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第五話 迷子のトラッシュ地区

 穀物を挽いた粉を練って焼いた薄い生地に、細かく切られた野菜や肉を炒め甘辛く味付けした物を巻いて包む。それがダストシュート名物のガベッジロールだ。価格も安いし腹に貯まる。この街での生活歴は短いものだが、これがけっこう癖になる味だ。街の至る所で売られており店によって具材や味付けに違いがあって面白い。

 「おぉ、これは半熟玉子入りか。辛味のある野菜も入っていて美味いな。」

 現在地はトラッシュ地区、または東区にある飲食店が点在する街の片隅だ。時刻は大体昼時で、東区で働く労働者達が飲食店を利用している光景が見える。腹ごしらえに買ったガベッジロールを適当な場所に座って食べていたのだが、東区の物は南区と少し味付けが違うらしい。そして半熟玉子を入れるというアイデアはとても良い。自宅で作る時の参考にさせてもらうとしよう。

 手紙の届け先であるゴンザレスの住所ははっきりとは分からなかった。ママが思い出したのは東区の中層で南区寄りに住んでいると聞いた覚えがあるという事だけだった。しかしこの広い街でそれだけ絞り込めればマシだ。あとは足で探せばいい。

 「それにしても・・・」

 少しではあるのだが疲れてしまった。南区の歓楽街から東区に来るまでの間にいくつか騒動に巻き込まれてしまったからだ。迷子の親探し・・・というか超絶な方向音痴の親をしっかり者の子供に連れて行ったり、チンピラ五人・・・いや七人兄弟に絡まれたり、壁の穴に嵌まったマッチョを助けたりと。特に最後はびっくりした。壁に鍛え上げられた臀部が生えていたのだから。

 「ふぅ、腹ごしらえもした。次は聞き込みだな。食料品店か・・・酒飲みならそっちに聞くのも有りか。」

 恐らく手当たり次第に聞き回っても上手くいかないだろう。絞り込むとなると、生活する上で必ず行かなくてはならない食料品店か。聞くところ毎日モグラ亭に来ている様子でも無かったので自宅の近場で飲んでいる可能性もある。

 「ふむ・・・おっ、そこの兄ちゃんちょっといいか?」

 「俺に言ってる?」

 「そうだ。南区に住んでるんだが用事でこっちに来てるんだ。食い物売ってる店と酒を飲む店を教えてくれないか?」

 「なんだ、そんなことか。食料ならあっちと〜あの辺りが大きい所だ。飲み屋はあっちに数軒とあっちにもあるかな。でも行くのはお勧めしないなぁ。」

 「ぼったくりか?」

 「まぁそれもあるけど、ちょっとガラの悪い連中がうろついててさ。(クロウ)って名前のお揃いの黒いジャケットを着てる奴ら。けっこう人数多いし、知り合いにも絡まれたりしてるのが何人かいるから。」

 「あぁ、気をつける。」

 「人通りの少ない場所とか本気で気をつけた方がいいからな?」

 とりあえず食料品店と飲み屋の場所を聞く為に人当たりの良さそうな若い男に声をかけてみた。話の中で出てきたガラの悪い連中なんてのは、この街では珍しく無い。いつの間にかグループが生まれ、いつの間にか潰し合ったりして消えている。大きな稼ぎを期待出来る場所は、大きなグループが握っているものだ。南区の歓楽街なんて正にそうだ。




 「収穫は無しか。」

 いくつかの食料品店で尋ねてみたのだが、残念ながら明確な情報は得られなかった。毎日何人もの客が訪れるのだ。それら全てを覚えられるかと問われれば無理だというのも仕方が無い。

 「次は飲み屋か。確か・・・下層と上層だったな。う〜む、上層から行くか。」

 すり鉢状の街の穴に近い方を下層。真ん中辺りを中層。外側を上層と呼んでいる。そして治安は下層に向かう程に悪くなっていく。それは徐々に大きく拡がっていった街の出来上がり方に関係しているらしい。つまり穴から離れていく程に新しくなっていく。下層は旧市街とも呼ばれており、噂では臓器売買や超特級の違法薬物や禁断の魔術的儀式などのあらゆる犯罪行為が行われているという。ゴンザレスという男がどんな人間かは知らないが、そんな危険な方面にある飲み屋に行く可能性は低いだろう。

 「こいつはまた・・・迷いそうな場所だな。」

 東区は金属等のゴミを受け入れて再加工したりする工場が多くある。至る所に大小様々な工場が軒を連ねて、絶えず機械が作動するやかましい音が鳴っている。土地勘の無い者にとっては、どこを見渡しても同じに見えてしまう。

