第十一話
――王都と港町を結ぶ街道。ある時王国が莫大な資金と大量の人員を投じ十余年もの歳月を掛けてコツコツと整備した行商の要である。港町までの道中十三の砦を介し、日に一つずつ砦を渡る事で比較的安全に物資の運搬を可能としている。砦には警備を担当する王国兵や看護を担当する衛生兵が常駐する他、万が一に備えて馬車の修理道具から代替馬までもが用意されており、快適とは言えないまでも簡素な調理場や安心して休める個室が設けられている等、行商を生業とする者にとって至れり尽くせりの環境となっている。
砦と砦の間、細礫を敷き詰めた道路は馬車三台が優に並べる程の広々とした道幅を備え、周辺の樹木をしっかりと伐採し良好な視界を確保する事で魔獣の接近等にいち早く気付ける、と言った大変守りやすい作りとなっている。東に真っ直ぐと伸びる街道の北側には雄大な北部山脈がそびえ立ち、南側には数百キロ先の沿岸部まで続く豊かな森林地帯が広がり多くの獣や魔獣の営みの支えとなっている。
この街道が整備される以前から行商は行われていたが夜も商人が独自に護衛を雇い見張りを立てる必要がある等非常に多くの人員を要し、それだけの人と金を掛けても一度に運べるものはごく僅か……という一部の富豪や貴族にのみ許された半ば道楽の粋を出ないものであった。しかし街道が整備された現在にあっては行商人を将来の夢に掲げる若者もちらほらと現れる等街道は王国経済にとって掛け替えのない大きな希望となっている。
港町までの長い道程は早くも半ばを過ぎ順調に歩みを進めるソウタ達は今日も日中朗らかに馬車から流れ行く景色を楽しみ、何事もなく無事に辿り着いた砦でミルドに対する商人達の接待をスルリと躱すとそそくさと部屋に引きこもり静かな夜を過ごしていた。
草木も眠る深夜――奇妙な程にシン……と静まり返った砦のとある一室、ウシオと一緒に簡素なベッドに横になっていたソウタの耳にどこか気怠げな女性の声が囁いた。
「――……起きろ、ソウタ……毒だ」
瞬間、パッと目を見開いたソウタは顔を覗き込む白い蛇と目が合った。
「ミト……」
ソウタが上体を起こすと小さな部屋の中には薄っすらとモヤのようなものが立ち込めていた、扉の僅かな隙間から入ってきたようである。
「これは……霧? 火事か?」
「――……このモヤが毒だ……吸った者を眠らせ、身体を弛緩させる」
一体誰が……、その答えを求めてソウタは目を閉じると上空を旋回させている見張りの鳥人形の視界へと意識を向けた。上空から見下ろした砦は既に朦々と立ち込めるモヤにスッポリと包まれ屋上部分が微かに確認できるのみとなっていた。高度を下げ外周部を旋回しながら侵入者を探すソウタであったが、唯一の出入り口である東西の門はどちらもきちんと閉じられており破壊された痕跡や怪しい人影、また魔獣の姿も何一つ確認できなかった。
「(どういう事だ……? まさか内部の誰かが……? 何の為に……?)」
引き続き砦内部へと鳥人形を侵入させるとモヤの出どころや怪しい人影を探す……が、どういうわけか動く人影など一つも見当たらずモヤの出どころすらはっきりと見つける事が出来なかった。警備に立っているはずの兵士や商人、そして馬ですらも一人残らず夢の中である。
「犯人がいない……まさか自然現象なのか……?」
そう呟くとソウタは鳥人形を上空の監視に戻しウシオとスイカを起こす。人差し指を口元に添え音を立てないように、と言い聞かせるとソウタは静かに立ち上がりゆっくりと扉の方へ……慎重に、音が出ないようそっと扉を開けると顔だけ覗かせ廊下を確認する。しかしやはりそこにも誰もおらず、ただただ濃密なモヤが立ち込めるばかりであった……とその時――
「――足元ッ!」
声の主はウシオだった。ベッドに腰掛けたままソウタの様子を背後から見ていたウシオはソウタの足元に溜まったモヤの中で蠢くソレにいち早く気付き危険を叫んだ。
危険を告げるウシオの声に反射的に飛び退き部屋の中へ戻ったソウタはすかさず両の手に扇形の人形を構えると扉に向かって激しく振り下ろし強烈な突風を巻き起こしてモヤを吹き飛ばした。モヤが激しく舞い上がり薄れると床の上には茶色い植物の蔓のようなものがびっしりとへばりつくように這い回っていた。
「犯人はこいつか……」
ソウタは人形を使って床を這う蔓を一本断ち切り回収すると毒の出どころをミトに尋ねる。
「――……これに相違ない」
気怠げな白い蛇と頷き合い確信を得たソウタは改めて回収した蔓を確認する、細い蔓は所々に孔がありそこから毒を噴霧しているようである。
「あとは……」
今一度目を閉じ鳥人形の視界を借りたソウタは一度は見逃してしまった蔓の侵入経路を探り発見と同時にすぐさま断ち切った。蔓は砦から五十メートルほど離れた南の森の方から見張りにも気づかれる事なく這い寄り石造りの防壁に空いた僅かな隙間や亀裂、小窓を通り侵入していた。砦内に残った蔓の後始末を数体の下級人形に任せソウタ達は毒を吸った兵士や商人、馬達の容態を確認して回る。幸い毒性はそこまで強いものではなくミト曰く後遺症の心配もいらないと言う事で彼等はそのまま寝かせておく事にした。モヤが晴れると地面には蔓に絡め取られた兵士や馬が引きずられたような跡が残されていた。森の中へ引きずり込もうとしていたのだろうか、恐ろしい植物がいるものである。
砦内における一通りの対処を終えたソウタ達は屋上に立ち星空の下南の森を見つめていた。
「どうされますか? 一応事なきは得ましたが」
ウシオから判断を仰がれたソウタは少しの間を置くと森を睨みつけたまま強い口調で告げた。
「蔓の出どころを突き止めて始末する。ボク達がいなかったら砦が全滅していたかもしれない……片付けておくべきだと思う」
言い終わるとソウタはウシオの顔を見上げ判断の是非を窺う、ウシオが微笑み頷くとソウタも頷いて返した。続けてウシオの肩にちょこんと座る妖精に声をかける。
「スイカはウシオから離れないようにね」
「もうモヤモヤもなくなったし……ここで待ってちゃダメ?」
「いいけど……皆寝てるから何かあっても助けてくれる人誰もいないよ」
「…………」
真顔の妙な間が流れるとスイカは吸い込まれるようにウシオの胸元にすっぽりと収まりソウタ達へ激励を送った。ひょうきんな反応に口元をほころばせたソウタは改めて森の方へと視線を向けると緩んだ気を引き締め直す。
「それじゃあ行こう」
先程断ち切った森へと続く蔓を猫型の人形に辿らせいざ、ソウタ達は暗闇が嘲笑う夜の森の中へと足を踏み入れて行くのだった。
人がわざわざ立ち入る事もないのであろう森の中は想像以上に鬱蒼と草木が生い茂り、恐らく日中であったとしても数メートル先ですら見通しが利かない程の枝葉に覆われていた。夜の、鬱蒼とした森である、目に映る全てのものがオーラを放ちソウタの目ももはや何の役にも立たなかった。
人の侵入を拒むかの如く立ち塞がる枝葉を先行した中級人形に切り払わせ強引に道を作りながら突き進んでいく。砦から真っ直ぐ南下し一キロ程進んだ頃、進行方向から再び先程と同じモヤが立ち込めソウタ達を包み込んだ。蔓の出どころが近いのか……ソウタ達がより慎重に歩を進めると突然視界が開け景色が一変した。
「これは……どういう事でしょうか……?」
ウシオが動揺を見せるのも無理はなかった。ほんの一メートル後ろにはここまで歩いてきた草木が生い茂る鬱蒼とした森が、そして目の前には立ち並ぶ樹木とモヤ以外に視界を遮るものがない、比較的見通しの利く苔むした森が広がっていた。雑草の一つも生えてはおらず、横を見ると鬱蒼とした森との境界線がはっきりと見て取れる。
「低い草木が獣に食べられた、というわけでもなさそうだね……縄張り、という事なんだろうか」
露出した湿り気を帯びた土や生い茂る草木との境界線を観察するとモヤの先を睨みつけソウタ達は更に警戒を強めた。地を這う蔓はまだまだ先へと続いている、再び猫と中級の人形を先行させソウタ達は蔓の出どころを求めて立ち込めるモヤの奥へと突き進んでいった。
少し進むと今度は樹上からおびただしい数の蔓が垂れ下がりソウタ達の行く手を阻んだ。先行する中級人形の切り払った後を辿りソウタが足を踏み入れようとしたその時、気怠げな声がその一歩を引き止めた。
「――……待て」
右袖からゆったりと顔を出した白蛇、ミトは樹上から垂れ下がる蔓を見上げ顔を近づけるとしばしの間舌をチロチロとさせながらじっくりと何かしらを考え込んでいた。普段必要以上に姿を見せないミトの珍しい長考にソウタも訝しんで声をかける。
「ミト……?」
「――……これも、毒だ……表面に産毛のような細かい棘がついている……モヤよりも強い……麻痺毒」
垂れ下がった蔓を睨みつけながら注意を促すミトの言動に微かな違和感を覚えるソウタであったがすぐに頭の片隅に追いやり現状への対処に意識を引き戻す。
「道を作るだけじゃ心許ないか……もう少し広範囲を切り払わせよう」
「――……切り口からも垂れてくるぞ」
