第十四話
チラホラと見て頂ける機会(PV)が増えてきました、素直に嬉しいですありがとうございます。
引き続きコツコツと進めて参ります、評価、リアクション、ご意見、ご感想、遠慮なくお寄せ下さいますと幸いです。
エステリアに到着したその翌日、教会の一室を借り一夜を過ごしたソウタ達はこれまた教会に借り受けた二頭の馬に乗って朝からエステリアの街を離れ南へと向かっていた。小鳥も歌う天気の良い穏やかな朝、左手に天樹を臨む長閑な一本道を速歩の馬に揺られながら進むソウタの表情は暗く、白い雲がのんびりと揺蕩う空のように晴れやかとは行かないようであった。
心配したウシオは横から覗き込むように前に座るソウタへ声を掛ける。
「……ソウタ、一度ベッキー達の元に戻りますか……? 誰も責めたりはしないと思いますが……」
ぼうっと目を伏せ一点を凝視していたソウタはその声にゆっくりと振り返り心配そうなウシオと視線を交わすと再び前を向いて首を振った。
「大丈夫、そこまで悲観はしてないよ。ショックと言えばそうなんだけど……望みはまだ捨ててない」
そう言いながらまた一点を凝視して、ソウタは昨夜の事を思い出していた――。
――「それでは……十年ほど前の事です、お聞かせしましょう……落ちた星のお話を……」
教会の壁画、今新たに描かれている菱形のものは何を表しているのか。そんな当たり障りのないソウタの質問にエステリア教会の御子、フィリアは薄布の向こう側からその鈴を転がしたような凛とした声で滔々と語り始めた。
「十年ほど前、空から『あるもの』が降ってきました。天樹にぶつかるのではと誰もが危惧し、街の多くの住民も目撃したソレは、このエステリアの遥か南に落ちました。遠く離れていたにも関わらず落下の衝撃は大地を激しく揺らし、直後襲った強烈な風は街に甚大な被害を及ぼしました」
「その後すぐに調査隊が現地へ向かいました。小高い山を越えた先には大きく大地をえぐった跡が残され、その中心に半分が土に埋もれるような形でソレはありました」
「空から降ってきたソレは宝石のようにとても綺麗でした。何をしても傷一つ付かない未知の塊を調査隊は懸命に掘り起こします。すると菱形の結晶のような全体像が現れました」
「エステリア教会にとって神聖とされ馴染み深いその形状から、以来ソレを『落ちた星』と呼ぶようになりました――以上となります」
語り終えた御子フィリアはフウと一息つくと両脇に侍る近衛から水を受け取り乾いた喉を潤していた。
ソウタは話に聞き入りながら足元に描かれた教会の紋章や胸に付けたサポーター徽章を指でなぞり深く思考を巡らせていた。どちらにも共通しているのは四芒星、星をモチーフとしている事。光り輝く夜空の星、その輝きの形状から四芒星を星と呼ぶ事に違和感はない。しかし菱形の結晶を星と呼ぶ事にはいささか引っかかるものがあった。また教会にとって馴染み深いというフレーズにも意識を向け教会の外観を思い出していく。
「……教会の五つある尖塔の天辺にも、菱形の飾りが付いていましたね……何故あの形を星と呼ぶのでしょうか?」
「……最後ではなかったのか?」
少し離れた所に立つ頑固な男性アニードに鋭く釘を差されるとソウタはすいません……と至極申し訳無さそうに頭を下げた。その様子を上品に微笑みながら眺めていたフィリアがその理由を語るのだが……この後、ソウタは信じられない言葉を耳にする事になる。
「ふふふ、よいではありませんか。沢山お話が出来て、私は嬉しいです。何故菱形の結晶を星と呼ぶのか……ソウタ様は――」
「――神吏者と呼ばれる者の存在を、ご存知でしょうか?」
「……神……吏、者……?」
ソウタは停止していた。ここまでの状況に疲れ少し気を抜いていた所もあっただろう。それにしてもである、いつ何時何があっても対処できるよう冷静沈着を保つソウタが完全に固まってしまう程に……二ヶ月もの間一切の手掛かりを掴めなかったものが突如降って湧いた衝撃は筆舌に尽くしがたいものであった。
微動だにしないソウタの衝撃は幸い傍目には伝わらず、フィリアは変わらぬ調子で話を続けた。
「はい。千年以上、或いはもっと遥か昔……かつてこの世界には大地と空と海、そして空に浮かぶ星々や生命ですらも……この世の全てを支配してみせたとされる者達、神吏者の存在がありました。教会に伝わる伝承の中では、その神吏者達は星に住んでいたとされています。そしてその伝承と共に描かれていた星というのが、その菱形の結晶なのです」
フィリアの言葉はきちんと耳に入っているのだがソウタは動けなかった。すかさずウシオがフォローするように手を上げフィリアと言葉を交わす。
「すみません、神吏者の住む星が落ちてきたという事は……居たのでしょうか? その、神吏者という方々は……?」
「ウシオ様……でしたね、残念ですが確認はできませんでした。落ちた星には落下の際に出来たと思われる穴が空いていて中に入れるのですが……理解の及ばない高度な技術の結晶という事以外、この十年、幾度となく調査を繰り返してきましたが神吏者の存在を確認する事は出来ていません」
