第八話 魔獣狩人集会所?
「凄かったよな!グレイ兄ちゃん!マシロ姉ちゃんがこう、シュバババッ!ピョーンってしてからペチって蹴ったら倒しちゃうんだからさ!」
「あぁ、俺には出来ない芸当だな。」
「オレも練習したら出来るかな?」
「はははっ、ちゃんと練習したら出来るかもしれないな。」
「こらカズラ!お兄ちゃんの上で暴れたら駄目でしょ?」
肩車をしてやったカズラが興奮気味に先程のマシロの戦いを振り返る。マシロが戦いの中で見せた立ち回りは女性特有の動きではあったが、練習次第では近い動きは出来るだろう。そうして肩の上でパンチをしたりするカズラを、隣でマシロと手を繋いで歩いているアネモネが注意する。マナカプ市場に寄った理由。それはマシロ達に魔獣狩人のいる場所へ一緒に行くか聞きたかったからだ。返事はこちらが用件を言い終わる前に返ってきた。今は皆でのんびりと目的地へ向かっている最中だ。そういえばマシロ達がマナカプ市場へ行く様になってから、こうして一緒に出歩く機会はめっきり減った。久しぶりに訪れた温かな日常に穏やかさを感じる。
「・・・ん?どうしたんだ?アネモネ。」
「なっ、なんでもないよ?」
ふとアネモネの見上げる様な視線に気が付く。本人はなんでもと言ってはいるが、これは・・・ふむ・・・もしかすると・・・
「アネモネも肩に乗りたいのか?」
「う、うぅん!大丈夫!私はお姉ちゃんだから!」
「そうか?我慢は良くないぞ?子供は我儘で当たり前だからな?」
「そうだそうだ!グレイ兄ちゃんの肩は凄いんだからな!」
「おいカズラ、褒めるにしてももう少し具体的にだな。」
照れているのかほんのりと顔を赤らめるアネモネ。カズラに褒められた気がしたが、肩が凄いと言われてもなんだか嬉しくない。
「じゃあ・・・次は私の番。」
「いや、マシロはもう肩車って歳じゃないだろ?」
「それは誰が決めたの?」
「誰って・・・見栄えというか、人目というか。バランス取り難いだろうし。なぁ?」
「大丈夫。私は気にしないから。だから次は私。大丈夫。いけるいける。」
黙って話を聞いていたと思っていたマシロが突然に肩車の待機順に名乗り出た。冗談かと思ったがその目は本気だ。百歩譲って背中におぶるくらいなら理解できなくも無いのだが、年頃の女性を肩に乗せるのは何だかおかしくないだろうか?こういう時の自由奔放な性格に、きっとマシロの前世は猫だろうと確信さえ持てる。大体なんだ、いけるいけるって。キリッとした表情で言われても駄目なものは駄目に決まっている。
「マシロお姉ちゃんがするなら・・・私も・・・」
「はははっ、やっぱり乗りたかったんじゃないか。よし、なら帰りはアネモネを乗せて帰ろうな。」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
「グレイ、私は?」
「我慢だ。」
「嫌、私もグレイに乗っかりたい。」
「言い方!どう考えてもアネモネの方が優先だろ。我慢しろ。」
「むぅ・・・わかった。」
「お姉ちゃん・・・」
「大丈夫。アネモネは心配しなくていい。後で・・・・・・・」
花のような笑顔を咲かせるアネモネ。しかし断られたマシロを心配してすぐにしょげてしまう。そんなアネモネを心配させまいと、マシロは彼女の頭を撫でながら安心させてやるのだった。何か物騒な事を言っていた気もしたが上手く聞き取れなかった。きっと気のせいだろう。多分、きっと。
「ここがそうらしい。見てみろ、鋏がある。」
「うひょ〜、でっけ〜!」
「鋏だけであれだけ大きいんだね。」
「鋏・・・じゅるり。」
