『騎士団長は幼女に甘い(読み切りの短編連作)シリーズ』はここ♡
婚約破棄でちゅ、と言われましたがやり返したので大満足です
シリーズですがこれだけで読める作りです、完結してます。
「ねえ、バックハグってご存知?」
「もちろん知ってるわよ。私、ジェラルド騎士団長にバックハグをされたらきっと気を失うわ」
「想像しただけでうっとりよね⋯⋯」
ここはウィンザー侯爵家の居心地のいいリビングルーム。
金髪に青い目の美しい五人姉妹は『推し』のイケメン騎士団長の話をしている。
騎士団長は王都の全女性の憧れのまとで、姉妹はファンクラブの副会長なのだ。
末っ子で六歳のリリアンは、姉たちがうっとりしている『バックハグ』とはなんだろうと首をかしげた。
「ねえ、お姉様、バックハグってなあに?」
「それはね⋯⋯」
三番目の姉が答えようとしたちょうどその時——。
「リリアン! おまえとのこんやくを、はきするでちゅ!」
突然舌足らずの大きな声がリビングに響き渡った。
「え?」
リリアンがびっくりして振り返るとそこにいたのは幼児!
クルクルの茶色い巻き毛の三歳ぐらいの男の子で、真ん丸ほっぺがポワンポワンと揺れている。
「まあ、ルイスちゃんじゃないの。ママと遊びに来たの?」
姉たちは男の子のまわりに集まって真ん丸ほっぺを触り始めた、ポワンポワン⋯⋯。
「その子は誰ですの? どうして『婚約破棄』ですの? 私に婚約者はいませんわ!」
リリアンはびっくりして大きな目をますます大きく見開いた。
「あら、知らなかった? この子はアルマニャック子爵家のルイスちゃんよ。ルイスちゃんが生まれた時からあなたとの婚約が決まっていたのよ」
「えええええ!」
リリアンは淑女の嗜みも投げ捨てて大声を出して驚いた。
——生まれた時からの婚約者? このちっちゃい子が?
「そんなに驚かないでもいいのよ、あくまでも仮の婚約なんだから。あなたたちが大人になってお互いに好意を持つようだったら正式に婚約させてもいいかもね——とお父様とお母様が子爵家の皆さんと話した、というだけのことよ」
「仮の婚約⋯⋯?」
「ええ、そうよ仮よ。貴族同士ではよくある話よ。もしもそうなったら両家にとって良いことね、というだけで、婚約が決まったわけではないのだから、そんなに驚かなくても大丈夫よ」
「⋯⋯びっくりしましたわ」
リリアンは心からホッとした。
だけどふと気がついた。
「でもその子、私に『婚約破棄』を宣言しましたわ。これって名誉を汚されたということではありませんの?」
淑女にとって名誉を汚されるということは笑い者になるということだ、大変じゃないか!
「謝ってほしいですわ!」
「そんなに怒ってはだめよリリアン、この子はまだオムツをしてる赤ちゃんなんだから」
「オムツ⋯⋯?」
なんということだオムツをしていると謝らないでもいいなんて知らなかったぞオムツ最強か?
リリアンが呆然としていると姉たちはルイスを連れて「さあ、ママのところにいきましょうね」と言いながらリビングルームを出て行った。
ひとり残ったリリアンは両腕を組んで「うーん」と唸る。
どう考えてもこのままでいいわけがない。
ルイスの父親であるアルマニャック子爵に正式にきちんと謝ってもらい名誉を回復しなければ!
「あなたごときが私に婚約破棄なんて、おハーブが生えますわ!」
というわけで、リリアンはアルマニャック子爵邸を訪問することを決めた。
**
次の日——。
四人の姉たちは推し活用のドレスを新調しに出掛けて行った。もうすぐ騎士団主催のパーティがあるのでそのための用意に忙しいらしい。
リリアンはそーっと姉たちの部屋に入った。これから最強オムツ小僧と戦いに行くのだからとびっきりのオシャレをする必要がある。
一番目の姉の部屋で花模様のレースの手袋を見つけた。淑女に手袋は欠かせない。
二番目の姉の部屋ではピンクのパラソルを見つけた。
レースがいっぱいついた可愛いパラソルでくるくる回すとすごく楽しい。
四番目の姉の部屋では香水を借りた。甘い薔薇の香りの香水を3プッシュでケホケホケホと咽せたけど我慢して5プッシュ追加した。
最後は三番目の姉だ。
「これがいいわ」
見つけたのは新品のピンク色のハイヒール。かなり大きいけれど大丈夫だ気合いで履ける。
「ちょっとブカブカだけど可愛いですわ」
用意ができたら、さあ、出発だ!!
