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3 星の泉の神殿

来ていただいてありがとうございます。

出発の日の朝、バリエ伯爵家の前には立派な馬車が私を迎えにやって来ていた。中から下りてきたのは恰幅の良い中年の神官様だった。

「では、巫女様をお預かりいたします」

とだけ言って、私を馬車に乗せた。私の鞄は御者の神官様(こちらは若くてちょっと細身の男の人だった)が馬車の中へ運んでくれた。



「お姉様っ!」

シャルロットが馬車に近づいてきた。

「私は大丈夫だからそんなに悲しそうな顔をしないで、シャルロット。お父様やお母様をよろしくね」

「お姉様、お元気で……」

目にいっぱい涙をためているかわいい妹。しばらく会えないのはちょっと寂しい。でも、私は頑張る!

「では、お父様、お母様、シャルロット、みなさん、行って参ります!」

私は見送りに出てきてくれた悲し気な家族や使用人のみんなに笑って手を振った。



「まずは、王都の東方にある山の麓へ向かいます」

神官様は馬車の中で静かに説明を始めた。

「大神殿ですね。みなさんが女神様に祈りや供物を捧げる場所ですよね。私も何度か行ったことがあります。神官様がたくさんいて、大神官様もそこにいらっしゃるんですよね」

「よくご存じですね。知識が深いのは良いことです。最近の巫女様方は己が身を嘆くばかりで……」

ここで神官様はふうっとため息をついた。

「……あなたは、大丈夫なのですか?」

神官様は私が泣いたりしていないのが不思議なようだった。

「ええっと、家族と離れるのは少し寂しいですけど、平気です」

私は笑ってみせた。神官様はにっこり微笑んだ。

「あなたのような方には、きっと女神さまのご加護がありますよ」

「はい!ありがとうございます」



馬車は山々を背景にした大きな白い建物の前に到着した。私も何度か来たことがあるけれど、改めて見ると大神殿は大きかった。うーんこう言うと我ながらバカみたいだけど、本当に大きな建物で荘厳な感じがした。お祈りを捧げる人がたくさんいて、神官様達もたくさんいて、なんていうか賑やかだった。私はそこで女性の神官様に手伝ってもらって着替えをした。他の神官様達が着ているような丈の長いフード付きのストンとしたローブなのかと思ったけど、違った。色は深い青で一緒なんだけど、私が着せてもらったのは腰のあたりを絞ったドレスのような服だった。結構可愛いかな。銀の星の刺繍は他の神官様達とおそろいだ。



私は大神官様の前で宣誓をした。緊張と大神官様のお言葉を復唱しただけなのとでもう覚えてないけど、「女神さまに従順に尽くします」みたいな感じのだった。そして大神殿の奥の部屋で一晩過ごした後、山の中腹にある中神殿へ馬車で向かい、前任の星汲みの巫女と交代することになると伝えられた。大神殿の奥は静まり返っていて、表側の賑やかさが嘘みたいだった。



翌日、馬車は山道を走り、山の中腹にある中神殿に到着した。こじんまりした神殿の入り口から一人の女の子が走って来る。私と同じような服装なのできっとあの子が前任の星汲みの巫女なんだろう。彼女は私を睨んで一言

「遅いわよっ」

と言って馬車に乗り込んでしまった。え?それ私のせいじゃないよね?

「あ、あの、引継ぎは?」

という私の言葉は無視され、馬車は今来た道を引き返していった。私は茫然とそれをしばらく見送っていた。


「セレスト・バリエ様、ようこそおいで下さいました。新しい星汲みの巫女様を歓迎いたします」

先程のこじんまりした神殿から数人の神官様方が出ていらっしゃった。一人を除いてはみんな中年、老年の女の人達だった。代表で挨拶をしてくれた人だけが若い男の人で、優しそうな細い目をした人だった。髪の色は収穫間近の麦の穂色で背はひょろりと高い。私は再びここで一晩を過ごし、翌朝、今度は輿に乗せられて山頂までの長い階段を登った(というか登らせてもらった?)。


