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誤字脱字報告、ありがとうございます。
大変助かります★
レイアが誘拐される数日前。
ラース侯爵家にはエリフィスの姿があった。不機嫌だったが、ハルは妨害もせずにエリフィスを迎え、大人しくエリスの元に案内する。
「我が君。誘拐事件について、新たな事がわかりました」
王都での誘拐事件を別として考えた時、誘拐された者たちの出身地や住んでいる場所は、いくつかの領地に限定されていた。偶然とは思えない偏りだった。
「それぞれの領地の領主たちは、派閥もバラバラです。特に交流が深いという訳でもありません。この領地の人間が狙われる理由があるのでしょうか?例えば、犯人の拠点がこの領地の近くにあるとか……」
だがそれでは、被害が起こっている領地に挟まれている地域で事件が起こっていない事の説明がつかない。ここにきて、エリフィスは行き詰っていた。
「ふん、無能め。ここまで調べたくせに、結局役に立たないじゃないか」
ハルに無表情に罵られ、エリフィスは青筋を浮かべてハルを睨みつける。
「じゃあお前に分かるのか、狂犬執事」
「ぐっ」
二人の諍いにも動じず、エリスはエリフィスがまとめた書類に目を通していた。確かに、誘拐された者たちに大した共通項は見当たらなかった。平民であることと、魔力量が多いと推察される事だけ。それ以外は、年齢も性別もバラバラだ。
「ねぇ、エリフィス。これほど多くの誘拐事件が、騒ぎになっていないのよね?」
「ええ、とくには。被害者には孤児や、身寄りが無い者、元罪人も多いですから」
心配する者、探す者が少ないため、騒ぎになりにくいのだ。
「そう。元罪人も……」
エリスはジッと書類を見ながら考え込む。
「共通点、分かったかもしれないわ」
「え?」
エリスの言葉に、エリフィスは目を丸くした。エリスはほんの少し書類を読んだだけだ。それなのに、共通項が分かるのか?
「前に貴方が来た時に話していたでしょう?人身売買禁止法の厳罰化の事を。誘拐事件が起きているのは、その反対派の貴族たちの領地ではなくて?」
エリフィスは書類をエリスから受け取り、事件の起きている地域を確認した。確かに全て反対派として名を連ねる貴族家の領地だった。
人身売買禁止法の厳罰化について、法務省は今、賛成派の貴族たちへ、最後の根回しを必死に行っている。これが可決されれば、人身売買を行った者だけでなく、客として奴隷を購入した者、売買に協力した者など、全て連座で罪に科せられることになる。
「それに、貴方が調べて来た元罪人たち、ちょっとおかしくないかしら。なぜこんなに早く釈放されているの?領地によって罰則は違うとはいえ、これだけの罪を犯していながら、一月ほどで釈放されているわ。同じ罪を犯せば、ラース侯爵領なら、数年は収監される罪科よ」
「た、確かに」
元罪人たちは、罪の重さに関わらず、皆、収監されてすぐに釈放されていた。元罪人たちが罰せられた領地の刑罰が軽いなどと聞いたことはない。多少の差はあるかもしれないが、ここまで顕著なのはおかしい。
「領内の罪人の量刑を決めるのは、領主でしょう?この罪人たちは、罪を軽減してもらえる様な、特別な事情があったのかしら」
例えば罪を犯していたとしても、それを上回る功績があれば、罪が軽減されることがある。だが、エリフィスが調べた限り、この罪人たちにそんな特別な事情はなかった。
「まさか……。わざと軽い処分にして、解き放った後に攫ったのですか?」
「あり得るわよ。罪人を収監しておくのも、お金がかかるもの。解き放った後に攫って売り払えば、経費削減にもなるし、収入にもなるでしょう」
淡々としたエリスの言葉には、嘲りの響きがあった。そのゾッとするような冷たさに、エリフィスの背が冷える。
