「お前の本性を暴いてやる」と王子は婚約者に魔術をかけた。おや?公爵令嬢の様子が⋯⋯!?
王宮の大広間にて、本日は夏の大夜会が開かれ各地から貴族が集まっていた。
大広間に飾られる花や料理には各地の名産品や新商品が使われ、普段は自領にいることが多い領主達のビジネスチャンスを生み出す絶好の機会になっている。
伯爵家四男の俺フィオネル゠ロドリクスは参加者としてではなく、何かあった時の治癒部隊の一員として主催者側で参加していた。
四男なんてほぼ貴族扱いされないし、最低限王宮官吏としてやっていけるだけのマナーと教養しか教わってないから、このくだけた性格も仕方無いと思っている。
あ〜あ、せめて三男なら運が良ければこの夜会の招待状が回ってきて、あれもこれも各地の名産品に舌鼓を打つことが出来たのになぁ。
主催者側じゃ近づくことも出来やしない。後で残った品を厨房で摘ませてもらおうかな〜と呑気なことを考えていたのだが。
「ローザリンデ=クロムウェル公爵令嬢!第三王子カノッサの名の下に、貴様との婚約を破棄するっ!そして可憐なマチルダ=パッショナル子爵令嬢を我が妃とする!!」
それまで穏やかだった場に、突如不釣り合いな声が響き渡った。
アイツ、日頃からアホだアホだとは思っていたがとうとうやらかしやがったか。
俺はウンザリした顔を隠さず、声のした方を見た。
そこには大広間のど真ん中で、自身の左に立つマチルダと呼ばれた少女の腰に腕をまわしながらドヤ顔を晒す第三王子殿下がいた。
ローザリンデ嬢と俺は遠戚関係にあり、ロドリクス伯爵家はクロムウェル公爵家の寄子だ。
その縁でもうすぐ伯爵家を継ぐ一番上の兄からも、ローザリンデ嬢が参内する際は出来るだけサポートするよう言いつけられていた。
まあ爵位も継がない四男で、王宮勤めとはいえ一介の治癒師に出来ることなど限られている。
せいぜい第三王子のやらかしや不貞の様子を兄を通じてクロムウェル公爵家へ報告したり、第三王子と浮気相手の相手をして疲れたローザリンデ嬢へリラックス効果のある香を調合して差し入れしたりするくらいだ。
名を呼ばれたローザリンデ嬢は共にいた父親から離れて、仕方なく第三王子の前へ歩み出た。
何が出来るわけでもないが、俺もローザリンデ嬢の近くへと移動した。
「婚約破棄ですか。一応理由をお伺いしても?」
「フンッ!こんな時ですら可愛げの無い。そんな所も理由の1つだが、嫉妬に駆られた貴様は我が最愛のマチルダに嫌がらせを繰り返しただろう。そんな性の悪い者を格式高い王家へ入れる訳にはいかぬっ」
ドヤ顔で話す内容はあまりにも幼稚で、俺は開いた口が塞がらなくなりそうだったが根性で閉じた。
そもそもローザリンデ嬢が王家に名を連ねるのでは無い。あの第三王子が公爵家に婿入りするのだ。もちろん公爵位はローザリンデ嬢が継ぐ。
まあアイツの言葉を借りるなら、建国以来何度も国難を払い王国を救ってきた由緒正しい公爵家に、こんなアホを一時でも入れずに済んだことは僥倖だろう。
「ローザリンデ様、アタシ、あなたがとっても怖かったです。謝って下さい。そしたらカノッサにお願いして許してあげますっ」
馴れ馴れしく名を呼ばれ、ローザリンデ嬢の眉がピクリと動き不快感を表す。
「やってもいないことを謝罪など致しません。ですが、婚約破棄は慎んでお受け致します」
ローザリンデ嬢は平素のアルカイックスマイルを浮かべ、話を終わらせようとした。
「ええいっ、どこまでも小賢しい女よっ!今ここでその醜い本性を暴いてやるっ!皆の者、とくと見るが良い、これがクロムウェル公爵家の氷結の悪女だっ!!」
第三王子はその身に宿す膨大な魔力を掌に集約させ、術式を込めてローザリンデ嬢へと放った。
「うそだろっ!!」