じゃあ……傘でも差す? とソウタが上を見上げながら人形で作った傘を広げた、その時だった。――ボッ!? と低い音が鳴るのと同時に広げた傘人形に飛んできた何かが突き刺さり深々と食い込んでソウタの眼前で止まった。ウシオとミルドが瞬時に周囲に警戒を向ける中、ソウタとミトは傘に食い込んだものが何かを確認する。
「……? 何だと思う、これ……?」
「――……はて、な」
暗い中ではよく見えないがそれはビー玉ほどの大きさの塊、栗の実やマカダミアナッツのような形状で固く一箇所だけある先端は鋭い。二人が首を傾げながらしばらく観察しているとピシッと尖った先端が割れ開いた隙間から緑色の触手がウネウネと飛び出してきた。
「――ッ!」
咄嗟に打ち捨てられたソレはうねる触手を地面に挿し込むとみるみる内に根を張り葉を開いた。
「――……寄生植物の種、か」
その驚異的な成長速度にソウタとミトが驚いていると今度は右後方から囁くような小声が二人の耳に届く。
「……ソウタ」
声に振り向くとそこには臨戦態勢で鋭く上を睨みつけるウシオの姿があった。
「……囲まれています」
ソウタはすぐさま周囲へと目を向けた。それと同時に、これまでの静寂がまるで嘘であるかのようにワサワサガサガサと草木の蠢く音が暗闇に響き渡る。気付けば周囲に立ち並ぶ樹上にはソフトボール大の風船のような丸みを帯びた植物がビッシリと空を埋め尽くすようにぶら下がっていた。垂れ下がった棘付きの蔓は樹の枝に巻き付きながら風船の付け根へと繋がっている。一見すると果物のようにも見えるぶら下がった風船にはその中心に小さな孔が空いておりその全てがソウタ達の方へと向いていた。さながら無数の眼球に見つめられているかのような悍ましさに思わず肌が粟立つ。
「……これだから森の中は嫌いなんだ」
うんざりするような表情でソウタがため息を溢すと垂れ下がった風船が突如ブワッと一斉に膨らみ始めた、と共に空いていた孔から何かが顔を覗かせている。孔から飛び出す鋭い先端に見覚えがあったソウタが即座に叫ぶ――
「――下がれッ!?」
ソウタ達が同時に飛び退き来た道を十メートルほど戻された直後、――ボボボボッ!? という連続音と一緒に今しがたソウタ達の立っていた場所には寄生植物の種が前後左右全方位から銃弾の雨のように浴びせられた。驚異的な早さで芽を出した悍ましい数の寄生植物は互いに絡まり合いサイズは小さいもののやがてひとつの樹木のような形へと落ち着く。
「まさか……ここにある樹全部、ああして出来たのか……」
「流石にこの森の樹全てを相手にしていては夜が明けてしまいます……どうしますか?」
魔獣討伐のつもりが森林伐採になるとは思慮深いソウタであっても想定外にも程があった。
「(魔獣じゃないただの植物だとしたら報告だけしてここは放置すべきか……判断材料に乏しい……とりあえず……)ミルド」
ご指名を受けたミルドは黙ってコクリと頷くと巨大な剣を軽々と構え手近な樹を一本、一刀のもとに切り倒した。バキバキミシミシと轟音を響かせながら倒れた樹木をソウタは目を凝らしてじっくりと観察する。倒れた樹木から徐々に失われていくオーラを眺めながらソウタは一つの確かな情報を得る。
「やっぱり……こいつには結晶がない、この風船共は魔獣じゃなくてただの植物だ」
切り倒され死んだ母体からワサワサと地を這いながら隣の樹へと移動していく無数の風船植物を眺めているとウシオが気になる事を呟いた。
「この子達動けるんですね……人や動物に寄生したらどうなるんでしょうか?」
「それは当然、地面に根を張ったように養分に……」
種を打ち込んで、寄生する、動ける植物……ここまでの情報を整理していたソウタの脳内に一つの疑問が浮かび上がる。
「(だったらこいつらは砦に何をしに来た……?)」
眠らせ動けなくしたのならそこに種を打ち込めばいい、即座に根を張り大きく育てば縄張りを拡げる事に繋がる。植物とて生き物である以上その生態には子孫を残し植生範囲を拡げるという目的があるはず。これだけ貪欲な寄生植物が獲物を眠らせて動けなくするだけ……この不可解な違和感にソウタの思考は加速していく。
「(砦の蔓は眠らせた獲物を引きずっていた……砦に動ける風船共の姿はなかった……養分……その為に一キロ以上離れた砦まで……?)」
考える事に夢中で微動だにしないソウタをミルドや中級人形と共に飛んでくる種から守りながら、ウシオが再度指示を仰ぐ。
「ソウタ、向こうに少し開けた場所があります。移動しませんか? こう暗いと不利です」
「……ごめん、そうだね……そうしよう」
ウシオの提案に乗ったソウタ達は右前方に見える光の差し込む場所を目指し一斉に駆け出した。森の暗がりから勢い良く飛び出し空中で反転すると地面を滑りながら追撃を警戒する。しかし、地面に妙な違和感を覚えたソウタとウシオが足元へ視線を向けると……そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「これって……ッ」
「……骨……?」
寄生植物が立ち並ぶ森の一角にポッカリと空いたその場所には大地を覆い尽くすほどの大量の骨が敷き詰められていた、空き地の片隅には枯れ果て崩れ落ちた大木がその面影を僅かに残している。骨と一緒に土に還りかけのボロボロの毛皮の一部なども見られ、ソウタ達の侵入によって骨の下に覆い隠されていた死臭と腐臭が夜の空へと舞い上がる。
「(養分になった獣の骨か……なんで一箇所にまとめられて……)」
「ソウタ、森が……」
ウシオの呼びかけに足元から視線を上げるとモヤで霞む視界の奥からゾゾゾゾゾ……、という音が聞こえ地響きによって足元に積み重なった骨がカタカタと騒ぎ出す。まるで森そのものが動いているかのようなざわめきが少しずつ……ソウタ達の視線の右方向、時計回りに移動しやがて動きを止めたのか嫌な静けさが満ちる。
「……追ってきませんし、何か不気味な動きですね……」
「…………」
奇妙な動きを見せる風船植物の足音を視線で追いながら黙って考え込むソウタは左目を袖で隠し上空の鳥人形から自分達の位置を確認する。
砦から真っ直ぐ南下する直線のライン、ソウタ達はそのライン上で進行方向を風船植物に阻まれた。そこから進行方向に対して右前方に見えたこの空き地へと進み風船植物に視線を向けて追撃を警戒、その後風船植物はソウタ達のいる空き地に対して時計回りに回り込むような動きを見せた。
砦で捕えた獲物にすぐ種を打ち込まず森へ引きずり込もうとした事、養分にしたのであろう獣の骨が一箇所に集まっている事、そして風船植物の奇妙な動き、これらを勘案してソウタは一つの推測を導き出した。
「……ミルド、ここで中級と一緒にあの風船共を引きつけろ。ウシオ、考えがある……着いてきて」
「はい!」
二人の返事を確認するとソウタは行くよ、と即座に駆け出した。砦から南下する直線ライン、そのラインと平行に更に南に向かい森の暗がりの中を素早く走り抜けていく。おびただしい数の垂れ下がる毒の蔓も銃弾のように放たれる寄生植物の種も人界を外れた動きを見せるソウタ達にはカスリもせず、二人の侵攻を止める事は出来なかった。やがて、左側ばかりを気にしていたソウタは立ち込めるモヤと暗がりの奥に目的のものを発見する。
「……見つけた」
言うが早いか、急に左に舵を切ったソウタは瞬く間に距離を詰めると目的のものを前にしてザッと足を止め正面に見据えた。離れる事なくピタリと着いてきたウシオが眼前の光景に目を見開く。
「ソウタ、これ……」
「……こいつがこの寄生植物の森の核、本体だ」
二人の目の前には大きな樹の側面にへばりつく巨大な風船植物の姿があった。地上から五メートル程の高さに直径一メートル以上ありそうな風船が不気味にぶら下がっている。形状は小さいものと大差ないが付け根の辺りに花弁のようなものも確認でき、棘の蔓を大樹の幹に巻きつけてがっしりと固定されている。パッと見ラフレシアの真ん中に大きな風船をくっつけたような簡単な見た目である。この巨大な個体にも小さいものと同様に風船の中心に孔が空いているのだがその孔からは種ではなくドロッとした黄緑色の液体が滴っていた。風船の真下に視線を向けるとそこには棘の蔓に絡め取られた無数の獣の死骸が無残に散らばっており孔から滴り落ちた液体がむき出しになった肉と骨にかかるとジュウっと音を立てて煙を上げた。
「酷い臭いですね……」
「腐った肉が酸で焼ける臭い……かな」
ウシオが袖で鼻を覆い眉をひそめる傍らでソウタは巨大な風船を凝視し推測の答え合わせをしていた。
「結晶がある、危うく騙される所だった……やっぱりこいつは植物じゃなくて魔獣だ」
ソウタが巨大な植物型の魔獣をキッと睨みつけると足元に再び寄生植物の種が飛んでくる、ソウタは根を張る前に種を遠くへ蹴り飛ばした。
「ソウタ、後ろからも種が来ます」
そこはこの魔獣の本陣、周囲は完全に囲まれ矢継ぎ早に飛んでくる種の雨に晒される。ソウタは腰を落として足元に手をかざすと背後に立つウシオへ肩越しに短く合図した。
「ウシオ小さくジャンプ」