静かに聞き入っていたソウタは目を閉じ人目もはばからずに大きく深呼吸すると自らの頬を両手で挟むように思い切りひっぱたいた。――パァンッととても気持ちのいい音が余韻を残して響き渡るとソウタは再び熱の籠もった瞳でフィリアを見据え会釈するように軽く頭を下げた。
「突然すいません、失礼しました……その落ちた星の調査、我々にも許可を頂けたりしますか?」
ソウタの突拍子もない行動に度肝を抜かれ目を丸くしていたアニードはこれまた突拍子もないソウタの発言に慌てて口を開いた。
「な、何を馬鹿な……何もないとはいえあれは教会にとって極めて神聖なもの、旅のよそ者に許可など出せるわけがなかろう!」
ソウタは鼻息を荒くするアニードには目もくれず真っ直ぐにフィリアを見つめ続けた。アニード同様驚いていたフィリアも気を取り直しソウタの真意を問う。
「ソウタ様は何をお調べになりたいのでしょうか、理由をお聞かせ願えますか?」
フィリアとお互いに真っ直ぐな視線を交わし、ソウタは躊躇う事なく旅の目的……神吏者を探しているという本当の目的を話した。横で荒ぶるアニードの声はもはやソウタの耳には入らず、ソウタの真剣な表情を受け止めフィリアもまた真剣に応える。
「探し出して、どうなさるおつもりなのでしょうか……?」
「……聞かなければならない事があります……たとえ、何を差し置いてでも」
直後、ソウタはお願いしますと深く頭を下げた。ウシオとミルドも後に続き深く、そして長く頭を下げ続けた。並々ならないその熱意は、翠の一礼によって御子の元へ届けられる。
「……わかりました、御子フィリアの名において……落ちた星の調査を特別に許可いたしましょう」
「御子様ッ!」
フィリアはスッと静かに右手を掲げ憤るアニードを静止した。その瞳と所作は繊細なれど力強く、御子として真剣に向き合おうとするその姿にアニードは息を呑み押し黙る事しか出来なかった。
「ソウタ様……調査していただく事は構わないのですが、教会としては……悲しい事を、お伝えしなければなりません」
「悲しい事……なんでしょう?」
頭を上げたソウタの依然変わらぬ熱い瞳にフィリアはやや俯いて逡巡を見せた。ゆっくりと呼吸を整えると意を決した少女の口が重々しく開かれる。
「神吏者は現在、この世界には居ないとされています。我々、天樹を御神木として信奉するエステリア教の歴史は……神吏者の存在が、この世界から失われた所から始まるのです――」
「神吏者はいない……か」
回想を終え一点を凝視したままため息混じりに呟くソウタを今日も頭の上に寝転んでいたスイカはその小さな掌で髪を撫でながら子供をあやすように慰めた。
「よーしよーし、だいじょーぶよー頑張ろうねー」
「……どこで覚えて来るんだ……だからそこまで悲観はしてないよ。確認されてないって言ってもこの世界の人間の生活圏は狭い、人の手の届かない所に隠れてまだいるかも知れない。それこそ……」
ソウタは顔を上げ空を見上げた。ゆったりと流れ行く雲のもっと向こう、空の彼方を見つめながら無限の可能性を前に口をつぐむ。大きく吸い込んだ気持ちのいい朝の空気をフンと鼻から吹き出し目を閉じたソウタは改めて真っ直ぐと進行方向を見据えた。
「出来る事なんてこれまでだって限られてた、ボク達は今出来る事を精一杯やるだけ……何も変わらないよ」
「……はい、そうですね」
前に座るソウタの頭を撫でながら、ウシオは優しく微笑みホッと胸を撫で下ろした。御子との邂逅から心配を重ねていたがいつも通りの、確かな成長を感じさせるソウタであった。
「……そんな事よりもスイカ」
「んー? なーにー?」
「お友達が一緒に遊びたそうにこっちを見ているよ」
「お友達……?」
唐突に話を切り替えたソウタは右後方を振り返りながら視線を上空へと上げていった。その視線の先をよく目を凝らして見てみると青空の中に小さな赤い光がポツンと浮いているのが確認できる。どうやらネコ科の獣のような姿の赤い妖精が上空からソウタ達の後を着いてきているようであった。
「スイカはモテるね。ボク達は今日一日つまらない調査しかしないから、遊んであげたら?」
「もーしょうがないなー」
しょうがないと言いつつもまんざらではないようで、至極嬉しそうにふわりと浮かび上がったスイカは元気よく赤い妖精の元へと飛び立っていった。
「いってきまーす!」
「夕飯までには帰るんだよー」
疾風の如き速さで飛んでいったスイカと赤い妖精は早速空中で追いかけっ子を始めていた、無論鬼はスイカで赤い妖精は逃げ惑っている。
「……あの赤い子、教会の監視じゃないんですか?」
「さあ……妖精同士で戯れてるだけだし、ボクは何も知らない」
悪びれもせずあっけらかんとのたまうソウタの悪い方向の成長に困った顔を見せながら、ウシオは振り返り逃げ惑う赤い妖精にそっと胸の内でごめんなさい、と謝罪を述べるのだった。――この日以降、朝から晩まで追いかけ回された赤い妖精が追いかけっ子に軽いトラウマを覚えるようになるのだが……それはまた別のお話。
