2 星汲みの巫女
来ていただいてありがとうございます。
「私は星汲みの巫女に選出されました。つきましてはクロード・オラール様との婚約を解消させていただきたいと望んでおります」
私は自分の部屋で少しの間喜びをかみしめた後、いや、対外的には気持ちを落ち着かせた後、みんなに応接室に集まってもらった、クロード様、アルベリク第三王子殿下、そして伯爵家の私の家族達の前で私は宣言した。なるべく厳かに見えるように無表情で。みんな、それぞれに驚愕の表情を浮かべてる。何故かクロード様まで。これは私はとても不思議だった。お母さまとシャルロットは涙を浮かべて、お父様に何とかならないのですか、とかって詰め寄っていたけど、ちょっと待って、何とかしてもらっては困るのだ。
「何も婚約を解消しなくてもいいのでは?」
アルベリク様が提案されたが、私の意思は固いのだ。
「星汲みの巫女の任期は最低三年です。長い方だと十年以上のこともあります。この先どうなるかわからない状態で、婚約を維持するのは無理だと思います」
星汲みの巫女
青の王国は豊穣と魔法の女神ユリーアに守護されている王国で、女神ユリーアは魔物の侵入から王国を守っていると言われている。王都の東方にそびえる山々の合間に女神を祀った神殿がある。その神殿は深く青い泉の畔にあり、女神の眷属の星狼族が遣わされている。星汲みの巫女とはその神殿に仕える十代の少女のことで、何年かごとに王都の神殿の大神官が神託を受けて一人が選出される。
神託が下りるのは全くのランダムで、私の次はいつ選ばれるか分からない。ちなみに今の巫女は選ばれてからもう四年が経過しているはずだ。そう、普通の女の子なら泣いて嫌がるお役目なのだ、星汲みの巫女は。貴族の中には自分の娘を守るために、お金を積んで大神官に次の神託を無理やりに下ろさせる者もいるという噂があるくらいだ。そうだよね、学園に通ったりして一番楽しいはずの時間を山の中で、ほぼ一人きりで何年も過ごさなければいけないんだもの。普通は嫌がるよね。よっぽど信仰心のある人間でもないとね……。でもね私は……。
巫女となる女の子は何でも望みを一つ叶えてもらえる。任期終了後に希望の職業に就くでもいいし、婚約者を縛り付けるでもいいし、実家の借金を帳消しにするでもいいし……。とにかく可能な願いなら、ほぼ何でも叶うのだ。私の願いはただ一つ!もちろんクロード様との婚約解消だ!
「とにかく、私がこのお役目を受ける際に叶えていただきたい願いは、私に関する縁談の凍結です。もちろんクロード様との婚約関係は解消していただきます。お父様、よろしくお願いいたします」
「…………わかった」
お父様は神妙な顔で頷いて下さった。良かった、お金を積んで神託を買うなんて言われなくて。お父様は真面目が服を着て歩いているような方だから、あまり心配してなかったけどね。
「…………っ」
クロード様は私の言葉を聞いて腰を浮かせた。珍しく焦っているように見えるけれど、やはり無言だった。困るんだろうな、やっぱり。私がいなくなればシャルロットに会う口実が無くなってしまうものね。でも、そんなことは私は知らない。もう、関係ないんだ。だって、星汲みの巫女に身分は関係ないのだから。私は晴れ晴れとした気持ちで、でも顔はなるべく無表情のまま、みんなの前で頭を下げた。
「では、出発は三日後ですので荷物を纏めて参ります。失礼いたします」
私は嬉しくて廊下をスキップしたいくらいだったけど、何とかおさえたよ。部屋に戻って着替えやお気に入りの小物や文房具、そしてスケッチブックなどをウキウキしながら鞄に詰めた。持っていける荷物は鞄一つ分だけだ。そうだ、あとこれも。古代語で書かれたお気に入りの本と古代語の辞書!何故かうちの書庫にあったのをお父様から貰ったんだ。これくらいなら持っていけるかな?
あ、明日は王立学園へ行って友人達にお別れを言ってこよう……。何だか少し悲しくなってきちゃった。もう、しばらくみんなとおしゃべりしたり、お茶会したり、買い物したりできなくなるんだ……。そっか……。でも!やっぱりあのクロード様と一生一緒に暮らすことになるよりはずっといい。何年か頑張ればまたみんなに会えるんだから。
「セレスト!聞いたわ。本当なの?」
「レベッカ……、うん本当よ。明後日には神殿へ出発するの」
「そんな……!酷いわ、こんなことって!」
次の朝、学園へ行くとみんな私が星汲みの巫女に選ばれたことを知っていた。みんな情報が早いなぁ……。友人達には同情をされたが、自分が選ばれなかったことにホッとしている感じもあった。ただ、幼馴染のレベッカだけはお母さまや、シャルロットのように泣いて怒ってくれた。
「大丈夫よ。上手くいけば、三年で戻って来られるもの」
「でも!」
「心配しないで。婚約解消も出来るし、本当に良かったわ」
「……それ、本気なの?本当にいいの?クロード様、誰かに取られてしまうわよ?」
レベッカはとても心配そうにそう言った。
「レベッカは知ってるでしょう?私がずっと婚約を解消したかったってこと。私、あなたにはずっと相談してたんだもの」
「ええ、わかってるわ。それでもよ!クロード様に待っていていただいた方がいいんじゃない?」
私は頭を振った。
「レベッカ、これはチャンスなの。私、あの方から自由になりたいの」
「…………そう」
この日の授業が終わった後、私はレベッカにお別れを言った。
「じゃあ、またね、レベッカ。手紙書くね」
「ええ、私も書くわ。セレスト、どうかお元気でね」
レベッカは目に涙を浮かべて別れを惜しんでくれた。
こうして私は通うのは最後になるだろう学園と、友人や親友と別れを済ませた。そして二日後、私はユーリア様の神殿、通称「星の泉の神殿」へ旅立つことになったのだった。
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