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降臨

  7



「マイト。あそこおかしくない?」


母が指をさす。よく見ると光の球が描く円の中心が歪んで見えた。


ビシイ!


 今度は何が割れたのか分かった。光の球の中の空間にヒビが入る。そのヒビはすぐに大きな亀裂となり、地面の近くまで広がった。


 ガリ、、ガリガリ!


 何かを削るような音がする。


 バキッバキバキィッ!


その空間の亀裂の中央部分から6本の赤黒い柱が突き出てきた。その柱の先にはとがった板がついている。そして柱が交互に左右に折れ曲がったところで気がついた。


「指だ」


その巨大な手はつかめるはずのない空間をつかみ亀裂を無理やりこじ開けた。グラウンドにいた選手たちはいよいよ逃げ出し始める。


バキッ バキィ!!


 空間が割れ落ち亀裂の向こうが少しうかがえる。暗い色の渦巻く闇の世界が一瞬見えた。と、それをさえぎるように右腕が飛び出してきた。続けて腕の付け根、肩まで見えた。どうやらあちらの世界からでかい何かがこちらに来ようとしているようだ。


 右肩と左腕でむりやり空間をひろげると顔が現れた。ねじれた牛の角を生やしたヤギの顔。目は赤く光っている。さっきホログラムで登場した魔王の姿だ。


 巨大な魔王の右手は客席前の魔防鉱のネットを掴むといとも簡単に支柱ごと倒した。

 魔防鉱には魔法をふせいだり、魔法使いを包むことで魔力、魔法を外に出さないようにしたりすることはできるが、物理的な衝撃には普通の金属と変わらない強度だった。

 だからといってあんなに簡単に曲がるはずはないが。観客はパニックを起こし逃げまどっている。人が殺到した出口からは悲鳴のようなものも聞こえる。


 俺は母さんをイスの下に潜らせて魔法のバリアで覆った。再びグラウンドに目をやると黒い服を着た集団が、宙に浮く魔王の上半身を取り囲んでいた。父も所属する警備会社MSAKだ。


 そして手に持った小型小銃で一斉に魔王に攻撃を仕掛ける。

 魔王からすれば極小の球だろうがおそらくは魔防鉱の弾だ。かなり効くはずだ。

 少し嫌がるようなそぶりを見せたが魔王はその右手を黒い集団に向ける。魔力が手の先にたまっていくのが分かる。

 

 手のひらが炎につつまれ火球が発射される。

と、思ったが何も起きない。MSAKの隊員数名がネットランチャーを魔王の手に発射したのだ。手にまとわりつく黒いネットが炎の魔力を消している。

 そして銃による一斉掃射。しかし魔王は冷静に手に掛かったネットを取り外しにかかった。左手はまだ空間のすきまをこじ開けるのに使っているため、その口で魔防鉱のネットをとり始める。爪をかむ子供のようで滑稽に見えたが、あることに気付く。


