人に続いて飛び出し、魔物達を撃っていった。あらゆる色、形、大きさの魔物たち、雪崩のように洞窟へ入り込んでくる生きたうねりを、三人は延々と打って、撃って、討って、砕いていく。


 やがて怒涛の進撃は止み、洞窟の中に静寂が訪れた。

 辺りに散らばる肉のかけら、壁に飛んだどす黒い血の染み。魔物達は残らず屠られ、屍を晒している。新しい力を得た二人の騎士は肩で息をしながら、視線を鋭く洞窟の入口へと向けていた。

「ヒューンル、もういない?」

「うん、感じない」

 その声に、ロクェスとイーリオは揃って小さく息を吐いた。そして、自分の横にふわふわと浮いている精霊の頭を撫で、薄く笑みを浮かべている。

「ふたば」

 声をかけられたその瞬間よりもほんの少しだけ先に、ふたばは駆けだしていた。

「ちょっと待ってて!」

「どこ行くの、ふたばー!」


 ヒューンルが追っているとわかっていたが、それに構わずふたばは走った。体が軽い。足が細い。体のあらゆる箇所で「肉が揺れない」。大地を踏み、蹴る足音はどこまでも軽やかで、すべての感覚が心地好かった。

 けれど、向かった先にあったのはあまりにも哀しい光景。

 洞窟の入り口付近に、メダルトが倒れている。魔物達に踏みつけられたのか、通路の端の方に、丸まったような姿勢で転がっている。


 ふたばはその場にひざまずき、血が固まってごわごわになった髪を撫でた。

「メダルト、わたし、見たよ。大地の門へあなたが入っていくところ」

 冷たい。そのヒヤリとした感覚が、悲しい。

「メダルトのおかげで、精霊の国は救われた。すごいね、メダルト……。もっともっと、いっぱい、話したかった」

 目じりに浮かんだ涙を拭って、ふたばは微笑む。

 出会いからここまで、余りにも短かかった。彼がどんな人生を歩んだのか、どんな願いを抱いていたのか。もっと時間を共に過ごせていれば、きっと、もっと……。


「ふたば」

 イーリオはふたばの隣に同じようにひざまずいて、メダルトの胸に手を置いた。

「彼は勇敢な男だった」

「うん」

 イーリオの手が、くるくると回る。その手は優しくメダルトの頬を撫で、死者への哀悼を示した。

「ヒューンルが、ふたばが急に消えてしまったと慌てて逃げてきたのです」

 いつの間にか現れていたロクェスも、メダルトに向けて手を回している。

「どうなっていたのですか? それに、その、随分と姿が変わったようで」

「ああ」

 戸惑うのは当たり前だ。壁に備え付けられた光が生み出すふたばの影は、どこまでも細長い。肉の塊ではなく、まさにヒロイン。流れる長い髪をツインテールにしていて許されるし、ヒラヒラのピンクが憎たらしい程似合うようになっていて、女子が憧れてやまない人間離れしたスタイルを体現している。

 すっと軽やかにロクェスの前に立ち、ふたばは話す。

「姿が見えない魔物が出たの。それに、苦戦してた。いいようにやられていたら、……メダルトが、自分の胸を剣で斬った」

「なんと」

「メダルトの血がかかってね。それで、魔物がどこにいるかわかった。だけど、私は……、辛くて」

 

