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わたしとあの子の桶狭間  作者: 澤群キョウ
終末世界のミッションインポッシブル

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19/42

ビター・ビター・ビター

「私は千華……、ライラックムーンを親友だと思ってた。三歳の頃に知り合って、そこからずっと同じ幼稚園、小学校、中学校に通って、いつでも、なにをするのも一緒だった」

 イーリオの眉がきゅきゅっと上がる。疑問があったようだが、特に口をはさむ様子はない。なので、ふたばは続けた。

「私は千華が大好きだった。頭が良くて美人で、運動神経も抜群、スタイルもよくて、みんなの憧れの存在だった。そんな素敵な千華が私の親友で、人生で一番長く一緒に過ごしているのが、私のなによりの自慢だった……」


 千華に憧れて同じ洋服を欲しがったり、同じ髪型にしてみたり。やってみるとふたばにはちっとも似合わなかったのだが、それでも真似したいと思えるほどに千華が好きだったし、憧れていた。

「でもそれは、私の一方的な思いでしかなかった。私がこんなに大好きで、いつでも一緒なんだから当然、千華も私を好きでいてくれるって思ってた。だけど」


 

 あの雨の日の戦いが終わり、次の日。雨に打たれたせいか、ふたばは高熱を出して寝込んでいた。学校を休んで、額に熱さまし用のシートをはりつけた姿でベッドの上でうんうん唸りながら、ずっとずっと、考えていた。

(千華があんなことを言った理由は――)

 それはきっと「魔物のせい」だ。いつもは獰猛で恐ろしい魔獣が現れて襲い掛かってくるだけだが、例えば目には見えない、心を惑わせるようなものがいるかもしれない。いや、そういう物がいて、千華に怪しげな術をかけているに違いない。

 そんな展開が、ふたばが一番好きで見ていた「魔法少女(マジカルガール) ミミ・ミ・ミラクル」の劇中にもあった。主人公「ミミ」の親友が魔物に操られて「あんたなんかいなくなればいい」と暴言を吐いてくるシーンは、衝撃的だった。幼いふたばも「ミミ」と一緒になってショックを受け、友人を失った悲しみに涙をしたのは幼稚園の年長さんの頃。

(そうに違いない)

 そうでなければ、千華があんな台詞をいう訳がない。そうでなければ、千華が「馬鹿」なんて言葉を使うわけがない。完璧な見た目、完璧な知性、完璧な憧れの美少女である千華に、欠点などないのだから。


 いつの間にか眠っていたふたばは、時計を見て飛び起きた。もう授業は終わって、下校時刻になっている。千華の入っている弓道部は活動がない曜日だ。つまり、もう、千華が、帰ってくる。


 パジャマのままで慌てて外へ飛び出し、アスファルトの上を駆けていく。昨日散々降った雨の名残で、道路はあちこちが濡れたままだ。

「千華! 千華ーっ!」

 出海家まで、走れば五分もかからない。いつも通り帰って来るなら、そろそろ玄関の上品なこげ茶色の扉の前に辿り着く頃で。

「千華ーっ!」

 日陰に残っていた大きな水たまりの中に足を突っ込んで、跳んだ飛沫でパジャマのズボンがずぶ濡れになっても気にせずに。この日もまた濡れねずみになって、ふたばは走って、走って、そして。

「千華!」

 ぜえぜえと息を切らしたふたばの視線の先には、家の門を開けようとする親友の姿があった。

「ふたば」

 千華は門に手をかけたまま、顔だけを振り向かせた。

 その視線は冷たくて、まるで汚物でも見ているかのように鋭い。

「ちか、千華……、良かった、もう大丈夫」

 