「食べてる?」


魔王はネットをいや、魔防鉱を食べていた。

ネットを食べ終えるとそのヤギの顔をゆがめた。笑っている。

そして


「理解した」


と、言った。腹の底まで響くような声で、そして嘲笑うようなニュアンスが含まれていた。

ネットを食べ終えると右手を大きく振り上げた。


「何だ?」


右手を固く握ると拳を地面にたたきつけた。


「やばっ!」


俺は母さんの前に立ち、より強力なバリアを張る。

地面が大きく揺れる。競技場全体が砂煙に覆われ、何も見えなくなった。空に魔力の玉が月のように4つうっすらと見える。


 風が砂を辺りの視界をもとに戻すとそこに立っている人は俺だけになっていた。MSAKの黒服たちには観客席まで吹き飛ばされている人もいる。


 魔王は魔力ではなく物理攻撃をしたのだ。魔王の腕は音速を超え衝撃波を放ち、さらに地面には巨大なくぼみを作り出していた。


「足が・・」


 魔王の足がこちらの世界に現れていた。空間に急に右足の太ももから下がとび出している。足元には鏡の破片のようなものが散らばっている。


魔王はグラウンドに倒れる黒服に手を伸ばした。そして、舌なめずりをした。


「食べる気か」


頭で考えるより先に手が動いた。


「サンダージャベリン!」


俺の頭上から光の矢が数本、魔王の手に放たれる。俺の持つ最速の魔法だ。矢が魔王の手に刺さると,魔王はひっこめたその手をいったん確認してからこちらを見た。


「貴様か」


 魔王と目が合った。とんでもない闇の力を含んだその視線に死を直感する。

まずい!母さんから離さないと。


「母さんは隠れていて!」


俺は母さんが隠れるイスから注意をそらすためにも魔王に向かって駆け出した。


ついでにサンダージャベリンを数発繰り出す。光の矢は魔王の足にあたり、少し足を引かせることに成功した。


 グラウンドに飛び降り、魔王の注意をひきつけながら右方向から魔王の後ろに回り込む。俺が走った後に魔王の放つ黒い稲妻の矢が爆ぜていく。魔王はまだ空間の亀裂に挟まれている状態で、右手以外うまく動かせないようだ。

 後ろからなら強力な攻撃ができるかもしれない。全速力で走って魔王の真後ろについた。そして振り返ると。


「・・いない?」


 そこにいるはずの魔王がいなかった。そもそも亀裂も見えない。

戸惑っていると急にまた、黒い稲妻が降ってきた。横っ飛びにかわし、また反時計回りに会場を走る。魔王のいた辺りを横目に見ながら走ると魔王のすがたが建物の陰から現れるように見えてきた。

 

 空間を無理やりこじ開けてきたため、後ろから見ると亀裂自体が見えないのだ。


 ひとまずいろいろな属性の魔法攻撃を仕掛けてみるが、どれもそれほど効果はみられない。が、俺が魔王の注意を引き付けているうちにMSAKの戦闘員が何人か戻ってきた。

 マシンガンを持っている隊員も来て再び銃撃が始まる。

 

 魔王も先ほどの地面パンチは連発できないようで、銃を手でふせぐにとどまっている。が、カラン、カランと金属片の落ちる音がする。

 魔王の足元に銃弾がたくさん落ちている。今までダメージを与えてきた魔防鉱製の弾丸が効かなくなってきている。

 ここへきて『理解した』といった魔王の言葉を思い出す。

 もしかして魔防鉱がもう効かないのではないか。そんな不安が頭をよぎる。


「マイト!」


急に肩をつかまれ振り向くと父がいた。


「こんなところで何してる?母さんは?」


「母さんなら俺のバリアで守ってる。」


俺の魔力の程度が分かっている父はそれならと理解してくれた。

「分かった。でも、ここは大人の仕事だ。母さんを連れて逃げるんだ」

「でも、父さん。」

「でも、じゃない。まだ十二才のお前に危険なことは・」

「そうじゃないんだ。魔防鉱が効かなくなってるかも・・」

「何?」

父は銃撃を受ける魔王を見、表情をこわばらせた。

「確かに。しかし魔防鉱でなくても火力を上げれば。」

と、向こうで手榴弾が投げられ爆発が起こった。

 魔王の足に傷が見える。警備会社がなぜ手榴弾を持っているのかは分からない。

 しかし、手榴弾の傷もすぐに癒えているようだ。

 500年前に魔王を倒したときよりも火薬や火器の威力は増しただろう。この物理攻撃で何とかなるかも。


「父さん。俺は魔法で援護するよ。その間に。」

「・・・分かった。」


父は一瞬苦い顔をして了解した。


「これを使え。あいつの魔法には効くだろう。」

と、渡されたのは黒い盾だった。開会式で人間の戦士が持っていたものだ。本当に魔防鉱でできているのか。

「でも、父さんは。」

「何とかなるさ!気を付けろよ。」

胸を一つドンとたたくとイケメンの笑顔を見せてから父は走っていった。


 魔王はというとネットランチャーをかなりの数あびてもたついている。意外と決着ははやいのか。さすがMSAKだ。

 手のひらから出るはずの魔法攻撃がネットランチャーによって抑えられ,いよいよMSAKは次の武器を持ち出した。


「レーザーだ!」


 こちらの世界にはあると聞いてはいたがMSAK隊員がレーザー砲の準備をしている。頑丈な三脚のような四本の脚を地面に杭でとめ,そのうえにまさに漫画で見たレーザー砲がおかれようとしている。