咄嗟に前に出ようとしたが、人垣が邪魔で間に合わない。
少しでも近づこうと人を掻き分け進むと、ローザリンデ嬢は手を翳し、氷のシールドで術を跳ね返そうとしていた。
ローザリンデ嬢は魔力量も技術も貴族内ではトップクラスだが、腐っても王族の第三王子の方が魔力量だけは上回っていた。
結果ローザリンデ嬢のシールドはしばらく拮抗した後に決壊し、彼女の身体は得体のしれない霧のような靄に包まれた。
「ローザリンデ様!!…………っ!?」
俺は思わず叫んだが、ふいに物凄い魔力を感知しその凄まじい圧に動けなくなった。
同じく駆け寄ろうとした警備の騎士や他の寄子の者達も、全身が強張り足が竦んでしまっていた。
皆が固唾を呑んで見守る中、ローザリンデ嬢らしき人影がスッと腕を上げると、靄がきれいに晴れていった。
現れたのは凛と佇むローザリンデ嬢。
一見したところ、目立つ怪我も汚れもない。
しかし、どこかいつもの彼女の様子とは違っていた。
まず醸し出す雰囲気が違う。更に魔力の質というか、その身を覆うオーラが圧倒的強者のものになっている。
「何ともお粗末な術式よ。これを構築したのはお前か。王族の小僧」
ローザリンデ嬢の口から、普段より一段と低い声が発せられた。
「なっ、貴様、不敬だぞっ!」
第三王子は気圧されつつ何とか威厳を保とうとする。
「術式に無駄が多いし誤用もある。本当は何か良からぬものに変化させるか、身体の一部を醜く変形させたかったんじゃないか?ククッ、雑な術に間違った式が重なり合って禁術の類に限りなく近くなり、私が甦ってしまったではないか」
嘲笑と共に第三王子渾身のオリジナル魔術が、これでもかとこき下ろされる。
「まさか、ヒュドラクス゠クロムウェル……」
事態を見守っていた(ほぼ空気になっていたともいう)国王陛下が呟く。
「ほぉ、我を知っているか。そこの小僧よりはマシなようだな」
ヒュドラクス閣下は満足気に頷き、美しく整えられたローザリンデ嬢の前髪をオールバックに掻き上げた。
その令嬢らしからぬ威風堂々とした姿に、その一挙手一投足に誰しも目が離せなかった。
ヒュドラクス゠クロムウェル。またの名を氷結の魔王。
王国が存亡の危機に陥った際に彼は前任を廃して宰相の座に就き、ありとあらゆる手段を用いて国を救った。
家系魔術が一際強力な氷属性ということもあり、国内外問わず敵とみなした者全てを文字通り身も心も凍らせた。
彼はローザリンデ嬢の高祖父にあたる。
「さてこの不安定な術が崩壊する前に、玄孫のために後顧の憂いを断とう」
ローザリンデ嬢の姿を借りたヒュドラクス閣下は姿勢を正し、身の内から氷の魔力をのせた覇気を放った。
正面からそれを受けた第三王子の顔面は蒼白になり、足はギリギリ立っているのがやっとなほどに震えている。
第三王子に縋り付いていたマチルダは気を失い、その場に突っ伏していた。
大広間にいた者達も余波を受け、其々影響が出ている。
魔力の弱い者や荒事に慣れていない女性陣は、マナー違反よりも転倒による怪我を避けるためその場に座り込んだ。
「総じて平和な世に胡座を掻き過ぎだ。全く王族に生まれながら、そこに虫けらのごとく地を這っている女に現を抜かすなど愚かにもほどがある。我がクロムウェル公爵家に貴様のような愚物は相応しくない」
それは俺も完全同意!閣下の明け透けな物言いに、胸のすく思いがした。
第三王子は反論したくとも身体を思うように動かせず、渋面を浮かべるのが精一杯のようだ。
「して、今代の王よ。この落とし前をいかに付ける」
急に矛先を向けられた国王陛下は、少し逡巡した後目を閉じて観念したようだった。
「第三王子カノッサの王位継承権を剥奪し、公爵家との婚約も白紙とする」
