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第3話 黒いヴァイザー

 地下領域で民間人が人型ヴァイザーを動かすことは法律で禁じられている。いくら競技用や作業用モデルと言い訳しても、元は軍事兵器なのだから当然だ。それは規制の厳しいカリフォルニア州に住む人々からすれば、今更確認することでもない常識と言えた。

 

「黒いヴァイザー?」

 

 ロックが半笑いで聞き返す。それに僕はノートパソコンで検索した画像も添えて答える。

 

「うん、最近深夜になると出てくるんだってさ。前は工場地区、その前は自然地区、警察は混乱を抑えるために情報統制まで敷いてるけど、今時ネットの拡散力に勝てるわけないよねー」

 

 テーブル席からコーヒーショップを見渡すと、スマホをいじってる人の画面はどれも「黒いヴァイザー」に関するブログやSNSの発信でいっぱいだった。もちろん僕のPCもそうだ。

 

「んで、その黒いヴァイザーは何をすんのさ? B級スクリーンの怪物よろしく大暴れでもすんの?」

 

 ロックは向かいの席からテーブルの上に乗り出して、僕のPC画面を覗き込む。

 

「そこまでして見たいなら隣来いよ」

 

「そだな」

 

 彼はブレンドコーヒーを片手に僕の隣の席へ座る。PC画面には僕とロックの顔が薄く反射している。

 

「暴れるってほど派手じゃないけど、建物の壁を登ってみたり、道路標識を壊してみたり、最後はわざと警察をおびき寄せてからチェイスで逃げ切るってのが犯行パターンだね」

 

 目撃者が撮影した黒いヴァイザーの動画を消音で流す。動画に映るヴァイザーは工場の壁面を登り、腕一本で猿のようにぶら下がっている。下には警官隊の姿があり、その中には白黒カラーの警察仕様ヴァイザーも確認できた。黒いヴァイザーは工場の天井に上がり、そのまま凄じい運動性で駆け抜けて警察の機体を置いてけぼりにしてしまった。

 

「派手じゃないっつーか、普通に地味だな。もっとドンパチやるのかと期待したのに」

 

「ロックはアリゾナ生まれだからそう見えるかもしれないけどさ、カリフォルニアじゃ普通ありえないからね。作業用ヴァイザーまで規制されてるから、土木工事なんかも旧式の重機でやってるし、ほとんどの人はテレビの中のヴァイザーバトルでしかヴァイザーを見ない。それが普通なの」

 

「確かにこっちに引っ越してからヴァイザー犯罪見ねえと思ったが、そこまで平和ボケしてんのか」

 

「週2回ペースでヴァイザーの暴走事件が起こってるアリゾナの方がおかしいんだから」

 

 ロックはコーヒーを飲み干すと、一つ厄介な提案を口に出した。

 

「その黒いヤツは、次どこに現れるんだ?」

 

 それはロックの言葉で「二人で見に行こう」と言ってるに違いなかった。

 

「ロックなら言うと思ったよ。自然地区、工場地区と来たら次は商業地区か住居地区だけど、商業地区に現れるって予想が多いね。ここなら野次馬も多くなるし、黒いヴァイザーの目的が注目を集めることなら、この期待を裏切ることは無いはずだ」

 

「その分析、当てにしてるぜ? んじゃ、そうと決まれば今夜8時にアーケードな!」



 

 僕らは25ドルでチップを135枚買い、対戦格闘ゲームやシューティングゲーム、ヴァイザーシミュレータで遊びまくった。格ゲーはロックが7戦4勝で勝ち越し、シューティングは僕が全勝、ヴァイザーシミュレータは実機と挙動が違いすぎて完全にギャグだった。

 

 店内の時計が9時半を指す頃、店員は僕らが未成年だという理由でアーケードからネオン街の通りへ追い出してしまった。

 

「俺ら客だぜ!? せめてチップ使い切るまで待ってくれたっていいじゃねーかよォ!」

 

 ロックが「ハリソン&バンカーズ」の看板に向かって声を荒げている。まぁ本当は未成年なら9時には出ないといけないから、店員さんは30分待ってくれただけ有情なんだけど。

 

「それよりロック、黒いヴァイザーが現れたみたいだよ」

 

「なっ、マジかよ!」

 

 通りの奥の方でクラクションが鳴り響き、歩行者たちがパニックに陥っている。もう少し手前では全員がスマートフォンで非日常を撮影するのに夢中になっている。黒いヴァイザーが現れたのだ。

 

「もっと近くに行こう!」

 

「ちょ、危なくない!?」

 

