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わたしとあの子の桶狭間  作者: 澤群キョウ
終末世界のミッションインポッシブル

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26/42

メーロワデイルの休日

 眠るふたばの鼻を、香ばしい匂いがくすぐる。

 ふたばは体を起こし、目をこすりながら立ち上がった。

(いつの間に寝たんだろ)

 深い深い悩みの中にいたはずが、案外簡単に、しかも熟睡していたようだ。体の疲労は随分と取れていて、今日も元気に腹の虫が鳴いている。

 固そうなベッドの上ではヒューンルがふがふが言いながらまだ眠っていて、その小さな体を掴んでふたばは部屋を出た。


 そして、すぐに驚いて固まった。


 部屋を出て右を向くと、通路の先にロクェスとイーリオがいて、二人は何故かお互いの頬を両手で包み合いながら目を閉じ、額と額をくっつけている。

(なにやってんの)

 その行為の意味がわからないふたばの手から、ヒューンルが落ちる。衝撃で目を覚まし、精霊は頭を擦りながら左右を見回し、動かないふたばの姿を指差して笑った。

 洞窟の中に笑い声がこだまして響き合い、ロクェスとイーリオは揃ってふたばたちへ目を向けると、薄く笑みを浮かべて声をかけてきた。

「ふたば、よく休めたか?」

「あい」

 先ほどのおでこのくっつけ合いの意味を聞いていいやら悪いやら、緊張するふたばの返事はややおかしい。

「ふたば、ふたば、あれ、ただの挨拶だから。戦う男同士の挨拶なんだよ、二人は決して変な関係じゃないから安心していいよ!」

「ヒューンル、なにを言っているんだ?」

 ロクェスの怪訝な表情に、ヒューンルは別にぃ、と答えて澄ましている。

(異世界だし、異文化だし)

 おかしな関係ではないという証言に安心しつつ、ふたばも気を取り直すと、ロクェスに声をかけた。

「ロクェス、えと、これからどうするのかって、決まってるのかな」

「それを話したいと思って、呼びに来たところだった」

 そこにイーリオもやってきたので、二人であのヘンテコな挨拶を交わしていたらしい。


 食事を済ませた後、三人と一匹は会議室に移動していた。部屋の入り口の向こう側に見える通路を、男たちが歩いていく。時折見える通行人の姿を見て、ふたばは思う。

(男ばっかり)

 そういえば女性の姿を見た覚えがない。全員の姿を確認してはいないだろうと思うが、女性がいる気配を感じない。

「ここって、男の人しかいないの?」

「そうだな、今はリムラと、連れて帰った子供がいるが……。それ以外に女性はいない」

 ここに潜んでいるのは、カルティオーネの騎士と、それに仕える兵士たち、プロレラロルの兵士と盗賊団、一般市民の生き残りで構成されたメンバーなのだとイーリオは話した。

「安心してほしい。女性に対して決しておかしな真似はしないし、させないと誓おう」

「そんな心配要らないよ、イーリオ。ふたばは十七歳の女の子なのに、それを完全に無駄にする要素の持ち主なんだぬぇぶっ!」

 最後まで言い切る前にパンチをくらって精霊が転がり落ちる。おお痛い、と頬をさすりながら、ヒューンルはすぐに元いたテーブルの上へ笑顔で戻って来た。

(落ち込まないんだっけ)

 そのあまりのポジティブ具合に、呆れるしかない。

「さて本題に入ろう」

 そして、二人の騎士は大真面目だ。ツッコミも入れず、笑いもしない。いつでも誠実さが全開過ぎて、ふたばは何故かひどく申し訳ない気分だ。


「ふたば、私たちは予定通りカルティオーネを目指します。イーリオとも話し合いましたが、事態の収束のために一番良い方法だと結論が出ました」

 金の騎士の穏やかな声に、ふたばはこくこくと頷いた。

(イーリオに認めてもらえたんだ)

 視線を、ロクェスの隣に座る銀の騎士に動かす。イーリオもまた、穏やかな低い声でふたばにこう告げた。

「ふたば、子供たちを救ってもらって本当に感謝している。エランジから詳しい報告を受けた。あっという間に魔物を倒したと。その力でどうか、メーロワデイルを救って欲しい」