白紙か〜。まあ、いくらローザリンデ嬢が悪くないといえど、破棄だと瑕疵と捉えられるからなぁ。
「その話は既に玄孫が了承して終わっている筈だが」
閣下はフンと一笑に付す。
目の前の閣下の登場に驚いて忘れがちだけど、確かにそうだったわ。
「さっ、更にカノッサを王族籍から除籍し北の塔に無期限で幽閉…」
「幽閉?何故だ。何の罪で?」
閣下の問に、国王陛下は意図をはかりかねて眉を寄せた。
「婚約を勝手に潰したことで、王命に背いたことによっ…」
「小僧の愚かさは親譲りかっ」
閣下の周囲の冷気が増した。
わりと近くにいる俺もちょっと寒い。
国王陛下は俺より離れているのに、唇が真っ青だ。
「ハァ、仕方ない。罪状は誣告罪、名誉毀損罪、暴行罪、殺人未遂に国家反逆罪だ。これほどの罪を重ねれば幽閉など生ぬるいだろう。しかも王族籍を外され平民としての扱いなら、この場で即座に頭と胴が離れてもおかしくはない」
「なっ、そこまでの罪は犯してはいまい」
国王陛下は慌てて言い募る。
「己の不貞を棚に上げ公爵令嬢へ公の場で、冤罪による断罪をしようとした時点で最初の二つの罪。いきなり魔術をぶつけて三つ目。しかも下手くそな術式で、一歩間違えば受けた本人の生命の保証は無い点で四つ目。安全性の配慮など全く考えていないことは、実際受けた私が分かっている。最後に王命を無視しての自分勝手な婚約破棄。これは国家反逆罪に等しい。以上により王家は元王族の小僧を厳罰に処した上で、公爵令嬢へ不貞、名誉毀損、暴行、契約違反の全てに応じた賠償金並びに慰謝料を支払うこと」
閣下の言い分は全て正しい。正しいからこそ、国王陛下は何も言えなかった。
うわぁ~その全てに見合う金額って城が一つ建っちゃいそうだな〜。
そういやあの元第三王子はというと、やっと事の重大さが分かったのか血の気を失った顔で呆然と立ち尽くしていた。
既に閣下の覇気の影響は無くなりつつあるのに、足元で伸びている愛した筈の女を気遣う素振りも無い。
「ここまでの愚行を止めきれなかった周囲にも、追って沙汰があると思え」
閣下が目配せをすると、現クロムウェル公爵が重々しく頷いた。
呑気にアホを見ていた俺だが、閣下の言葉にギクリと身体を震わせる。
他にもあのアホを持て囃しヨイショしていた連中の顔色が軒並み良くない。
俺はアホ側では無かったけど、力不足を詰められたら言い訳出来ないな。
ごめん、親父、兄貴達……。
「恐れながら、ヒュドラクス閣下!」
俺は閣下の前に飛び出し跪いた。
「何だ」
「王宮治癒師団に所属しております、ロドリクス伯爵家四男フィオネルと申します。クロムウェル公爵家の寄子かつ王宮勤めにもかかわらず、此度の凶行を把握出来ずクロムウェル公爵令嬢に危機が及んでしまいましたこと、誠に申し訳ございませんでした。ロドリクス伯爵家の責は私にあります。どうぞ伯爵家への罰は私一身にお願いいたします」
貴族で大事にされるのは嫡男とスペアの次男、それから政略に使える令嬢とギリギリ三男くらい。四男の俺が王宮勤め出来るくらいまで育てて貰えたのは幸運だった。
王宮勤めとはいえ、正式な身分を聞かれたらほとんど平民に近い。騎士爵や準男爵を叙爵されるほどの功績も挙げていない。
家を守るためにという貴族らしい役割を果たして、貴族として今生を終えるには絶好の機会だ。
俺にとっても、伯爵家にとってもウィン・ウィンの結末になるはずだ。
「お前……」
閣下は怪訝な顔で俺を見る。
視界の隅に顔を青くした親父の顔が見えた。
「ロドリクス伯爵家か。何やら懐かしい魔力を感じる。特に処罰対象ではないが、その身を差し出すというなら少し付き合ってもらおうか」
閣下は口端を上げて僅かに笑った。
えっ?俺早まったってこと?
