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第4話 挑戦

「人助けは立派だけどね、無茶はほどほどにしなさい」

 

 警察署の取り調べ室で、俺は1時間ほど説教を受けていた。表向きは従順に、反省した真面目な青年を演じて謝罪する。だが、心の内では怒りの炎が、時間とともに激しさを増して燃え盛っていた。黒いヴァイザーを止められなかった無力感が、心を燃やし続ける燃料だった。

 最後に誓約書へサインを求められ、一筆走らせてようやく解放された。

 

 警察署を出ると、夏気候に設定された人工の陽射しが目の前を白く包んだ。警察署からすぐの所で、ラルフが待っていた。

 

「やっと来たね。クラブまで一緒に歩いてかない?」

 

「ラルフ、それはいいんだけど……お前いつから待ってたんだ?」

 

 彼はスマホの時計を見て「5分くらい」と答えた。普通5分くらいしか待っていないのに時計を確認するだろうか。おそらく彼はかなり長いこと俺を待っていたんだろう。ここは嬉しさよりも申し訳なさが勝り、クラブまでの道程はラルフの歩調に合わせて進んだ。黒いヴァイザーが破壊した物を片付けるためか、車道にはいつもより多くトラックが走っている。昨日の騒ぎが嘘のように、街は日常の姿へと戻っていた。

 

「警察になんか言われた?」

 

「無茶はすんなってさ。まぁ、さすがに反省してるよ」

 

 嘘だ。反省しようとして、黒いヴァイザーの面を思い出すたび、強い怒りでまた走り出しそうになる。

 

「でもクラスのみんなは、ロックのこと褒めてたよ。『女の人を助けたんだろ? マジでクール!』ってさ」

 

「それジョニーのモノマネか? 意外と似てるぜ」

 

「本当に言ってたんだよ。ジョニーだけじゃなく、エリックもリリーも、お前のことヒーローだって」

 

 その言伝は嬉しさと同時に安心ももたらした。警察の世話になったことで、もしかしたら俺が不良になったと勘違いされてるんじゃないかと心配していた。どうやら杞憂だったようだ。

 

「ジョニーの家って精肉店でしょ。今度ロックが来たら安くしてくれるって」

 

「マジで? 早速今夜買ってみるかな。ちょっと良いヤツ買って、アキトに日本のスキヤキを教えてもらおう」



 

 古いビルのエレベーターに乗り、5階まで上がる。コンクリート打ちっぱなしの飾り気のない廊下を少し進むと、「ヴァイザー・ドージョータザワ」の看板が見えてくる。「ドージョー」は日本語で「訓練する場所」という意味があるそうだ。アキトが日本人だから、もう一人のコーチのブレンがノリで名付けたらしい。

 クラブの扉を開けようとして、鍵が引っかかる。

 

「あれ? アキト先生まだ来ねーの?」

 

「みたいだね。少し待ってれば……」

 

 ラルフがそう言いかけたタイミングで、エレベーターの開閉音が聞こえた。歩いてくる男は190cm近い長身で、少し青みを帯びた黒髪、顔面には右目を通るように縦に一筋伸びた機械的な青いラインがあった。このクラブに所属するもう1人のコーチ、ブレンだ。

 

「あっ! ブレン先生」

 

「休暇は楽しめましたか? ブレン先生」

 

「ああ、妹の出産祝いに行ってきたよ。やはり赤ん坊は可愛いものだな。抱っこさせてくれたんだが、泣かれてしまった」

 

 ブレンは鍵を開けながら体験を語ってくれた。泣かれてしまった理由を抱き方に問題があったと分析する彼だが、おそらく顔面の青ラインに赤ちゃんも驚いたのだろう。タトゥーとも違う不思議なそれは、見る人に独特の感情を抱かせる。彼の映画俳優のように整ったルックスに、一つ強烈な違和感が放り込まれ、しかし見事に調和してクールな印象を作り出している。

 

「私が留守にしていたのは、だいたい1週間ぐらいか……日本の諺には『男子三日会わざれば刮目して見よ』というものがある。この期間で2人がどれだけ進化したのか、見せてくれ」

 

「はい!」

「はいッ!」

 

 クラブの棚からヴァイザー操縦ライセンスと起動用キーを取り、地上行きの大型エレベーターまではブレンがバイクで送ってくれる。

 

「ちょっと待ってください先生、バイクだとどうやっても2人乗りが限界ですよね? ロックはどうするんですか?」

 

 おいラルフ、お前何をしれっと自分はブレン先生のバイクに乗ることが確定したような口ぶりで。

 

「ビル地下の倉庫にな、私が昔使ってたバイクがあるからそれに乗れ。バッテリーだけ新しいものを付ければまだ動くはずだ」

 

「あの……先生、俺未成年の無免許なんだけど……」

 

「でも慣れてるだろう? ヘルメットは忘れるなよ、顔でバレたら怖いからな」

 