一本道の途中、枝分かれした道を右に進みひた走ること数時間。日が直上に差し掛かる頃、ソウタ達は目的地の小高い丘の前まで辿り着いていた。馬の番をミルドに任せソウタとウシオは結構な急斜面を一歩一歩踏みしめながら登っていく。なだらかな平地の中に不自然に出来た丘の斜面は草花で覆われ、一面に広がる緑の中急勾配である事を除けば気分はさながらピクニックである。
数十メートルほどの高さを登りきり頂上に辿り着くと目の前には壮大な光景が広がっていた。
「……凄いな……あれが、落ちた星……」
巨大なクレーターの中心に鎮座する星と呼ばれるものは御子フィリアの語った通り、とても綺麗だった。ちょっとしたビル程の大きさもある菱形の結晶体は青とも紫ともつかない、夜明け前の空のような色をしており十年の歳月を微塵も感じさせない姿を今も尚保っていた。ガラスのような金属のような、透き通った光沢を持つ表面が陽の光を鏡のように反射している。その単純な造形が纏う芸術性は正に、神の御業と表現するに相応しいものであった。
星から徐々に周囲にも目を向けてみると十年経ったクレーターの内側も草花が生い茂り緑の絨毯に覆われていた。星の傍らには掘り出した際の土を盛ったものと思われる小さな山がある。平原を駆け抜ける爽やかな風にウシオのフリルが柔らかく揺れる中、更に視野を広げてみるとソウタ達の立っている小高い丘はクレーターの周囲をグルリと囲む外縁部である事がわかった。視界いっぱいに広がる緑の中に寂しく佇む菱形の人工物は異様だが同時に神秘的でもあった。
クレーターの内側へと踏み入り中心部まで歩く傍ら、ソウタは改めて周囲を見渡しエステリア周辺の特殊な環境に疑問を抱いていた。
「……つい忘れそうになるけどここ、街の外なんだよね。何でこんなに魔獣がいないんだろう」
「ここまで防壁のようなものもありませんでしたし……昨日聞ければよかったですね」
「昨日……は仕方ない、それどころじゃなかったし。帰ったらその辺の人にでも聞いてみよう」
二人言葉を交わしながら歩を進め、星の元まで来るとそびえる鏡面を見上げながら改めてその大きさを実感する。高さ百メートル程の巨大なビルがその三分の一を土に埋め斜めに横たわっていると言えばスケール感が伝わるだろうか。土埃や汚れどころか曇りも歪みもないまっ平らな壁面はそばに立つソウタとウシオの姿をそっくりそのまま映し取っていた。自身の鏡像と手を重ね合わせると星の表面はヒヤリと冷たく、滑らかでそして硬かった。
埋まっていた部分を掘り出した際の穴を右手に見下ろしながら反対の時計回りに沿って進み、裏手に回り込んだソウタはやがてあるものを目にして足を止めた。
「……ウシオ……これ、切れる?」
そう言いながら星と距離を取ったソウタは表面を撫でる程度に、と注文を加えながらウシオの糸による星への攻撃を指示した。ヒュインッ――と静かに風切り音が撫でたその場所をソウタはそっと手を這わせ確認してみると、目では見えないほどの微かな傷を付けるに留めていた。
「何をしても傷付かないと言うのも伊達じゃないな、だとすると……落下の衝撃で本当にああなるものかな……?」
ソウタの視線の先には御子の言っていた落下の衝撃で空いたと思われる中に入れる穴とやらがあった。三角形八面からなる菱形の結晶体の中央部、全体で最も太い正方形の角の一つが放射状にひび割れポッカリと口を開けていた。強い衝撃が加わった事は間違いない外壁の砕け方は見た目だけならばガラスの割れ方に酷似している。
ソウタはポッカリと空いた横穴の前まで来るとその中の先の見えない暗闇に視線を向け息を呑んだ。鋭く砕けた外壁とその内に佇む深淵、穏やかな草原の中にありながらそれはまるで獲物を待つ怪物の口であるかのような……そんな錯覚を覚えるほどの迫力があった。
やや緊張感を覚えながらもソウタは冷静に思考を働かせる事に注力する。最初に気になるのはやはりこの横穴が本当に落下の衝撃で生まれたものなのか、である。この場所は草原であり地面の表層は土である。草花の生い茂る柔らかい土に落ちてはたしてこの硬い外壁がここまで砕けるものだろうか。加えて巨大なクレーターが出来ている周囲の状況から見てもこの落星はかなり地面にめり込んだはずである。であるならば、この穴は真下を向いていなければならない。最初に接地した全ての衝撃を受けた場所が横を向いている事にソウタは引っかかるものを感じていた。
ともあれ、この場で考えても答えの出しようがない問題は頭の隅に置いておき、ソウタはウシオと顔を見合わせると出発時教会の人に持たせてもらった二つのランタンを取り出した。火を灯したそれぞれを二匹の鳥人形に持たせるといざ、早速ソウタ達は念願の神吏者の手掛かりを求め落ちた星の暗闇へと足を踏み入れたのだった。
一歩踏み込んだそこは異世界だった。振り返れば陽に照らされた鮮やかな緑が、前を向けば無機質な四角い闇が、果てなくどこまでも続いていた。