親父の顔が青かったのはそういうことだったのか!?
「元王族の小僧、お前の術式を正しく応用するぞ。奇跡の魔術を冥土の土産に見ていけ」
閣下は俺に近づき片手を俺の頭に翳した。
その掌から、キラキラと美しいダイヤモンドダストのような光が俺に振り注いだ。
ねぇ、これマズくない?親父、色々足りない俺で本当にごめん。
後悔と未知への恐怖に苛まれながら、俺は自分の意識が堕ちていくのを感じていた。
奈落に吸い込まれるような俺に代わって、別の何かが浮上する。
「あら、ヒュー?」
俺の口が知らない女性の、高い声を出す。
俺の意識は俺の身体から隔離され、目の前の光景もまるで舞台を鑑賞しているように感じる。
「せっかく君に会えたのに、互いにこの姿ではな」
閣下は言葉と同時に腕を振り上げ、ローザリンデ嬢と俺の全身を包みこむ煙のような魔術を展開した。
煙が消えると、周囲がざわめいた。
そこにいたのは元の二人ではなく、ヒュドラクス閣下と優しげな淑女だった。
そして閣下の瞳が愛おしげに細められ、見つめられる淑女もとい俺。
そして俺の意思に反して身体が勝手に動き、まさかの閣下と両手を取り合い親密な様子が醸し出される。
いやいくらイケオジの閣下とはいえ、男と手を取り合う趣味はないんだが。
俺の焦りなど届くはずもなく、俺の身体はピタリと閣下に寄り添う。
「フィオリナ、喚び起こしてしまいすまなかったな。元王族の小僧が下手な術式で私を無理やり喚び起こした影響で、玄孫のローザリンデの身体は私と同等の魔力が強制的に引き出されてしまったのだ」
今回の不思議な出来事の顛末が、二人の口から語られる。
「あらまあ、ローザリンデちゃんは私達の玄孫なの。ふふ、魔力の質といい遺伝的にヒューに一番近かったのね。でも有事に備えて普段から鍛えていない令嬢の身体では負担でしかないわねぇ。このまま解放したら、身体が耐えられずに普通の生活を送ることもままならなくなりそうだわぁ」
おっとりと、とんでもない事実を話す俺の口。
ローザリンデ嬢の高祖母ってことは、ヒュドラクス閣下もとい氷結の魔王の奥さん……希望の聖女様だ!
一人で過剰戦力な魔王がやり過ぎた時に唯一止めることが出来た、王国民いや人類の希望!!
そんな人が何故俺に?
「その通りなんだ、フィー。そこで何故か飛び出してきたロドリクス家の倅から、君と同じ質の魔力を感じてな」
俺って謎に飛び出した変な奴扱い!?居た堪れねぇ……。ってか、閣下聖女様の前でキャラ変わり過ぎ!
「そうねぇ、この子も私達の玄孫ね。たぶん孫のフローリアの孫よ。姿を確認出来ないのが残念だわぁ」
そうなんだ。ローザリンデ嬢と遠戚とは聞いていたけど、こういうことだったのか。
で、俺も聖女様の遺伝を強く受け継いでるってこと?
「そこで、君の強大な癒しの魔力でローザリンデを救って欲しいんだ」
どちら様ですか?と聞きたくなるほど、優しい声音と穏やかな表情で聖女様にお願いする閣下。
「もちろんよ。可愛い玄孫のためだもの。ただ
継続的な治癒が必要よ。ローザリンデちゃんの身体に、ヒューの強過ぎる魔力を馴染ませるには時間がかかるもの。特に最初は四六時中傍で魔力の流れを見て、無理が生じた箇所を都度治癒術をかけていく感じになるかしら」
ひえ〜、結構大変かも。ん?ってことは、俺はいつ自分の身体に戻れるんだ?