飛んでくる種に対処しながらウシオが地面から足を浮かせたほんの一瞬の間にソウタはかざした右袖から溢れ出る白い流体で二人を包み込んだ。ソウタとウシオを飲み込んだ白い塊はやがて手足を生やして下級人形の形を取るとヌッ……とのっそり立ち上がった。飛んでくる種は全てお餅のような弾力のある体に跳ね返され中にいるソウタ達へは届かない。
ソウタは大きな下級人形の中で目を閉じるとその視界を通して魔獣を睨みつけ人形の右手を向けて小さく呟いた。
「気の毒だけど……狩らせてもらう」
直後、人形のやや角張った愛らしい人差し指は飛び掛かる蛇が如く鋭く伸びると高速で魔獣に迫りその大きな風船の付け根を刺し貫いた。魔獣の横腹を貫通した人形の白い指先からは抜き取った精霊結晶がキラリと顔を覗かせている。付着した黄緑色の液体によって指が溶け落ちる前に結晶をソウタ達の方へ投げてよこす、と同時に……大きな損傷を受けた魔獣は風船を倍近く膨らませるとイタチの最後っ屁とでも言わんばかりに大量の黄色いモヤを吹き出した。そのモヤに触れた周囲の枝葉や小さな風船植物達、魔獣が絡みついた大木までもがみるみる内に溶かされ崩れ落ちていく。
「とんでもない強酸だな……」
ソウタは大きな下級人形をプクーっと風船のように膨らませると息を吹き付けるように黄色いモヤを吹き飛ばした。酸のモヤを晴らすと念の為人形の頭頂部からミトがヒョコッと顔を覗かせチロチロと舌を伸ばして毒の有無を確認する。
「――……良いぞ、毒はもうない」
安全を確認し大きな下級人形の腹から出てくるとソウタとウシオは眼前に広がる凄惨な光景に思わず絶句した。
「この世界にはこんな恐ろしい魔獣がいるのか……」
「正に死屍累々ですね……」
強酸のモヤに触れた周囲の木々はまるで抉り取られたようにドロドログチャグチャと焼け爛れ溶け落ちていた。その場所だけポッカリと穴が空いたように夜空が開き淡い光が差し込む。養分としていた獣の屍の山の上に落ちた魔獣は自身の酸に溶かされぐったりと力なく横たわっている。
「あれは……死んでいるんですか? 種も飛んでこなくなりましたけど……」
「まだ微かに気が残ってるね……植物の生命力を考えるならちゃんと止めを刺すべきか」
そう言うとソウタは大きな下級人形の腕を伸ばし魔獣の残骸を細かく刻んで完全にオーラが消えるのを見届けた。周囲を見渡すと以前の激しさはどこへやら、小さな風船植物達は力なく垂れ下がりモヤの晴れた森には穏やかな静寂が漂っていた。
「周りの木々も気が弱くなってる、本体を失った以上これまでみたいな派手な活動はできないと思う」
「このまま放置して平気でしょうか?」
ソウタは微塵に刻まれた魔獣の残骸を見つめるとやや難しい顔をして自身の考えを述べた。
「わからない……もしこの小さいのが成長していずれああなるなら放ってはおけないけど、それがこの世界の生態系なら放置すべきだとも思う」
適者生存、弱肉強食が世の理とはよく耳にする言葉である。しかし生物的に弱者である人間が地上を支配する地球育ちとしては首を傾げる気持ちも否定できない。目を伏せ思い悩むソウタへウシオは穏やかに微笑んで声をかけた。
「どうすべきか、ではなく……どうしたいか、ソウタ自身の気持ちで決めていいと思います。アレも自然、そしてそれを倒した我々もまた自然、です」
ウシオは魔獣の養分となり骨になった屍の山を指差しながらソウタを諭すように語った。その言葉を噛みしめるようにソウタは腐肉と骨の山を、そして討ち倒した魔獣の亡骸を見つめる。
「ボク達も自然、か……」
しばしの間物思いに耽るとソウタはそっと目を閉じ大きく深呼吸をして決断を下した。
「放置する。こういう魔獣がいたって事は報告して、後は王国兵に任せよう」
はい、とウシオは穏やかに微笑んで頷いた。一方でソウタの袖から顔を出し静かに見守っていたミトが珍しく口を挟んだ。
「――……吾は反対する……魔獣は良いが……この毒の樹の所在については、詳細を伏せるべきだ」
本当に珍しいミトの言動に何故? とすぐに問いかけようとしたソウタだがとある可能性に思い至りそれを確かめるべくミトへ問いを投げかけた。
「……子供達に使われた毒と、同じだったから?」
ソウタの問いにミトはすぐには答えなかった。チロチロと舌を揺らすとゆったりとした動きでソウタへ視線を向け気怠そうに口を開いた。
「――……いつ気付いた」
「今だよ、それだけミトの言動には違和感があった。あえて明言を避けたのは、気を使ってくれたの?」
ソウタの再びの問いにミトは答えなかった。ふいっとそっぽを向いてチロチロと舌を揺らす恥ずかしがり屋へソウタは優しく微笑みありがとう、と感謝を伝えた。場所を知れば悪用しようと考え採取に訪れる者が現れるかも知れない、それを危惧しての忠告であった。実際に悪用した連中を知っている身からすれば当然の警戒である。
「それじゃあミトの忠告通り、所在は伏せておく事にするよ」
「――……吾はもう寝る……」
そう言うとミトはシュルシュルと袖の奥へと帰っていった。改めて感謝と労いを送るとソウタは続いて横に佇む巨大な白い塊を見上げた。
「お前もお疲れ様」
大きな下級人形から精霊結晶を受け取りお腹の辺りに手をかざすと人形は吸い込まれるように袖の中へと消えていった。ソウタの手に収まった結晶をウシオは横から覗き込むように眺めるとその鮮やかな輝きに目を細めた。
「とても綺麗……大きな精霊結晶をまじまじと見るのは初めてですね」
「確かに……クズ片とか澱みで真っ黒な奴とか、まともな結晶見た事なかったね。魔獣のサイズと比べると思ったより小さいけど……」
その結晶は卵より一回り大きいくらいのサイズで、黄色を中心に黄緑やオレンジのグラデーションが掛かった宝石のようであった。透明度も高く夜空へかざすと煌めく星々が結晶の中を舞っているようにも見える。
「終わったー……? うえぇ……結晶だぁ……」
ウシオの胸元からヒョコッと顔を覗かせたスイカはソウタの手に輝く結晶を見てとても嫌そうに顔をしかめた。それを見たソウタとウシオはフフッと口元をほころばせ笑顔を交わす。
「スイカは結晶が嫌いだったね」
「きらぁい……」
機嫌を損ねたジト目の妖精を気遣いソウタは隠すように結晶を懐へしまうと同時に懐中時計を取り出し時刻を確認する。
「砦の人達が目を覚ます前に急いで戻ろうか」
「はい」
「さんせー……」
懐中時計を再び懐に収めた所でミルドと中級人形が合流する、足元には猫人形もいた。もう森の中はこりごり、と言う事でソウタは猫を回収すると中級を鳥型に変え皆を乗せて空へと飛び立った。
「そういえばソウタ、どうしてあれが魔獣だとか本体の居場所だとかがわかったんですか?」
「あれは……生き物の意思を感じたというか……――」
他愛もない会話を交わしながらソウタ達は森の樹擦れ擦れの超低空を駆け急ぎ砦へと帰っていった。
ソウタ達が去った後、静まり返った森の暗がりの中、音もなく現れた何者かの影は死した魔獣の残骸を虚ろな目で只々じぃ……っと見下ろしていた。やがてその影はふいっと踵を返すと垂れ下がる毒の蔓を事も無げに手で払い除け更なる森の奥、深い闇の中へと音もなく歩き去って行くのであった――。
砦に戻ったソウタは警備の兵が目を覚ますのを待って夜に起きた出来事を報告した。所在の情報は曖昧にぼかし見た目や気を付けるべき点等を伝える。眠っていた者は皆一様にとても良い夢を見ていたらしく目を覚ますと同時に酷く落胆し肩を落としていた。
手に入れた結晶は港町から王都へ向かう最中の行商人に買い取って貰う事が出来た。小ぶりかと思われた結晶は実はかなりの上物らしくこのサイズは滅多に出回らないのだと商人達が興奮気味に聞かせてくれた。思わぬ臨時収入で懐を潤したソウタ達は何事もなかったかのように今日も日の出と共に砦を発ち、意気揚々と港町へと歩を進めるのだった。
王都、港町、そして帝国との国境に位置する関所街、この三箇所を結ぶ中継地点となっている少し大きめの砦を越えてから数日。東に向かっていた馬車は大きく進路を変え幅の広い穏やかな川に沿って南へと下っていた。十三個目の砦を出てから約半日、荷台の後ろから川越しの緑と時々白が流れ行く青をぼんやりと眺めていたソウタの耳に馬車前方から呼び声が届いた。御者を務める商人の声である。
「坊主、見えてきたぞ」
ソウタは根の張った腰を上げ積まれた荷物の隙間を縫うように馬車の前方に移動し幌の隙間から顔を出すと、目の前にはキラキラと輝く一面の海が大パノラマで広がっていた。
「いい眺めだろう、あれが港町だ」
極めて緩やかな下り坂の上からは港町の立ち並ぶ黒い屋根と灯台、水平線まで続く青い海原を一望する事ができた。アークエイド本部の人工島が全方位を海に囲まれている為ソウタにとって海は珍しいものではない、聖域の島を離れる際にもこの世界の海は見ている。しかし二週間にも及ぶ長い旅路の果て、毎日代わり映えのしない風景が続き飽きが回ってきた頃に待っていた港町と共に見る海は地球のそれとはまた違った青に染まり、得も言われぬ雄大さと美しさに目を奪われたソウタはしばしの間見蕩れ惚ける事しか出来なかった。額縁に収めればそのまま美術品になりそうな格別の絶景に思わず立ちすくむ。