 「というか、完全に迷った。・・・・・・そもそもだ、工場が並んでる所に飲み屋なんか無いよな?つまりここから離れてみたら意外と目の前に現れる可能性が・・・」

 駄目だったらまた適当な人を捕まえて聞けばいい。そんな軽い気持ちで人通りの少なそうな横道へと足を進めていった。

 「・・・はぁ。」

 東区上層を迷うこと数十分。路地裏で出くわしたのはお揃いの黒いジャケットを着た四人のチンピラ達と、彼らの足下で蹲っている一人の男。

 「なんだぁテメェ?見てんじゃねぇよ!」

 彼らを見かけて物の数秒で難癖をつけてきた。気が立った野良犬でもあるまいし。当然ながら狙いは・・・

 「まぁまぁ落ち着けよ。怖がらせちゃ駄目だって。」

 「そうだぞ?ところでお兄さん、俺達いまちょ〜っとだけ遊びたい気分なんだよねぇ〜。・・・って、聞いてる?もしも〜し?」

 「ブルっちゃって声も出ねんじゃね?マヒヲ君って見た目怖い系だしさ。」

 「はははっ、それマジでウケる。それじゃ〜お兄さんさ、俺達にお小遣いくれない?」

 「そこのおっさんにも丁寧に()()()してみたんだけどさぁ?全然足りなくてお仕置きしちゃったんだよね。」

 二人が挟み込む様に両脇に陣取り、残りの二人が迫ってくる。迫ってくるのはマヒヲとか呼ばれていたガタイの良い男と最初に威嚇してきた男だ。

 「俺は人を探してるだけだ。お前達の小遣い稼ぎに付き合うつもりは無い。」

 「へぇ〜、生意気じゃん?(クロウ)に歯向かう奴はボコボコにしろって言われてんだ。おい!」

 マヒヲが声を掛ける。すると両脇にいた男達に両腕を取られて拘束される。

 「先ずはそのスカした顔面からだっ!!がっはぁっ!!?」

 「マヒヲ君!?テメェやりやがったな!」

 「なんだこいつ力強ぇ!?うわっ!」

 「ホセ!しっかり抑えとけ!ぐはっ!」

 マヒヲが喧嘩自慢なのかどうかは知ったこっちゃないが、無抵抗の人間を殴ろうと無防備に近づいて来るのならこちらも攻撃しやすい。両腕に力を込めて下半身を浮かしてから捻じるように足を突き出す。腕を拘束している男達は急に体重を掛けられて耐えようと踏ん張ってしまうのだ。不意討ちに近い攻撃を胸に受けたマヒヲは盛大に吹っ飛んでいく。それを見ていた威勢の良い男はすぐさま殴りかかってくるのだが黙って殴られてやる理由も無い。蹴った後の反動で体勢が整っていない右側の男のベルトを掴み、威勢の良い男に投げつけてやる。そう簡単に人を投げられる様に操作出来るのかと思うが、重心に近い部分を掴んでやれば意外とどうにかしてしまえるものだ。

 「寝てろ。」

 「あがっ!?」

 多対一は分が悪い。空いた右手で左腕にしがみついている男をぶん殴る。これで先ずは一人目。

 「ふざけんなよこの野郎!」

 「ヤヌェの仇!ブッ殺してやる!」

 投げ飛ばした男と威勢の良い男が立ち直って向かってくる。その手には腰から取り出したナイフが握られている。両者共にナイフは右手持ちで、向かって右側にいる先程まで右腕を拘束していた男の方がナイフを握る手や腕に無駄な力みを感じた。それに位置も良い。であるならば先に狙うのはそちらからだ。

 「くっ、来るな!!ひっ!ごはっ!?」

 迷わずに距離を詰めると男は取り乱してナイフを振るう。しかし力んだ腕ではブンブンと振り回す様な動きしか出来なかった。右腕の動き得る範囲外、相手の左手側に姿勢を低くして滑り込んでがら空きの腹に拳を喰らわせる。男はうつ伏せに倒れ込む。これで二人目だ。

 「くそっ!何なんだよお前は!死ねやぁ!」

 仲間の二人がやられて焦った威勢の良かった男は両手でナイフを握りながら突進してきた。しかしそれは間違った選択だ。脅威は一点に集中してしまうし、顔面は無防備になってしまうのだから。

 「ぐっ!」

 「へへっ、ざまぁみやがれ!・・・は?へぶっ!ぐがっ!?」

 突進を受け止める。もちろん相手の両腕を掴む様にしてナイフが刺さらない様に。相手は一瞬だけ刺してやったぞと思った様子だったが、あれほど分かりやすい突進を貰う筈が無い。虚を突かれた男と目が合う。その鼻っ柱に頭突きをくれてやった。額の硬さは馬鹿にできないのだ。その痛みや衝撃に堪らず後退りしたが最後、横っ面を殴って終わらせる。威勢の良かった男もこれで沈黙した。