「そうか。ただ我々もいつまでも現世にはいられないから……」
閣下は呟くと同時に腕を軽く振り、ノールックで魔術を放った。
「ぎゃあああっ!?」
一瞬の悲鳴と共にゴトリと鈍い音がして、何かが床に転がった。
「あらあら」
聖女様は片手を頬に当てて嘆息した。
音のした所には、元第三王子の氷像が転がっていた。
「今更逃げようなどと往生際の悪い。下手に幽閉でもして、これ以上厄介事を生み出されては国が傾く。種のスペアにしても不良品はいらぬ。そうだな、ついでに他も処分してやろうか。毒杯を用意するにも民の血税による。私の魔術なら民への負担は無いぞ、今代の王よ」
まさしく魔王降臨!聖女様と穏やかに話していた閣下はやはり偽者だったか!?
あまりの豹変ぶりに、周囲が凍りついた。
「もう!ヒューったらだめよ。私達には時間が無いの。ローザリンデちゃんを助けるのが先。あと二人が四六時中一緒にいられるようにしてあげないと」
聖女様は両手で閣下の頰を包み込み、自分の方へ向かせて閣下を叱った。
「すまない、そうであったな」
聖女様と目が合うやいなや、閣下の瞳がトロリとした愛おしげな眼差しに変わり、刺々しかったオーラも一気に鳴りを潜めた。
流石、希望の聖女様!
「じゃあ、このまま最初の治癒術をかけるわね。私の魔力の流れ、使い方、感覚、それぞれをしっかり覚えなさいね。フィオネルくん、あとは頼んだわよ」
えっ、俺の名前……。
一瞬呆けるが、聖女様の心地よい魔力を感じながらその流れや感覚を一生懸命追いかけた。
「現クロムウェル公爵、ロドリクス伯爵よ。ローザリンデを救うため、フィオネルを婚約者とし四六時中傍に付けよ。今代の王、この婚約を賠償の一環として認めよ」
閣下の鋭い指示が飛び、公爵と伯爵は恭しく頭を下げた。
「相分かった」
国王陛下の了承を確認すると、閣下は俺達にかけられた魔術を順に解いていった。
最初に俺とローザリンデ嬢の姿が元に戻り、ローザリンデ嬢の姿をした閣下が美しく微笑むと、隔離された俺の意識が前面に押し出され身体に馴染んていく。
俺達を包むダイヤモンドダストの粒子は、しばらく周りで輝いた後すうっと空気に吸い込まれるようにして消えた。
その幻想的な様子に誰しも言葉を失い、しばらく動けなかった。
「あの……」
最初に消え入りそうなか細い声を上げたのは、俺の目の前にいるローザリンデ嬢だった。
ヒュドラクス閣下の恐ろしいまでの強烈なオーラは無く、目元を赤くして瞳に戸惑いの色が見えた。
「あっ、大丈夫ですか?」
俺は普段の凛としたローザリンデ嬢とかけ離れた姿に、咄嗟に後遺症を心配して瞳を覗きこんだ。
「ちっ近いですわ…。それに、お手をお離しになって」
「え?」
俺の手は……ローザリンデ嬢の両頬!?
不味いぞ、さっき聖女様が術を施したままになってたぁ~!
一気に緊張して固まった俺の手を、いつの間にか背後にきていた親父が掴んで引き剥がした。
「数々のご無礼を申し訳ございませんっ!クロムウェル公爵、クロムウェル公爵令嬢」
親父が俺の後頭部を押さえつけ、一緒に頭を下げた。
「いや、構わない。それより今後の…っ」
公爵が話している最中に、ローザリンデ嬢は身体のバランスを崩し慌てて公爵が支えた。
俺はさっき聖女様に教わった通り自身の新たに引き継いだ魔力をもって、ローザリンデ嬢の魔力の流れを見る。
強大な閣下の魔力が背中、足と次々に負荷をかけていっていた。
「失礼しますっ!」
俺は親父を振り払い、ローザリンデ嬢へ近付くとすぐにその両手を取り慎重に治癒術を流した。
少し落ち着くとローザリンデ嬢は自分の力で立ち、姿勢を正した。ただ俺と両手を繋いだまま。
「あなたに触れていないと、自分で立つこともままならないのね……」
ローザリンデ嬢はポツリと呟いた。
「申し訳ありません。俺が未熟なばかりにこの方法しか分からず。少しずつローザリンデ様が快適に過ごせるよう努力して参ります」
俺も馴れない術を使うのに精一杯で魔力の流れから目を離せず、ローザリンデ嬢が今どんな顔をしているのか見ていなかった。
「そっ、そういう意味ではないの。ただその、胸が苦しくて」
「えっ!?心臓にまで負担がっ!?ちょっと待って下さい。あっ、でも今一番負荷がかかっているのは右腰ですね」
俺はそこまで言って反射的にローザリンデ嬢の顔を見た。
「えっ……と」
そこには顔を真っ赤にして瞳を潤ませたピュアな乙女がいた。
何だ、この可愛い生き物は?
