白い花の祈り
ヒラリ、花びらを一枚握りつぶす。
「大丈夫なかい、外に出て」
「うん、今日は大分調子がいいから」
カラリと障子戸が開いて、私を気遣う声が後ろから聞こえる。
誰だなんて顔を見ずとも分かるから、視線は桜に向けたまま返事をする。月に照らされた桜が妖しく輝いて、私は思わず目をつぶった。
「…とか言って、顔色悪いじゃない」
「…月のせいじゃない?」
額に添えられた手を振り払いながら言う。この人はいつの間に隣に立ったんだ。
久しぶりに外の空気を吸った。人が嫌い、という理由で部屋に籠っていた私はなんて馬鹿だったんだと、今更ながらに思い知る。今も人間が嫌いという事実に変わりはないけども。
「ちょ、加慈さん刀…」
「ん?あぁ、悪い」
そう言いながら、肩に載せた刀を右手、私のいない方の手に持ちかえる。
1ヶ月前まで、この刀が私の喉元に添えられていたんだと思うと、自然に体が強ばった。
「椿、そろそろ中に入れ。死ぬぞ」
「あと5分…」
私達は…只の人斬りと人質だったはずの私達は、いつからこんな関係になったんだろう。
きっと加慈さんが、私が本当に月の下でしか生きられない人間だと知った、そのときから。
『私を人質にとるっていうんなら、それは無駄だよ』
『あぁ?』
『太陽の下に出れない姫の肩書きなんて無意味でしょう?』
『太陽の下にって…』
『私は太陽の光を浴びると死ぬの』
結果をいえば、一応家はこんな私のことをまだ覚えていたらしい。
加慈さんが何に対しても反応の薄い私に興味をなくして、太陽の下に突き飛ばしたその瞬間から私達の世界は反転した。
向かってくるものすべてを切り捨てた赤鬼と、持っているものすべてを捨てた名家の姫と。
「お前は、どうしてこんなに肌が白いんだろうっていつも考えてた」
「答えは出た?」
「ずっと月の下で生きてるから…っていう答えにたどり着いた」
「なんで加慈さんって、こんなに髪が赤いんだろうって、いつも考えてた」
「うんうん、で?」
「沢山の業をその身に背負っているから…っていう答えにたどり着いた」
未来の事は分からないけれど、とりあえずはこの赤鬼と生きていこうと思った。