街から少し手前に建てられた木組みの防壁と簡素な門を越えると街道沿いの左側には畑が広がっていた。決して広大なものではなく、恐らく港町の住民だけで消費される野菜などを育てているのだろう。畑を越えた先には石造りの立派な防壁と門が街をすっぽりと包み込んでいる。街の規模は王都と比較すると半分から三分の一程度である。防壁の上から僅かに覗く建物の壁や屋根の色は王都とは異なり、全体的にシックな雰囲気を醸し出している。そして最も特筆すべきなのが街の奥にチラリと頭を覗かせる灯台と船のマストであろう。街道の馬車からではどちらも全体像は見えないものの船の方はマストの高さや太さからソウタの想像を超える大きさである事が何となく窺える。
王都を出て十四日目の夕刻、逸る気持ちを抑えながらソウタ達は二週間の長い道程を乗り越え遂にエステリアへと繋がる港町に到着した。
検問を抜けて防壁をくぐり街の中へ入ると行商人から護衛の報酬を受け取る。商人達に別れを告げたソウタ達はこの街のサポーター組合を目指しがてら早速新たな街の探索へと乗り出した。
立ち並ぶ港町の建物は黒と白のコントラストが美しいシックな装いをしていた。焼け焦げた黒い板張りの外壁と白い漆喰のようなサラッとした外壁が道の両側を彩る。行商の中継地ともなれば当然お店の数も多く、町の中心部にある大きな広場には多数の屋台や露店が立ち並ぶ大きな市場があるのだと道端で屋台を営むおばさんが教えてくれた。人の流入が激しい為なのかこの町の住民達は見慣れない珍しい格好であるはずのソウタ達にも臆する事なく声をかけてきた。その殆どが屋台や露店の人と言った商売人である事を考えると単なる商人魂なのかも知れない。
港町のサポーター組合は西側の川沿いに面した防壁のすぐ目の前にあった。組合の入り口からは防壁に作られた川から水を引き入れる取水門が見える。また組合正面には港町を治める領主の館であるという大変立派な大きなお屋敷が建っていた。組合と領主の館の間の通りはそのまま港へと繋がっており流れてくる潮風に目を向けると建物の間から僅かに海を臨む事ができる他、通りの右奥には見切れた灯台らしき高い建物も確認できた。
組合に着くとソウタ達は護衛依頼の際の受託証を返却し、宿の場所と船への乗り方を尋ねた。受付の女性によれば商船の所有者は主にエステリア側に居て、その所有者が雇った船長や船員によって全ての運用が成されている為乗船交渉は自身で直接行う必要がある、との事だった。乗船及び渡航にかかる費用もマチマチで船長の気分次第で変わる為くれぐれも足元を見られないように、との忠告も付け加えられた。
組合を出るとすっかり空は茜に染まりキラキラと輝く青い海にもオレンジ色が混ざっていた。ソウタ達は迷う事なくその足で港へ向かう事にした。何とか今日中に乗船許可を取り付けたい、その為にはまず船の責任者であるという船長と話をしなければならない。傾いた日もまもなく沈む、ソウタ達は急ぎ商船の停泊する港へと駆けて行くのだった。
大きな領主の館の前を通り過ぎ倉庫らしき建物と見事な灯台の間を抜けると開けた沿岸部に木造の桟橋で作られた港が現れた。そよぐ潮風と寄せる波に合わせて海鳥が歌い、軋む木材の音が穏やかに心地よい音色を奏でている。
手前に三本と大きくスペースを開けて奥に一本、計四本の突き出た桟橋のうち手前の三本の合間に二隻の船が停まっていた。全長五十メートル級、三本マストに沢山の帆を並べて浮かぶその二隻は揺りかごのようにギイギイと波に揺られながら静かに出港の時を待っている。
地球ではもうほぼ見る機会のない木造大型帆船の造形美にしばし見とれながら近づいてみると船の方から波の音に混じる人の声が耳に届いた。二隻の間を見通せる桟橋の付け根まで来ると船の傍らに数名の船員らしき人影を見つけ、ソウタは少し離れた所から大きな声で呼びかけた。大人の男性二人とソウタより少し背の高い少年が一人、呼びかけに応じて近づいてきてくれた所で簡潔に事情を話し船長の行方を尋ねるとここにはいないと言う答えが帰ってきた。
「この時間なら多分他の奴らといつもの酒場にいると思うが……ナウタ、お前案内してやれ。場所はわかんだろ」
「え、……な、何でオレ……?」
「良いから行ってこい、任せたぞ」
そんなやり取りを交わすと大人二人は少年を一人残しそっけなく足早に船の方へと帰っていってしまった。取り残されたナウタと呼ばれた少年はしばし立ち去る二人の背中を物言いたげな目で睨みつけ、おもむろに振り返ると今度は見慣れない怪しげな三人組を下から上まで品定めするようにジロジロと睨めつけた。酷く自信なさげに怯えたような表情を見せる少年にソウタは穏やかに微笑んで優しく声をかけた。
「ナウタ君……で合ってるかな、船長さんのいる所まで案内をお願いしてもいいですか?」
「………………こっち」
ソウタに真っ直ぐ見つめられたナウタはふいっと視線を外すと小声で呟きゆっくりと歩き出した。トボトボと歩く少年の後ろをソウタ達も着いていく、大きな倉庫と倉庫の間を抜け通りから薄暗い路地へ入ってしばらく歩くとどこからともなく楽しそうな喧騒が徐々に近づいてきた。
ナウタの案内で辿り着いたのは路地裏にひっそりと佇む飲食店だった。店先の看板の下に吊るされたランタンのオレンジ色の灯がここが酒場である事をぼんやりと照らし出している。半開きの扉から漏れ出る声を聞くに店内は早くも酒に酔った客で随分と盛り上がっているようである。ソウタは案内してくれた少年に感謝を伝えると背筋を伸ばし気を引き締め直して交渉の扉へと手を伸ばした。
扉を引いて店内へ入るとそれまで楽しそうに騒いでいた客達は急に静まり返り入ってきた珍しい格好の客に一斉に視線を向けた。続いてカウンターに立つ女将……と言うには随分と若々しい女性がおっとりとした口調で新規の客に艷やかな声をかける。
「あら、いらっしゃい。見ない顔ねぇ……申し訳ないんだけどぉ、今団体さんで埋まっちゃってるの。待たせるのも悪いからぁ、他を探して貰えないかしら?」
女将の言葉に耳を傾けつつ同じような格好の客達と店内をサラッと見渡すとソウタは女将の女性に視線を返し軽く会釈して弁明した。
「申し訳ありません、食事をしに来たわけではないんです。こちらに船長さんがいらっしゃると伺ってお訪ねしました」
「あら、そう…………二階よ、どうぞ入ってぇ」
おっとりした女将の女性は二階をチラッと見て何かを確認すると穏やかに微笑みながら二階への階段を示した。
「ありがとうございます、失礼します」
再度一礼して感謝を述べるとソウタ達は店の奥へと歩き出した。
二階へと続く階段はフロアの奥にあり入り口から見て右奥、右壁面に備えられたカウンターの横から左上に上がっていく作りとなっている。店内はかなり広く左壁面に沿って四人がけの四角いテーブルが三つ、三人がけの丸いテーブルが一階に三つと二階に三つ。カウンター席も含めると三十人以上、アルのお店の倍近い人数が一度に入れる規模であった。
店中から注目を浴びながらお食事中失礼します、とテーブルの横を通る度に律儀に頭を下げつつ奥へと進み階段を上るとすぐ正面……一つ目の丸テーブルに一人、雰囲気からして只者ではない髭面の眼光鋭い男性が座っていた。ゆっくりと歩み寄り一礼して声をかける。
「お食事中の所申し訳ありません、港に停まっている船の船長さんでお間違いありませんか?」
鋭い目の男性は見慣れない怪しげな三人組を上から下まで品定めするようにジロジロと睨めつけると眉をひそめ至極面倒くさそうに口を開いた。
「……ああ、そうだ。保護者連れのお坊っちゃんが……俺に一体何の用だい」
鬱陶しいのが来た……とでも言いたげな様子で投げやりな対応を取る渋い声の船長にソウタはすんと澄ました顔で単刀直入に用件を伝える。
「乗船交渉に参りました。我々をエステリアまで乗せて頂けないでしょうか」
鋭い目の船長は手に持ったお酒を口に運ぼうとした所でピタリと動きを止めた。外していた視線をゆっくりとソウタに向け信じられないものを見るような目で船長はもう一度聞き返す。
「俺の聞き間違いじゃあねえよな……今……なんて言った?」
「乗船交渉に参りました、と」
しんと静まり返った次の瞬間、店内は再び大きな笑い声に包まれた。店中の客が総出でソウタを嘲笑する中、船長だけがソウタの真っ直ぐな目を鋭く見つめていた。
「……おいうるせえ、黙れ」
船長の発した怒鳴ったわけでもないそのたった一言で店内に溢れた嘲笑は一瞬にしてかき消された。酒場とは思えない静寂が重くのしかかる中依然ソウタと船長は視線を交わしたままである。
しばらくすると船長は小さくため息を零しソウタから視線を外すと酒を一気に喉へ流し込んだ。ゴクゴクと黒い髭を貯えた喉が波打っている。喉を潤し、息を整え、背もたれに身体を預けると船長は勿体つけるような間をおいて答えを返した。