縦約三メートル、横約五メートル。横幅の広い長方形の筒の中に身を置いたソウタ達はふと足元へと視線を落とすと闇に向かって続く無数の足跡に気が付いた。中には裸足のものや少し小さめの子供のような足跡もある、無数の足跡は不揃いに並びながら吹き込んだ土埃を仄かに纏っていた。
二人が揃って足元を見ていた時、ソウタは視界の端で何かがキラリと瞬くのを捉えハッと顔を上げた。見つめた先は進行方向、どこまでも続く深い闇の中である。
「ソウタ、どうかしましたか?」
「……何か光ったような気がしたんだけど」
二人揃って注意深く目を凝らし闇の向こうを見つめるものの、そこにはただ暗闇と静寂が佇むばかりであった。御子のフィリア曰く何もないという話ではあるが念の為警戒しようと視線を交わし頷きあうと二人はゆっくりと闇の奥へと歩みを進めていった。
三十度近い勾配の四角い筒は床や天井の所々に奇妙な模様が描かれているものの四方の壁全てが一切凹凸のない完全なフラットになっておりもはや滑り台のようであった。ソウタ達は滑り落ちないよう念の為人形を靴のように履いて餅の吸着力で対策を取るとゆっくりと一歩ずつ真っ暗な坂道を登っていった。
やがて四角い筒が途切れ少し開けた空間に辿り着くとソウタ達は奇妙な光景に出くわした。ソウタ達がこれまで歩いてきた床は途切れ崖のように切り立つ一方で、左側の壁はそのまま奥まで続いておりその先には再び四角い筒がポッカリ口を開けているのが見えた。また左上と右下にも同じような四角い筒がありその空間の中央には斜めになった円柱が赤い珠を内包して横たわっていた。その構造からソウタは一つの確信を得る。
「この星、本来は立ってるんだ。今ボク達が立ってるのが本来は壁で、こっちの壁が本来の床だ」
そう言ってソウタが左手を添えた本来床だった壁は六十度以上の傾斜を持ちとても立てるような状態ではなかった。
「あの赤い丸いのは何でしょうか……?」
「……行ってみようか」
ソウタとウシオは注意深く周囲を観察し安全を確認するとタイミングを合わせ一足飛びで横たわる中央の円柱に飛び乗った。
直径三メートルはありそうなその柱は感嘆するほどの透明度で中心にゴルフボールくらいの赤い珠を浮かべていた。足に履いた人形で軽く攻撃してみるもののやはりこれも外壁同様に硬く、かすり傷一つ付ける事は出来なかった。周囲を包む柱とは真逆に赤い珠に透明度はなく、どこか色褪せてくすんでいるようにも見えた。
「取り出したりは無理そうですね……」
「位置的に多分中心部だろうからエレベーターシャフトみたいなものか……動力的な物とか、或いはシステムの中枢とかかな……さっきの光はこの柱にランタンが反射したのか……」
天井や床との接合部を見ながらあれやこれやと考えてみるもののこの場においてはこれ以上の事は分からず、二人は諦めて入り口とは反対側の通路へと調査の手を伸ばした。
先程までの通路と同じ無機質な光景が延々続いているものと思いきや、暫く進むとソウタ達は床にポッカリと空いた四角い大穴に出くわした。
「これ、扉でしょうか?」
「そうみたいだね、本来はこっちが壁だし」
その穴は綺麗な正方形をしており、穴の周りには取り囲むように奇妙な模様が描かれている。穴の中にランタンを持った鳥人形を先行させ安全を確認するとソウタ達はこれまで壁だった本来の床に人形の吸着力を以ってスッと立ち歩いて扉の中へと踏み込んでいった。
フィリアの言っていた通り、その小さな部屋にはほぼ何もなかった。三角形の三つある角を全て削り取ったような形のその部屋は入り口から見て左側の壁に酸素カプセルのようなタンクが立て掛けてある他、奥の壁に机か椅子のような段差が見られる以外窓もなければ家具のような物も何一つなかった。唯一あるそのカプセルのような物に至ってもこれと言って調べられるような所もなく、無意味で無機質なただのオブジェと化していた。
「本当に何もありませんね」
「まぁ……十年調べた上で何もないと言ってたしね。或いは先の調査であらかた回収されちゃったか」
フウと一つため息をつくとソウタ達は部屋を出て再び本来の壁の方へ地面を戻すと改めて振り返り正方形の穴を見下ろす。今度はその周囲へと注目し二人は描かれている模様について議論を交わした。
「この模様、ここまでにもいくつかありましたよね」
「あった、これが扉の位置を示してるなら……上にもある」
そう言ってソウタが見上げる先を見ると穴の向かい側、今は天井になっている壁にも同じ模様が描かれていた。二人は頷きあうと改めて本来の床に貼り付いて立ち急斜面を天井に向かって歩いて登っていった。
当然ながら天井の扉は固く閉ざされていて中級人形の力を以ってしてもびくともしない程堅固だった。ここも一切の凹凸はなく模様がなければ扉があるなどとは考える事すらなかったであろう。ソウタ達は手動で開けられるような仕組みがどこかに無いか扉の周囲をくまなく探した。
