4 奇妙な贈り物
来ていただいてありがとうございます。
初めての星汲みの翌朝、私はカイヤさんと神殿にいた。季節は春だけど、早朝で山の上だからとても寒かった。でもとっても空気が澄んでいて気持ちが良かった。今朝の泉には霧のような薄い雲がいくつも渡っていてとても幻想的だった。
「カイヤさん、杯は泉で洗って乾かせばいいんですよね?」
昨夜は星の光で満ちていた杯は空っぽになっていた。朝になったら星は見えなくなってしまうものなので、私はそのことを不思議だとは思わなかった。
「ええ、セレスト様お願いします」
私は杯を洗って布で拭いて、専用の棚に戻した。その後はカイヤさんに教わった通りに神殿を掃除した。神殿の奥へは入ってはいけないらしくて、入り口側の限られた場所の掃除だけだからそんなに大変じゃなかった。カイヤさんは私が掃除している間に朝食の準備をしてくれると言って巫女の住まいへ戻った。
腕まくりをして祭壇を拭いていると何かが足元を通っていったような気がした。
「?」
祭壇の裏側を覗き込むと、なんかいた。灰色っぽい毛玉のようなものが。瞬間、私を見ていたその深い青い目に私は釘付けになった。灰色の尻尾がフリフリしている。可愛い……。
「青い目の子犬?」
私の言葉を聞いて半眼になったその子はプイッとそっぽを向いて神殿の奥へ走って行ってしまった。何だか怒らせてしまったみたいだった。
「あ、ちょっと撫でたかった……。ていうか、神殿の奥へ行っちゃったけどいいのかな?私は入っちゃいけないって言われてるのに……あの子何なんだろう?」
私は子犬が走っていった神殿の奥がすっごく気になったけど、何とか残りの掃除を終わらせた。
「え?子犬ですか?」
「はい、そうなんです。神殿の奥へ入って行ってしまったみたいで……。放っておいて大丈夫でしょうか?」
私はカイヤさんを手伝ってお皿を出したりしながら、聞いてみた。
「……それは、たぶんお使い様ですね」
「お使い様?」
「ええ、子犬ではなくて狼です。女神さまの眷属は星狼族といわれていますから」
「あ」
だから、あの子のご機嫌を損ねちゃったんだね、私。
「また、会えるでしょうか……」
「お使い様が人前に現れることは最近ではありませんでしたけれど、セレスト様の前には出て来て下さいますよ、きっと」
「だったら、嬉しいです」
「さあさあ、出来ましたよ」
そう言ってカイヤさんがお皿に乗せてくれたのは美味しそうなパンケーキだった。
「とってもいい匂い!美味しそう!ありがとうございます」
パンケーキには金色の蜜が添えてあって、こっちも美味しそう。後は野菜のサラダと切った果物。野菜も果物もとても新鮮で美味しかった。私はこのパンケーキは作り方を絶対に覚えようと心に決めた。そのくらい美味しかった。そういえば昨日の煮込み料理も美味しかったな……。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです!カイヤさんってどこかで料理人をなさってたんですか?」
「まあまあ、いいえ、わたくしはずっと同じようなものをつくってるだけですよ……」
カイヤさんは謙遜してたけど私のカイヤさんへの尊敬度が、グンと上がった。
「昨日の光星魔法のお話なんですけれど、ここには小さな書庫があります。そこに光星魔法に関する本もありますから、お読みになってみてはいかがでしょう?わたくしのうろ覚えの知識よりもずっと分かりやすいと思いますよ?」
食事の後片付けを終えて、カイヤさんからそんな風に提案された私は早速書庫へ行った。私の部屋の半分か三分の一くらいの広さの部屋の両壁に本棚が置いてあり、本が並べられていた。ドアのつきあたりは窓になっているようで厚いカーテンがひかれている。私は少しだけカーテンを開けて、窓を開けた。並べられた本に光が当たって背表紙の銀色の箔がキラキラと輝いた。
星汲みの巫女のお役目は基本、夜の星汲みと神殿の掃除、そして一日三回のお祈りだけだった。前の巫女はその他の時間をどうやって過ごしていたんだろう?やっぱりここの本を読んだりしてたのかな?私はそんなことを考えながら、光星魔法の本を探した。それらしい本を見つけたので今日はこれを読もうと決めた。
窓を閉めてカーテンを閉めようとしたその時に、本棚の隅に目が行った。そこには深い青い背表紙の本が何冊かあった。神官様や私が着ているのと同じような深い青。そこには見慣れない、でも私には馴染みのある文字が書かれていた。
「古代文字の本だ!」
私は一冊を手に取り、ページをめくった。私がここへ持って来た小さな薄い本は、絵本のようだったけど、こちらはぎっしりと古代文字が並んでいる。これは読みごたえがありそう!私は何が書いてあるのか解読するのがとても楽しみになった。古代文字の辞書も持ってきて良かった!私はわくわくしながら、二冊の本を持って自室へ戻った。