 千華の切れ長の瞳が、細くなり、吊り上がる。

 憧れの親友は、形の良い眉をひそめ、そして一言。

「もう大丈夫って、なにが?」

「千華に取り付いている、悪い、魔物……、私が倒してあげるから……!」

 息を切らせながら、足に拳に力を入れて、ふたばは構える。


 コーラルシャイン。世界を照らす、正義の光。平和を脅かす悪を許さぬ、異世界からやってきた精霊に力を与えられた、選ばれし戦士。


 ヒューンルから与えられたペンダントを握りしめ、叫ぶ。

「世界を照らす正義の」

 変身のセリフの途中だというのに、千華は門を開けて去ろうとしている。

「え、ちょっと待って! えーと、コーラルパワー・シャイニングチェーンジ!」

 間を省略して叫ぶが、反応はなかった。いつもならば光に包まれ、衣装が変わり、ステッキが現れてすべてが完了する。そのはずなのに、ふたばの姿ははずぶ濡れしっとりパジャマのまま。

「なんで?」


「ふたば、ふたばっ、敵がいないからだよ! 魔物がいない場合、変身はできないのっ」

 どこからかヒューンルの声が聞こえてきて、初めてのパターンにふたばは戸惑い、愕然とする。


(魔物がいない?)


「もういい?」

 そして、千華の冷たいセリフ。門に手をかけたまま、呆れた態度を隠そうともしない。

「あれ、え? だって千華は、悪い魔物に操られてるんだよね? 昨日のあの紫のヤツと一緒に、こっそりついてきてるのがいたんだよ。それで、ライラックムーンを辞めようって思わされちゃってるんだよ。だってこんなのおかしいもん。コーラルシャインとライラックムーンは、二人組の正義の味方なんだよ。最高の二人だもん。それで、世界をまもっ」

 

 胸のうちに渦巻く思いをそのまま吐き出していたふたばを止めたのは、千華の瞳だった。なにも浮かんでいない。なんの感情もない。面白くも、つまらなくもない。ただただ、興味がない。そんな視線に気が付いて、ふたばの足は震える。


「もうやめるって言ったでしょ、昨日」

 そして一転、笑顔。もちろん、目は笑っていない。

「先生の話はよく聞きましょうって、よく言われてまちゅもんねえ、ふたばちゃんは!」

 幼児に言い聞かせるような小馬鹿にした口調で言い捨てると千華は微笑み、そしてまた、きりりとしたクールな表情を浮かべて、出海家の門を開けた。


 慌てるふたばの口からようやく飛び出したのは、こんな一言だけ。

「ほんとにもう、やめるの?」

 千華から返されたのは、たったこれだけ。

「しつこい」

 ふたばの姿を見もせずに、ドアの向こうに後姿が去って行く。



 その後、どうにかとぼとぼと家へ向かって歩く間に、ふたばは同じクラスの女生徒たちに遭遇した。

(あれも、これも)

 どうしたの、ふたばちゃん。どうしたのその格好。どうして泣いてるの? ねえ大丈夫? 家まで送るよ。歩ける? しっかりして。

(全部が崩壊に向かって揃えられていた)


 千華、千華、どうして。


 泣きながら漏らした、ふたばの悲しみ。それを、年頃の女の子たちは敏感に掬い上げていく。二人のこれまで、ふたばと千華、仲良しの大親友。いつでも一緒だった二人。その二人の間にあった、「なにか」。

(どれか一つでも欠けていれば……)

 結果は違っていただろうか? わからない。同じかもしれない。決定的に壊れなければ、世界の運命は変わっていたかもしれない? ――だとしたら。


(やっぱり、私がメーロワデイルを救わなきゃならない)



「千華は、私を好きじゃなかった」

 イーリオは組んだ手をテーブルの上に置き、小さく頷く。

「ほう」

「私が一方的にじゃれついて、いつでも引っ付いてて、どこに行くにも一緒になるようにしてただけ。あっちは本当にそれが迷惑だった。魔物と戦うのも、千華は嫌だった」


 あの時やめると言ったのは、ライラックムーンを、正義の味方をやめる。


 それともう一つ。それまで続けていた「お友達」のフリはもう、やめる。

 

 ずぶ濡れで帰宅したふたばはまた熱を出し、今度は三日も寝込んでしまった。

 週が明けて月曜日。学校へ行かなければならないが、足が重かった。また千華にあんな冷たい目を向けられたら。想像すると、とても耐えられない。

 朝食もなかなか進まない娘に、両親は優しくこう話す。もしもまだ具合が悪いなら、無理をすることはないよ、と。

 そう言われてしまっては、立ち上がるしかない。心配をかけたくない。体調は良くなったし、「親友と喧嘩している」なんて、親に知られたくなかった。


(謝ろう)

