第十話 準備は念入りに
「お?着いたか。よっこらせっと!おぉ・・・尻と腰が痛いな。」
運転席と助手席、あとは荷台だけの年期の入ったトラック。ようやく目的地に到着したらしく、停車した荷台から少しぎこちなく降りて凝り固まった体を伸ばす。それも仕方ない。快適そうな助手席をマシロに譲って、様々な荷物と一緒に荷台で揺られていたからだ。出発したのはまだ夕方には早い頃だったが、今は月が照らす夜である。結構な距離を移動したみたいだ。
街から外側へと向かうほどに建物は継ぎ接ぎや掘っ立て小屋が増えていくのだった。そして広大な農地にはボロ布を纏って汗を流す人々。ダストシュートの街は誰でも、何でも受け入れるが上手くいくとは限らない。遠くからなんとかやって来ても上手くいかず、金持ちが運営する農地で使い潰される人々はいるのだ。やがて農地も抜けていくと、その景色は荒野へと変わっていった。驚くべきことに、ダストシュートは荒野のど真ん中に存在している街だったのだ。はて、それにしては水に関して困った記憶が無い。
「大丈夫だった?」
「あぁ、なんとかな。荷台から解放されて尻の筋肉達は喜んでるぞ。」
「私もお尻痛い。車は・・・嫌いかも。」
助手席から降りてきたマシロが声をかけてくる。荷台よりは快適そうな助手席ではあったが、座りっぱなしも辛かったらしい。
「ここです!東部魔石採掘坑!彼女はきっとここにいる筈です!」
「魔石採掘坑?そんな場所に凶悪な魔獣とやらがいるのか?」
「いえ、魔石採掘坑だからこそなんです。」
到着したのは魔石採掘坑。岩山にぽっかりと大きな口を開いた洞穴。周辺には色々な機材が散逸しているのだが、野ざらしに放置されている様子だ。少なくとも一定の期間は採掘作業をしていないみたいだ。
「設備も錆やらが付いてるし廃坑になった場所なのか?」
「とんでもない。まだまだ魔石は採れますし、力を失った魔石の充填も出来るくらいに魔素が濃い場所ですよ。まぁ、そこが問題なんですけど。」
「というと?」
「魔獣とは生き物が強い魔素の影響によって変異して成ります。なのでこういった場所には魔獣が引き寄せられてきたり、生息している生物が突然変異を起こしたりするんです。」
「だから凶悪な魔獣が出たと。」
「はい。それでうちに依頼が来まして。魔石の採掘は非常に大きな利益をもたらします。街は早々に採掘作業の再開を期待していましたが、結果として多くの魔獣狩人が返り討ちにされ前代表も命を失いました。集会所のライセンスを継続する方法があると言いましたよね?それがこの採掘坑の魔獣を討伐して採掘作業を再開させる事なんです。」
「だから・・・彼女はここに来たの?あそこに乗り物がある。」
マシロが指した先にはタイヤが二輪だけの、トラックと比べてかなり小さな乗り物があった。
「やっぱり来ていたんだ。あれはバイクと言って、彼女の、エトナの父親が大事にしていた物なんです。」
「バイクか・・・いいな。うん、何だか分からないがいい。マシロは何か感じないか?」
「う〜ん・・・あれよりも馬とか方が好きかも?」
バイクを眺めていると何か不思議な気持ちになる。格好良さに憧れるというか、しかし乗り回そうとは思えない遠慮というのか。もしかしたらこれは失った記憶の欠片なのかもしれない。そんな期待を込めてマシロにも尋ねてみるのだが、彼女にとってはあまり関係無さ気であった。
「では行きましょう!好きな武器を持っていって下さい!いまライトを付けますね。」
マックスはトラックの荷台にある荷物を荷解きして言った。マックスが荷台に置いたライトに照らされて、いくつかの武器と防具が荷台に拡げられる。
「手斧に棘付き鉄球に剣。おぉ〜、なんか馬鹿でかい剣もあるぞ?マシロは・・・剣にするのか?」
「う〜ん・・・なんか違う。気にはなったんだけれど・・・、これにしておく。」