やがて、十分程探し回って行き詰まった所で協力を申し出たミトの力を借り、蛇特有の振動を感じ取る力でソウタはようやく完全フラットな壁面からレバーのような装置を見つけ出す事ができた。
レバーを引くとガチャンッと音が鳴り扉を押す事で左右にスライドし開けられるようになった。此処から先は教会も恐らく調査していない未知の領域、先程同様ランタンを持った鳥人形に先行させ視界を借りて安全を確認するとソウタ達は最大限の警戒と中級を伴って中へと踏み込んだ。
――が、やはり部屋の中には何もなかった。教会が散々調査した下の部屋と同じどころか今度は壁に立てかけられたカプセルすらない、完全に何もない部屋であった。空振りにため息を零しつつレバーを元に戻すと扉は自動的に閉じフラットな状態へと自動で戻った。
その後も道中見かけた模様の場所で扉を開き内部を調査して回るもこれと言った収穫は得られず、入り口から見て右側の下に向かって伸びている通路まで調べた所で成果は全くのゼロであった。中心部の開けた空間、透明な柱の上に立ったソウタはあまりの生活感のなさにここが住居であるという伝承にすら疑問を抱き始めていた。
「これまでずっと超人類みたいな想像をしていたけれど……もしかして神吏者って機械生命体みたいな感じなのかな……。住居とされてる場所をこれだけ調べてどんな生活をしていたのかすら全く掴めないなんて……」
「今の所見つかったのは最初の部屋のカプセル一つだけ……このフロアは共用スペースのようなもので、生活圏は別にあるのかもしれません」
「……確かに……外観のデカさを考えればこのワンフロアに期待しすぎか……とはいえエレベーターのようなものもないんだけど」
「まだ上の通路が残ってますから、もう少し期待してみましょう」
穏やかに微笑むウシオに励まされたソウタは上に伸びる未調査の暗い通路を見上げため息混じりに小さく呟いた。
「期待させて欲しいね……」
傾斜の関係で教会の調査の手はまず間違いなく及んでいないと思われる最後の通路、天に向かって伸びる急勾配の坂道を貼り付いて上り何もない部屋二つを調べ終えて三つ目。もはや慣れた手付きでレバーを引き扉を押し開けたその瞬間、僅かな隙間から零れ出たモノを見て二人は瞬時に飛び退き扉から距離を取っていた。ソウタとウシオは息を殺し臨戦態勢で数センチ開いた扉を凝視している。
「……ソウタ、ミルドも呼びますか?」
「……いや、すぐ出口に走れるように構えておいて。人形で中を確認する」
緊張感漂う中、二人が見つめる先……僅かに開いた扉から漏れ出ていたものはチカチカと不規則に点滅する赤い光だった。ソウタは扉と自分達の間に中級を新たに三体置き計四体の中級を万が一の備えとしながら、その内の一体を隙間から滑り込ませると右目を隠して明滅する部屋の内部の様子を窺った。
直後、息を呑んだソウタの様子を視界の端で捉えたウシオが身構えると同時にソウタの口から小さなか細い声が零れ落ちた。
「……た……」
「ソウタ……?」
警戒を続けるウシオの隣で、かがんでいたソウタはおもむろに立ち上がると無防備に警戒を解いてウシオへ呆然と呟いた。
「ウシオ……いた」
いた、というのが神吏者を指す事は理解できる。しかしそれならば何故警戒を解いているのか、ウシオはソウタのちぐはぐな言動に困惑しその言葉の意味を、少しの間理解出来ずにいた。
改めて扉を押し開き部屋へ入ると正面奥の壁が画面のように赤く点滅し見た事のない文字が浮かんでいた。壊れかけたテレビのようにその画面はチカチカと途切れ、浮かんだ文字も所々欠けかすれて読み取る事は出来なかった。そしてその赤い画面から視線を右に向けた先、部屋の片隅にソレは居た。
一見ソレは人の形をしている。風化したのか服はボロボロで上半身裸の恐らく男性、こちらを向いており正座から右に足を崩し部屋の隅に収まるような姿勢で座り、両腕を力なく垂れ下げ頭は空を仰ぎ口を半開きにして、虚ろな目をしてピクリとも動かないソレは明らかな死を漂わせていた。
しばしの間ソウタとウシオは距離を保ったまま様子を窺っていた。人の形をしているが人とは限らない……オーラも見えず見るからに死んでいるのだが突然動き出す可能性も考慮し遠くからでも分かる事をまずは確認していく。
まず目に付くのはソウタ達から見て遺体の右側の壁、一点を中心に放射状に液体が飛び散ったような痕跡が残り遺体の側頭部は少し潰れていた。
「……位置と状況を鑑みるに……落下の際に頭を強く打ち付けた、かな」
「そのように見えますけど……でもこれ、本当に血液でしょうか?」
ウシオが疑問に思うのも無理はなかった。なぜならその壁に飛び散った液体は人間の持つ血液の赤ではなく白かったからである。入り口のすぐ近くにまで飛んできていたその白い液体の痕跡を指で擦り取ってみるとサラサラとした粉のようなものが付着した。シュルリと気怠げに顔を出したミト曰く、成分的には血液と言えなくもないが油のような点滴のような、体液とは思えない妙なものとの事だった。……ちなみに味は塩っぽいらしい。