 すぐに立ち上がって、倒さなければならなかったのに。

 それをやってのけたのはヒューンルだった。泣きながら、ふたばの手を操って必殺技を発動させてくれた。


「気が付いたら、全然知らない場所に居た。草原がずっと広がっていて、遠くに大きな門が見えたから、そこへ行ったの」

「大地の門へ行ったのですか?」

 ロクェスの問いに、ふたばは黙って頷く。

「なにもかもが枯れ果てて、死んでいるような寂しいところだった。だけど、精霊を育てるための希望が少しずつ集まってるって。そう言われて……」


 自分たちの話になって嬉しいのか、精霊たちは二人の騎士の周りを跳ねるように踊り始めている。

「ひゃっほー」

「わっほー!」

 同時に生まれた二体の息はピッタリのようだ。白と黒、愛らしいふわふわが、くるくると陽気に回る。

「なんだいなんだい、いい気なもんだね、君たちときたら」

 ヒューンルは能天気な後輩が気に入らないのか、ダンスの間に割って入り二体を順に突き飛ばした。

「やめなよ、ヒューンル」

「はあい」

 渋々、といった様子で引っ込む精霊に、ふたばはふっと笑った。

「そこでね、幸せを分けてくれって言われたんだ。それで、私の中にあったのを分けてきたの」

「あのてんこもりの中性脂肪を?」

「……まあ、そう、だね。結果的には」


 脂肪そのものではなく、それを作り出した元の成分である「愛情」を。

 甘えと言う名の毒、と思っていた。それを全部出しつくして、ふたばは生まれ変わった。


「すごいなあ。そうか、精霊の王にあったんだね、ふたば。それでデトックス完了しちゃったんだ」

「精霊の王、なの? あの人」

「え? 知らないけど。だって僕見てないし。でも、大地の門にいるのは、精霊の王様だよ。あそこにいるのは王様だけで、僕たちはみーんなあそこで生まれて送り出されるんだよ」

「……そうなんだ」

 初めて聞く話だったのか、ロクェスは大真面目な顔でこくこくと頷いている。


 イーリオの隣にはエランジがやってきていて、二人は一緒に、元盗賊の男の胸に手を置いて目を閉じていた。

 最後の別れを済ませようとしている銀の騎士の肩には、黒い毛の精霊が乗っている。

(なにを思ってるんだろう?)

 ふたばは、黒い精霊はメダルトが生まれ変わったものだと思っていた。明らかにそうだと確信できるものを感じていた。あの二輪の花が咲く時に、見えたからだ。命の素になった「勇敢な魂」の持ち主がそれぞれ、ニティカと、メダルトであったと。

 では今、精霊になった彼は、自分の一つ前の命が終わりを迎えた姿を見て、どう思っているのだろう。


「私は、この男が好きではありませんでした」

 エランジが呟き、その肩をイーリオが抱く。

「国を乱す盗賊団の頭で、狡猾な男だった」

 そう漏らしつつ、無口な青年の顔は悲しげだった。かつてプロレラロルの兵士だった彼にとって、メダルトは「敵」だったのだろう。そんなわだかまりを抱いたまま、ここで時間を共にしていた。語られない、その背中から感じ取る以外にない物語に、ふたばは目を伏せる。


 口を噤んだエランジの代わりに、イーリオが続けた。

「勇敢な魂に、安らぎがあるように」


 全員が、精霊たちまでも大真面目な顔で、手をくるくる回している。

(本人なんじゃないの?)

 前の人生など覚えていないのだろうか?


 手を回し終わるなり、精霊たちは浮かれた様子できゃあきゃあと踊り始めた。

「落ち着け、と言っても……無駄か」

 ロクェスもイーリオも呆れ顔だ。シリアス極まりない二人には似合わない、陽気な精霊たち。彼らの明るいキャラクターについては恐らく承知しているのだろう。

 もう一体の仲間であるヒューンルは体をひくひくと震わせ、ふたばの肩の上でなにかを耐えているようだった。

「ヒューンルも踊りたいの?」

「はあ? 違うし。僕をあんなひよっこたちと同じにしないでもらいたいね」

(素直じゃないなあ)

 どう考えても、一緒に騒ぎたくてうずうずしているとしか思えない。そんな相棒にふたばが笑いをもらすと、洞窟の入口をふらりと影が覆った。


 剣に、槍に、ステッキに、そして弓に手が行く。戦士たちは皆構えたが、現れたのは魔物ではなく、人だった。

「チュード!」

 イーリオの声に安堵の色を浮かべ、戻って来た斥候が歩みを早めていく。

「よく無事だった」

「魔物の群れが出てきた時、傷を負いましたが……。メダルトがほら穴の中に隠してくれたのです」

 血の滲む足を引きずりながらチュードは語る。やがて傍に倒れた命の恩人に気が付いて、泣き崩れ、再び祈りの言葉が洞窟の中に響いた。




 念のためにバリケードを築き直し、洞窟に潜んでいた者たちは全員で集まっていた。一番奥の広い部屋に、子供も大人も老人も皆集まり、まずはなにがあったのかが説明されていく。

 魔物がなだれ込んできて死んだ者もいた。しかしそれ以上に、カルティオーネの騎士たちに精霊の力が取り戻されたことに、全員が喜びの表情を見せた。

「金の騎士ロクェス! 銀の騎士イーリオ!」

 ふたばは部屋の隅で樽の上に座り、その光景を見ていた。二人の騎士は想像以上に人気者だったらしく、輝く鎧を身にまとった姿を目にするなり、全員が「精霊の戦士を称える動き」をしている。


(なんかもう、出番ないかも)

