#1
ガシャン!!!!
メイドの落とした花瓶が割れて、赤いカーペットに染みをつくる。
「…申し訳ありません、教師様!ただいま片付けますわ。」
「お願いしますね。」
メイドは机の側に立つ中年の女性に向かって礼儀を払う。
本来の部屋の主のことなど目に入っていないかのようだ。
「お嬢様。そこの計算式が違います。何度申せばお分かりいただけるのでしょうか。」
「…申し訳、ありません。」
「先程の言語学でもスペルミスを3回もなされました!怠けているのも程々になさい!」
「…はい。」
指導を受ける少女はまだまだ幼い8歳ほどの少女であった。
女教師は少女を小さなミスや失敗のたびに怒鳴り
少女はそれに肯定の言葉を呟く。
「ああ…!またですよ!!今日で2回目じゃあありませんか!」
教師が感情のままに手をふるい、少女の頬をはたく。
「もう今日は結構です!次のお稽古では、覚悟しておくように!」
「…………はい。」
少女は顔を僅かに強張らせ、教師が出ていくのを息を殺して待った。
その教師に続き一人のメイドを残して、乳母と二人のメイドも退出する。
本来、少女の側には、常に乳母と3人のメイドが控えるはずなのだが。
足音が遠くなるのを確認して、少女はふっと息をつく。
「お嬢様!!大丈夫ですか?!」
残ったメイドが急ぎ駆け寄り、少女の頬を撫でるも、少女はその手を振り払う。
「これくらいなんてことないといつも言っているでしょう。」
「なんなんですか、あの方々は!お嬢様に対して暴力を振るうなんて!!私は旦那様に報告しても良いと思いますよ!お嬢様がそうなさらないなら、私が…!」
「あなたもいい加減になさい。」
少女は何も知らないメイドにぴしゃりと言い放ち、椅子から立ち上がり、窓際で魔導書を開く。
少女は魔導書を眺めながら、メイドに冷たく、素っ気なく言い放つ。
「私に干渉しないで頂戴。頸にするわよ。あなた、解雇されたら、実家の家族が露頭に迷うのでしょう?」
「そうです……だけど……!」
「それならこの話は終わりよ。そこで大人しく立ってなさい。」
少女の紅い瞳に睨まれて、メイドはしょんぼりとしながら部屋の隅に立ち尽くす。
それを少女は横目で見て、はぁと大きなため息をつく。
「貴方にヴァニッシュ家のメイドは向いてないわ。紹介状なら書いてあげるから、さっさと次の職場を見つけることね。」
「っ!いえ!私はロゼリカお嬢様のメイドを辞すつもりは毛頭ありません!」
メイドはぱっと顔をあげて、抗議の声をあげる。
それを見て少女は内心で何故かほっと息をつく自分に気づき、そんな自分に腹がたった。
「そう。ならこの光景に慣れることね。」
「…分かりました。」
まだメイドは不満気だったが、少女が紅茶を要求するとすぐにいつもの調子の戻って、紅茶を用意し始めた。
少女はそれを尻目に読書に戻る。
少女が、この世界、『闇夜を照らす五ツ星』の世界に転生して八年。
少女はその生活に慣れきっていた。
全く。
やんなっちゃうわ。
『闇夜を照らす五ツ星』は、異世界に降り立った聖女であるヒロインが、四人の攻略対象者と共に魔王や悪役令嬢を倒す。設定、グラフィックが並かそれ以上のそこそこ売れた乙女ゲーム。
前世では暇潰しにプレイしたことがあるし、それなりに楽しかった記憶もある。
だけど、問題は私は悪役令嬢、『ロゼリカ・ヴァニッシュ』になってしまったということ。
ゲームの中では正に悪魔。
ヒロインへのいじめは当然のこと、弱者を好んで傷付け、嬲り、権力を濫用して人を支配し、取り巻きすら寄せ付けない。
最後には攻略対象者達とヒロインに追い詰められ、醜く抵抗をした後に殺される。
なんて呆気なく、気の抜けた最後。
転生した当時は、何故こんな人間に、と、落胆しその運命から逃れようとしたが、既に無駄な事を悟ってしまった。
誰に優しく接しても、返ってくるのは冷たい視線や私を舐めて嘲笑う声。
まるで世界は私を殺す為に、私を生み出したようだわ。
ゲームの中のロゼリカも、こんな環境で育てられたら、そりゃ狂うわよ。
でも、今はあのゲームの中のロゼリカじゃない。
世界が、ロゼリカを嫌うのならば、私だって世界を嫌ってやろう。
数年後にヴァニッシュ家に来るであろう、メインヒーローの王子が率いる討伐隊を、今度こそ返り討ちにしてやるんだから!