輿を担いでいたのはたぶん男の人四人……。たぶんって言うのは、四人とも狼の被り物をしてて、どんな人なのかわからなかったから……。私はなんかちょっと不安になった。人間だよね?何もしゃべってくれなかったけど。






正神殿は、星の泉の神殿は、とても美しい場所だった。階段を登りきると、一面に青が広がった。今日は晴れて風も無くて、湖みたいな広い泉には青空と雲が映っていた。空の中に神殿があるみたい……。泉の奥には白い建物があった。きっとあれが正神殿なのだろう。麓の大神殿や中腹の中神殿よりも白く、透き通った輝きを放ってるように見えた。


「なんて綺麗なの……」

私は思わず声を上げた。しばらく景色に見惚れていたけれど、私を乗せて運んでくれた人達にお礼を言おうと思って振り返った。

「あれ?」

もう、そこには誰もいなかった。階段の下を覗き込んだけど、やっぱり誰もいなかった。


「私、そんなに長くぼーっとしてたのかな?」

私はとりあえず、鞄を持って神殿を目指すことにした。向かって右側の花畑の方を通っていこうか、左側の森の方を通ろうか迷ってると、小さな船が泉を渡ってこちらへ向かってくるのが見えた。小舟はあっという間に私のいる岸辺へやって来た。船から下りてきたのは一人の女の人だった。その人は私のお母様よりは年上の様で、私のおばあ様ほどはお年を召してないような感じだった。背は私と同じくらいで、白に近い銀髪、目は細めているので分かりづらいけど青い目のようだった。とても優しそうな、柔らかい印象の女の人だ。私は何だかちょっと安心した。


「ようこそおいで下さいました。新しい星汲みの巫女様。お待ちしておりました。わたくしはカイヤと申します。これから巫女様をお世話させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

その人、カイヤさんは丁寧に挨拶してくれた。

「は、初めまして!セレスト・バリエと申します。こちらこそ、これからよろしくお願いします!あ、大丈夫です。自分で持てますから!」

私も挨拶すると、鞄を持とうとしてくれたカイヤさんを止めて言った。カイヤさんは少し驚いてその後ふふふっと笑った。


「では、バリエ伯爵令嬢、参りましょう」

「セレストと呼んでください」

私がお願いすると、カイヤさんはまたにっこり微笑んで頷いた。

「ではセレスト様、参りましょう」

私達が乗った小舟は泉を滑るように渡った。カイヤさんがオールを持って漕いでいるようなんだけど、そんなに力を入れているようには見えない。私も途中で交代します、って言ってみたんだけど

「大丈夫ですよ」

って、ふんわり笑って代わってもらえなかった。何だか不思議……この船もカイヤさんも……。




私は女神様に星の泉の神殿でご挨拶のお祈りをした後、カイヤさんに案内されて巫女の住まいへ行った。巫女の住む場所は神殿の隣、森の方にあるやっぱり白い建物だった。中は綺麗に掃除されていて、生活に必要なものは何でも揃っていた。豪華な屋敷という訳ではないけれど、何だか私には居心地が良かった。自分に用意された部屋で軽く荷解きをした後、小さな厨房とテーブルが一つ、椅子が四脚ある部屋へ行った。そこではカイヤさんがお茶を用意して待っていてくれた。