あ、そういえば、巫女の住まいにはこの書庫の他に、食事を取る厨房の部屋と私の部屋とカイヤさんのお部屋、そして使われていない部屋が一つある。そして、お風呂の部屋があるのだ。広いお風呂の部屋!石造りの部屋の中に温かいお水、つまりお湯が沸きだしている場所があるのだ!カイヤさんの説明では泉の水を引き入れて、何らかの魔法で温めているそうだ。ゆうべ入らせてもらったけど、これ考えた人天才!って思うくらい気持ちが良かった!伯爵家にもこれ、作れないかな?あとは地下に食料貯蔵室があるみたいだった。
光星魔法
星の光を使い、様々な奇跡を起こす魔法。女神ユリーアの奇跡に通じる。極めると星を落として国を消滅させることもできる。
「ええーっ!?」
最初の説明を読んで私は驚いてしまった。これは違うんじゃないかな……。私の魔術は光を灯せるだけだもの。うん。興味があるから一応全部読んでみるけど、これは私の力とは違うと思う。今は失われたってカイヤさん言ってたけど、こんな力があったらちょっと怖い。使える人本当にいたのかな?まあいいや、さあ、続きを読もう…………。
私が本を読み進めていると、コンコンコンとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
カイヤさんが私の部屋へ入って来た。
「セレスト様、麓から荷物が届きました。セレスト様宛のものもあるようなので、おいで下さいな」
「あ、はい。すぐに行きます!」
この星の光の神殿には、週に二回程大神殿から中神殿を経由して食品などの物資や手紙が送られてくる。主にお供え物として大神殿に捧げられたもので、こちらが必要なものを知らせれば、よっぽど高価なものでなければそれも購入して送ってくれるみたい。カイヤさんが説明してくれた。今日はちょうどその日だったみたいだ。
厨房のテーブルの上に並べられたものの中には食品などの他に小さな包みがあった。確かに私宛なんだけど送り主は……クロード様だった。
「え?クロード様……?どうして……」
「どうされたのですか?セレスト様?」
私は包みを開けてみた。中から出てきたのは
「黒い花の、ネックレス……?」
なにこれ?どういうこと?なんでこんなものが送られてくるの?もしかして呪いの品?私は混乱した。カードが一枚入っている。
セレスト・バリエ嬢へ クロード・オラール
とだけ書かれたカード……。誕生日にいただいていた贈り物の時とはカードの筆跡が違う……。妹のシャルロットへの贈り物のカードのに似てる気がするけど……。
「まあ、セレスト様、もしかしてご婚約者様からですか?」
カイヤさんがにこにこ笑いながら尋ねてきた。
「いいえ、いいえ、私には婚約者はいません……。ここへ来る時に婚約は解消してもらったんです……」
カイヤさんは私の様子を見て、そっと私の肩に手を置いた。
「大丈夫ですか?お顔が真っ青です」
カイヤさんは心配そうに、私の手にそっと触れた。私の手は震えていたみたいだった。怖い……。本当に意味が分からなかった。
「では、何かの間違いなのでしょうから、これは送り返してしまいましょう」
「え?」
カイヤさんの言葉に私は驚いた。それと同時に安心もした。そうだよね、これは何かの間違いだ。受け取らなくてもいいよね。送り返してしまえばいいんだ。
「……はい!」
「まだ、荷を運んできた者達が近くにいるはずですから、呼び止めて参りますね」
カイヤさんがそう言って走っていった。私は「いただく理由がありません」とだけ、したためた手紙を添えてネックレスの入った小箱を丁寧に包み直して、送り返してもらったのだった。
私はその日はもう、本を読む気にもなれずに近くの森の木の下で座り込んでいた。以前の嫌な思い出がぐるぐると頭の中をよぎって、とても気分が沈んだ。誕生日にいただいた品物は私にはとても似合いそうにない華やかな飾りのアクセサリーで、もちろん私の好みとは全然違うものだった。まあ、ほとんど話もしない私の好みなんて知っていらしたら、逆に怖いけれど。結局、そのアクセサリーは身に付けることも無く、伯爵家の自室のクローゼットの奥にしまってある。それについてクロード様から何かを言われたことも無いからいいよね……?
今日もこの神殿のある神域の泉は綺麗……。泉の向こうの花畑にも行ってみようかな、なんて思っていたけれど、今日は景色が酷く遠くに感じていた。ぼんやりしていたら、視界の端に何かが横切った。
「ふわふわ……」
「キャンッ!」
思わず掴んでしまったそれはあの子の尻尾だった。
「あ、ごめんなさい……」
あの灰色の小さな狼が、深く澄んだ青い目で私を睨んでいた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。