 この人は少し怖いぐらいになんでもお見通しなのだ。一体どこから分かったのだろう。俺が中学生の頃、遠くの友人宅へ遊びに行くためにバイクをたまに使っていたなんて、ラルフも知らないはずなのに。

 

 地下で20年近く前に流行った型の電動バイクを見つけ、フルフェイスのヘルメットを被って跨る。すぐに出発してブレンのバイクを追いかけた。


「よし、今日の実機練習はここらで終了だ。2人ともお疲れ様」

 

 アキトが接近戦のプロフェッショナルなら、ブレンは射撃戦のエキスパートだ。射撃主体の戦法を使うラルフはもちろんのこと、格闘戦型の俺にも射撃に対する遮蔽物の使い方や間合いの詰め方を的確に教えてくれる。

 

「ラルフは相変わらず正確な射撃だったな。距離を詰められた状況の対応力が目に見えて上がっている」

 

「ありがとうございます」

 

 ラルフはブレンに褒められた時、特に嬉しそうな表情を見せる。この2人は戦術が似てるからかコーチングする機会も多く、ラルフはブレンのことを年の離れた兄のように慕っている。

 

「ロックは接近戦に持ち込んだ時に、マスターキーだけじゃなくダガーの刺突も混ぜていたな。悪くない流れだった、あと少しで仕留められたぞ」

 

「あざっす!」

 

 しかしブレンはそこに鋭い推察を付け加える。

 

「その『あと少し』なんだがな、なんというか……ロックの攻撃は少し感情的に見えた。まるで怒りをぶつけるような、何か嫌なことでもあったか?」

 

 まずい。彼の観察眼は俺が持つ黒いヴァイザーへの感情まで見透かしている。まだ確信はないようだが、これは隠し通さなければならない。

 

「別にそんなことないですよ? 俺の心は15歳の健康ピュアハートっすよ。もしかしたら警察に怒られたのがちょっとフラストレーション溜まってたのかもしんないすけど」

 

「そ、そうか。私の考えすぎだったか、それならいいんだが……」



 

 地下領域に戻り、いつものようにメモをまとめて解散する。ブレンが退室し、部屋には俺とラルフの2人だけの時間が訪れた。

 

「なぁ、ラルフ」

 

「なに?」

 

 俺は少し迷っていた。本当にラルフを巻き込んでしまっていいのか、だが彼以外にこんなことを頼める相手もいなかった。

 

「俺は……黒いヴァイザーを倒したい」

 

 こんな唐突すぎる告白に、ラルフは少し硬直していた。彼の分析能力が、俺の発言を頑張って理解しようと前頭葉を駆け巡っているのだろう。

 

「ごめん、ちょっと何を言ってるか分かんないや。僕ら他の人より少しヴァイザーに詳しいだけの子供だよ? それに前回のことで警察に怒られたじゃないか」

 

「起動キー、実は練習機の中に置いてきたんだ。あとはなんとか隠してエレベーターに持ち込めれば、地下で動かせる……」

 

 その策を伝えた瞬間に、ラルフの表情が歪んだ。俺の目はその過程をハイスピードカメラのように、嫌になるくらい鮮明に視覚した。

 

「そんなの犯罪だよ! 怒られるだけじゃ済まない、ロックは少年刑務所に入りたいの!? そんなことしたってヒーローじゃないよ、ロックが何を考えてるのか……理解できないよ」

 

 嗚咽まじりの、叫びにも似た警告だった。カリフォルニア州において、地下領域でのヴァイザー使用は重罪である。たとえ人に危害を加えなかったとしても、許可を持たない民間人がヴァイザーに搭乗した時点で銃乱射犯と同列の咎人だ。

 

「それでも、俺はアイツを止めたい。ここの警察じゃアイツを捕まえられない。そのせいでもっと多くの人命が危険に晒されるなら、能力があるヤツが立ち上がらないといけないと思うんだ」

 

 能力を持った人間ならば、その能力を社会のために還元しなくてはならない。これは俺がヴァイザーに関わる道を選んだ以上、一つの責任として果たさなければならない。

 

「……ロック、覚悟はあるの?」

 

「当たり前だ」

 

「僕は、ロックを助けたいよ……だから、やるんだったら……逃げちゃダメだよ。もしロックが途中で投げ出して逃げたら、僕が身代わりで捕まる」

 

「ラルフ……?」

 

「でも、そうなったら絶対に恨むよ。あの世に行ったって恨み続けるからね」

 

 彼の目に覚悟の色が宿った。俺より何cmか高い身体は小刻みに震え、青い瞳も涙で滲んでいる。突然すぎる変化に感情が追いついていないのだ。

 

 俺はラルフを強く抱きしめた。この抱擁に込めた想いは感謝だけではない、まさに魂の共有である。この瞬間から俺とラルフは一心同体、二つの砂鉄が熱で溶融し、絆という炭素を繋いでより強靭な「鋼」へと昇華されたのだった。

 

「ああ、俺は逃げねえ……!」

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