 犠牲になった子供たちについても聞いただろうに、話題には上らなかった。


 申し訳なさを安堵で無理矢理封じ込めて、ふたばは頷く。


「わかっ……、わかりました」

「ありがとう」

 二人は揃って左手を胸に当て、右手をふたばに向けて開くとくるくると回した。

 精霊の力を持つ戦士を称えるジェスチャー。過去に散々、それをされてきたであろう二人。

 二人は今、どのような思いでいるのだろう。


 戦いの中に身を置き、魔物から人々を守ってきたのに。彼らの力を奪ったのは千華だが、その向こうに、すべての原因である「自分(ふたば)」がいる。

 精霊の戦士がいなくなって、魔物に対抗する術は失われた。

 そのせいで、たくさんの人が犠牲になった。


 止まらない負のスパイラルに、ふたばは震える。もちろん責任を果たそうと思っているが、その重さがずっしりと肩に、背中にのしかかってきて。

(潰れそうだ)

 そんなふたばの様子に気が付いているのかいないのか、ロクェスはこう続けた。

「ジャンドとリムラはここに残していきます。一緒に行くよりは安全ですから」

 ロクェスの隣でイーリオが静かに頷く。


 ふたば達が出かけていた数日の間に、二人はどれくらい話し合いの時間を持ったのだろう。カルティオーネから、二人がどのような道をそれぞれに歩んだのかはわからないが、恐らく、お互いに報告するだけでも相当な時間がかかったに違いない。

 でもきっと、二人が一番多く時間を割いたのは、これからについて――。


 振り払っていく。自分にまとわりつく闇を、全身を震わせてふたばは払い飛ばしていった。

(後悔してる場合じゃない)

「良かった。それなら、安心だね」

 ロクェスも穏やかな笑顔で頷いている。それを見て、ふたばは自分の頬を両手でパンと叩いた。二人が少し驚いたようだが、気にしない。


(気合、入れなおさなくちゃ)

 何度も折れて、何度も悲しんで、何度も落ち込んだし、何度も泣いた。

 振り返らない、恐れない、怯まない、泣かない。何度も誓ったはずなのに涙が出てきて、ふたばはそれが情けなくてたまらかった。

(みんな戦ってる、みんな覚悟を決めてる)

 今の不幸を、せめて、ここで止めたい。「これ以上」を食い止める。彼らの願いはこれに尽きた。

(応えるって、決めたんだから)


 また、覚悟を決める。何度目かわからない。でも、何度でも決め直したらいい。


(私は弱い)

 ずっと引きこもっていた、哀れなふたば。


(私は強い)

 世界を救う、正義の味方。


(矛盾してるけど、いいんだ)

 弱さも強さも、この世界の悲惨さも、自分の罪も、全部認めて。

(落ち込んでも、辛くても、嫌になっても……)

 それでも進む以外にない。進まないなら、みんな揃って死ぬしかない。


(すごい世界)


 下に向けていた顔を上げ、ふたばは問う。

「ロクェス、もう行くの?」

「ええ」

 金と銀の騎士が揃って頷く。金の騎士は旅立ち、銀の騎士は送り出す。そう決めていたらしい。

「一つ用事を済ませてからだがな。ふたば、それが済むまで、ほんの少しだが休んでくれ」

 用事とはなにか尋ねると、ヒューンルが出しゃばって、ロクェスの新しい剣を作っていると教えてきた。ジョギャという名の鍛冶師は腕が良く、ロクェスの剣を打ち直してくれているらしい。

 今日中にその作業は済む予定なので、ふたばも一日休むといいだろうという話になった。ヒューンルの説明にイーリオがそう付け加え、ロクェスと見つめ合って頷いた後、こう続けた。

「我々は、我々のできることをする。ロクェス、ふたば、どうか無事にカルティオーネへ。ライラックムーンを倒し、尊い方を救い出してくれ」


 ロクェスも確か言っていたはずだ。王子たちを人質に取っていると。

 メダルトの話を聞いた時に、ふっと思い出していたその話。めちゃめちゃに汚れていたふたばの部屋で、騎士ロクェスは、怒っていた。

(あの時はきっと、諦め半分だったんだろうな)

 でも今ならば。精霊の力を持ったふたばがいる、今ならば。


 騎士たちと話を終えると、束の間の自由時間が訪れた。どこに何があるのかちっともわからないふたばは困惑したが、すぐに気を取り直してヒューンルに案内をさせながら洞窟の中を歩き始めた。

 まずは子供たちの様子を見に行くと、ミミッテと呼ばれていた男がリムラと一緒になって、食事の世話をしている真っ最中だった。子供たちは弱っているようで、背中を支えられてなんとか起きているような状態だ。ミミッテが支え、リムラが匙を子供たちの口に運んでいる。

