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「へ、へ、へ、へい、陛下。お取り成し頂けたでしょうか?」


 ここ数日ですっかりやつれたパーカー侯爵に、国王は苦笑いしながら頷いた。パーカー侯爵家には朝一で知らせを送ったのに、その使者が戻らぬうちに謁見の申請が届いた。よほど気掛かりだったのだろう。


「ああ。気遣いは不要と返事があったぞ」


 国王のその言葉に、パーカー侯爵は力が抜けた様に、その場に崩れ落ちた。


「だから、心配などいらんと言ったであろう。あの者たちは、多少の非難ぐらいなら、気にはせんと」


 しかも今回は、まだ学生の身である令嬢同士の諍いだ。シェリルの話では、エリスは学園生活の一場面として、楽しんですらいたらしい。


「ですが!『紋章の家に触れるなかれ』とは、陛下よりこの地位を賜った際に念を押された事でございましたからっ」


 へたり込んだまま浅い呼吸を繰り返すパーカー侯爵に、国王は視線を逸らした。


「あー……。そうだったなぁ。其方が大臣の任に就いた頃に、ちょっとあの家と揉めた事があったからなぁ」


 あの時。ある事件をめぐって、ラース侯爵家と王家は揉めてしまったのだ。非は間違いなく、王家にあった。


「あの時のラース家は恐ろしかったからなぁ。そうそう、怒っていたのは、まだ幼かった令嬢で……」

 

 当時の事を思い出し、国王はブルリと震えた。

 まだ国王も若く、野心もあった若い頃の話だ。ついつい欲を出し過ぎて、ラース侯爵家に踏み込み過ぎた。

 ラース侯爵は鷹揚に許してくれた。だが、彼の様に、全ての者が寛大だったわけではない。


 特にまだほんの幼子であった令嬢の怒りは凄まじく。国王は初めて身が竦むような恐怖を感じた。冷ややかな微笑みと、子ども特有の残酷さと、大人顔負けの容赦ない責め。まぁまぁと宥める父親の言葉など聞き入れず、確実に、完璧に、こちらの心を折ってきた。


「……いや。気にする必要はないなどと、軽く扱って悪かったな。そうだな、この辺の礼儀は、きちんとしておかんと」


 あの悪夢の再来はご免である。『紋章の家には触れるなかれ』。大変重要な言葉だ。

 

「エリス嬢の卒業まで、お前の娘にあの家の事を話すのは得策でない。エリス嬢は、あくまで平凡な日常を望んでいるからな。……才があるとはいえ、他家を軽んじる態度は改めるよう、娘には、よく言って聞かせるのだな」


「は。それは十分に」


 深く深く頷くパーカー侯爵に、王は同情した。勝ち気と聞く侯爵の娘は、確かエリス嬢と同学年だったと記憶している。卒業の時まで、まだ二年あるのだ。生きた心地はしないだろう。


「さて、パーカー侯爵よ。これで憂いは晴れたであろう。其方に命じた例の件はどうなっている?」


 気分を変える様に調子を改めた王の言葉に、パーカー侯爵はキリリと背を伸ばした。先ほどまでの弱気な顔は失せ、いつもの法務大臣の顔に戻る。厳格で実直。代々法務を司る名家の長らしく、仕事の話となると一切の私情は挟まない。


「は。貴族会への上程は予定通りでございます。見込みでは賛成可決の可能性が高いと」


「反対票も多いようだな」


「はい。他国には、犯罪奴隷の活用の例がございますから。牢で罪人を遊ばせておくぐらいなら、奴隷として売り買いしたほうが有効活用できると」


「ふむ。しかし、重罪人の鉱山での強制労働は現在も刑の一つとして行っている。軽犯罪の罪人を売り買いしたいということか。それでは貧しさゆえにパン一つ盗んだ子どもも、その対象になってしまうな」


 ロメオ王国では奴隷等の人身売買が禁止されて久しいが、奴隷制度の復活を望む声も多い。主に貴族や富裕層の商人からの意見ではあるが、労働力を安く手に入れる事が出来るのがその理由だ。


「禁止される前は、違法に闇で取引される者も多かった。少し見目がいいだけで、女子どもが攫われる。そんな時代に逆戻りするつもりか」


 禁止されている今でも、攫われ売られる者は多い。隣国のジラーズ王国の情勢も継承問題で安定を欠き、治安が悪化している今、王は人身売買禁止法の厳罰化を決めたのだが。


「隣国の第二王子は、余の意見に賛同してくれていての。どうにかあの王子に、王位を継いでほしいものだが」


 表立って第二王子の継承を望めば、内政干渉を疑われるため沈黙を貫いているのだが。いい加減、隣国の余波でこちらの国にまで被害を被るのは防ぎたい。それもあっての厳罰化だ。人身売買肯定派の第一王子にも、影響は少なくないだろう。

