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感想、誤字脱字の報告ありがとうございます★

お楽しみいただけると幸いです。


6話と7話にかけて、子どもの亡くなる描写があります。

苦手な方はお気をつけ下さい。

 ハル・イジーは幼い頃から、神童と呼ばれていた。

 ハルにとって勉強は簡単すぎて、しかも大抵の事は一度で身に付いた。身体能力にも恵まれていたから、剣も魔術も負けなしで、周りから天才だ奇跡だと称賛されるのは当たり前だった。


 家は古くから続く由緒正しい子爵家であり、割と裕福だったので金に困った事はない。母親似の顔立ちは人形の様に整っていると褒めそやされ、女性にも非常に受けが良かったが、ハルにとっては寄り集まってくる女どもは鬱陶しいだけの存在だった。きゃあきゃあと騒ぐ女たちに表面上は愛想を振りまきながら、道端の石ころ程の興味も持てなかった。ハルにとって、どの女性も同じ顔にしか見えず、区別などつかなかった。


 ハルは幼い頃から、自分の人生に飽き飽きしていた。勉強も運動も努力する前に身についてしまう。金にも女性にも困らない。望んだことは苦労もなく全て満たされる。そんな人生になんの楽しみがあるのか。

 

 父は長年、侯爵家の家令として働き、真面目一筋で仕えていたが、それ以外、特出することは何もなかった。仕えている侯爵家も家格はそれほど高くなく、中堅どころの、これと言って目立つことも劣る事もない貴族家だった。

 父からは何も言われた事はなかったが、将来は父の後を継いで家令として勤めることを望まれていると思っていた。だが。ハルはそんな決まりきった将来を受け入れるつもりはなかった。子爵家の後継ぎには幸いにも双子の弟妹がいる。ハルが無理に継ぐ必要もないのだ。

 貴族という立場を捨てる事になっても、自分の身一つでどこまでやれるか、試したいと思っていた。

 そうすれば、つまらない平坦な自分の人生が、彩られるのではないかと思っていた。


 イジー家は侯爵家の敷地内に屋敷を賜っていた。父は侯爵家に部屋を与えられていたので、週に一度ぐらいしか屋敷には帰ってこなかったが、母や俺、年の離れた双子の弟妹はその屋敷に住んでいた。幼い頃から侯爵様や奥方様とは顔を合わせていたが、侯爵家の子どもたちは、ある程度の年齢まで領地で過ごすのが習わしだったので、会ったことは一度もなかった。


 ハルが初めて侯爵家の子どもに会ったのは、彼が12歳の時だった。ラース侯爵家の子どもは二人。嫡男のハリーは一つ下の11歳、娘のエリスは僅か5歳だった。今日から屋敷で一緒に住むことになったのよ、と侯爵夫人に紹介された時、ハルは正直、面倒だなと思った。当時の彼にとって、同年代の子どもは幼稚すぎて話が合わず、ましてや5歳の子など、うるさく泣くだけで会話にもならないだろう。

 いくら主家の子どもだからといって、子守りなどごめんだった。双子に押し付けたくとも、まだよちよち歩きの赤ん坊なので、5歳の子の相手は不可能だ。13歳になれば学園に通う事が出来るが、いっそすぐに試験を受けて、特別入学をしてしまおうかと本気で考えた。


 ハリーもエリスも、侯爵家の子とはいえ、特に目立つ容姿もしておらず、侯爵様や奥様に似た、物静かなタイプだった。ハルや双子との顔合わせにも『宜しくね』と一言述べるのみで、話しかけてくる事もなかった。


 その後のハルの生活は、危惧していた様に子守りに明け暮れる事はなかった。ハリーやエリスと一緒に遊ぶ様にとか、面倒を見るようになどと、父母からも侯爵夫妻からも命じられる事はなかったし、敷地内とはいえ別の家なので、そもそも二人と顔を合わせる事はなかった。子どもがいる筈の侯爵邸は、不思議な事に以前のままの粛々とした静けさを保っていた。


 そんな日々を過ごす中。王都内は暗い雰囲気が漂っていた。

 子どもが行方不明になる事件が頻発していたのだ。貴族の子だろうと貧民街の子だろうと関係なく、ある日忽然と姿を消してしまうのだ。

 ハルの母はこの事件を知ると、ハルにも『一人で出かけるな、怪しい人には近づくな』と口酸っぱく注意していた。双子は幼過ぎて屋敷から出る事は無いが、イジー家も屋敷の警備の人間を増やして警戒していた。消えた子どもたちが皆一様に綺麗な顔立ちだったせいもあるだろう。ハルも双子も、人の目を惹く容貌だったので、母は特に心配していた。


 だがハルは、母の言葉に殊勝に頷くふりをして適当に聞き流していた。魔術や武術も家庭教師に神童だと褒められるぐらい上達している。たとえ人攫いとやらに遭遇しても、簡単に返り討ちにしてやれると思い込んでいたからだ。人攫いなど、自分には関係はないと。


 ハルはある日、護衛を撒いて、一人ふらふらと街を歩いていた。半分はいつもの気まぐれで、半分は人攫いに遭遇したら捕まえてやるぐらいの気持ちで。いずれイジー家を出て独り立ちした時に、人攫いを捕まえたという功績があれば、箔がつくと思っていた。


