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バレたらおしまい!? ~新選組女中は元姫様~  作者:
文久三(1863)年 二月、浪士組~
3/13

若者


不意に、後ろから声がかかった。


「 大丈夫ですか?」


気付くと背後に人が立っていて、どこかで聞き覚えのある声がする。


「 あん?なんやお前、口出すなや 」


後ろに居る人は、男に掴まれている鈴の腕を自分の方に引き寄せる。必然的に、鈴と彼との距離も縮まり、それが一人の若者であることに気がついた。


「 でも嫌がってるでしょう?離して下さいよ 」


「 はあ?そないなことないわ! 」


「 …あのっ、離して…下さい! 」


ようやく勇気が出て、大きな声を出すと、後ろの若者が「 ね、離して下さい 」と言った。すると男は渋々と言った感じで鈴の腕を離し、舌打ちをして去っていった。

鈴は背後の若者に向き直り、頭を下げた。


「 あ、ありがとうございます! 」


「 いいや、当然の事をしたまでだよ 」


若者の顔を見ると、それが江戸で道案内をしてくれた者だと気付いた。


「 あの…江戸でもお会いしましたよね?」


「 え…あぁ、あの時の!あれから大丈夫だった?」


彼は鈴の顔を見ると思い出したようで、顔に笑みを浮かべた。


「 家はどこ?送ろう 」


「 そんな、悪いですよ 」


そもそも家なんて無いんだけど、と心の中で付け足す。心遣いはありがたいが、どう断ろうか。

いや、言えないところは隠して、もう正直に言ってしまった方がいい。


「 その…旅先で、宿を探しておりまして 」


「 なるほど…僕もここら辺は詳しくないけれど、宿くらいはわかるよ。案内しよう 」


「 あ、ありがとうございます! 」


二度もお世話になってしまったが、ここはご厚意に甘えよう。

そうして、宿まで他愛ない話をしていた時だった。


「 そう言えば、名前は?」


そう訊かれ、鈴は少し言葉を詰まらせた。

名字を言うのは少しまずいだろうか。だが偽りを言って、変に勘ぐるられては困る。


「 鈴と言います 」


名字が無い者、自称しない者もいると聞くので、名前のみ名乗った。すると、男も名を言った。


「 僕は沖田総司。江戸から来たんだ 」


「 総司殿、」と呼びかけると、沖田は不思議そうな顔をしたが、応じてくれた。


( 殿? )


「 どうしたの?」


「 貴方様はどうして江戸から? 」


「 あぁ、将軍様の上洛で浪士組を結成するって話でね。同じ道場の人達と、ここにやって来たばかりだよ 」


幕府が浪士組を募っているという話は聞いた事があったが、このような若い人もいるのか。少し感心していた鈴に、沖田はわざとらしく溜息を吐いた。


「 そーゆーお話だったんだけど…なんだか色々あって、本隊が江戸に帰ってしまったんだよね 」


何気なく呟く沖田に、鈴はぎょっと目を剥いた。


「 いや、それはまずくないですか 」


「 ああ、明日には幕府の人に掛け合うよ。全く、過激派には困ります 」


「 た、大変ですね… 」


「 そういえば、君はどうして江戸から旅を? 」


一呼吸置いて、沖田が問うてきた。その言葉に、思わず鈴は言葉を詰まらせる。どう答えるのが正解なのだろうか。


「 …故あって、故郷を追われまして。縁のあるここら辺を訪ねてきたのです 」


「 へえ 」


嘘は言っていない。ただ、ぼったくられた話をしては忍びないので、やんわり話す。幸い、沖田は納得してくれたようだった。


「 大変ですね…あぁ、ここです 」


そう言って、沖田は一つの通りの前で足を止めた。


「 ありがとうございます…あ、そうだ 」


鈴はひらめいた。早速懐から巾着を取り出すも、それを見た沖田に止められた。


「 お金は貰えないよ 」


「 いえ。幸い、多めに頂いたので 」


事実である。出奔する前、じじいに小判を二十枚程、銭をある程度渡された。「 大事に使って下され 」と。京に来るまでの駕籠で相当使ったが、まだ小判は十枚もある。


「 でも… 」


「 なれば、浪士組で困った事があれば使って下さいまし。それなら良いでしょう? 」


鈴は渋る沖田に小判一枚を押し付け、その手を握らせる。


「 今日はありがとうございました。またどこかで!」


「 あ、ちょっと…!」


後ろからかかる声を振り切って、宿屋に飛び込んだ。




「 はーー… 」


宿を取り部屋に入った途端、布団に飛び込んだ。それはそうだ、布団はしばらく振りなのだから。疲れて、もう目が開かない。


(明日ちゃんと起きれるかな…)


一応この辺りは近江に近いようだから、行けなくは無い。しかし、広い近江から一人の人間を探し出すのは容易では無いし、もう母は近江にはいないかもしれない。ここで生計を立てた方が、現実的ではないだろうか。


(考えるのはもうやめよう、明日にしよう明日に)


しばらくは食いっぱぐれる事は無いだろうし、明日仕事を探そう。

だが、家事を少し見よう見まねでやった事ぐらいしかない、こんな小娘に働ける場所など、あるのだろうか?


( あーもう駄目だ、やめよう )


きっと明日の私なら、どうにかできるだろう。



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