「盾か。良いんじゃないか?」
マシロは小型の盾と、片手でも振りやすい両刃の剣を手に取っていた。それから何度か剣を振ってみたりしていたのだがイマイチだったらしい。最終的に剣を置いて盾だけを持っていく事に決めていた。
「グレイは?」
「武器はいらないな。防具も・・・」
「防具を着ていかないなんてとんでもない!?相手は魔獣なんですよ?どれだけ着込んでいっても怪我や死が付き纏うくらい危険なんですからね?」
「いや、言ってる事はわかるんだが・・・それで動けるのか?」
「大丈夫です!ほら・・・ぬぐぐぐぐッ!!?ふんぬぬぬぬぬッ!!!ほっ・・・ほらね?大丈夫・・・デスッ!」
「無理するなって。そんな案山子みたいに突っ立って動けない相手ってのは、狙う側からすれば狩りやすいだけだろ?俺とマシロが守ってやるから最低限にしとけ。」
マックスはまるで金持ちの家にでも飾られている甲冑像みたいになっていた。厚くて重そうな重装備だ。案の定、細身な彼には僅かに腕を挙げるだけでも限界だった。このままでは動けないし、仮に動けたとしても魔獣にとっては殻付きの木の実みたいなものだろう。
「まぁ、そうだな・・・手甲と脛当てくらいは着けていくか。マシロはどうする?」
「動き難そうだしいらないかな?」
「そうだよな。」
荷台に並んだ武器と防具には新品など無い。埃と使い込まれた革と金属の臭い。無数に刻まれた傷跡。これらが何度も魔獣狩人達の体を守ってきたことが伺える。
「なっ、ならせめて武器を持っていくべきです。」
「分かった分かった。ならこのナイフでも持っていくさ。邪魔にならなそうだしな。」
腰の後ろ側に装着出来るベルト付きのナイフを手に取った。頑なに武器と防具を装備する事に否定的な理由。それには一応の裏付けがあるのだ。この一週間で何度かマシロと格闘の手合わせをした。その理由というのも、チンピラ達に絡まれた時に出した馬鹿力の正体を知る為である。そして恐らくその正体は魔素であるという事が分かった。肉体の内にある魔素を認識して、それを火に油をぶちまけるが如くこう・・・ガっとして・・・いや、グワッと・・・・・・とにかくどうにかこうにかすると身体能力や頑丈さが強化されるのだった。驚いたのはマシロの成長速度だった。こちらも身体能力が向上している筈だというのに、ただの一度もマシロの体に打撃が掠ることも無かった。
「とりあえず、目的は魔獣を倒すことじゃないんだろ?」
「はい、彼女を連れ戻して下さい。」
「任せて。首をシュッてしてトーンしてでも連れ戻すから。」
「シュッてしてトーン?とは一体・・・?」
「悪い、マシロは影響されやすいんだ。これはきっとあれだ、最近見た紙芝居の影響だ。確か女怪盗が悪徳商人を成敗する内容だったか。」
「怪盗エトワールとアルトワンダの秘宝。まだ前半しか出てない。後編も期待してる。」
「そっ、そうなんですか・・・。で、では行きましょう。明かりを・・・あった。今から点けますね。」
紙芝居なんて子供の見る物だと思っていたが、これが中々。描かれた絵も迫力があったし、話も引き込まれるものがあった。作中で伝説の黄金都市の封印を解く遺物を所有していた悪徳商人の背後から、主人公のピッチリとした黒い服を着た怪盗エトワールが忍び寄り気絶させる場面がマシロのお気に入りだったらしい。
しかしながらマックスにとっては突飛な話だったらしく、鎧を諦めた代わりに荷物がパンパンになったリュックを背負ってそそくさと洞穴の入口付近にあった機械を触りに行った。何かの蓋を開けて操作すると暗い洞穴内に明かりが灯る。先に入ったエトナが明かりを点けなかった事が疑問だったが、兎にも角にも中に入る準備は整った。危険だと本能が脳裏で囁くが、それと同時に好奇心も顔をだして胸の奥を刺激するのだった。