 ハルが人気のない路地を歩いていた時だった。シュルシュルッと鋭い音がしたと思ったら、ハルの手足に黒いロープが絡みついていた。驚き、魔術を展開しようとするが、上手くいかない。そうしている間に、身体もぐるぐる巻きにされ、ハルは呆気なく誘拐されてしまったのだ。

 

 縛られたハルは荷物の様に馬車に放り込まれた。しばらくガタゴト揺れながら運ばれ、着いたのは森の中にぽつんとある、薄汚い家だった。全く見覚えのない場所で、周囲はすっかり暗くなっていた。ハルを捕まえた男は、貧相な魔術師だった。その細い身体のどこにそんな力があるのか、もがくハルを物ともせず、乱暴に屋敷の中に引きずって行った。屋敷の中には魔術師の仲間だろうか、数人の屈強な男たちがいた。


「見ろよ!こいつは今までで一番の上玉だ!高値で売れるぞ!」


 魔術師が、ハルの髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。仲間たちから、おおっと感嘆の声が漏れる。魔術師は、その骨ばった手でハルの顔を撫で、得意気に笑っていた。


「おい、お前。貴族の坊ちゃんだろう?身なりがいいもんなぁ。あの時魔術を発動しようとしただろう。魔術の心得があるのか?上等な剣も腰にぶら下げて、少しは扱えるのか?パパとママは褒めてくれるんだろう?出来のいい息子でよぉ。でも残念だったなぁ、俺の様な本物の魔術師には敵わねえんだよ。折角貴族に生まれたのに、残念だったなぁ。世間の苦労なんて、なぁんにも知らないで、良い気になっていたんだろう?だがなぁ、お前はこれから隷属の首輪をつけられて、子ども好きの変態に一生飼われるんだよ。世間はそんなに甘くねぇんだよ。今まで楽しく幸せに暮らしていたツケを、これからの人生で払っていけよ!良い気味だぁ!ぎゃっはっはっはっ!」


 男は酒臭い息をハルに吹きかけながら笑っていた。ハルはすっかり動揺して、いつもの余裕のある表情は掻き消えていた。こんな扱いを受けるのは初めてだった。そして男の言葉に、身体が震えるのを止められなかった。

 隷属の首輪。人身売買が禁じられたロメオ王国では、販売禁止の品だ。これをつけられると、主人と登録された相手に絶対服従となる。どんなに強い魔術師だろうが剣士だろうが、主人の言う事には逆らえなくなるのだ。そんな首輪をつけられ、売られたら。どんなおぞましい目に遭うか、想像に難くない。


「うー!うー!」


 ハルは逃げ出そうと必死に身体を動かしたが、黒いロープがまるで意思があるようにぎゅうぎゅうと拘束を強めて来た。このロープも気味が悪い。魔力を帯びていて、ハルの魔術を封じている。こんなもの、見たことも聞いたこともない。男はそんなハルを見て、手を叩いて楽しそうに嘲笑していた。


 男が部屋から出ていく。諦め悪く暴れていたが、縄が食い込むだけだった。ハルの心が焦りと絶望で染まっていく。助けは来るのか。このまま売られるのか。これからどうなるのか。

 恐怖の余り、ハーハーと息が荒くなった。どうにかして逃げられないかと部屋の中を見回して、そして、そこでようやく気が付いた。


 部屋の隅に、ハルと同じように縛られた子どもがいた。二人だ。ボサボサの蒼髪、薄汚れた身なり、ガリガリに痩せ、異臭の漂う身体。しかし、顔立ちは二人とも綺麗だった。よく似ているので、兄弟なのかもしれない。

 二人は、コソリとも動かなかった。二人とも目を閉じ、力なく横たわっている。生きているのか、死んでいるのかも分からなかった。


 ハルはぞっと背筋が寒くなるのを感じた。あれはハルの未来だ。ああして痩せこけて薄汚れて、抵抗の気力も失って。生きたまま死んだような人生を送ることになるのだ。


 ハルは未来に抵抗するように、必死で身体を揺すった。バタンバタンと音がする。部屋の外から「うるせぇ!静かにしろ!」と何度も怒鳴られても、やめる事は出来なかった。

 這いずる様に身体を揺すっていたら、とうとう音に苛立った魔術師が部屋に戻って来た。ハルを殴りつけ、蹴り上げる。売る時に価値が下がらないようにと顔だけは殴られなかったが、腹や背中を殴られ、痛みと圧迫感で激しく咳き込んだ。


「往生際の悪いガキだな。これで少しは大人しくなるだろう」


 仕上げとばかりに魔術師がうつ伏せになって動けないハルの背中を踏みつける。痩せているとはいえ、大の男の力に、ハルは息も出来ずに呻いた。


「どんなに足掻いても、お前は逃げられないんだよ。分かったか?」


 魔術師の歪んだ笑顔に、ハルの目の前は真っ暗になった。

 

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★【書籍化作品】「追放聖女の勝ち上がりライフ」

★【書籍化進行中】「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。」

★ 短編「女神様がやっちまいなと思し召しです」「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!アンソロジーコミック8」にてコミカライズ


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