 大体、第一王子が第二王子より優れているのはその血筋だけだ。第一王子は、隣国の王と公爵家出身の正妃の間に生まれた子。第二王子は側妃の子であるが、側妃の身分は他の公爵家の娘。粗暴で高慢で無能な第一王子と、穏やかで人望があり優秀な第二王子。第一子であるが故に第一王子が継承権第一位ではあるが、資質で言えば第二王子が相応しいと言われている。


「あの第一王子が王となってみろ。すぐにウチに戦を吹っ掛けて来るぞ」


 内政がごたごたしている様な国に負ける気はないが、戦となるととにかく金が掛かる。負けなくても犠牲者は出るだろうし、国の士気も下がるし、他国からも隙を狙われる。戦ほど無駄な事はないと、国王は考えている。


「貴族会でこの法がまとまらなければ、余が勅命で通す。だが、貴族会を重んじる『賢王』としては、それは最後の手段だ」


 王は片目を瞑って茶化した様に笑うが、パーカー侯爵はまるで死地に赴く兵の様に重々しく頷く。


「は。そのような事は決して。この命に代えましても、貴族会での可決をもぎ取って見せます」


「……いやいや。あまり無理はするな。これは余が望む事である。貴族会への根回しは頑張って欲しいが、命までは懸ける必要はないぞ。お前は我が国になくてはならないからな」


 謹厳実直が過ぎる法務大臣に、王は眉間に皺を寄せて窘めた。


◇◇◇


 王の前を辞したパーカー侯爵は、ほっと息を吐いて王場内の執務室に向かった。

 足早に歩く彼の眉間には、深い皺が刻まれたままだ。

  

 『紋章の家』との揉め事は回避されたが、パーカー侯爵の懸念は一つではない。

 王から命じられている、重大な任務である、人身売買禁止法の厳罰化。王に報告した通り、反対意見はあるものの、貴族会での可決の目処は立っている。ある意味、貴族とは人気商売だ。表立って人身売買に賛成すると、他家や領民からの視線は厳しいものになる。そのため、賛成意見の方が多い。

 だが、人身売買は益も多いものだ。それで潤う有象無象の者にとって、今回の厳罰化は痛手になる。特に、ロメオ王国のこの動きにより、隣国の第二王子派が一気に有利に傾く可能性も高い。それを第一王子派が、ロメオ王国内の事といえど見過ごすはずがない。

 

 王には言わなかったが、パーカー家への圧は色々な所から掛かっていた。だが、だてに長年法に携わる仕事をしてきたパーカー家は、そんなものに屈する程、柔ではない。しかし。


 一つだけ。パーカー侯爵が気になるものがあった。常ではない、異質なもの。

 貴族同士のやり合いなら慣れている。表には出ない水面下の戦いにも。妻とて侯爵家の夫人として、長年、社交界を渡ってきたのだ。笑顔の下に上手に隠れた悪意など、ものともしないだろう。

 

 しかしそれまでのやり合いとは明らかに毛色が違う。

 じわじわとこちらの不安を煽り、それでいて揺らがぬ悪意を感じる。

 

 ()()が届くようになってから、パーカー侯爵は自邸の警備を増やしていた。妻や子どもたちの護衛も増やしている。


 妻と上の息子には、大げさに捉えるなと前置きして事情を話しているが、娘と下の息子には秘密にしていた。下の息子はまだ幼いのがその理由だが、娘は成人はしている。打ち明けていないのは、その勝ち気な性格のため、余計な事をしそうで心配だったのだ。

 

 娘は女だてらに剣を学び、魔術の成績も悪くない。性格上、自ら悪を成敗するなどと言い出しかねないのだ。女だからと言って甘やかさず、自立心を持てるようにと育てたが、本人の勝ち気な性格も相まって、かなり好戦的になってしまった。大人しい普通のご令嬢だったら、こんな心配をせずに済んだのにと思うと、なんともやるせない気持ちだ。


 法案の、貴族会への上程まであとわずか。

 なんとかそれまで、平穏無事に乗り切らなくてはと、パーカー侯爵は気を引き締めた。

★【書籍化進行中】シリーズ1作目「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」

★【書籍化作品】「追放聖女の勝ち上がりライフ」

★【書籍化進行中】「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。」

★ 短編「女神様がやっちまいなと思し召しです」「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!アンソロジーコミック8」にてコミカライズ


こちらの作品もご一緒にいかがでしょうか。

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