屋敷を抜け出してどんどん歩く。
どんどんどんどん⋯⋯二十歩目でちょっとだけ思った。
「歩きにくい⋯⋯」
ハイヒールが足から離れてしまうのだ。
それでも頑張って歩いて五十歩目で泣きたくなった。ヒールが高すぎて足首がすごく痛い。
「⋯⋯ふうぅ、休憩しますわ」
王都中央通りの帽子屋の前に座り込んだときだった。
「きゃあ♡」という女性たちの歓声が聞こえた。たくさんの軍馬の蹄の音も聞こえてくる。
騎士団の行進だ!
千を超える軍馬と黒い騎士服を着た騎士たちがゆっくりと道をやってくる。
先頭は美しい白馬、乗り手はもちろんジェラルド騎士団長だ。王都の女性たちの憧れのまとでリリアンの姉たちの推しだ。
女性たちのキャアキャアという歓声に、騎士団長はにこやかに手を振って応えている。
漆黒の騎士服の背中に流れ落ちる金色の髪。長い髪が揺れる様子はとても美しい。
切れ長の目に瞳はブルー。整った顔はまるで絵画から抜け出してきたかと思うほどに完璧だ。
リリアンはパッと立ち上がって両手をブンブンと振った。
「騎士団長さまーっ!」
ジェラルド騎士団長とリリアンは友達なのだ。
だからきっと子爵邸まで馬で送ってくれるだろうと期待した。足がズキズキと痛くてもう一歩も歩けない。
だけどジェラルド騎士団長はとっても忙しいようだった。
リリアンに気がつくと白馬を軍列から離してそばに来てくれたが、「お元気ですか、リリアン様? これから国境警備に行くのですよ」とにこやかに微笑んだだけで馬から降りてはくれない。
——仕方がないですわ。大事なお仕事があるんですもの。
リリアンはしゅんとしたが表情には出さなかった。ニコッと笑って膝を曲げて挨拶をした。
「元気にしておりますわ。お仕事頑張ってくださいね」
「リリアン様はどちらへお出かけになるのですか?」
「おハーブが生えますわって言いにいきますの」
「⋯⋯」
騎士団長はちょっと考えてから、「おハーブとはどういう意味でしょうか?」と聞いた。
「『ちゃんちゃらおかしいわ』という意味ですわ。『おハーブ』は『草生えた』の丁寧形ですのよ。『草生えた』は『笑える』って意味ですの。『ちゃんちゃらおかしいわ』を淑女は『おハーブが生えますわ』と言いますの。姉たちから教えてもらいましたのよ!」
「⋯⋯お姉様方からですか、⋯⋯なるほど。ですがいったい誰に対してそれを言うのですか?」
「私が知らない間に婚約をさせられていたんです。その相手に『おまえとは婚約破棄だ』って言われたので正式な謝罪を受けに行きますの」
「⋯⋯えっ? 婚約破棄とおっしゃいましたか?」
騎士団長の顔に驚きが浮かんだ。次の瞬間にはサッと右手を上げて軍団に命令する。
「全軍、止まれ!」
そのひと声で千を超える軍馬がピタッと止まった。
騎士団の行進を止めるとジェラルド騎士団長は白馬からひらりと飛び降りた。地面に膝を突き視線をリリアンと同じにして真剣な顔で聞いた。
「知らない間に婚約というのは無理やり婚約させられたということですか?」
「えっと⋯⋯」
どうだろう? たぶん似たようなものだろうと思ってリリアンはうなずいた。
騎士団長の表情がこわばる。
「なんとひどい——。その男は無理やり婚約しておきながら婚約破棄をしたのですか?」
「ええ、そうですわ」
「リリアン様の名誉を傷つけるようなことをするなど許せません。その男は誰ですか?」
「アルマニャック子爵家のルイスですわ」
「アルマニャック子爵? 子爵家には年頃の男はいなかったはずですが⋯⋯」
「最強ですのよ、もしかしたら騎士団長様だって勝てないかもしれませんわ」
「まさか——」
騎士団長は形のいい眉を寄せた。ちょっと考えてから、「ロベルト!」と副団長を呼ぶ。