 ふたばはふっと笑った。少なくとも、ここの人々にとって自分はもう必要ない。そう思えて、ヒューンルを掴んでこう耳打ちする。

「ねえ、もう行こう」

「はうん?」

 精霊の口を手でふさぎ、返事を封印してふたばはまた微笑んだ。

「二人だけで、千華のところに行こう」

「もがあ」

 ロクェスはここに潜んでいる人たちのために必要だ。イーリオと共に「計画」とやらを進めたらいい。先程の戦いを見る限り、二人が居ればどんな魔物にも打ち勝てるのではないかと思える。


 ささやかな宴が設けられることになった。今日のこの危機を乗り越え、ふたたび精霊の力を得られたことに感謝をし、犠牲者の少なさを喜ぶ。そして、失われた命を決して忘れないと誓う。


 隅でちまちまと参加しているふたばのもとに、訪れる者はない。

(もしかして、誰かわかんないのかな?)

 ジャンドとリムラは、遠いところからちらちらと様子を窺っている。服装は同じだし、ヒューンルもいる。それでも同一人物だと思われていないとしたら……。

(よっぽどだなあ)

 ふふ、と笑いを漏らし、水を飲む。食料は皆簡素な物ばかりで、味付けなどあったものではないが、精霊の出してくれた水は澄んでいて美味しかった。

 よく噛んで肉を飲み込み、ふたばは決めた。


(行こう)


 

 夜が訪れ、全員が眠りについた。

 いつもとは違い、奥の部屋に全員が集まって眠りについている。

 例外は二人だけで、ロクェスとイーリオは別室で話し合いをしているようだった。

 気が付かれないように静かに進み、ふたばはバリケードの小さな隙間から外へ出た。

 洞窟の入り口で振り返り、心の中で静かに、別れを告げる。


 ロクェスと共に行くべきかもしれない。そう思う気持ちもなくはないが、それよりも。

(もう、誰かが犠牲になるところなんか、見たくない)

 精霊の力を得た騎士ならば、大丈夫だろうとは思う。だが、それでも、もうあんな恐怖を味わいたくないという思いの方が強かった。

(勝手に行ってゴメン)


「どこへ行くんだ」


 ここまでのミッションは完璧だと思っていたふたばは、跳び上がって驚いた。

 突然かけられた声の主はエランジで、洞窟の入り口に立ちふさがり、厳しい眼差しでふたばを見つめている。

「……いや、ちょっと」

「一人で行くつもりか」

(なんでわかるんだろ)

 感心しながら、ふたばは首を振って答えた。

「違うよ。ちょっと、先に行くだけ」

「お前が突然いなくなれば、皆混乱する」

「大丈夫でしょ。精霊の騎士が戻って来たんだから」

「精霊が戻ったのはふたばのおかげだ。誰もが感謝をしている」

「でも」

 悩むふたばの内心を、エランジは見事に見抜いていた。

「誰も近付かなかったのは、ふたば、お前の果たした使命が余りにも大きかったからだ。大地の門へ行き、精霊の王に会い、新しい精霊に命を与えたと……。畏れ多く、それに、余りにも美しくなった。だから皆、近付けなかったのだ」

 サラリと最上級に褒めてきたエランジの言葉に、ふたばは大いに照れた。照れてもじもじした挙句、散々首を傾げる動きをし、最終的にこんなしょうもない台詞を吐き出した。

「ありがと」

「なぜ礼を言う。……とにかく、一人で行くなど、余りにも危険だ」

「一人じゃない、ヒューンルもいるし」

「精霊の力は大きなものだが、精霊自身は戦えない」


 返事に詰まって、ふたばは下を向いた。うつむくくらいしかできない。確かに、一人と一匹の旅は危険だ。ふたば以前にヒューンルがやられてしまっては、この旅の目的は一つも果たされずに終わる。


 一時的な感傷で動いてしまった。今更ながら湧きあがる反省に、ふたばの口が尖っていく。

 では、戻って、また朝を待って、ロクェスと共に行くのか。それが最善の道なのか?


「どうしても今行くのなら、俺も共に行こう。戦いも、道案内も出来る」

「エランジ」


 青年の瞳はまっすぐにふたばに向けられていた。

 彼の瞳が深い緑色なのだと、初めて気が付く。

 

「メダルトは俺とチュードを助けた。俺の命も、誰かのために使いたい。ふたば、精霊の戦士、どうかこの命にフーペニッタが与えられるよう、導いてくれ」

 

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