表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/33

1 婚約の解消をお願いします 

来ていただいてありがとうございます。



私、セレスト・バリエの目の前には深い青色の紙に銀色の星々の紋章の箔押しの封書がある。私の部屋の中には私一人。誰もいない……。


「…………やった!これで婚約を解消してもらえる!ありがとう!神様っ」


両手をグッと握りこんで力の限り叫んだ。小声だったけど……。









「はぁ……」

私は朝から何度目かのため息をついた。今日はお茶会の日なのだ。私の婚約者様がこのバリエ伯爵家へやって来る日。月に一度の私の一番憂鬱な日。この月一回のお茶会は私たちの婚約が決まった三年前から始まった。私とオラール侯爵家の次男クロード様の。建前上は彼は私に会いに来るのだけれど、彼は私とはほとんど会話をすることは無い。彼が嬉しそうに話すのは私の妹のシャルロットだけなのだ。


バリエ伯爵家の温室に用意されたテーブルには私を含めて四人の男女が座っている。アルベリク第三王子殿下と私の婚約者のクロード・オラール様、妹のシャルロット・バリエ、そして私だ。温室の管理はとても行き届いていて、私はああ、花がきれいだなーなんて思いながら黙ってお茶を飲んでいた。

「セレストは相変わらず物静かだね。とても落ち着いていて私より年下には見えないな」

私に話しかけて下さったのは、アルベリク王子殿下だ。見事な金髪に黄金の瞳、優しそうな笑顔がとても印象的な美青年でいらっしゃる。彼はこの青の王国の第三王子殿下で、私の妹、シャルロットの婚約者なのだ。


「恐れ入ります、殿下」

私はなるべにこやかに返事をした。こうやって王子殿下や妹のシャルロットは私にも話を振ってくれるのだが、クロード様が私に話しかけることも私との会話に応じることも無い。大体三人で和やかに会話しているのを私が黙って聞いているという構図が約一年前から続いているのだ。今日も三人だけの会話が進んでいく。私は聞き流しながら最初の顔合わせの日を思い出していた。




クロード様と初めてお会いしたのは三年前、私が十三歳の時だ。婚約が決まったと両親に告げられた私は、お会いする前の晩から楽しみでドキドキして中々眠れなかった。侯爵家からの打診だったので、自分を選んでもらえたのでは?と勘違いしたのだ。黒髪に灰色の瞳で私より二歳年上のクロード様はとてもかっこよくて、私は舞い上がってしまった。退屈させないようにと用意した会話リストを思い出しながら、一生懸命会話を続けた。思えば、クロード様は相槌を時々打つだけでほとんど話しかけてくれることは無かった。


そして二人きりになったときに最初に言われたのが

「君の話はつまらないな」

だった。

「……申し訳ありませんでした」

私は頭を下げるしかなかった。


その後は月一回のお茶会で、なるべくクロード様の興味を引くような話題を出そうと努力したけど、ことごとく撃沈。仲良くなろうとした私の努力は報われることは無かった。挙句、

「女性の声は耳障りであまり好きじゃない。静かにしていてほしい」

と、とどめの一言をいただいた。その後はひたすら無言のお茶会が何回か続いた。これは本当に辛かった。


その状況が変わるのは、何回目かのお茶会の日。


応接室から男の人の笑い声がするのだ。そっと覗くと、クロード様が私の妹のシャルロットと笑い合っていた。シャルロットはくすんだ銀髪の私と違って明るい銀色の髪で、薄い空色の瞳の私と違って美しい菫色の瞳をしていて、まあ要するに私と違ってとても綺麗な女の子だった。おまけに無邪気で性格もとても良い。私は妹に嫉妬しても良かったのだろうけれど、嫉妬するほどにクロード様にもう興味が持てなくなっていた。元々好きだったわけでもないし……。だから、お茶会の席にシャルロットに同席してもらうように頼んだ。だって、自分を嫌がっている人と黙ってお茶を飲み続けるのは本当に嫌だったから。快諾してくれた私の妹は本当にかわいいと思う。本当に感謝しかない。二人はこんなに仲が良いのだから、そのうちに私との婚約を解消して、シャルロットと婚約し直してくれるだろうと私は気楽に考えるようになった。


そんな状況が更に変わったのが一年前だ。


私の住んでいる青の王国には魔力を持つ人間が生まれる。私にも魔力がある。少しの間だけ光を灯すことが出来る、いわゆる光の魔術が使えるのだ。まあ、あまり何かの役には立たないかもだけど……。一年前、妹のシャルロットに癒しと浄化の力があることがわかったのだ。癒しと浄化の力はめったに持つ者がいない貴重な能力だから、青の王国が動いた。シャルロットはまだ婚約者のいなかったアルベルク第三王子に迎えられることになってしまったのだ。私は絶望した。クロード様は何で早く婚約者を妹に変えてくれなかったのかって……。私の家の方が身分が低いから、私から婚約者を変えてほしいなんて言えなかったのに……。





そんなこんなで今に至る。あ、カップが空っぽになってしまった……。メイドさんが気を利かせてお茶を継ぎ足してくれた。

「ありがとう」

私はにこやかに笑った。いけない、いけない。このペースでお茶ばかり飲んでたらお腹がちゃぷちゃぷになっちゃう……。ペース配分、ペース配分。


ちなみに何で四人でのお茶会になっているのかというと、アルベルク第三王子殿下とクロード様は親友なのだそうで、王子様と妹の婚約が決まってからは、クロード様は王子様に合わせてバリエ家に一緒に来るようになったからだ。そして、お茶会もどこかへ出かけるのにも四人一緒になった。それまではクロード様とどこかへ出かけることなんて全くなかったのだけどね。クロード様はお茶会(義務)を果たすと殆ど私の方も見ないで帰っていったから。そうして、私はいつも、どこでも三人が楽しそうに笑い合っているのを同じテーブルで、三人の後ろから、ただ黙って見ているようになったのだった。







いい加減、このつまらないお茶会お開きにならないかなーなんて、表情には決して出さずに考えていたら、我が家の執事さんが珍しく慌てたように温室へやって来た。

「おくつろぎのところ、大変失礼いたします。セレストお嬢様、至急旦那様の書斎へおいでになって下さい」

この場には第三王子殿下もいらっしゃるのに、この執事さんの様子に私はただならないものを感じ、私は丁寧に謝罪してお茶会を中座した。お父様の書斎に入ると険しい表情をしたお父様のバリエ伯爵と、涙を流しているお母さま。そしてお父様の机の上には深い青色の封書があった。お父様が私に渡したその青い封書には、銀色の星々の紋章があった。


「これは……、もしかして私が選ばれたのですか?次の星汲みの巫女に」


お父様は目を伏せた。お母さまは顔を手で覆った。執事さんは押し黙っている。どうやら当たりみたいだ。重い空気が流れる中、私の頭の中にはお花が咲き誇っていた。何なら祝福の鐘も鳴り響いている。もちろん表情には出さない。ああ、ここ何年かでこの表情に出さないっていうの、得意になっちゃったよ、私……。でも、やった、やったよ!これでクロード様との婚約を解消できる!神様、本当にありがとう!


私は封書を胸に抱きしめ、俯いて悲しそうに見えるようにしながら

「わ、私、少しお部屋に戻っても?」

などと言ってみた。お父様は悲し気に笑って、

「ああ、少し部屋で落ち着いてきなさい。また後で話をしよう」

と言って下さったので、私は足早に部屋に戻ったのだった。


笑い出さないようにすっごく気を付けながら。







ここまでお読みいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