「さすがエリス様。見事なご慧眼です。ああ。その美しくも冷たい瞳に、私も全て見透かされたい」
一方のハルは、エリスの冷たい眼差しに頬を紅潮させ、身悶えていた。はぁはぁと息も荒くなり、別の意味でエリフィスは寒気を感じた。
「発言と態度が気持ち悪いわ、ハル」
「エリス様への愛が溢れて、止められそうにありません。お気になさらないで下さい」
止めるつもりもなさそうな専属執事に、エリスからはため息が漏れる。
「エリフィス、ハル。この領主たちの屋敷を探っていらっしゃい。何か出て来るかもしれないわ」
エリスの命に、エリフィスとハルは即座に従った。一流の魔術師であるエリフィスと、狂犬であるハルにとって、隠密魔術や探索魔術はお手の物である。そしてエリスの忠実な僕である二人にとって、主の命は絶対。貴族家の屋敷に忍び込むなど、死罪相当の罪ではあるが、そこに躊躇いなど全くなかった。
数時間後、転移魔術を駆使して、全ての領地の領主宅に忍び込んだエリフィスとハルは、ホクホク顔で土産を持ち帰った。
「我が君。流石です。全ての領主宅から、証拠の品が出ました。全部盗んで参りました」
「誘拐の実行犯の組織も分かりましたよ!」
エリスの予想した通りだった。領主たちの屋敷には、領主たちが自ら身寄りのない領民や罪人を売り飛ばしていた証拠や、裏で人身売買組織と取引をしていた証拠がたんまり隠されていた。
「ドーグ・バレ?……まぁ、ホホホ。怖くてっ、ふふ、素敵な組織名ね」
まるで子どもがごっこ遊びで付ける悪の組織の様な名前に、エリスは笑いを漏らす。組織名を調べたエリフィスは、まるで自分が笑われているように感じて、顔が赤くなった。
「それから、もう一つ、ご報告が」
エリフィスは表情を改め、その場に跪いた。じっとエリスを見つめ、静かに告げる。
「ドーグ・バレの首領が、我が君がお探しのものを所持しておりました」
エリフィスはそれを確認したとき、必死に理性をかき集めて、その場に留まった。拠点には男の他にも仲間がおり、そして攫われてきたのであろう、数人の被害者がいた。被害者たちの姿が、無力だった頃の自分と弟に見えた。もしもあの場でエリフィスが男と対面したら、間違いなく殺してしまっただろう。それは、避けるべきだと判断したのだ。
エリフィスのその言葉に、エリスは僅かに目を見開く。
「……そう」
監視魔術だけを付けて、自分の元に戻ったエリフィスに、エリスは哀惜の篭った視線を向ける。
「よく我慢出来たわね」
エリスに頭を撫でられ、エリフィスは罪悪感に駆られた。
エリスは知らないのだ。エリフィスがどれほど利己的で、身勝手な理由で動いているかなんて。
弟の仇を取りたいなんて、そんな美談ではない。
ただ、エリフィスは自己満足の為に、動いているに過ぎない。
「魔道具を持っているという事は、やはり、あの時の事件の関係者だったようね。それじゃあ、わたくしの物は、返して貰わなくてはね」
エリスの言葉に、エリフィスは物思いから覚めた。
そうだ。自分の事など、どうでもいい。やっと、ここまで来たのだから。
エリフィスとハルがここまで調べ上げたのにかかった時間は僅か数日。とっかかりを見つければ、10年も進展がなかったのが嘘のように、事件は解決に向かっている。
あと少しで。あともう少しで、エリフィスの願いは叶う。それまでは、気を抜くわけにはいかない。
「我が君……。こちらをご覧ください」
エリフィスは気を引き締め、ドーグ・バレから持ち出した証拠をエリスに示した。
証拠を見た、エリスの表情が変わる。
「まぁ……。以前は魔力量の多い者を攫って、貴族に売りつけていただけだったけど。今回はさらに非道な事をしているのね?これは随分前に各国で禁止された、人間から魔力を取り出す、禁呪の道具ではなくて?」