ロベルト副団長は美しい銀色の髪と神秘的な紫色の瞳を持つ美男子だ。すぐに馬を寄せてきた。
「何かありましたか、ジェラルド様?」
「看過できぬ問題が起こった。これからすぐにアルマニャック子爵邸へ向かうぞ」
というわけで、リリアンは千を超える騎士団を引き連れてアルマニャック子爵邸に向かうことになったのだった。
***
そしてここはアルマニャック子爵邸のリビングルーム——。
ジェラルド騎士団長は「そういうことでしたか、⋯⋯まいったな」と呟いて美しいブロンドの長髪をかき上げた。
後ろのロベルト副団長に「屋敷を取り巻いている騎士たちをいったん宿舎に戻せ」と力なく命じると、副団長は「はっ!」と短く返事をして部屋を出て行った。
長身で茶色い髪のアルマニャック子爵が、「わかっていただきホッとしました」と騎士団長に一礼をしてからリリアンに深く頭を下げる。
「リリアン様、ほんとうに申しわけありませんでした。実は今日の午後にでも謝罪に伺おうと妻と話していたのです。ルイスは最近変な言葉をたくさん覚えて、使いたくてしょうがないのです。どうぞお許しください」
ルイスがふっくらほっぺをプルプルさせて、
「こんやく——」
と叫びかけたが母親にパッと口を押さえられて何も言えない。
——さあ、今ですわ!
リリアンは両手を腰に置いて大きな声で叫んだ。
「あなたごときが私に婚約破棄など、おハーブが生えますわ!」
「おハーブ⋯⋯?」
子爵夫妻がきょとんとしている。
「笑える、という意味らしいです」
騎士団長が説明している。
リリアンはとてもスッキリした。
正式な謝罪も受けたし言いたいことも言い終わった、満足だ!
「騎士団長様、帰りましょう!」
「⋯⋯はい」
子爵邸を出ると、騎士団長の白馬がいなかった。
どうやら騎士団が連れて帰ったらしい。餌の時間なのだろう。
——足が痛いけど仕方がないですわ。
馬に乗せてもらえないと思ってがっかりしているとジェラルド騎士団長がじっとリリアンのピンクのハイヒールを見つめた。
「おみ足が痛むのではありませんか?」
「ええ、ちょっと⋯⋯」
「もしよかったらお乗りになりますか?」
「え? でも⋯⋯」
「遠慮なくどうぞ。その靴では歩きにくいでしょう?」
「そうですの、とっても歩きにくいんですの。ほんとうにいいんですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
リリアンは遠慮なく乗せてもらうことにした。
——とっても楽ちんですわ!
思わず笑みを浮かべた時にふと思い出したのは姉たちが話していたバックハグのことだ。
「騎士団長様、バックハグってご存知ですか? 騎士団長様のバックハグはとっても素晴らしいって姉たちが申しておりましたの。私、騎士団長様のバックハグを経験してみたいですわ!」
「わたくしのバックハグですか? 素晴らしいかどうかはわかりませんが、そうおっしゃるならば試しても構いません。ただし10年後に——」
騎士団長はすぐに『それは10年後に』とリリアンに言うのだ。
——やっぱり10年後なのね。
がっかりしかけたが、その瞬間にハッと気がついた。
「いいえ、違いますわ! 私、ちゃんと騎士団長のバックハグを経験していますわ!! だってバックハグって後ろからギュッとハグすることでしょう?」
リリアンは興奮して両足をバタバタさせた。
ついに大人の世界を経験できたのだ、ものすごーくワクワクじゃないか!!
すると騎士団長は振り向いて優しく微笑んだ。
「リリアン様、これはおんぶです⋯⋯」
〜終〜
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