「ここまで来て遠くから眺めて終わりなんてもったいないじゃん? 危なくなったら路地裏に逃げ込めばアイツ入ってこれねぇし!」


 

 

「皆さん落ち着いて現場から離れてください! 今警察隊が犯人を制圧中です!」

 

 警察が大勢の人員と横向きに駐車したパトカーで通りを封鎖している。サイレンと野次馬の声が混ざって、まさにカオスな空間が生まれていた。

 

「ほら、やっぱり近づけないよ」

 

「いや……こっちに来る!」

 

 ロックが言った直後に遠くからヴァイザーの駆動音が近づいて、十字路の陰から黒いヴァイザーが現れた。その機体は猿のように長く力強い腕を持ち、左手で警察用ヴァイザーを掴んで道路に擦り付けながら疾走する。

 

「そんな、戦闘行為はしないんじゃなかったの……?」

 

「警察のパイロットもヘタクソすぎんだろうが! なんで囲んでるのに抑えられないんだよ!」

 

 無理だ。日々のヴァイザー犯罪対応で慣れているアリゾナ州警なら簡単に制圧できただろうが、カリフォルニア州警には暴走ヴァイザーを止める経験なんてあるはずがない。パイロットの練度だって説明書を読んだ素人と大差ないレベルなんだから。

 

「クソ! 見てらんねえぜ!」

 

 ロックがkeep outのテープを潜り、パトカーのボンネットを乗り越えて走り出していく。

 侵入を許した警察官が慌てた様子で通信機に連絡を入れる。

 

「ああっ、ちょっと君! 止まりなさい! 高校生と思われる男子が現場へ侵入、巻き込まないよう注意を……」



 

 俺はラルフと警察官の制止も振り切って走り出していた。封鎖ラインから離れるとさっきまでの喧騒が嘘のように静まり、今度は激しいハードコアのメロディが耳を埋める。どうやら黒いヤツがスピーカーから大爆音で垂れ流しているらしい。パイロットの趣味だろうか。

 黒いヤツは長い腕を使って警察の機体を格闘戦で圧倒している。時折見せる構えはボクシングのそれに似ており、なんらかの訓練を受けたパイロットであることは間違いない。警察の機体を全てダウンさせると、いつものように壁を登攀して逃走のパターンに入った。

 

 しかし今回は以前と状況が違った。これまでは自然地区や工場地区で人通りが少ない場所で逃走していたが、今回は人通りの多いネオン街、逃げ遅れた人がいても不思議ではなかった。ヤツがビルを登るために掴んだのは、ガラス張りのエレベーター。外からでも中に人がいるのが見えるタイプの物だ。その掌にはスーツ姿の若い女性が乗るエレベーターがスッポリと収まっていた。

 

「貴様! 今すぐそこから離れろ!」

 

 警官がダウンしたヴァイザーのスピーカーで無力な警告を行う。聞き入れられることは無いと思われたが、黒いヤツからは意外にも返答があった。

 

「お、俺様だって人殺しにはなりたかねえゼ! でもヨォ、今離れたらそれこそエレベーターを壊しちまう! 別にこの女を人質に取ったりしてるわけじゃねえんだヨ!」

 

 黒いヤツのパイロットの声だ。低い男性の声、特に若くも年老いてもいない壮年の声だ。

 次の瞬間、ビル一面のガラスにヒビが入り、一気に広がって完全に割れた。細かいガラス片がダイヤモンドダストのように空を舞い落ち、女性は地上10mを超える高さから空中に投げ出された。登る壁面が丸々剥がれたことで、黒いヤツも同時に地面に叩きつけられた。

 

 俺は無意識のうちに女性の落下地点へ向けて走っていた。ガラス片が頬や手の表面を切り裂き、鮮血の軌跡を描きながら彼女を助けるために飛び込んだ。

 恐る恐る目を開くと、両手にネイビーのスーツを着た成人女性を横抱きしていた。女性は気絶していたが、ちゃんと呼吸があった。

 彼女を抱いたまま俺は立ち上がって、目の前の黒いヴァイザーを睨んだ。

 

「な、なんだ? ガキか!?」

 

「テメェどういうつもりだァ! 散々暴れて、人の命も危険に晒して!」

 

 黒いヴァイザーのパイロットは悪びれるでもなく、そのままの態度で答えた。

 

「ウ、うるせぇ! 助かったんだからいいじゃねえか!」

 

「いい訳がねえだろうが馬鹿野郎ッ!! 逃げんじゃねェ……逃げられると思ってんじゃねぇぞ!」

 

 俺は睨み続けた。黒いヴァイザーがその場を立ち去り、警察が俺を取り押さえるその時さえも、ヤツが去っていった方角を睨み続けていた。

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