見覚えのある器具に、エリスは嫌悪感が募った。こんな前時代的な器具を使うなんて。なんて効率の悪い事をするのか。
「あらまぁ。それに、随分と立派な黒幕がいるのね。こんな悪事に関わっているのが世間に知られたら、この方、お立場が悪くなるのではないかしら?でもこれは……。勝手に動いては怒られてしまうわ。捕物には、陛下の許可を頂かなくては」
「……すべてご説明なさるのですか?」
唇を尖らせ、不満そうなエリフィスに、エリスは笑って首を振った。
「うふふ。もちろん、悪い子を捕まえてから、陛下には全てご説明するわ。先に頂くのは、捕縛の許可だけよ。面倒だもの」
「それがよろしいかと」
黒幕が大物だけに、全て報告して、国王から手を出すな、などと言われては困る。国王は意外に小心者なのだ。
「邪魔をするなら、私が黙らせます」
「ハル、王族に無茶な事をしては駄目よ?一応、まだ、存在していてもらわないと面倒なの」
殺る気満々のハルに、エリスは釘を刺す。ハルは「証拠など何も残しませんよ?」と不満そうだが、エリスは決して許可しなかった。
「それから、我が君。こちらは、どういたしましょうか……」
エリフィスが困惑気味に示した書類。それは、エリスのクラスメイトであるレイア・パーカーの家について、入念に調べ上げた調査書だった。しかも、ドーグ・バレは動物の血液を擦り付けた脅迫状を送りつけるといった嫌がらせまでしている様だ。
「法案を潰すために、法務大臣を脅す事が目的かしら?よっぽど厳罰化が困るようね」
あの謹厳実直で忠義者の法務大臣が、脅されたぐらいで折れるとも思えなかったが。法案が通れば自分の立場が危うい黒幕と、連座制を恐れた貴族家から嫌がらせをするよう、命じられたのだろうか。犯罪組織というのも、意外と大変なのだなと、エリスは同情した。
「念のため、パーカー侯爵家にも見張りを付けましょうか。手紙の嫌がらせだけとも限らないでしょう。侯爵家に、忍び込むほど、愚かではないと思うのだけど」
エリスは悩みながらも、そう言った。別に助ける義理は無いのだが、パーカー侯爵には娘のレイアとの一件で、思いがけぬ心労を与えてしまった事だし。ちょっとしたお詫びのつもりだった。
「仰せのままに、我が君」
エリフィスの姿が掻き消え、パーカー侯爵家に監視魔術が施された。エリスも、ドーグ・バレが現職の法務大臣を襲うほど愚かではないだろうと思っていたので、念のためにとった処置だった。しかし。
監視を続けていると、パーカー侯爵家内で、パーカー侯爵とレイア嬢が揉め。翌朝、護衛を付けずに家を抜け出したレイアの事を知り、エリスが、彼女の後を追いかけた。
エリスはどうせなら、レイアに協力してドーグ・バレを一網打尽にしようと、ハルとエリフィスを連れて出掛けた。念のため、敵が魔法省の副長官であるエリフィスを知っている可能性を考えて、エリフィスの髪を幻影魔法で金髪に変えさせ、エリスの護衛の様に装った。
しかしあっさりとレイアが敵の手に捕まってしまい、仕方なく彼女と丁度行き会わせた振りをして、エリスたちも敵に一緒に捕まったのだ。
「あら?レイア様、あっさり捕まってしまったわ。凄く怯えているわね、あんなに勇ましく悪を滅するのだと仰っていたのに。わたくし、捕縛のお手伝いをしようと思っていたのよ?」
戸惑うエリスに、エリフィスはコソッと囁いた。
「我が君。普通のご令嬢に、悪を滅するほどの力はございませんよ。本気でその様にお考えになっていたのですか?」
「だって。監視魔術で見たけど、レイア様、ものすごくやる気に満ち溢れていたのよ。応援してあげたくなるじゃない」
「……」
優秀な主人なのだが、普通のご令嬢をやはり掴み切れていないようだと、エリフィスは深いため息を吐くのだった。
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