7 王子殿下の視察①
来ていただいてありがとうございます。
星の海の中リオン様の白い毛並みがふわっと光ってる。
「星の光って美味しいんですか?リオン様」
「味は無い。でもセレストの汲んだ光は力が強い」
星汲みのための小舟の上で、一緒に来てくれていたリオン様に気になっていたことを聞いてみた。
「巫女が汲んだ星の光じゃなくても、直接星の光を取り込んだりはできないんですか?」
「……今はできない」
リオン様はそのきれいな目に空の星を映した。それはいつかできるようになるってこと?
「もっと力が戻れば……」
リオン様は私の方を見た。
少しずつ読んでいる古代文字の本には、今の星汲みの巫女は昔は星の花嫁と呼ばれていたこと、選ばれた女の子は一生を星の泉の神殿で過ごすことになっていたことが書いてあった。どうしてそれが今みたいな持ち回りになったのかは分からないけれど、女神様は星狼族と人間を、つまり女神様と人間の結びつきを大切にするためにこの仕組みをおつくりになったみたい。巫女が星の光を集めて捧げ、星狼族に力を与えて成長させるこの仕組みを。二人で過ごすうちにお互いのことを、そしてお互いの種族のことをわかり合えるようにって。二つの種族は生きてる場所があまりにも遠いから。
ここで止めてって小舟に触って念じた。ゆっくりと船は泉の真ん中で止まってくれた。銀の杯で水面の星の光を汲んだ。優しい光を放つ銀の杯を胸の前でこぼさないようにしっかり持った。
「そういえば、リオン様はいつからここにいらっしゃるんですか?」
「…………もう、ずっと前から」
そう言うとリオン様は銀の杯を眩しそうに見つめた。
「え?またですか?」
お昼ご飯の後、本を読んでいた私に、また、クロード様から小包が届いたとカイヤさんが伝えてくれた。ああ、もうオラール様とお呼びしよう。婚約者じゃないんだし。
「ええ」
カイヤさんは困ったように片手を頬に当てていた。
厨房の部屋のテーブルの上。また送られてきた包み。前と同じような包装紙。
「もう、このままでいいので受け取り拒否で送り返してください」
中を確認する必要もないと思ったので、荷を運んできてくれた人に頼んだ。
中神殿から荷物や手紙を運んでくれている人は、私を最初の日に輿で運んでくれた人みたいに狼の被り物をした人だった。たぶん男の人。荷物たくさん持ってきてたから。船で泉を渡るのではなく、森の方から山道を往復しているのだそうだ。
「いいのか?婚約者からなのではないのか?」
リオン様が気遣うように尋ねてきた。
「いいえ!違います!ここへ来るときに婚約は解消していただいたんですから!」
ちょっと声が強くなっちゃった。リオン様が驚いている。
「ご、ごめんなさい……。私、結婚するのが嫌で……、星汲みの巫女に決まった時、本当に嬉しくて……。なのに」
なんで、こんなことしてくるんだろう……。オラール様のことが全く分からない。もう、大丈夫なはずなのに不安が消えない。そうだ!お父様に確認の手紙を出そう!私は部屋に戻って手紙を書こうと思った。
「あ、セレスト様、大神殿からお手紙がきてますよ」
カイヤさんが青い封筒を手渡してくれた。
「え?大神殿からですか?何でしょう?」
手紙を開くと、リオン様も覗き込んできた。手紙を持つ私の腕に前足を掛けてくるのでちょっときつい……。我慢できずにしゃがみ込んで一緒に手紙を読んだ。
「「第三王子殿下の視察?」」
リオン様と声が被った。
「あらあらあら!」
何故かカイヤさんは嬉しそうに笑っている。王子殿下の視察ってそんなに嬉しいものなの?
「一週間後にアルベリク第三王子殿下が、大神殿に視察にみえられる。その際にご友人である星汲みの巫女との面会を望んでおられる。準備されたし。場所は中神殿の応接室。服装は巫女の正装。時間は午後三時。午前十一時までに中神殿へ……」
あれ?私って王子殿下のご友人だっけ?手紙を読んで最初の疑問。一応殿下は妹のシャルロットの婚約者だから、義理の姉になる予定ではあるけど……。
そしてもう一つ。
「巫女の正装って?この服じゃないんでしょうか?」
思わずリオン様に尋ねてしまう。
「知らない」
リオン様は首を横に振った。
「おそらく中神殿に用意があると思いますよ。セレスト様はそのまま中神殿へ行かれればいいのでしょう」
カイヤさんが説明してくれた。
ちなみに最初に着替えたこの星汲みの巫女専用の服は、部屋のクローゼットに六着入っていた。一週間分?この服は汚れたら荷物と一緒に送って洗濯してもらえる。他の服や下着とかは自分で洗濯してる。こういうのも洗ってもらえるんだけど、自立のために。それと、誰がしてくれるのかわからないから恥ずかしいしね。
「一週間後……」
仕方がないけど、ちょっと気が重い。アルベリク様はクロ、じゃなかったオラール様のことを思い出させるから。あ、ズーンと気持ちが沈んできちゃった。
「何を視察するんだろう……」
しゃがみ込んだまま、頬杖をついた。ダメだ、立ち上がれない。
「今年は五年に一度の大流星祭の年ですから、その準備の視察なのでは?」
「あ」
カイヤさんの一言で私は納得したのだった。
毎年、秋に流星が降り注ぐ日がある。その時期に合わせて一週間、青の王国では各地で女神ユリーアを称えてお祭りが催される。収穫祭と兼ねた行事でみんなとても楽しみにしているのだ。それが流星祭。
そして、五年に一度、大規模な流星群が見られる年に行われるのが大流星祭だ。その年のお祭りは特別で、王都ではパレードが行われる。女神ユリーアに扮した女性や、星狼族に扮した人達が街の中を飾った馬車などで行進するのだ。確か大神官様や星汲みの巫女もパレードに参加してたような……。あ、なんか嫌だなぁ……見世物になるのかな……。
それにあのお祭りにも最近はいい思い出がない。前は普通にお祭りを楽しんでた。女神さまや神官様達や星のモチーフの飾りのついた服で仮装して、色々な食べ物の屋台を友達と回ったりして……。そして最終日の流星の日にはみんなでプレゼントを贈り合うんだ。私は妹や家族、レベッカと楽しく過ごしてた。
でも、オラール様と婚約してた時は……楽しいはずのお祭りの最終日は無言のお茶会の拡大版が……。贈り物は喜ばれず、会話はもちろん無し。四人で過ごすことになった去年は、楽しそうな三人のそばでいたたまれない時間を過ごすだけ……。
今年は、出来ればのんびりここで過ごしたい。ここで見る流星はとっても綺麗だろうな……。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。