「……坊主、悪い事は言わねえ、考え直しな。そもそもうちは荷物を運ぶ商船であって人を運ぶ客船じゃねえ、どれだけ金を積もうが……温かいメシもベッドも出ねえぞ」
「もちろん承知しています。理由あって先を急ぎたいのですが生憎と海路しか道がなく……ですのでどうか、お願いします」
ソウタが深々と頭を下げると後ろに立つウシオとミルドの二人も揃って一緒に頭を下げた。どこのボンボンの道楽か、などと考えていた船長はソウタ達の素直な態度に少々面食らいながらも空になった酒を注げと隣の男に顎で指示していた。
「……許可証は持ってんのかい、乗せた所で許可証がなけりゃ向こうには降りられんぜ」
「渡航許可証でしたらこちらに」
ソウタは懐から模様の刻まれた金具をぶら下げた紐付きの、折り畳まれた紙を取り出し船長に見せた。船員と思しき隣に座る男を介して受け取った紙をまじまじと確かめていたかと思うと船長はサインと紐の先にぶら下がった金具を見つめ眉をひそめた。
「ヴァール商会……アヴァール……成金のせがれか……こいつをどこで手に入れた?」
船長は尋ねながらより鋭さを増した眼光でソウタを睨みつけた。纏うオーラに微かだが怒気が滲んでいる。その揺らめくオーラを眺めながらも臆する事なくソウタは手に入れた経緯を話して聞かせた。
「王都に滞在中、アヴァール侯爵直々のご指名で依頼を頂戴する機会がありました。その折に旅の事情をお話した所その依頼の報酬にと付けて下さいました」
旅……、と小さく呟きながら船長はソウタを見定めるようにじいっと見つめていた。ふとソウタとミルドの胸元に視線を落とし二つ星のピンバッジを付けたサポーターである事に気が付くと寄りかかっていた身体を起こし頬杖をついてソウタへ声をかけた。オーラの怒気は収まりやや穏やかになっていた。
「さっきも理由があると言っていたな……その旅の事情とやら、俺にも聞かせてもらおうか」
はい、とソウタは微笑んで頷いた。まずは自己紹介から始め長となる為の試練の旅である、という設定を掻い摘んで話す。ソウタの話を肴に船長は少し心配になるほどにハイペースにグビグビと酒を煽り、事情を説明し終わる頃には小さな酒樽が一本空になってしまっていた。
「ミルド……なるほど、あんたがそうか。噂程度だが名前は俺の耳にも届いてる、大層な活躍だそうじゃねえか」
ミルドの名前が出ると店内はザワザワとにわかにどよめいた。店中の客の視線がソウタからミルドに移る中腕組みをしてじいっとソウタを見つめていた船長は唐突にうるせえ、と声を上げ再び店内を黙らせた。
「ソウタ、だったな。いいだろう……一人につき中金貨一枚、計三枚で乗船を許可してやる」
「……えっと、申し訳ありません。中金貨というものを見た事がないのですが……小金貨だと何枚になるでしょう?」
「……中金貨は小金貨五枚分、大金貨の半分だ」
船長は呆れた顔をしながらも親切に教えてくれた。ソウタはウシオの方へと振り返り手持ちを確認するように促す、しばらくお金の入った袋をゴソゴソジャラジャラと鳴らしていたウシオは微笑んでソウタへ頷いてみせた。すかさずソウタも頷いて返し改めて船長の方へと向き直ると一切の文句なく提示された条件をそのまま受け入れた。
「お金は足りるようですので、それでよろしくお願い致します」
ソウタの返事を聞いた船長のオーラには驚きの色が示されていた。しかし微塵も表情に出す事はなく、変わらない鋭い眼光でソウタを見つめている。
「……出港は二日後の日の出前、期間は十五日前後。念を押すがうちの船の主賓は荷物だ、お前さんらは客じゃねえ。必要なもんは手前らでしっかりと準備しときな」
隣の男を介して返却された渡航許可証を受け取り感謝を述べるとソウタ達は改めてよろしくお願いします、と畏まって頭を下げた。
「支払いは着いてからでいいんでしょうか?」
「ああ、着いてからでいい……無事に着ける保証もねえからな」
「わかりました。では一旦失礼します、お食事中に大変申し訳ありませんでした」
もう一度丁寧にお辞儀をしクルリと踵を返して階段を降りようとした所でソウタ達の背中に待った、と渋い声がかかった。振り返ると船長の鋭い視線はミルドに向けられていた。
「旦那、悪いがそのご自慢の剣……そのままじゃ船には乗せられねえ。船内にも入らねえ。革か布でも巻いて、甲板に置いてもらう事になる」
船を傷つけちまうんでな――と船長は鋭い眼光とは裏腹の穏やかな口調で告げた。ミルドの担ぐ大剣は常に抜き身で鞘はない。軽く触れただけで切れるほど切れ味鋭いわけではないが切っ先は十分に鋭く重い事もありちょっとぶつかっただけでもかなりの衝撃を伴う。重要なロープなども多数張り巡らされている木造帆船に乗り込むのであれば確かに対策は必要である。
「わかりました、その様に準備しておきます」
すぐさまに頷き承知の旨を伝えると船長はん……と小さく頷き要件が済んだらさっさと帰れとでも言うような手仕草でソウタ達を追い払った。何度目かもわからないお辞儀をして階段を降りた所でソウタはカウンター内に立つ女将の女性に声をかけた。
「すいません、お邪魔致しました」
女性はゆっくりと首を振って優しい笑顔を見せた。
「気にしなくていいのよぉ、そんな事よりもぉ……」
女将の女性は右手を頬に添えて首を傾げ艶っぽくほんのりと上気した頬と瞳で熱い視線を送っていた、興奮を示すオーラがユラリと立ち上る。その瞳が見つめる先に立っていたのはソウタではなく、ましてやミルドでもなく、まさかのウシオだった。上から下までまじまじと、余す所なく熱心に観察している。
「貴女の着てるソレ、とっても可愛いわぁ……どういう作りになっているのかしら?」
その言葉を聞いたウシオの表情は一瞬にしてパァッと花が咲くように輝いた。女将の女性が熱い視線を注いでいたのはウシオ当人ではなく、ウシオの着ているエプロンドレスであった。
「ご興味ありますか? 作り方などもお教えできますよ!」
「……ウシオ、それはまた今度ね」
思わぬ所でエプロンドレス愛に火が付いてしまった前のめりのウシオの袖を引っ張りソウタが待ったをかける。ウシオは困った顔でソウタと女将を交互に見やると突然しゃがみ込んで目線を下げソウタに向けて上目遣いで懇願するような表情を見せた。一体どこでこんなあざとい仕草を覚えたのやら……とソウタは困った笑顔を零した。
「すいません、明日またお伺いします。お話はその時にでも」
「ありがとうございますッ!?」
ソウタの譲歩にウシオは全身で歓喜と感謝を示した。抱きしめられたソウタに店中から羨ましそうな視線が集まる。
「本当? 嬉しいわぁ、楽しみにしてるわねぇ」
明日のお昼過ぎくらいに再び訪問すると女将の女性と約束を交わしソウタ達は入口に立って改めて店内へお詫びと挨拶を送った。
「お楽しみの所水を差してしまい申し訳ありませんでした、これにて失礼致します」
三人揃って深々とお辞儀をしソウタ達は静寂と注目の圧に押し出されるように店を後にした。
すっかり日も落ち暗くなった路地を通りに向かって遠ざかっていくソウタ達の背中を一人の少年が物憂げな表情で見つめていた。すると閉じたはずの酒場の扉が再び開き戻ってきた賑わいを纏って中から一人の男が顔を出した、船長の隣りに座っていた男である。店の前を見渡しそこに立ち尽くす少年を見つけるとすかさず声をかける。
「なんだナウタじゃねえか、任せた仕事は終わったのか?」
「ぁ……その……あいつらを、ここまで案内してやれって言われて……」
「あぁ……お前が連れてきたのか、ご苦労さん。二日後の船にあいつらも乗るんだとよ」
「え」
自信なさげに俯いていた少年は力なくも驚いて顔を上げた。もう姿の見えないソウタ達の去った暗い路地の先を見つめ何か思う所があるのか、少年は小さな拳を強く握りしめた……かと思いきや、あっという間に力の抜けた拳はほどけ視線はまた石畳の地面へと落ちていった。そんな様子を知ってか知らずか、男は俯く少年へぶっきらぼうに声をかけた。
「いつまでそんなとこに突っ立ってんだ、さっさと入って飯食っちまいな。明日も早いぞ」
「……うん」
男に促され少年はトボトボと店内へと入っていった。少年は一瞬チラリと二階の奥に視線を向けたがそこに期待したものは見えなかった。カウンター左端の定位置に座り顔馴染みのおっとりした女将から出来たての温かい食事を出されても、そしてそれを食べ終えても、少年は終始愛想なく肩を落とし和気藹々と賑わう酒場の中でただ一人、いつまでも小さく縮こまっていた。
食堂を後にし通りまで戻ってきたソウタ達はとあるお店を目指して薄暗い街の中をウシオに手を引かれながら小走りに駆けていた。あれだけ立ち並んでいた無数の屋台や出店もこの時間になると片付けの最中であったり片付けを終えて家路についていたりと、夜の港町は日中とはガラリと雰囲気を変えていた。
目的のお店も正に丁度片付けを終えたといった所で、扉を閉めようとしていたお店の人にウシオは慌てて声をかけながら駆け寄りギリギリの所で閉店を静止した。そのお店というのは言わずもがな、布織物を取り扱うお店である。港町に着いた直後の探索時ウシオはこのお店の場所をちゃっかりとチェックしていた。
