第5話 クリミナル・デュエル
「持ち込み貨物のスキャンを開始します」
地上と地下を繋ぐ大型エレベーターでは、AIによる監査が行われている。大型の貨物や銃器を持ち込む際は申告が必要で、エレベーター内に入れる前にもX線による検査が行われる。
柱から緑色の光線が照射され、その眩しさに少し目を細める。貨物の中身は分解状態のフリントロックM3、一応バレないように対策は施したが、通るまでは不安から鼓動が早くまり、汗が背中を伝った。
「問題ありません。エレベーターへ貨物の積み込みを開始してください」
AIの許しが降りた。俺たちは胸を撫で下ろし、台車を押してエレベーターに乗る。
「本当に通るんだなぁ」
「昔ジャパニーズ・ギャングがこの方法で銃を密輸してたらしいよ。銃器だと判別できないレベルまで分解して、パーツだけを輸出入してから現地で組み立てるんだ」
「にしたって少しザルすぎるだろ、ダマスカスダガーも通っちゃうのか……」
「そいつはマシニングセンタ用の切削刃物って申告したら通ったよ」
「55cmの加工用刃物なんてあってたまるか!」
そんな軽い雑談をしている間に、エレベーターは地下へと到着した。その後は極力人目につかないよう気を遣いながら、夜の暗闇でヴァイザーを組み上げた。
「ラルフ、今日のアイツはどこに現れる?」
「これまで同じ地区に出没したことはない。この法則に従うなら、十中八九今回は住居区だろうね」
狭いコックピットに2人乗りで練習用ヴァイザーを操縦する。地下で射撃戦を展開するのは流れ弾による事故が怖いので、格闘戦向きのロック機を持ってきた。俺がメインの操縦を務め、ラルフはシート後部のちょっとしたスペースに立って操縦の補助や戦術アドバイスを行う役割分担だ。
「9時を過ぎてる、もういつ現れてもおかしくないよ」
「ああ、住居区まで急ぐぞ」
住居区は中規模の集合住宅や一軒家が立ち並び、車庫を持たない家は道路沿いに自家用車を駐車していた。夜だが街路灯の光で通り全体が明るく照らされていた。
「戦いやすいに越したことはねえんだが、妙に人が少なくねえか?」
「なんかSwitterで『家電無料プレゼント』がトレンド入りしてる。多分そっちに人が集まってるんじゃない?」
「なるほどな……けど、それなら誰も巻き込むリスクが無くていいな。『決闘』に集中できるぜ」
その時、機体に備えられた収音マイクが遠方2時の方角から異質な音源を探知した。
「隣の通りだ!」
俺は少し助走を取ってから、ペダルを一際強く踏み込んで機体を跳躍させる。人型機械ヴァイザーの強みは何よりその運動性にある。旧式のフリントロックM3でも二階建ての家を軽く跳び越えることが可能なのだ。
「いたよ! 黒いヴァイザー!」
相変わらずハードコアパンクをスピーカーで垂れ流しにしている。そのせいで向こうのパイロットも音に対する反応が遅れるのか、俺たちがかなり接近してようやく気づいて振り返った。
「なっ、ポリのヴァイザ……じゃあねえみてえだナ? どっから出てきやがったんダァ? テメェは」
「ああ、警察じゃあねえさ……」
俺は全速力で黒いヴァイザーに肉薄し、勢いそのままヤツの顔面目掛けて怒りのジョルトブローを叩き込む。高速でぶつかり合ったメタルパーツが文字通りの火花を散らす。
「お前を止めるに立ち上がった、筋金入りの悪ガキだッ!」
地面に倒れ込む黒いヴァイザー、それを見逃さずマウントポジションへ移行してパンチの連打。彼が警察ヴァイザーにやったように、頭部を掴んで何度も地面に叩きつけた。短時間の度重なる衝撃により、ヤツのメインカメラを保護する頭部装甲板と強化ガラスに大きくヒビが入った。
「シャラクセエッ! デチューンモデルじゃこの『モンキー・シャウト』には勝てねえンだヨ!」
モンキー・シャウト。おそらく黒いヴァイザーの正式名称なのだろう。彼は巴投げのような形で後ろ向きにフリントロックを投げ飛ばし、悠々と立ち上がる。
「コイツは大事な試作品でナ、戦闘に巻き込まれても滅多に壊れないよう頑丈二できてんだヨ」
「あんだけ殴っても大して効いてねえのか……!?」
「テメェもポリの機体と同じよう二、俺様のストリート仕込みのボクシングでスクラップにしてやるゼ!」
彼は前回見せたようなボクシングの構えを取る。こうして対面すると、敵機の猿のように長い腕も相まってかなりの圧力がある。
俺はそのリーチ差を少しでも埋めるために、左前腕部の格納ギミックから550mmダマスカスダガーを抜刀した。
繰り出されるパンチは関節モーターの機械的なパワーにより高い速度で迫ってくる。だがヤツの発言通り所詮ストリート仕込み、少し喧嘩慣れしただけの技なんて、毎日ヴァイザーで格闘訓練を積んでいる俺なら見切るのは容易かった。
「くそッ……避けるのは簡単だが、ダガーだけじゃ間合いの差が埋まり切らねえ! 反撃が届かねえ!」
「ロック、冷静になれ! 本体に届かなくても、伸びる腕を斬ってダメージを蓄積させるんだ!」
ラルフのアドバイスを受けて、避けながらパンチにダガーを突き立てる。装甲の表面を削り、脆弱な関節部に刺突を繰り返した。
「アウチ……機体のアームがボロボロになっちまったゼ……」
パンチが止み、男が拳を確認すると、ことごとく関節を破壊されて拳の開閉もままならなくなったマニュピレーターが、黒煙とスパークの悲鳴をあげていた。
「「今なら行けるッ!」」
2人の声が重なる。もう一度接近し、頭部と胴体の隙間にダガーを突き刺す。その上でダガーの柄を狙って腰の回転も加えたフックパンチを捩じ込む。2回に分けて打ち込まれた刃は機体深部のケーブルへと到達し、頭部のメインカメラを機能停止に追い込んだ。
「このまま倒しきって!」
「ウオォォォォオ!!!」
俺は雄叫びをあげて強烈な膝蹴りをモンキー・シャウトの腹部に見舞う。フリントロックが出せる限界ギリギリのパワーを出し、衝撃で敵機の装甲板が大きく凹む。
「ヤツの腕を!」
「ああ! たとえ機械の関節でも、モーターの限界角度以上に力をかけ続ければ! 折れるッ!」
転倒した敵機の腕を掴み、捻りながら背負い投げる。回転して強度が低い状態で、モンキー・シャウトの重量と投げの力を受けた関節は、いくつかのケーブルを引きちぎり無数の機械パーツを散乱させながら完全に破断した。空中で腕を捥がれ、投げ手との接続を失ったモンキー・シャウトは受け身も取れず無力に地面へと叩きつけられた。
「ハァ、ハァ……勝ったのか?」
「原動機が止まってる、パイロットも気絶してるみたいだ」
時計を見ると時刻は午後9時23分。命懸けのクリミナル・デュエルは、約8分で黒いヴァイザーの機能停止により決着した。
俺たちは勝利の余韻に浸っている暇は無いことを思い出し、急いでフリントロックを隠した。今から分解してエレベーターに載せる時間は無いから、とりあえず人目につかない場所に隠して、後から元の場所に戻すつもりだ。
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