京の都
「おぉぉ……」
思わず感嘆の声が漏れ、周りが振り返る。しかし、不審な者を見る目ではなく、田舎者を見るような生温かい目線である。
鈴は未だ何も決まっていないものの、取り敢えずは宿から出てみる事にした。昨日は疲れてぐったりだったのでわからなかったが、天子様のお膝元と言うだけあり、江戸よりもお上品な雰囲気がある。
(伏見城とか、近くにあるのかな)
生憎、座学にはあまり熱が入らず、一応この辺の地理は習った記憶はあっても自信がない。
その辺の寺で匿ってもらう?それとも茶屋か何処かで奉公させてもらう?
(……いや、どこもそんなに甘くないか)
どこの寺だろうと、金食い虫にタダ飯を食わせられるような財力は無さそうだ。特にこの情勢だし、何処にも金は無い。こんな役立たず、雇う店なんて無いだろうし。
本当に八方塞がりである。
溜息が出そうになるが、心の中で押し留める。弱音を吐くと、江戸に帰りたくなってしまう。
心なしか、空気が冷たい。春なのに、天気まで私を虐めるのかと、宛もなく、ぷらぷらとそこら辺を歩く。どうせ別の所に泊まるし、荷物もないので、迷子になろうが関係無い。
半ば自暴自棄になっていた所だった。
「あ!お鈴ちゃんじゃない?」
二刀を差した総髪の青年と、若干目付きの悪い、しかし女には好かれそうな顔した男が、こちらを見ていた。
「総司殿、昨日振りですね」
「あぁ、こんな早く会えるとはね。今日は何かあるの?」
「いえ。宛もなく歩いていました。どうせ縁のある者は居ないでしょうから、何処か働き口を探していたのですが」
「そうなんだ」
どうやら沖田は怪訝に思っている様子だ。鈴も沖田の立場なら、相当怪しむ。それこそ、子供の振りして浪士組に近付く間者か何かではないかと。
「総司殿、何処か、伝手はありませぬか」
「申し訳無いけど、僕達も此処に来たばかりだし……」
そこまで言うと沖田は、隣の男をチラリと見る。男はその視線に気が付くと、舌打ちせんばかりの顔で、小さく頷く。それを確認した沖田は、わざとらしく続けた。
「…あ!そうだ!!」
「何かあるのですか?」
「うん、そうだお鈴ちゃん、浪士組で女中をしない?」
「じょ、女中……?」
つまり、炊事・洗濯・掃除など、浪士組の家事全般を受け持つと言う事である。しかし、鈴は家事の経験は少ない。藩邸では、鈴に付いていた数人の侍女が交代でしていたからだ。
けれど、全く分からないと言う訳でもない。幼い頃から好奇心旺盛だった鈴は、家事なんかもやりたがった。仲の良い侍女はたまに簡単な事をやらせてくれていたし、ジジイも、私が幾度言っても辞めないので、早々に諦め、見るだけなら許してくれた。無論、見るだけな訳がないのだが。
おそらく、沖田達は鈴の監視の為に浪士組に誘ったのだろう。小娘一人、怪しい素振りを見せたらすぐ斬ってしまえばいい。鈴も、黙ってやられる気は無いが。
「分かりました。そのお話、有り難くお受け致します」
こうして鈴は、浪士組に雇われる事になったのだった。