「グワァーーー!!」


魔王が急に声を上げ暴れだした。ぶちぶちとネットの切れる音がする。が、すべてのネットが外れたわけではない。魔力を抑えられていれば強力な魔法は打てないはずだ。


「!!」


 魔王の目が光ったと思った次の瞬間こちらのお株を奪うかのような赤いレーザーが横なぎに打たれた。

 いきなりのことで躱すこともできなかったが、無事だった。とっさに出した魔防鉱の盾が守ってくれたのだ。


「やるな。魔防鉱」


などと思っていた矢先、右から爆発音と爆風が同時にきた。レーザー砲がやられたのだ。


「次だ。次を用意しろ。」


向こうで声が聞こえる。

俺が時間を稼がないと。俺は右手を上げ魔力をためる。


「アイスアロー!」


俺の頭上に無数の氷の矢が浮かび上がる。


「行け!!」


魔王の体に氷の矢が刺さる。結構血が出てきているところもあり、ダメージもあるだろう。魔王や何本かの矢を抜こうと試みる。

氷や土など個体を操る魔法は、魔防鉱でも物理的なダメージを受けることになる。


 すると辺りを赤い光が照らした。光源は観客席中段辺り、MSAKの組み立て式レーザー砲だ。先ほど壊された物とは別の部隊がすでにつくっていたのだろう。辺りに乱反射していた光が収束し、魔王の顔に赤い点が灯った。

 魔王はとっさに顔を避けたが、レーザーは魔王の顔とは反対側に移動しその腕を肩から切り落とした。魔王の右腕がグラウンドに落ちる。


「やったぞ。」


歓声が上がる。魔王の肩、腕のあった場所から大量の血が流れ出て、グラウンドをどす黒く染める。


「次こそ首だ!!」


 父の指令が聞こえた。再び辺りが赤い光に満たされる。

 しかし、妙な静けさに違和感を覚えた。魔王の肩の血がもう止まっていたのだ。そしてさらに新たな肉が盛り上がっている。


 レーザーの光が収束し終えるよりもはやく右手が再生した。

 しかも新しく生えたその手には魔防鉱のネットはもちろんない。


「ネットランチャーだ。」


新たな指示で走り出した隊員もいたが間に合わなかった。


「死ね。人間ども」


 魔王の右手から赤黒い炎が噴き出し、辺りを焼き尽くす。MSAKの軍は魔防鉱の防魔防弾チョッキを来ているから体に火がつくようなことはないだろう。しかし炎によって上がった気温は尋常ではない。俺はとっさに魔王の後ろ方向に回り込んでその攻撃を回避していた。


「何とかしないと」


相変わらず後ろからは魔王の姿はみえない。

そこで思いついた。魔王は空中に右上半身だけ現れているということは後ろから攻撃すれば魔王の体内を破壊できるんじゃないか。俺は魔力をためる。


「アイスランス!」


先ほどのアイスアローよりもかなり大きな氷の槍を魔王の体があるあたりに向けて発射した。巨大な氷の槍が高速で回転しながら直進する。


「どうだ?」


氷塊が空中で止まった。そして魔王の血でコーティングされる。


「よし。もう一発」


再びアイスランスを放つ。

すると空中で止まっていた一発目の氷塊が上に上がり二発目のアイスランスをたたき落とした。しかもMSAKの部隊がいる方向に。


「父さん!」


今までにないスピードのダッシュで駆け寄ると、俺の氷に多くの人が下敷きになっている。


「今、今助ける。」


氷と地面の間に手を突っ込み重量挙げのように持ち上げた。


「マイト、あぶねえ」


父さんの声に気付いたが遅かった。魔王は一発目のアイスランスをこん棒のように持ち替え、俺たちをバックハンドでぶん殴った。


両手を上げていた俺はもろに腹を殴られる形になり、数十メートルは吹っ飛んだ。目の前が真っ暗になった。

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