「さあさあ、お疲れになったでしょう?もうすぐ昼食の準備ができますからね」

カイヤさんは鍋をかき混ぜながらにこにこ笑って言った。

「ありがとうございます。私も何かお手伝いします」

「まあまあ、いいんですよ。巫女様のお世話はこのカイヤの仕事ですから。セレスト様はゆっくりしててくださいな」

「私、自分でも何でも出来るようになりたいんです。良かったら少しずつでいいので色々教えてください」

私はカイヤさんにお願いした。私は今後のことを考えて生活力を身に付けたかったのだ。


「セレスト様は、少し変わっておられますね?ああ、申し訳ありません。失礼なことを申し上げました」

カイヤさんは不思議そうに私を見て、はっとしたように謝った。

「いえ、大丈夫です。自分でも貴族らしくないなって思っています。でもせっかくここへ来たのですから、出来ること増やしたいなって思ってて……」

口ごもる私を見て、カイヤさんは優しく笑った。

「もちろんいいですとも!巫女様のお役目の合間でよろしければ色々お教えしますよ」

「ありがとうございます!」


良かった。星汲みの巫女のお役目が終わった後、私は自立しようと考えていた。このまま貴族でいたら、またクロード様のような人に嫁がされるかもしれない。そんなのは絶対に嫌だった。とても厳しいと分かっているけれど、平民になって自由に生きる道に憧れていた。そのためにも自分で出来ることは少しでも増やしておきたいのだ。







その夜。私は初めて星汲みの巫女の仕事をした。夜の泉は昼とは全く違っていて、まるで自分が星空の中にいるようだった。星の海の中を小舟が進む。私は銀色の緻密な模様の施された杯を持って、カイヤさんが漕ぐ小舟に乗っていた。星汲みの巫女の主な仕事は、この杯で泉に映った星の光を汲むことなのだ。そしてこの杯を正神殿の祭壇に捧げるのだとカイヤさんに教えてもらった。私は泉の水を汲むんだと思っていたけれど、実際にやってみて驚いた。


「ここにします」

私はカイヤさんに船を止めてもらって、水面に映った星の光を杯でそっと掬い上げた。

「えっ?」

不思議なことに杯の中の水、ううん星の光は輝きを増して杯全体が青白く光っているようだった。

「わ、本当に星の光を汲めるんですね!不思議な杯ですね……」

「…………」

カイヤさんは何故かとても驚いているようだった。私達は、正神殿の祭壇へ杯を捧げてお祈りをした。その間も杯の光は失われることは無かった。夜の神殿は真っ暗だったけど、星の光の杯が柔らかく辺りを照らしてくれていたので、カイヤさんが用意していた燭台は必要なかった。


巫女の住まいに戻ると、カイヤさんが尋ねてきた。

「セレスト様は、何か魔法をお使いになれるのですか?」

「はい。光の魔術を少しだけ……」

私の光の魔術は光を灯すことが出来るだけなんだけど、他の人より長い間効果が続くみたいで、光の色も白っぽくて強いのがちょっと自慢なのだ。私はこの力を使ってこの先のことをちょっと考えているのだけれど、まだ誰にも内緒だ。


カイヤさんは少し考え込んでいたけれど、

「セレスト様は光星魔法がお使いになれるのかもしれませんね」

「光星魔法……?」

光星魔法なんて聞いたことがない。

「それはどんな魔法なのですか?」

カイヤさんはふふふっと笑うと

「星の光を使う魔法ですよ。今はもう失われたと言われていますけれど……。先ほどの星汲みは最近の巫女様方には現れなかった現象でした……」

カイヤさんは胸に手を当てて何だかとても感慨深げにしていた。


「?」

どういうことなんだろう?みんなあんな感じに星汲みをするんじゃないの?

「さあ、もう遅い時間ですし、お休みになって下さいな。明日の朝も早いですし。魔法のお話はまた明日にでも」

私が質問をしようとしたら、カイヤさんに先を越されてしまった……。え、なんかすごく気になるんですど!気になって今夜眠れないかもしれないんですけど!私はそんな風に思っていたけど、自分の部屋でベッドに入ると割とすぐに眠ってしまった。自分では分からなかったけど、結構疲れていたのかもしれない。そんなこんなで私の巫女生活一日目は無事に終わったのだった。













静まり返った神殿で影のような何かが星の光の入った杯に口を付けた。光は影に吸い込まれ、影の内側に宿った後その影を少しだけ和らげた。







ここまでお読みいただいてありがとうございます。

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