何としてもエプロンドレス用の布を調達したいウシオと面倒くさいのでさっさとお店を閉めたい店員との間で白熱した駆け引きが繰り広げられる中、ソウタが仲裁に入り一反まるごと購入する事で何とかこの攻防戦は決着を見た。布織物は幅四十センチほどの細長い布がロール状に丸められて店頭に並んでいる。その丸められた布まるごとであれば採寸や裁断などの手間を掛けずに済むという事でお店側に折れてもらった形である。
無理なお願いを聞いてもらったお店にペコペコと何度も頭を下げながらソウタ達は組合で教えてもらった宿へと向かっていた。ウシオ達式は元々人ではなく動物という事も関係しているのか欲求というものに対してとても素直である。それが時にこうした暴走じみた行動に繋がるのが玉に瑕とも言えるのだが、そう言った所も彼女達の長所であり可愛い所でもある。ウキウキルンルンと鼻歌まじりに歩くウシオの横顔を見上げながらソウタはしばしその困った愛らしさに癒やされるのだった。
翌朝――空が白み始めた頃、宿の部屋でソウタは小さい布の切れ端を手に持ちながらテーブルの上に丁寧に畳まれた数着のエプロンドレスを見つめていた。昨日……というか十二時間程前に一反まるごと購入した布の塊は僅かたった一晩の内に数着のエプロンドレスと余った切れ端に変貌を遂げていた。
「(一晩でアレがコレに変わるのか……)」
やりきった当人はと言うと未だベッドの上で穏やかに寝息を立てている。稀に見るウシオの熱量と行動力にソウタは呆れを通り越して素直な感動を覚えていた。
ウシオの起床を待ってこの日ソウタ達は港町ではどんな依頼があるのかを探る為早朝から組合を訪れていた。海に面した町であるからには船や漁業、或いは灯台関係といった王都とはまた違った珍しい依頼もあるのか、と少し期待を寄せていたソウタであったが残念な事に特段変わった依頼は見受けられなかった。強いて港町特有のものを挙げるとしたら『外防壁の点検補修作業兼護衛』や『倉庫内の貨物整理』あたりであろうか。『港町東に位置する森での薬草採取』なども見受けられたが似たような依頼は王都でも見た事があった、残るは街なかの掃除やゴミの運搬など王都で何度も受けたような仕事ばかりである。この辺りの事情を組合職員に尋ねてみると曰く、この町の住民は商いに従事している人が殆どでお金を払ってまで人を雇う価値があるかどうかをしっかりと計算する為そもそもの依頼自体が少ないのだという。またサポーターへの依頼と言うのは出してもいつ受けてもらえるのか不明確である為今すぐ人手が欲しいような仕事は当然組合には回ってこず、忙しくて手が回らず後回しにしている仕事であったりいくら人手があっても足りないような仕事ばかりになるのだと教えてくれた。
考えてみれば当然の事情に納得したソウタはせっかくなので午前中の時間を『外防壁の点検補修作業兼護衛』の依頼に費やす事にした。
この依頼は港町の領主が依頼主となっているが訪ねるべき依頼人は領主の元ではなく防壁の警備を担当している王国兵の元である。兵士に受託証を見せ点検補修に必要な物を山程積み込んだ荷車と付添の兵を伴って防壁の外へと向かう。
改めてになるがこの港町には防壁が二つある。町をスッポリと取り囲む石造りの堅牢な防壁ともう一つ、防壁の外に広がる畑を守るように建てられた木造の外防壁である。防壁の外であるので当然この依頼は二つ星以上でなければ受ける事はできない。しかし二つ星の主な仕事である行商の護衛に比べて報酬の面で見劣りするこの依頼を受ける二つ星は極めて少なく、よほどの暇人くらいしか受けないのだと付き添いの兵士がぼやいた。
こんな重要そうな仕事が暇なサポーター頼みなのか、と言うと実はそんな事はない。付添の兵士曰く、この外防壁の点検補修は定期的に王国兵によって行われる決まりとなっている為本来は組合に依頼を出す必要のない仕事である。しかしこの外防壁の長さが十キロを優に超える事、魔獣の爪や潮風の影響で痛みやすい事、兵の人手が足りていない事など複数の事情が絡み合い猫の手も借りたい状況となってしまっているらしい。
街道沿い付近は比較的点検補修の頻度が高いという事なのでソウタ達は東側のより海に近い方から作業を開始した。作業の内容は単純で、きちんと防壁として機能しているか叩いたり押したりしながら確認しグラつきや腐食、損壊を見つけたらそれを直すという地味なものである。加えてこれらの作業は外防壁の更に外から行われる為森の方からやってくる魔獣への対処もしなくてはならない。人手が足りていないと言うだけあって町の入口から最も遠い東側の傷みは酷く、ソウタ達は約四時間掛けて一キロほどの距離を入念に補修して回った。
日が直上に差し掛かろうかという辺りで作業を切り上げたソウタ達は受託証にサインを貰い報酬を受け取る為組合へと戻ってきていた。
『外防壁の点検補修作業兼護衛』――報酬、角銀貨一枚と銀銭五枚
この依頼の報酬は歩合制でどれだけ有益な作業をしたかによって変動する。ソウタ達の報酬はこれまでの最高記録を大きく更新するものだと受付嬢からささやかな拍手と感謝が贈られた。これまで小金貨や大金貨といったとんでもない破格の報酬を得る機会が多くすっかり感覚がおかしくなっていたがサポーターの報酬とは本来これくらいのささやかなものである。
依頼を終えると少し早いかとも考えたがウシオたっての希望もありソウタ達は早速昨日の酒場へと足を向けた。通りから昼間でもやや薄暗い路地へ入りお店に辿り着いてみるとそこに昨夜見たランタンをぶら下げた酒場の看板は付いていなかった。扉には鍵がかかっており窓から中を覗いてみても人の気配はなく扉をノックしてもやはり反応は返ってこない。早すぎたのでは……とソウタとウシオが顔を見合わせているとソウタ達が来た方向とは逆方向の路地奥からゆっくりと足音が近づいてきた。ソウタ達が足音のする方へ視線を向けて待っているとやがてひょこっと顔を覗かせたのは約束を交わしたおっとりした女性であった。昨夜とは違うやや質素な服に身を包んでいる。女性はソウタ達に気付くとすぐに微笑んで声をかけてきた。
「あら、もう来てたのねぇ。ごめんなさい、待たせちゃったかしら……今開けるから少し待ってねぇ」
「我々も今しがた着いた所なのでお気になさらず、急かしたような形になってしまって申し訳ありません」
いいのよぉ、と女性は首を振りながらおっとり微笑んでみせた。扉が開くまでの間、ソウタはふと看板の件を尋ねてみた。
「酒場の看板はいつも外しているんですか?」
「ええそう……お店は夜だけだから、人が間違ってこないように昼間は外してるの……さ、どうぞぉ」
招かれるまま店内へと踏み入ると仄かにお酒の香りが漂っていた。ソウタは改めて広々とした誰もいない店内を見渡してみる。
「昨日も思いましたけど広いですね、お一人で切り盛りされてるんですか?」
「ふふ、まさか。お手伝いしてくれる子達がちゃんといるわよぉ」
そうおっとりと答えながら女性はカウンターの中へ入ると手早くエプロンを身に着けながらソウタ達へ謝罪を口にした。
「悪いんだけど私ご飯がまだなのぉ、お話は食べながらでも良いかしら?」
「それはもちろん、むしろ気が利かず申し訳ありません……」
気まずそうに苦笑いを零すソウタに女性はおっとり笑顔で応えた。
「もしあなた達もまだならぁ、一緒に何か作りましょうか? 大したものは作れないんだけどぉ」
ではご迷惑でなければ……、とソウタは控えめに申し出た。
「ええ、それじゃあすぐに作るからぁ、座ってもう少し待っててねぇ」
そう言うと女性はカウンターの裏手にある厨房らしき部屋へと消えていった。お酒の香る静かな空間に取り残されたソウタはこの後の予定について相談すべくウシオに声をかけた。
「ウシオ、明日の準備があるから食事が済んだら僕とミルドは少し広場の露店市を見てくる。遅くなるとまたお店閉まっちゃうと思うから」
「私は……行かなくてもいいんですか?」
「話したい事がたくさんあるんでしょ? たまになら構わないよ、普段の労いも兼ねてゆっくりしていくといい」
ソウタの心遣いにウシオは感謝を述べ穏やかに微笑んだ。その後しばらくして料理のいい香りを纏って戻ってきた女性と一緒に和やかに昼食を済ませ、ソウタはウシオをお店に残しミルドと二人で港町の中心部に位置する市場へと向かうべく酒場を後にした。
街の中心部に辿り着くと昼下がりの市場は人と活気で溢れかえっていた。威勢のいい呼び声が飛び交い右を見ても左を見ても人、人、人、の人の山である。王都の人混みも結構なものであったが局所的にはこちらの市場の方が人の密度は上かもしれない。また市場の賑わいに混じって所々から度々歓声が沸き上がり広場は少し異様な雰囲気に包まれていた。視界の端をチラチラと飛び回るどこか見覚えのある影に嫌な予感を覚えながらもそれを無視してソウタは広場の中へと踏み出した。