「どうやら私は高祖父様の魔力と同時に、その想いまで引き継いでしまったようですの。だからあなたに、フィオネル様に触れられると胸が高鳴ってしまって」
ギャアアア!動いているか、俺の心臓!
今ギュンッと音がするくらい鷲掴みにされたんだが。
いかん!胸を押さえて蹲りたいが、そうするとローザリンデ嬢の治癒が滞る。
俺の顔が百面相をしている間に王宮治癒師団長が駆けつけてくれ、俺達はひとまず別室に移動した。
そこで団長や副団長立ち会いのもと治癒術を展開し、アドバイスをもらう。
その隣でクロムウェル公爵と親父が簡潔に話し合い、婚約の誓約書を交わした。
俺達の婚約は既に主だった貴族家当主達の前で国王陛下の承認を得ている。しかも主目的は次期女公爵の治療で、事業提携等も絡まないため難しい取り決めも無くスムーズに締結された。
「フィオネル殿、急で申し訳ないが今日から我が家に滞在して欲しい。既に早馬を出して君を受け入れる準備をしておくよう屋敷に言伝を送った」
一通りの書類を作成し終えた公爵が、あらためて俺に向き直った。
「はい、よろしくお願い申し上げます」
急な変化も俺は受け入れるしか無い。
なんと言っても婚約者の体調がかかっている。
婚約者……なんて素晴らしい響きなんだ!
おっと感極まっている場合じゃない。
「父上、思いがけない形で家を出ることになりましたが、両家のために尽力し邁進して参ります」
治癒術をかけながらなので、片手間になってしまうが一応親父に伝えておく。
「ああ、励みなさい。また追って伯爵家のお前の荷物をクロムウェル公爵家に送ろう」
「助かります」
「さて、では国王陛下にご挨拶をしてこよう。色々積もる話があるから、ローザリンデは先に公爵家の馬車で帰っていなさい。フィオネル殿、娘を頼む」
「畏まりました」
公爵は黒い笑顔で部屋を出ていった。
全ての後始末をして、出来る限りのものを搾り取ってくるのだろう。やはり公爵も閣下の血筋だ。
子育て失敗のツケとはいえ、王家はご愁傷様だな。
あの夜からしばらく経ち、あの時凍ってしまった元第三王子はどんな手段を用いても氷が溶けることは無く、そのままひっそり埋葬されたとのことだった。
もちろん王陵ではないが、決して掘り返されることの無い場所ではあるらしい。
マチルダをはじめ今回のことに積極的に携わった者達は、そんなに元第三王子を慕っているのならと殉葬された。
そして公爵が勝ち取った莫大な慰謝料は何故か俺に使われている。
「フィオネル殿、貴公には専用の護衛をつけさせて貰う。多少窮屈に感じるかもしれぬが慣れて欲しい」
護衛なんて大層なと思ったけど、目の前の公爵とローザリンデ嬢の真剣な表情に頷くしかなかった。
それか、可愛すぎるローザリンデ嬢に俺が早々に手を出さないか見張られている!?なるほどそっちの方がしっくりくる。
「フィ様、温室の隣に新しく調香室を作りましたの。フィ様専用ですから、心置きなくお使い下さいませ。防犯用の結界も完璧ですわ」
少し恥じらいながらローザリンデ嬢が身を寄せてくる。
あれからローザリンデ嬢は修練と鍛練を行い、少しずつ自立出来るようになってきた。
調香は趣味を兼ねたものだったので、公爵邸でも出来るのは嬉しい。
「ありがとうございます。もしお好きな香りがあれば仰って下さいね。すぐに仕上げますので」
「フィ様が作って下さるものなら、何でも好きですわ。いつも何も言わなくても、その日の私にピッタリなものを調香して下さっていたでしょう?」
驚いた。差し入れに俺の名は入れていなかった。
「よく私だと分かりましたね」
「魔力の残滓ですぐに分かりましたわ。王宮ではいつもそれとなく、私の様子に気を配って下さっていましたでしょう?私にあんなに寄り添って下さった異性は、フィ様だけですわ」
ああ〜俺の(未来の)嫁が可愛すぎるっ!