改めて遺体に目を向けると次に着目したのは胸の部分、上半身の真ん中にはまるで心臓を取り出したかのような窪みが出来ていた。露出した体の内側に心臓らしき臓器は見当たらないのだが人の胸を開いた解剖図とは違いグロテスクな見た目はしていなかった、どちらかというと機械的である。
「あの胸の穴、何だと思う? 何かを取り出したのだとすれば……この人以外にもう一人居た事になるけど……」
「落下の際に亡くなったとすれば十年経っていますから、人であれば腐敗して崩れたとも考えられますけど……それにしては綺麗すぎますね」
ウシオの言う通りその遺体はとても綺麗だった、それ故にソウタ達は警戒して距離を保っている。保存状態が良い等というレベルではなくまだ生きていると言われても信じられるくらいその遺体は十年の月日を感じさせない原型を留めていた。
遠目で確認できる事を粗方片付けたソウタはいよいよ人形を近付け至近での調査を試みた。人形の目を通して間近で見るソレは精巧にできた作り物のようにも見えた。胸に空いた穴から覗く体の内側には臓器らしきものは見当たらず、本来あった何かを接続し固定する用途と思われる爪のようなものがあるだけだった。穴の周囲も人のような形をしているだけでそれが肉ではない事だけは分かる。直接触れて確かめてみようと伸ばした人形の指先が遺体に触れた次の瞬間――
「――ッ……!?」
人の形を留めていたその何かは突如サー……っと白い砂の山を残して跡形もなく崩れ落ちてしまった。人形との視覚共有を止めたソウタはウシオと顔を見合わせ余りの異様な光景にお互い眉をひそめた。
「……流石に、ここから動き出したりはしないよね」
「恐らく……でも警戒は続けましょう」
ソウタとウシオは頷きあうと慎重に崩れた砂の山へと近付いていった。骨らしきものも残さず何もかも全て砂粒となった遺体の残骸を前に膝をついたソウタは恐る恐る少量を指で摘み上げ再びミトに見てもらう、するとこの砂粒もまた壁の液体とほぼ同じ成分であるという事がわかった。
ソウタはスッと立ち上がると砂となった人の形をした何かの残骸を見下ろしながら言い知れない感情に頭を悩ませていた。
「……おおよそ生き物の死に方とは思えない……神吏者、何者なんだ……」
ようやく見つけた神吏者の手掛かり、しかしその存在は尚も謎を増すばかりで掴み所のない幻のようにソウタ達の手をすり抜けていく。はたしてこの先再び巡り会う事は出来るのか、もし出会えたとして会話が成立する相手なのか、本当に元の世界へ帰る手段は存在するのか……次々と湧き上がる疑問に何一つ答えを見い出せないまま、ソウタ達はただ白い砂の山を見つめる事しか出来なかった。
地球への手土産として念の為少量の砂を紙に包んで懐にしまった後、最後に残っていた四つ目の部屋に何もない事を確認し調査を終えたソウタ達は落星を離れクレーターの縁に立っていた。気持ちのいい風が駆け抜けていく緑豊かな草原の中、斜めに横たわる菱形の結晶体は物悲しく佇む墓標のようにも見えた。
神吏者の手掛かりを得る絶好の機会と思われた今回の調査でも成果はなく、ため息を零し落星に別れを告げたソウタ達は再び馬に揺られながら来た道を引き返しエステリアへの帰路についた。午後になっても依然天気は快晴なのだが長閑な一本道をひた走るソウタ達の心中にはどんよりと暗雲が立ち込めていた。ソウタはウシオに背中を預けただぼんやりと空と流れ行く雲を眺め、ウシオもそんなソウタをただ黙って撫で続けるばかりで……エステリアに着くまでの道中誰一人として口を開く事はなかった。
ソウタ達がエステリアへ着いた頃、夕暮れは過ぎ去り空はすっかりと暗くなっていた。キラキラと瞬く星空の下教会へ借り受けた馬とランタンを返却しに行くとサポーター組合の所長から呼び出しの言伝を預かっていると伝えられた。昨日の今日である、ミルドの剣の事でまた何かあるのではと気が進まないソウタは恐る恐る組合の入り口からヒョコッと顔を出し中を覗き込んだ。幸い昨日突っかかってきた男性達の姿はなく、気を取り直して受付嬢の元へ進むと彼女はお待ちしてましたと手を叩きすぐに二階へと案内してくれた。
組合本部二階の所長室を訪ねると所長のフューラーは快くソウタ達を迎えてくれた。軽く挨拶を交わし案内されるがままソファに腰を下ろすとソウタは早速ミルドの剣の事か、とフューラーに尋ねた。歓迎のお茶を自ら淹れようとしていたフューラーは手を止めソウタを見るなり微笑んで首を振ってみせた。
「いえいえ、すみません。言伝に用件も含めておくべきでしたね、警戒させてしまったのであれば申し訳なかった」
そうのんびりとした口調で謝罪を述べたフューラーは手慣れた様子でお茶を用意すると淹れたてのお茶を人数分テーブルに並べテーブルを挟んだソウタの正面に腰を下ろした。
「昨日組合から教会へ真っ直ぐ向かったでしょう、あの後こちらで宿の状況を確認した所一部屋であれば取れそうだったのでお伝えしようと思いましてね」
フューラーからの思い掛けないありがたい申し出にソウタ達は揃って頭を下げ感謝を述べた。しかし話には続きがあるようでフューラーはやや申し訳無さそうに後を続けた。