「あ、精霊の戦士!」

 ふたばに気が付いたミミッテが慌てて左手を前に出し、くるくると回す。腕が当たって、リムラの持っていた皿からスープが少しこぼれた。

「もう、ミミッテ、こぼれたよ」

「ごめん、ごめん」

 食事の世話と精霊の戦士の登場、どちらにどう対応したらいいのか戸惑っているようだ。

「後でまた来るよ!」

 取り込み中の現場の邪魔をしてはいけないと、ふたばは足早に去る。


 話をしたい相手はまだいる。メダルトと、エランジの二人だ。

 一緒に戦ってくれて、二人がいてくれてどれだけ心強かったか、伝えたかった。


 長い洞窟の中で散々あちこちを訪ねて、ふたばはようやく二人がいる場所を見つけた。洞窟の出口に一番近い小部屋の中で、出掛ける準備をしている。

「メダルト、エランジ」

 もう一人、一緒になって支度をしている男がいた。彼らは揃って手を突き出して、くるくると回す。

「ふたば」

「出かけるの?」

「ああ。偵察と、食料の調達だ」

「二人が行くの? 昨日の今日なのに」

「仕方ない。俺たちがやっていくために必要なルールだからな」

「ルール?」


 この洞窟に集っている者は、カルティオーネの騎士団、プロレラロルの兵士、盗賊団、そして、魔物達から逃れてきた者で構成されている。それぞれの集団から一人ずつ、戦える者が、三人一組で行動するのが基本になっているのだとメダルトは語った。

「騎士団の連中だけ、盗賊あがりの者だけみたいな、同じ出身の者だけでつるまない。そういう風にやってるんだ」

「なるほど」

 ふたばはちらりとエランジへ目をやる。すると、無口な男は小さく口を開いて、ふたばの方を向いた。

「俺はプロレラロルの兵士だった」

(しゃべった)

 台詞はそれだけで、エランジは矢筒の中身を確認し始めている。もう一人はチュードという名で、イーリオの配下なのだと教えてくれた。

「俺の出番が多くてなあ。盗賊団の中じゃあ一番腕が立つから」

 もじゃもじゃの髭を動かし、メダルトはニヤリと笑う。

 確かに、メダルトは腕が立つ。お頭だったわけだし、それにきっと。

(危ない役目だから)

 自分から買って出ているに違いないとふたばは思う。子供たちを解放した時、メダルトは小さな子供たちを抱いて、瞳を潤ませていた。

(なんで、盗賊なんかしてたんだろう?)

 根っからの悪人だとはとても思えない。明るく豪快な、優しい男としか思えなかった。なにかの間違いで道を踏み外したが、今は元通り、彼にふさわしい道へ戻ったに違いない。

 ふたばはそう考えて、少し悲しい気分になっていく。

 メダルトを変えた原因。それは、世界が大きく壊れたからだ。幸運といっていいのかどうか、わからない。


 そんな想像を、ぶるぶると首を振って払う。すべてはふたばの勝手な考えに過ぎない。メダルトの悪行がどの程度のものだったか、知らないのに勝手な感傷に浸るなんて、おかしいだろう。

「ところでふたば、用があったのか? 俺たちはもう、行かなければならないんだが」

「あ、うん」

 彼らはいつ頃戻るのだろう。そんな疑問が頭をよぎったが、ふたばは結局すぐに、一番伝えたかった言葉を伝えた。

「お礼を言おうと思って。あの時、二人がいてくれて本当に良かった。まだちゃんとお礼を言ってなかったから。私一人じゃ絶対に勝てなかった。本当にありがとう」

「ははは、やめろよふたば。礼を言うのは間違いなくこっちの方だ。あいつら相手じゃ、俺達だけでは、プッチンレップしたって勝てないんだからな!」

(ぷっちんれっぷ?)

「言葉も通じないって言うのに、よく理解してくれた。お前は素晴らしい戦士だ。あいつらを救ってくれて、本当にありがとう。子供たちは希望だ。三人も救えたことを、皆がどれだけ喜んでいるか……」

 メダルトがふたばの手を取ると、エランジもその上に自分の手を重ね、更に、チュードも手を乗せてきた。

 

 なぜかヒューンルまで手を重ねてきて、それに微笑むとメダルトは口を開いた。

「精霊の戦士ふたば、メーロワデイルにもたらされた希望。神の恵みに、感謝を」

 ふたばの肩を大きな手が叩く。


(これで、もう会えないかもしれない) 

 出発は明日だ。彼らは今日中には戻って来ないかもしれない。戻ってきていたとしても、休んでいて会えないかもしれない。

 しかしそんな乙女の感傷を口に出すことは、ふたばには出来なかった。


 彼らの姿が余りにも勇敢だったから。

 仲間を守るため、自らの体を張る男たちの背中へ、無言のエールを送る。


 見張りの三人組が洞窟を出ていく姿を見送り、姿が見えなくなってもまだ、ふたばはじっと、しばらくの間そこに留まり続けた。

 

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