「旦那様」
俺の顔がだらしなく溶けそうになった時、急に執事長が神妙な面持ちで入ってきた。
公爵は執事長より受け取った書簡に目を通し、すぐに閉じた。
「いかがいたしましたの?」
公爵の持つ書簡の内容を見たローザリンデ嬢から表情が消え、魔力の流れが乱れ出した。
日常生活に差し支えないくらいに制御出来るようになったとはいえ、まだ感情の波に左右されてしまうのだ。
「聖女様の末裔殿に我が国を救ってもらいたいですって?瘴気を祓って欲しいと?」
「えっ!?俺にそんな力無い……ただの治癒師なのに」
驚き過ぎて思わず素が出た。
「お父様、私が返事を書きますわ。『自国で瘴気を祓えないなら、全ての生きとし生けるものを凍らせて差し上げます。そうすれば、誰も瘴気なんて気にならないでしょう?』と」
まずいぞ、まさかの魔王降臨だ。さすがヒュドラクス閣下の再来。
「あ〜私、その国でしか育たないレアゴの実が好きなんですよねぇ。食べられなくなるのはちょっと悲しいかも……です」
俺は話を逸らし、魔王を可愛い婚約者に戻す方へ全力を出すことにした。
レアゴの実の話は本当だ。それは濃厚な甘さがあり、そのままでも冷やしても、タルトにしても美味しい熱帯特有のフルーツだ。
「まあ!フィ様の好物をまた一つ知れて嬉しいですわ。早速取り寄せて、近日中にフィ様が召し上がれるようになさい」
よし、魔王消失。執事長の仕事を増やして申し訳無いな。後でしっかり謝ろうとその顔を見るとどこか安堵した様子で、何故か目元が少し潤んでいる?
不安になって見た公爵も、満足気に頷いていた。何故に?
ちなみに俺は魔王を止め隣国を救った聖人と公爵邸内で認知され、これから俺の知らないところで武勇伝が語り継がれていくことになる。
「では、レアゴの実の輸入量を増やすことをきっかけに経済的支援の話に持って行こう。もちろんフィオネル殿に浄化の力は無いと知らしめた上でな」
「仕方無いですわね。レアゴの実を我が家の温室で栽培出来れば一番ですが、時間がかかりすぎますもの。フィ様、他にお好きな物はございますか?もっとフィ様のことを知りたいですわ」
「そうですね。わりと何でも好きなのですが、私はローザリンデ様のお好きな物も知りたいです」
あっぶねー!俺の一言で国が動くなんて。っていうか、隣国滅びかけた?発言には気を付けよう。
「ふふっ、私が一番好きなのはフィ様ですわ。フィ様が傍にいて下されば、何を食べても美味しいですし、何処にいても幸せですわ」
ローザリンデ嬢はうっとりと語り、平和な日常を取り戻せたと安心して俺も微笑んだ。
王宮で見掛けるローザリンデ嬢はいつもどこか張り詰めた様子で、実際の年齢よりもかなり大人びて見えていた。
それがこんな年相応の可愛らしい笑顔ではしゃいで、幸せなんて言葉に出せるようになって本当に良かった。
ある意味、王宮大広間の一件で本来のローザリンデ嬢が解放されたのかもしれない。もちろん方法は不味かったが。
「だから、私からフィ様を奪うなんてこと、絶っっ対に赦しませんわ」
底冷えのする声だった。
「ウン、ズットソバニイルヨ」
反射的に応えると、また可愛い笑顔を返してくれる。
「ご無礼仕りますっ!お嬢様、緊急事態です。調香室の防犯用結界に何者かの反応がありました!」
今度は侍女長が駆け込んできた。
「そう。すぐに行くわ」
おや?公爵令嬢の様子が⋯⋯。
お読み頂きありがとうございました。