そこはワクワクの詰め込まれた宝箱のような場所だった。野菜や果物といった生鮮食品から保存の利くよう加工された肉や魚に香辛料。衣服や寝具、手拭いや絨毯などの布製品に革製品。綺麗な石や彫金を施したアクセサリーなどの装飾品にガラス細工。木彫りや藁を使った民芸品や食器類に工芸品。絵画などの美術品からどう使うのかわからない楽器に至るまで実に多種多様な商品が所狭しと並べられている。初めて王都を訪れた頃売買されている商品からこの世界の文化を感じ取ろうと意識した事があったが、ここは正にこの世界をギュッと凝縮したようなそんな空間に感じられた。
ミルドの剣が人にぶつからないよう注意しながら気になる露店をゆっくりと見て回り、およそ二時間ほど掛けて買い物を終えたソウタは一息つこうと広場の隅っこに退避した所で見覚えのある少女を見つけた。積み上げられた木箱の上に無防備に寝そべるその少女に歩み寄ると何とも満足気な表情で膨れたお腹を撫で回していた。
「あ、ソータだー」
「あ、ソータだーじゃないよ。港町が見えた辺りからいなくなったと思ったら……何をしてるの、スイカ」
えへへー、と満足気にだらしなく寝そべる妖精スイカの口元には何かの食べカスのようなものが残っていた。ソウタが呆れた顔でスイカを眺めていると近くの露店付近から再び歓声が上がり、耳を傾けてみると口々に妖精の恵みという言葉が飛び交っているのが聞こえてくる。思わずため息を溢しながらソウタは改めて妖精に尋ねた。
「……美味しかった?」
「おいしかったぁー……♪」
とろけた返事にソウタはよかったね、と目を伏せて口元をほころばせながら呟いた。出会ったついでに明朝出発する旨を伝えると、とろけた妖精ははぁーい、と寝そべったまま片手を上げて了解の意思を示した。首だけ動かしチラッとソウタ達の方へ視線を向けると一人足りない事に気付き、スイカは寝返りを打ちながらソウタへ尋ねる。
「あれ、ウシオはー?」
「エプロンドレス愛にお熱だよ、気になるなら一緒に来る?」
「んー……美味しいものある―?」
まだ食べるのか……と内心呆れながらもソウタがないよ、と答えるとスイカはじゃあもう少しここにいるー、と再び空を仰ぎ食べ放題の青空レストランに残る事を選んだ。
食いしん坊の妖精に別れを告げたソウタ達が酒場へと戻ってくるとそこでは女将の女性のささやかなファッションショーが開かれていた。昨夜一晩で仕立て上げたエプロンドレスを女性のリクエストを元にウシオがその場でアレンジしている。当初やや質素な服装だった女性はこれから舞踏会にでも出るかのような華やかな装いへと変身していた。ふんだんに盛り付けられたフリルとクルクルと回る度にフワリと軽やかに舞い踊るスカートに女性の気分も高揚しているようであった。扉を開けると帰ってきたソウタ達を二人は興奮気味に出迎えた。
「あ、おかえりなさぁい」
「お帰りなさい、ソウタ! どうですか?」
「ただいま……よくお似合いです」
滑らかについて出たソウタの社交辞令のような褒め言葉でも女性はとても嬉しそうにはにかみ頬を紅く染め上げた。
「ふふっ照れちゃうわぁ、こんなお洒落普段は滅多にできないからとっても嬉しい!」
「本当はもっと色々アレンジを加えたかったんですけど布が足りなくて……残念です」
浮かない顔で肩を落とすウシオを十分だと励ます二人のやり取りを見ていたソウタは両手に抱えた買い物袋風下級人形をゴソゴソと漁りだすと口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「気を利かせて正解だったかな」
そう言うとソウタは袋の中から二種類の丸められた布束を取り出してみせた。次の瞬間――喜びの余り勢い良くソウタに飛びついたウシオに強く抱きしめられ頬擦りまでされて、ソウタはウシオの激しい愛情表現によってもみくちゃになる運命を静かに受け入れた。そんな二人の仲睦まじい様子を女将の女性はどこか遠い眼差しで羨ましそうに見つめていた。
「……ふふ、とっても仲良しさんなのねぇ」
「ええ……まあ……」
人目がなかったら多分舐め回されてるだろうな……とソウタはボサボサになった頭を直しながら苦笑いを零した。その後再燃したウシオのエプロンドレス愛は留まる所を知らず、ウシオの熱に浮かされるように女性の高揚も最高潮を迎えあっという間に日は水平線の彼方へと落ちていった。
すっかりと日が落ち暗くなった路地には看板にぶら下がったランタンがぼんやりと明かりを灯していた。いつものようにゾロゾロと部下を引き連れ馴染みの店の扉を開くといつもとはまるで違う光景に眼光鋭い髭面の男は思わず目を見開いた。
「いらっしゃいませ」
「……何してんだ、坊主」
良い笑顔で出迎えた身奇麗な白い服の少年に男は渋い声で尋ねた。普段顔馴染みの女性がほとんど一人で切り盛りしているはずの酒場のホールに立っていたのは昨夜乗船交渉に来た少年、ソウタであった。他にも少年の保護者二人の姿に加えよく見知った女将までもが見慣れない格好をしていた。男は少し小憎たらしい良い笑顔で佇む少年をしばし見つめるとクルッと踵を返した。慌てた少年に袖を掴まれ引き止められる。
「ちょっと、何で帰るんですか……船長さん御一行ご案内でーす」
「はぁーい、いらっしゃぁい」
いつもよりどこかテンションの高い女将におっとり迎えられ半ば強引に店内へと引きずり込まれると男は諦めてため息混じりにいつもの席へ向かう事にした。
いつもの席、いつしか定位置となった二階階段正面のテーブル席にドカッと腰を下ろすと男は頬杖をついて着いてきた少年を鋭く睨みつけた。
「……で?」
「……で、と申しますと?」
取って付けたような愛想のいい笑顔ですっとぼける少年に微かな苛立ちを覚えながらも男は露ほどの怒りをため息と一緒に吐き捨て再度尋ねた。
「何してんだって聞いてんだ」
男の不機嫌を手玉に取るように微笑んだ少年は男の求める答えを丁寧に語り始めた。昨夜女将と交わした約束通りお昼過ぎに再び酒場を訪れたは良いものの酒場の女将タリーラと少年の連れであるウシオ、二人が予想以上に盛り上がってしまい夜の開店準備が間に合わなくなってしまった。
「――という事で、急遽お詫びも兼ねて少々お手伝いを」
サラリと語り終えた少年から目を階下へ向けてみると一階フロアでは少年の連れであるウシオという女性がテキパキと手慣れた様子で部下達の案内を進めていた。
「はっ……呑気なもんだな。明朝には出発だぞ、準備はできてんだろうな」
「はい、もちろん。今すぐにでも出られますよ」
そう頷き自信有りげに言い放つ少年から階段下、一階の隅に佇む大剣を担いだミルドという大男に目を向けてみると昨夜言いつけた通りその大剣は白い布に包まれていた。切っ先には革製のカバーも備えられている。
「フン、せいぜい寝坊しないよう気を付けるこったな……酒」
「はい、ただいまお持ちします」
注文を受けた少年はペコリと丁寧なお辞儀をすると軽やかに階段を駆け下りていった。注文を聞いた女将と一緒に店の奥へと入って暫く待つと少年は小さな酒樽を抱えて戻ってきた。少年の頭よりも大きな三十キロ近くある酒樽を左手に軽々と抱え右手には二人分のコップを持って難なく階段を上ってくる。コップをテーブルに置き隣に座る部下に酒樽を手渡すと少年もまた慣れた様子で次の注文を尋ねてきた。
「他にご注文は? ……と言っても、お料理は今煮込んでる最中なのでもう少し待って下さい」
男は部下が注ぐ黄金色の酒を見つめながらひっそりとほくそ笑んだ。
「可愛げのねえ小僧だと思ったが……やっぱりまだガキだな。酒飲みのメシは酒の後と相場が決まってんだ、覚えときな。まずは酒だ」
そう言うと男は少年が自分を見ている事を確認し他のテーブルを顎で指し示した。少年は男の部下によって満席となった店内を見回し男の意図を理解するとすぐに微笑んで返す。
「かしこまりました、すぐにお持ちします」
またペコリと律儀にお辞儀をすると少年は軽やかに階段を駆け下り各テーブルにせっせと酒樽を運んだ。そんな様子を男が酒を片手に鋭い目で眺めていると隣に座る部下が声を潜めて話しかけてきた。
「身なりは上等ですが、気取った感じはしませんね」
「……どうだかな」
少年に対する懐疑の目を残したまま男はふとカウンター内に立つ女将の方へ視線を向けた。いつもとはガラッと印象の変わるドレスのような洒落た服に身を包む馴染みの女性の、いつもよりずっと明るく楽しそうに微笑むそのおっとりした笑顔を見つめる。眼光鋭い髭面の男は人知れずそっと目を細め何かを思うとやがて……小さなため息と共に目を閉じ天を仰ぐように酒坏を傾けるのだった。
翌朝――未だ星の瞬く日の出二時間前。明かりの乏しいこの時間から港では早くも多くの船員達によって出港前の最終確認作業が行われていた。波と桟橋の軋む音が穏やかに響き渡る中、髭面の男は桟橋から少し離れた所で空の木箱に座り目を閉じて静かにうなだれていた。隣に佇む船員が見かねて声をかける。
「カシラ……水でも持ってきやすかい」