「ただ宿の方から一つ条件がありまして、長期の……少なくとも二十日程度は泊まれる客であれば、という事なのですが……如何でしょう」
エステリアに着いた段階で異世界に来てから二ヶ月と半月が経っていた。元々ある程度は滞在する予定でいたが落星の調査で分かった事や教会の書庫を見せてもらえる事なども踏まえ、二十日は惜しくないと判断したソウタはこの申し出をありがたく受け取る事にした。
「問題ありません、教会は避難してきた方達で溢れていて部屋を借り続けるのも申し訳なかったので……宿を取れるならこちらとしても助かります」
「それはよかった、宿はこの組合のすぐ裏手にあります。看板も出ているのですぐわかるでしょう」
改めてフューラーの気遣いに感謝を伝えたソウタはふと思い出したようにもう一つの気がかりついて尋ねてみた。
「事のついでに一つ伺いたいのですが、このエステリアには魔獣対策というか……防壁が見当たらないのですが何故でしょう?」
「ふむ、防壁ですか……その事を尋ねるなら教会の方に聞かれた方がより詳しく教えて頂けると思いますが」
「教会の……? というと……防壁もなく街の周辺に魔獣が見当たらないのは天樹の力、という事ですか?」
フューラーは察しのいいソウタにフフッと口元をほころばせ頷くと窓の外に佇む天樹へ視線を向けた。
「ええ、そうですね。エステリアの民の間ではこれを『天樹様の加護』と呼び、教会の信徒のみならず全ての国民が天樹へ日々感謝を捧げています。帝国と隣接する北側にはそれなりの防壁がありますがね」
「なるほど、天樹の加護……(そう言えば聖域の島にも魔獣はいないとガルドが言っていたような……)」
ソウタは窓の外の天樹へ視線を向けながらかつて聞いたガルドの言葉と聖域の島の事を思い出していた。聖域の島の大樹とエステリアの天樹、大きさこそ比べ物にもならないが似た性質を持つ両者の関係についても意識を向けなければならない。振る舞われたお茶をすすりながらそんな事を考え難しい顔をしていたソウタを案じたのか、フューラーはまたしても気遣うような言葉をかけてくれた。
「明日からの滞在でもし何か困った事があれば、遠慮なく相談に来て下さい。私だけでなく他の職員においても、真摯に対応させて頂きます」
そのゆったりとした穏やかな表情とオーラを見て、今日一日の諸々で沈んでいた気持ちを僅かに癒やされたソウタは感謝を述べながらようやく少しだけ笑顔を見せる事が出来た。
話を終えたソウタ達は度重なる気遣いに深く頭を下げ改めて感謝を伝えた。フューラーに別れを告げ組合を出て宿へ向かおうとした所で帰ってきた翠の妖精が額を拭いながらソウタの頭の上に降り立つ。
「ふー、良い汗かきましたなー」
「お帰りなさい」
「お帰りスイカ……妖精って汗かくの?」
「ううん、かかないよ?」
「適当言うんじゃないよ……」
なんて事のない、他愛もない言葉を交わして笑みを浮かべ凝り固まった心をほぐしながら、ソウタ達は揃って宿へと足を向けた。組合所長の紹介という事もあり無事に宿の一室を借りる事が出来たソウタ達はその足で再度教会へ足を運ぶと宿が取れた事を報告して昨夜借りた部屋のお礼を伝えた。
その後食事をしつつスイカから赤い妖精の話を聞いたり、宿に戻ってからは明日以降の予定を話し合った。落星の調査では結局神吏者に繋がる情報は得られなかった、となれば次にこのエステリアで意識を向けるべき相手は当然教会の御子、フィリアである。神吏者を探しているという事情を話してしまった事や無理を言って落星調査の許可を取った昨夜の事で教会側からソウタ達は警戒されているかも知れない。オーラの見えない不思議な少女、教会の要職に就く彼女にもう一度接触するには教会からの信頼と信用を積み上げるしかない。天樹の事に関しても教会との関係を深めていけば見えてくる事もあるだろう。
異世界に来て二ヶ月半が経ちようやく神吏者の手掛かりに近付いた今落ち込んでいる暇はない、とエステリアでの今後の方針を定めたソウタ達は新たな決意を胸に小さな部屋、小さなベッドの上に身を寄せ合い揃って仲良く眠りについた。
それからというもの、渡航時の費用がかからなかった事で懐に余裕のあったソウタ達は半月もの間毎日のように教会に通い詰め書庫で天樹に関する事や神吏者に繋がる手掛かりを探す傍ら、教会の奉仕活動に積極的に参加していった。避難民が大挙として押し寄せている今、常に人手不足に頭を抱える教会は一人でも多くの人手が欲しいという事でソウタ達の参加も大いに歓迎された。
教会の書庫では主に教会のシンボルである紋章の星が五つあるその由来となった伝承、及びエステリア教の歴史などを調べて回った。
エステリア教、正式名称を『アルブ・エステリア教』というらしい。『アルブ』が樹、『エステリア』は星……すなわち神吏者の印を意味している。ちなみに都市の正式名称である『センテ・エステリア』の『センテ』は煌めくだとか輝かしいみたいな意味なのだそう。この事からも古代の人々にとって神吏者の存在が如何に大きなものだったかを窺い知る事が出来る。