 自分のどこがいけなかったか、ふたばにはわからない。けれど、なにかがあったんだろう。気に障った理由をちゃんと聞いて、謝って、許してもらう。それで二人の仲は元通りになる。

 それどころか理解を深め合って、前よりもずっと仲良くなれるかもしれない。

 湧いてきた希望に背中を押され、ふたばの歩みは速度を上げていく。

(もしかしたら)

 熱にうなされながらも一つ、思い当たることはあったのだ。あの日、千華は怪我をしていた。それほど大きな怪我ではなかったけれど、白くて美しい千華の肌に傷がついてしまった。あの綺麗な足に傷跡が残ったらそれは、大変な損害になる。その心配をしていなかったと、ふたばは深く反省していた。

(まずはそれから謝るんだ)

 

 決意をもって向かった教室。そして、ふたばがそこで見たのは――。




「意味がわからない。それが、ライラックムーンがメーロワデイルを支配しようとする理由になるのか?」

 すべてを語り尽したふたばに対し投げかけられたのはこんな言葉だった。

(あれ?)

 イーリオの視線はますます鋭さを増し、虐げられることに性的な興奮を覚える者には最大級のご褒美になるであろう究極の冷たさを伴っている。

「え、いや、ええと。……千華とはそれ以来会ってなくて、それで、どうしてこっちの世界へ来たのかまではちょっとわからなくって」

「子供同士が喧嘩をして、物別れになった。チュウガッコウだのヨウチエンだのといった物がなにを指すかはわからないが、よくある話だろう。たかだかそれだけで、世界を支配しようなどと思うものか?」

 冷たさの他に、疑いの色まで濃くなっていく。

(そっか、中学校とかこっちにはないよね)

 イーリオの疑問の表情は、地球独特の固有名詞が理解できなかったかららしい。ロクェスの話の中にも聞き慣れない単語が混じっているし、互いの世界に「ない」ものは、置き換えられる言葉がないのだろう。

(そんな事情を考えている場合じゃない)


 ふたばと千華の間にできた、埋められない溝。いや、溝どころではない、決して行き来できないであろう深くて暗い谷について、理解してもらえていない。


 あんなにも強い憎しみを真正面からぶつけられて、ふたばは深く傷ついた。

 

 では、ぶつけた側の千華はどうだっただろう。

 心の底から叫んで叫んで、憎しみをふたばにぶつけて、その後。


「お前は本当にライラックムーンを倒しに来たのか? それどころか、まだ仲直りをしようとでも思っているのではないか」

 イーリオの後ろに立つ男たちが、手に力を入れたように見えた。ふたばはそう感じて、背中にうすら寒いものを感じた。

(確かに)

 仲直りしたかったけど、無理だった。ふたばの話を要約すると、そうなってしまう。

(そういう話じゃないんだけど)


「駄目だなあ、イーリオ。だからロクェスと違ってモテないんだよー」


 焦るふたばを救ったのは、精霊のこんな声だ。


 怒り顔で振り返るイーリオの向こうで、鳥かごの中で縛られたヒューンルが笑っている。

「年頃の女の子はセンシティブなんだあー。些細なことで傷つくし、大人だったらくだらないと思うあれこれが、これ以上ないくらい重大な、世界の存亡に関わるんじゃないかってレベルに感じられるものなんだよ。ましてや、文化の違う世界から来た子なんだから。そこは理解してあげなきゃねえ」


(センシティブだと思ってるなら)

 人の容姿を嘲笑うのはやめるべきだろう。


「ねえイーリオ、ふたばと千華は違うんだ。ふたばは純正の、精霊に選ばれる要素のある人間。千華はあくまでオマケだよ。ふたばの助力になればいいと思ってオプションとして採用しただけだから。適正はあったけど、資格はなかった。精霊と共に戦った君なら、わかるよね?」

 

 イーリオの眉間に入った力がみるみる緩んでいく。

 氷のような冷たい目が閉じて、銀の騎士は手を組むと小さく、息を吐いた。

 

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