筆頭局長
「……おい、女中」
「はい、何でしょう……って、芹沢局長」
庭先でボーッとしていた時だった。昼に背後から話しかけられたかと思ったら、珍しく、いつも八木邸に入り浸っている筆頭局長・芹沢鴨が居た。横に数人の、恐らく芹沢と同じく、水戸出身と見られる者達が付いている。指先がピクリと動いた。
「お前、年は幾つだ」
「はあ、十三ですが……」
鈴がそう答えると、芹沢は、ザッと踵を返した。
「付いて来い」
「分かりました」
(私、なんかしちゃった……?)
そう思いながら、黙って芹沢に付いて行った。
連れて来られたのは、八木邸_____もっと言うと、その子供部屋だった。取り巻き数人は別室で待つように言われ、二人で中に入る。
室内には、鈴と同じくらいの少年が居た。
「芹沢はん、その子誰?」
「コイツは浪士組の女中だ」
意外にも、彼は芹沢と打ち解けている様子だった。強面で酔っては手が付けられないと言う芹沢だが、案外素面は子供好きなのだろうか。
「へえ、わてと同じくらいやのに、奉公なんてえらいどすなぁ」
今度はこっちを見て、彼がそう言った。
「いえ、そんな……えぇっと、鈴です。改めて、これからよろしくお願いします」
「八木為三郎、此処の八木源之丞の次男どす」
「そんで俺が、筆頭局長の芹沢鴨だ。子供同士、仲良くやろうぜ」
後ろから芹沢が、肩を組んできた。衝撃を覚悟したものの、優しい感触に瞠目する。
「せや言うて、芹沢はんは子供とちゃうやん」
「細けぇことは気にすんなよ」
そんな掛け合いを見ていたら、徐に芹沢が立ち上がった。
「んじゃ、仲良くしろよ」
それだけ言うと、パタン、と襖を閉めて行った。
「えっと……為三郎さんでしたっけ……」
「おん、別にそんな畏まらんでもええで」
「そう。よろしく、為三郎くん」
「よろしくー」
(会話が続かない!!!)
微妙な沈黙が気まず過ぎる。目を白黒させる鈴に、為三郎が笑い掛けた。
「びっくりしたやろ?芹沢はん」
瞬きの後、その意味を理解する。
「そうだね。酔っ払ったとこしか見た事無かったし……」
「いつも絵描いたりして遊んでくれるんよ。……妹ともな」
僅かに目を伏せ、そう言った。確か、八木家の末娘は病で伏せっていた筈だ。
「そうなんだ」
「せや。おかんもおとんも、迷惑迷惑言うてもな、喜んどるんよ」
遊び盛りに遊べない辛さを鈴は知らない。周りにはいつも、沢山人が居た。思わず為三郎と一緒に、顔を俯けてしまった。
「あ……今、源之丞さんとお雅さんは居る?」
鈴は、何となく暗くなってしまった雰囲気を振り払う様に、そう訊ねた。
「え?確かどっちも居った気ぃするけど……どうしたん?」
「挨拶しようと思って。まだしてなかったからさ」
お前も一応挨拶しとけ、と、壬生浪士組副長になった土方にも言われていた。
「真面目やなぁ。ほな、付いて来ぃ」
「あぁ、アンタが女中はん。殊勝な心がけやわぁ」
「為三郎の一つ下やろ?しっかりしとるなぁ」
この八木邸の主・八木源之丞と、その奥方のお雅は、朗らかな人だった。
「えーっ、為三郎くん、私より上なの?」
「どう言う意味や、それ」
べしっ、と軽く頭を叩かれる。確かに自分でも失礼な物言いだったと思うが、どうにも年上には見えない。
「ほんとの事よー」
「なんやてぇ!?」
傍の八木夫妻が快活に笑い、鈴と為三郎も、堪えきれず吹き出す。
こんなに心の底から笑ったのは、いつ振りだろうか。