親父さんに貰った地図で辿り着いた魔獣狩人集会所。聞いていた通りに、掲げられた看板には黒くてトゲトゲしていて細長い形状の鋏があった。以前に一度だけ食べた海老や蟹の丸みのある形状には似ていない。どちらかと言えばサソリの物に似ている。となればどれだけ巨大なサソリであったのだろう。そんな化け物サイズの魔獣を狩る人間達がこの中にいるのだ。
「邪魔する・・・・・・。」
一声かけて集会所へと入ってみる。目に映ったのは予想とは反した光景であった。
「爺ちゃんと婆ちゃんしかいねぇ。」
「こら、失礼でしょカズラ!」
ボロボロで少し埃っぽい室内。酒場の様な内装だが、数人の老人達が酒の代わりに茶を啜って雑談に興じていた。
「魔獣狩人の集会所・・・だよな?・・・・・・うん、間違い無いな?」
「介護施設では無いね。変な所。」
何度か建物を出たり入ったりして、外の看板と中を見比べてみる。確かにここが魔獣狩人の集会所で間違いは無い・・・筈だ。マシロも確認して呟く。そう、彼女の言う通り変な所だ。
「グレイ兄ちゃんこっちこっち!お菓子くれた!」
「お前、カズラ・・・いや、さすが子供か。ちゃんとお礼を言うんだぞ?」
自分とマシロがうろうろとしている間に、カズラとアネモネは老人達と早くも打ち解けていたらしい。子供特有のコミュニケーション能力の高さに驚く。無礼や迷惑をかけていなければいいのだが。
「あれ?お客さんかな?やぁ、いらっしゃい。」
カウンターの奥にある扉から出てきたのは若い男性だった。金髪で筋肉の薄い、だが優しそうな顔つきのバーテンダー姿の青年。
「アネモネ、カズラ、失礼な事はするなよ?俺達はこっちのお兄さんと話してるからな。」
「「はーい。」」
子供二人に釘を指してから青年へ向き直る。
「急いでないなら何か飲み物でも飲みながら話しませんか?お代はいりません。こうして訪ねてきてくれる久しぶりのお客様なのでサービスです。」
「牛乳、ストレートで。」
「そんなのどこで覚えたんだ?まったく。俺は水で良い。すまないな。」
「いえ、お気になさらずに。さぁ、どうぞ。それで今日はどうされたんですか?」
「そうだな・・・ややこしい話なんだが、簡単に言うなら・・・。俺と彼女は記憶喪失ってやつでな。ただ体が妙に頑丈で、そんなに体が強いなら、もしかしたら前は魔獣狩人でもやってたんじゃないかって話になったんだ。だからここに来てみた。」
「ふむふむ・・・なるほど。過去の手掛かりを。ですがすみません。私、つい最近この職についたばかりでして・・・。」
「おっと、そうだったのか。半年くらい前の事なんだがそれじゃあ無理だな。」
「はい、すみません。」
少し気まずい沈黙が流れる。しかしそれも仕方ない。知らない事は知らない。それだけなのだ。
「他に半年以上前からここにいる人はいないの?」
マシロが白い髭を付けながら尋ねる。その白髭はもちろん牛乳製だ。
「一応・・・あちらの方々はそんなんですが・・・。最近は少し、その・・・記憶の方が。昔の事はよく覚えているんですが、最近の事は思い出し難いみたいです。」
青年が視線をやった先は老人達がいるテーブルだ。アネモネとカズラは楽しそうに語らっている。
「それじゃあ若い奴らはどうしたんだ?」
「あはははっ・・・そうですよね。そうなりますよね。はぁ・・・実は
「マァ〜〜〜ックスゥ〜〜〜!お酒無くなったんだけどぉ〜〜〜!?」
二階にある扉が強い力で乱暴に開けられた音が鳴った。そして女性の、かなり酔っ払ったような声が聴こえてきた。
「今持っていく!・・・はぁ。お客さんは少し待ってて下さい。」
青年、マックスは溜め息をついてから酒瓶を一本握って二階へ向かっていった。魔獣狩人の集会所。居ない若者達。何か問題を抱えているのは確実だろう。