番外編 二人の大きな少年
「ああ、俺は逃げねえ……!」
その一言だけで、2人の覚悟が察せられた。俺とブレンは扉の向こうで無作法にも盗み聞きを働き、勝手に胸を熱くしていた。
「なぁ……ブレン、こういう若さを見ちまうとなぁ、応援したくなるもんじゃねえか?」
「ああ、全く同感する。しかし並大抵の労力じゃ通らんぞ。カリフォルニア全てを敵に回す勢いだ」
「いいじゃねえか、たかが州一つ。俺たちも若い時は無茶したもんだぜ」
「昔話は老化の始まりだぞ、アキト」
「俺は老いたさ、もう『大人』なんだ。そして、ガキのために全力で責任を取るのが、大人の役割だ。行こうぜ……相棒」
「まったく損な役回りだな……しかし、彼らのような『未来』を間近で見られるのなら、それも面白い」
俺とブレンは街へと歩き出した。自分が彼らのために出来ることを、可能な限り果たすため。
ブレンはダウンタウンの路地裏で、ある男と交渉をしていた。ある男とはバイカーギャング「サッド・エンジェルス」の頭領、並の人間ならば近づこうなど微塵も考えず、調子に乗った不良ならばナワバリに入った時点で取り巻きたちに切り刻まれる。そんな相手にブレンは対等以上の関係で話していた。
「私から一つ頼みがある」
「なんだよ兄弟、オメェの頼みならいつだって歓迎だぜ」
「お前たちサッド・エンジェルスによく似合う依頼だよ。今夜、居住区以外の地域で暴走行為を行ってほしい」
「お安い御用だ。自由に走りまくるのは依頼じゃねえ、俺たちバイク乗りの義務だからよぉ」
「報酬だが……私がお前たちのバイクを一台だけ本気で改造してやろう」
その一言で頭領も含めるサッド・エンジェルス全員が揺れた。屋根の上に登っていた痩せ男はあまりの衝撃に屋根から落下した。
「ほ、本当か!!?」
「本当だ。ハーレーダビッドソンでもBMWでも何でもやってやる。その代わり、ただの暴走じゃない。警察を限界まで引き留めろ。もし警察の車両やヴァイザーが場を離れようとしたなら、前に回り込んで止めろ」
「わ、わかった……西海岸の改造魔王にそう言われたら、俺たちは命張ってポリ公止めるぜ……」
一方その頃アキトは、パンパンに詰まった手提げ鞄を持ってショッピングモールに現れた。対応窓口には一言「イプシロンに会わせてくれないか」とだけ告げた。窓口の受付嬢は対応に困っただろう。よく分からない初老手前のアジア人が家電量販店エリアの運営責任者を呼べと言ってきたのだから。
「あの、イプシロンさん。今お客様があなたに会いたがってるんですが……」
「コノ忙シイ時間帯ニ誰ダ? ソンナ迷惑ナヤツハ」
「お客様、せめてお名前を教えていただけませんか?」
「タザワ・アキトだ」
「待テ、今ソイツハ『アキト』ト名乗ッタカ?」
「え? はい、間違いなく名乗りましたけど」
「スグニソッチヘ行クト伝エロ! 何カ重要ナ話ダ!」
駆けつけたのは高さ1mに満たないくらいの円筒型の自律ロボットだった。名をイプシロンといい、アキトとは旧知の仲であった。
「少し場所を変えていいか? ここでやるような話じゃない」
「アア、スタッフルームニ案内シヨウ」
煌びやかな店内の雰囲気から一転し、まさに業務用という雰囲気の扉をいくつも通った先で、話は行われた。
「いきなりで悪いが、ここに20万ドルある。こいつで今夜特別キャンペーンを頼まれてくれないか?」
アキトは手提げ鞄を開け、中から大量の札束を提示した。
「本当ニイキナリダナ……アンタノ頼ミダカラ受ケルガ、具体的ニドンナキャンペーンダ?」
「そうだな、先着順で家電無料プレゼントキャンペーン。なんてどうだ」
「ドウダ? ジャネーヨ! トンデモナイ大赤字ニナルダロウガ!」
「その分の補填をこの20万ドルでな」
「アンタコノ街ノ人口何人イルト思ッテンダ? 100万ドルアッテモ足リネーゾ」
「だからこれは依頼じゃない、俺の身勝手な『頼み』だ」
「……ナラ、受ケヨウ。イカンナァ、コノ仕事ヲ続ケテイルト昔ミタク損得勘定ダケデ判断シチマウ。承ッタゼ、『戦友』」
二人の準備は着々と進んでいた。それはロックとラルフが知らない場所で。
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