しかしそれだけ存在の大きかった神吏者達はある時揃って姿を消してしまった。この時神吏者から残された言葉というのが紋章の星が五つある由来となっている伝承である。古く堅苦しい文章を噛み砕いて要約すると、『五つの星々がみなをを未来永劫見守り続ける、欲に溺れ驕らぬように心せよ』とこんな感じである。随分と人間味を感じさせる至極真っ当な事を言い残している、落星で砂となって崩れ落ちた神吏者と思われる遺体を見ているソウタからすると益々掴み所がわからなくなる内容であった。
そして神吏者達が姿を消してから百年余りの時が過ぎた頃、当時神吏者という拠り所を失い魔獣の驚異に晒されながら細々と日々を繋いでいた人々は徐々に生きる気力を失いかけていた。そんな時である、一人の住民が街の南に山のような大きな木がある事に気が付いた。その木は宵闇の中にあって仄かに光を纏いぼんやりと浮かび上がっていたという。更にどういうわけかこの木の周りには魔獣が近寄らないという事も後に判明した。この不思議な木を人々は見守ってくれている星、神吏者からの贈り物であるとして丁重に保護し信仰を捧げ始めた……これがエステリア教の始まりである。そして今にち、『天樹』と名付けられたその不思議な木は数百年の時を経て山すらも凌駕する大木へと成長を遂げ、今も尚変わらぬ加護を以ってエステリアの人々を見守り続けている。
ソウタは教会大聖堂の中に立ち壁画を眺めていた。数百年分の歴史と次なる新たな歴史として描かれている最中の落星を見つめながら、この地を去った神吏者達の事を思う。
「(落ちた星……あれが五つの星の内の一つなんだろうか……何故去ったのか、何処へ行ったのか、まだいるのか……)」
地球のものと比較しても尚驚異的な技術力を有していた神吏者と呼ばれる者達、圧倒的な支配を捨ててまで姿を消した彼らの目的は一体何なのか……未だ見えないその影に小さなため息を零したソウタはふいの呼び声に踵を返すと今日も奉仕活動へと従事する為司祭の後に着いていくのだった。
エステリア教会の奉仕活動は本来様々あるのだが現在は殆どが避難民への食糧支援、いわゆる炊き出しとなっている。なにせ数万人規模の避難民である、受け入れるのみならず食糧支援まで出来るのはエステリア国民の信心深さと天樹の加護に支えられた国力あっての事と言える。
とはいえ教会職員と信徒だけで数万もの避難民を捌ききれるはずもなく、ソウタ達のような暇を持て余したサポーター等も大勢参加していた。当然であるが奉仕活動なので無償、ボランティアである。
エステリア国内に点在する教会支部を日々転々と巡回していく中、奉仕活動参加者の中には貨物船の船長ゼーマンや船員達の姿もあった。数日ぶりの顔見知りとの再会に気恥ずかしさを覚えながらも温かい気持ちをもらうとソウタはより一層元気に活動へ取り組んだ。
この間、妖精達の監視も続いていた。日によって見に来る妖精は違ったが今度は邪見にせずソウタは赤、黄、青の妖精達とも餌付け……もとい対話によって親睦を深めていった。
加えて一つ嬉しい誤算があった。街にある噂が流れミルドを見る街の人達からの目が徐々にポジティブなものに変わっていったのである。その噂は『槍烏賊から貨物船を守り嵐を退けた』というもので、商人達の間から流れたもののようであった。余計な尾ヒレが付いているのもこの部分は違うんですよ、と謙虚さを見せられるという点で好都合に働いた。ソウタ達自身も元々目立つという事もありこの奉仕活動を通じて広く知られるようになるとミルドに向かうネガティブな視線は徐々に落ち着きを見せていった。
順風満帆、極めて順調にじわじわと信頼を積み上げていく中、ソウタには新たに一つの気がかりが出来ていた。それは奉仕活動の中で見た対象者の感情、すなわち避難民達の不満である。いくら支援があるとは言え数万人に行き渡るほど手厚いとまでは言えず、安心して横になれる場所もないまま長期間教会の床に身を寄せ合う人々の心の内には少しずつ、だが着実に不満が溜まっていっていた。ネガティブな感情というものは意図的に解消してやらないといつまでも留まり続け、更には寄り集まると連鎖して社会に影響を及ぼすほどの大きな爆発を引き起こす事もある。数万の人々の内に募っていく不満、それがいずれ爆発した時一体どれほどの影響を及ぼすのか……ソウタは奉仕に賑わう笑顔の人混みの中、対称的に重く揺らめく避難者達の刺々しいオーラを不安げな瞳で見つめていた。
第十四話、お読み頂きありがとうございます。橘月りんごです。
星とエステリア教の話をメインにお届けしました。文量、情報量共に控えめです、すいません。
クライマックスに向けた助走区間みたいなもので控えめの展開がもう少し続きます、我慢の時です。
読者との世界観共有も小説の大切な醍醐味だと思うので、オリジナリティはそんなにありませんが今後ともエビテンをよろしくお願い申し上げます。