おかっぱ頭
「ねぇねぇ」
「何ですか、総司殿。土方副長に言いつけますよ」
「なんでサボりだと決めつけるんですか!」
だって、いつもサボってるし。そうは言わず、取り敢えずどうしたのですか、と、問いかける。
「ずっと気になってたんですけど……」
そう言って沖田は、鈴の肩にかかる髪を指差した。
「何か変ですか?」
「だって、お鈴はもう髪を結う年じゃないの?」
ああ、と鈴は手をぽんと鳴らす。侍女や家臣以外と会う事も無かったのであまり気にしていなかったが、この年頃になると、皆髷を結うのである。
未婚の女性・武家の女性など、身分年齢で髷の種類は違うので、女の髷はその人を表すものだった。
「……誰にも言わないで下さいね」
「え?」
「っふふ、あははははは!!」
「もう!いつまで笑うんですか!!」
やっぱりこの男に言った鈴が馬鹿だったのだろうか。やけに大きい笑い声が響く。
「だっ、だって……ついこの前までおかっぱだったなんてっ……あはは!!」
「そんな笑う事じゃないでしょ!?しょうがないじゃないですか!!」
「で、でもっ……ふふ、なんでお、おかっぱ……」
「言ったでしょう、隠し子だったんです!!」
「あ、ああ……それで身分が……くっ、知られないようにね……」
なんでまたさらにツボに入っているのだろうか。
「あーもう、やめてよね。笑い過ぎちゃったよ」
「勝手に総司殿が笑っただけですけどね」
(ゲラゲラ笑って、今に土方が怒りに来るぞ)
「だってさぁ、いつまでもおかっぱ頭のまま、仏頂面したお鈴を想像したら、……ふっ、わら、笑えてきちゃってさ」
「仏頂面なんてしてません!」
「そ、そうね、ごめんよ……ぷふっ」
「笑いすぎて死んじゃいますよ、全く。……あと!!」
そう言って鈴は、右後ろの柱の陰を、キッと睨む。
「貴方々、さっきから見えてるし聞こえてるんですよ!!」
藤堂、永倉、原田が申し訳程度に体だけ隠しながら、こちらをずっと見ていた。道理で沖田一人にしては、笑い声が大きい訳だ。
「うわっ、見つかっちまった」
「平助の所為だぞー!」
「俺ぇ!?」
「皆してそうやって……」
ぽろぽろと涙を溢す。すると四人は慌てた様に寄って来て、頭やらを撫でまくる。
「ご、ごめんよお鈴。そんなに気にしてたなんて」
「ひどい事言っちまってごめんな。今日は魚やるから……」
「……」
鈴は黙ったまま、廊下を指差す。
「ぞ……掃除、手伝って下さい」
「ろ、廊下か?分かった、今やる」
「ぢ、違います……付いて来て、下さい」
そう言うと全員後ろに付いて来た。もうすっかり間取りも覚えてしまったものだ。
そんな事を考えていると、目的の部屋が見えて来た。予想通り、人の気配がする。
「お、おい……この部屋は……」
「皆さん、あんな所で楽しそうにやっていたのですもの。今日はお休みなんですよね?」
「い、いや……それとこれとは別で……」
「ほ、ほら、中に人が居たままじゃ悪いだろ?」
「大丈夫です。いつもしているので」
「俺らが大丈夫じゃねーんだ!」
藤堂が叫んだ時、目の前の障子が音を立てて開いた。
「てめーら人が仕事してる時に何やってんだ!!」
「ひぇええ!」
藤堂・原田・永倉の三人は塊になって悲鳴を上げる。そして沖田は、すり足でその場から逃げようとしていたところ、土方に衿を掴まれた。
「総司、お前は今日警邏の当番の筈だが?」
「やだなぁ土方さん。もうとっくに終わりましたよ」
「ほう、街の様子はどうだった?」
「今日も平和でしたよ。あ、でもあの店の団子が値上げしてました。安かったのになぁ」
「何が平和だった、だ!!サボってただろ!!」
「痛っ!!」
拳骨を落とされ、へなへなと床に座り込む沖田。土方の怒りはまだ収まらない。
「全員其所に直れ!正座だ!!」
「そんなぁ」
説教されている彼らを尻目に鈴は障子に手を掛ける。
「掃除、失礼します」
「あぁ、散らかってて悪ぃな」
それから四半刻、大声を聞いた山南が止めに入るまで、叱咤は続いた。