声をかけられた髭面の男はゆっくりと顔を上げると隣に佇む船員を鋭く睨みつけた……が、その眼光にいつもの覇気は微塵も感じられなかった。
「放っとけ……こんなもんそのうち治る……余計な気い回してねえで……さっさと作業終わらせろ……」
二日酔いに苦しみながらも男が檄を飛ばすと船員は慌てて桟橋の方へと駆けていった。走り去る船員を見届けため息を零した男が再び目を閉じると今度は背後から徐々に足音が近づいてきた。足音が髭面の男の側まで来ると木箱に座る男の隣に水の入ったコップがコトっと置かれ一緒におっとりとした声が耳に届く。
「出港前になると飲みすぎるのはいつもの事ねぇ」
「……いらねえと何度言っても見送りに来んのも……いつもの事だろう」
男は渋い声で悪態をつきながらも隣に置かれたコップを手に取ると素直に口を付けた。その様子を手に持ったランタンの明かりでぼんやりと照らしながらおっとりした女性は寂しげに告げる。
「またしばらく会えないんだもの……見送りくらいしたいわぁ」
その言葉に髭面の男は何も言わずチビチビと水を飲み続けた。
どれほどの時間が経ったか――コップの水が半分ほどに減った頃、男はランタンに照らされオレンジ色に揺らめくコップの中身に視線を落としながらおもむろに口を開いた。
「……今回の渡航は期限ギリギリになる。次こっちに戻ってこれるのは半年後だ」
「……ええ」
ため息混じりに短く、寂しげに答える女に見向きもせず男は淡々と話を続ける。
「……金は?」
「……平気よぉ、どこかの誰かさんがいつも羽振りよく飲んでくれるから」
女の皮肉めいた答えに男はフン、と鼻を鳴らすと目を閉じ再び水を口に含んだ。
そよぐ潮風がフワリとスカートを揺らし、波と桟橋の音、船員達の声が港に満ちる穏やかな時間――空の木箱に座った髭面の男は視界の端で近づいてくる三人組の人影を捉えると鋭さを取り戻した眼光をゆっくりとそちらへ向けた。傍らに立つ女性もつられて視線を送る。
「……いい心掛けじゃねえか、もっとギリギリに来ると思ったが」
「日の出前としか言われませんでしたし、楽しみだったので」
眼光鋭い髭面の男、もとい船長の言葉に白い和装の少年ソウタは清々しい穏やかな笑顔を見せた。続けてソウタは視線を傍らの女性に向けると丁寧なお辞儀と共に朝の挨拶を送る。
「おはようございます、タリーラさん。お見送りですか?」
「おはよぉ。そう、見送りよぉ。こんな朝早いのにぃ……昨日は遅くまで手伝って貰っちゃってごめんなさい、ちゃんと眠れたかしらぁ?」
酒場の女将タリーラの心配にソウタは笑顔で応えた。
「元はと言えばお店の準備が遅れた原因はこちらにあるので気にしないで下さい。体力にはそれなりに自信がありますし、心配には及びません」
そう語るソウタの後ろではウシオが申し訳無さそうに何度もペコペコと頭を下げていた。そんなウシオにタリーラは首をブンブンと振りながら語気を強め力強くこれを否定した。
「ウシオちゃんのせいじゃないわよぉ! 私もいっぱい舞い上がっちゃったし……すごく、すごく嬉しかったんだから、そんな悲しい顔しないでぇ……」
瞳を潤ませながら切に訴えるタリーラの思いにウシオもこみ上げるものを抑え穏やかに微笑んで見せた。
笑顔を交わす二人を見上げて優しく微笑む少年を横目で見ていた船長はコップの水を一気に煽り飲み干すと大きく息を吐きながら重い腰を上げた。
「旅なんぞしてんだ、一晩程度の寝不足なんぞどうってこたあねえだろう」
立ち上がりながら船長は空になったコップをタリーラへ返し駆け寄ってくる船員に鋭い視線を向けた。船員が最終確認の完了を手短に告げると船長は静かに頷きソウタを見ながら顎で船を指し示す。
「来な、坊主。出港前に船の掟をしっかり叩き込んでやる」
「よろしくお願いします、船長さん」
船に向かって歩き出していた船長はソウタの言葉を聞くとピタリと足を止めおもむろに振り返った。鋭い眼光がソウタに刺さる。
「……そう言えばまだ名乗ってなかったな……ゼーマンだ」
「……よろしくお願いします、ゼーマンさん」
言い直したソウタの挨拶に無言で応えた船長、ゼーマンは再び船に向かって歩き出した。その後を追って三歩進んだ所でソウタ達はクルッと振り返り酒場の女将タリーラに別れの挨拶を送る。
「では、ほんの短い間でしたがお世話になりました」
タリーラはフルフルと小さく首を振るとおっとりと微笑み感謝を述べた。
「お世話になったのはこっちの方よぉ、ありがとう。三人とも、気をつけてねぇ」
異世界で思いがけず巡り会えた同好の士との別れにたまらずウシオも声をかける。
「あのプレゼントしたエプロンドレス、いくらでも自由にアレンジして下さい! もっともっと、可愛く出来ると思います!」
「ええ、とってもわかりやすく教えて貰ったから自分でも作ってみるわぁ! ウシオちゃんみたいに素敵に着こなせるようにぃ、頑張ってみる!」
二人は揃って胸元で両手をそれぞれ握りしめ可愛らしいファイティングポーズのような姿勢を取ると笑顔を交わしお互いの奮起を確かめあった。微笑ましい光景をソウタが温かく見守っているとその背中をぶっきらぼうな渋い声が叩く。
「おい! さっさとしろ」
ソウタ達はタリーラに深々とお辞儀をすると慌ててゼーマンの待つ桟橋へと駆けていった。いざ船に乗り込む時もソウタ達は港に立つタリーラへ大きく手を振った。事前に言いつけられていた通りミルドの剣を甲板の隅に下ろしロープで固定するとソウタ達は明かりを手にしたゼーマンに連れられ船内へと消えていった。忙しなく駆け回っていた船員達も続々と二隻の船に乗り込んでいく、その様子をタリーラは空の木箱に座りながらぼんやりと見つめていた。
やがて髪を乱す潮風にどこからともなく海鳥の声が乗り東の空が仄かに白み始めた頃、ソウタ達の姿は甲板へと戻ってきていた。船上では出港の時刻が迫るに連れて船員達の慌ただしさは増していき、甲板を駆け回るその中には酒場まで案内してくれた少年ナウタの姿もあった。
妙な緊張感に包まれる中、遂にその時を迎える――甲板中央にそびえるメインマストの天辺から東の水平線を見ていた船員の合図を確認すると船長ゼーマンの渋い声が薄暗い港へと響き渡った。
「――しゅっこおおおおおおおおおおッ!?」
船長の声に船員達の野太い雄叫びが応え港から波の音をかき消すと大きく開かれた帆にたっぷりと風を受けた船体は徐々に桟橋を離れ沖へと動き始めた。
ソウタ達は港を向く船首側に立ち船員達の見事な連携に感嘆しながら膨らんだ帆を見上げていた。するとその耳にタリーラの声が届く。
「皆気をつけてねぇー! 行ってらっしゃーい!」
港に佇むその声に甲板から、或いはマストの上から船員達の思い思いの返事が返っていった。ソウタとウシオも顔を見合わせると船員達に負けじと後に続く。
「「せーの……行ってきまーすッ!?」」
離れゆく港を、そこに立つ女性を見つめながらソウタとウシオはいつまでも手を振り続けた。
船尾に向かってバックに進んでいた船はやがてゆったりと回転し船首を東からやや南寄りに向けると後進から前進へと切り替わっていく。港に立つタリーラの姿はあっという間に豆粒のように小さくなっていた。水平線から顔を出した太陽の眩しさにソウタが目を細めていると隣に船長ゼーマンが立った。
「もう後戻りはできねえぜ、坊主」
ソウタはゼーマンを一瞥するとその意地悪なオーラに口元をほころばせた。
「望む所です、泳いででもエステリアまで辿り着いてみせます」
穏やかに笑顔を湛えるソウタと視線を交わしたゼーマンはフンと鼻を鳴らすと一人船内へと帰っていった。その背中を見送るとソウタは改めて港の方へ視線を向ける。目のいいソウタにはまだタリーラの姿が見えていたが恐らく向こうからはもうこちらの姿は見えていないだろう。
港が船の遥か後方にまで来た辺りでソウタは船の側面を離れ改めて船首に立つと何もない海の果て、その向こうにあるであろうまだ見ぬ対岸を真っ直ぐに見据えた。異世界を訪れてから既に二ヶ月、エステリアにあるという『天樹』は果たして神吏者に至る手掛かりとなるのか……何一つ目印のないこの海原を進むが如く、ソウタ達の旅はまだまだ続く。
天気は快晴、風は軟風、南東に針路を取り波をかき分けて船は疾走る。向かい風すら巧みに乗り越え水平線の彼方を目指して、ソウタ達は一路エステリアへと続く大きな一歩を踏み出したのだった――。
「待ってえええええええええ……ッ! 置いてかないでええええええええ……ッ! ソーターッ、ウシオーッ!?」
空と海の狭間にて、今日もゆるりと――翠風が哭く――
第十一話、お読み頂きありがとうございます。橘月りんごです。
随分と間が空いてしまいましたが何とか書けました。モノローグなんかは比較的スラスラ書けるのですが会話のシーンになると本当に時間がかかります。
次の十二話で第一部は折返しとなります、船上でのあれこれが描かれますので気長にお待ち下さい。
隔絶された船の中でどんな出会いと物語が紡がれるのか、複雑な人間模様を今後ともよろしくお願い申し上げます。