 「まったく・・・」

 「ふぅ〜!お兄さん強いじゃん。びっくりしたわ。」

 「もういいだろ?」

 「冗談。久しぶりに強そうな相手が出てきてテンション上がるわ。」

 「・・・後悔するなよ。」

 ワザとらしく拍手までしてマヒヲが立っていた。仲間が倒されるのを見物していらしい。残念ながら見逃してはくれないみたいだ。

 「行くぞオラァ!!そら、どうした?強いんだろ?」

 マヒヲは攻めの姿勢で向かって来る。避けたりガードはしているがパンチは重く鋭い。明らかに喧嘩慣れしている。攻撃は最大の防御だと言わんばかりの猛攻に攻めあぐねる。

 「殴り返してこないのか?なぁ?おい?だったら・・・」

 「ぐっ!」

 低い体勢からの素早いタックル。筋肉質な体の質量に、踏ん張れずに建物の壁へ押し付けられた。

 「これなら逃げられないよなぁ!」

 首を抑えつける様に掴まれ、空いた手で殴られる。両腕でガードを固めるのだが、背中を壁に押し付けられてしまい衝撃を逃さずにダメージが蓄積していく。

 「ちっ!なんだよ期待して損したぜ。お前雑魚じゃねぇ?もう死んどけ!」

 「がっ!」

 殴ることを止めたマヒヲ。首元を抑えていた手で、次は首を絞めてきた。頭に火が回る様な感覚。体が勝手に息を吸おうとして跳ねるようにのたうつ。だが・・・意外にも思考は冷静だった。そう、妙に見える世界がはっきりしていると感じた。そして僅か数秒の間にそれは起きた。

 「ッ!?」

 子供の喧嘩によくある両手で相手を押す動作。意図せずに、自身の両手がマヒヲを押し退けた。それは全くもって普通では無かった。なぜなら押した程度の筈が、相手を向かいの壁に激突する程の力を放ったからだ。あまりに瞬間的な出来事にマヒヲの表情から見ても何も理解できていない。

 更に驚くべき事に、自分の意識とは切り離された肉体が勝手に動いている。地面を蹴ってマヒヲに肉薄すると、腕を引き絞り必殺の拳を放とうとする。しかし直感的にこの一撃は人に当ててはならないものだと理解する。何かがいつもの違う。このままでは膝から崩れ落ちるマヒヲの顔面を完璧に捉えてしまう。刹那の間に肉体に停止する様に強く呼びかける。何度も何度も、しかし拳が突き出されていくのを止められない。

 「止まれっ!!?」

 路地裏に響く轟音。拳が砕いたのは・・・・・壁だった。何とか拳の速度を落とす事に成功したのだった。レンガ造りの壁には穴が空き、いくつものひび割れが大きく伸びていた。体は・・・自由に動く。勝手に動いたのが嘘のようだ。

 「気絶したのか。壁に当たった時に頭でも打ったか?」

 壁に背を預けて座るようにマヒヲは気絶していた。なんとか頭を南瓜みたいに砕く事態にならずに済んだ。いくら他人でチンピラといえども死なれてはバツが悪い。改めて壁の破壊痕を見つめる。普段から人を殴る時は手加減しているのだが、全力を出したとしてもこの様な破壊力は出せないだろう。その・・・筈だ。しかし体が勝手に動いたという異常事態だったとしても、この体はそれをやってのけた。それも失った記憶と何か関係があるのだろうか。自分自身に対する謎はより一層深まってしまった。

 「ううっ・・・」

 微かに呻き声が聞こえた。その出所は倒れたチンピラ達では無く、最初にチンピラに囲まれて倒れていた男性だった。

 「大丈夫か?」

 「うっ・・・あんたは?」

 「ただの通りすがりって所だ。動けるか?」

 「あぁ、なんとかな。これ・・・アンタがやったのかい?」

 「あ〜、まぁ、成り行きでな。」

 「ははっ・・・ははは。兄ちゃん強いんだなぁ。助けて貰ったんだ。一杯奢らせてくれ。」

 「酒は好きじゃないんだ。それに見返り欲しさにやったんじゃない。人探しの真っ最中で時間も無いしな。」

 「この辺りに住んでる人かい?もしかしたら知っているかも知れない。」

 「そうか?ゴンザレスってんだがな。その人に手紙を渡さないとならないんだ。」

 「いまゴンザレスって言ったんだよな?」

 「ん?いや、そうだが?」

 「俺の名前さ。誰からの手紙だ?」

 「親父さ・・・ジダンからだが?」

 「うん、あぁ、なら俺がお探しのゴンザレスで間違いないな。おや?」

 倒れていた男を助けて立たせてやる。なんと奇跡的な事に、この人物こそがゴンザレスだった。確かに見た目的な年齢も近い気がする。手紙を渡そうとしたのだが、ゴンザレスが首を伸ばしてこちらの背後を覗いた。釣られて振り返ると、騒ぎを聞きつけた市民が集まり始めていた。あれだけ大きな音をたてて暴れていれば当然か。

 「ここじゃなんだ。酒は好きじゃないなら飯くらい奢らせてくれ。いい店があるんだ。」

 「わかった。案内してくれ。」

 大きな騒ぎになる前に退散するに越したことはない。じきに治安維持組織の犬が来るだろう。一日に二度も追いかけられるのは御免こうむる。であれば少し落ち着くまで時間を潰すにも食事は丁度いいだろう。ゴンザレスの後ろに続いて足早に路地を後にした。

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