幼稚園編ー2
4
「グアゥッ」「グアゥッ」
魔犬が同時に襲い掛かってくる。
とっさに赤ちゃんを抱きかかえ魔犬に背を向けた。背中に魔力を集中して痛みをすこしでも和らげよう。
「ガキンッ」「ギャン」
思っていたのと違う音がした。振り返ると聞きなれた声が。
「さすが俺の息子だ。弱いものは守らないといけねえ」
父がそこにいた。右手にもった警棒でなぐられたのか魔犬が一匹仰向けに倒れている。左腕はプロテクターのようなものがついていて魔犬の攻撃を防いでいた。
「よくがんばったな」
こちらにチラッと笑顔を見せてすぐに怒りの表情で犬をにらみつける。
「よくもううちのかわいい息子を・・。お仕置きじゃすまないぜ」
父の殺気が見えるようだ。それにひるんだ魔犬は噛みついていた父の左腕を放し、脇でひっくり返っている魔犬を加えて逃げ出した。
「逃がすかよ」
と父が追おうとしたとき、魔犬が妖しく光りだした。石から魔犬に変化したときとおんなじ光りだ。父は足を止めた。
2匹の魔犬は一つの光となり、、姿を変えた。父の頭より高いところに頭がある巨大な魔犬。しかも頭が2つある。
「ケルベロス・・・いやオルトロスか」
2つの頭は空を向き、吠えた。
その咆哮は耳には聞こえなかったが、その衝撃に吹き飛ばされそうになる。父が俺たちの前に立ってくれなければやばかった。
「マイト。動くなよ。ああいうやつは動くやつを襲うんだ」
そう言ってさっきまで持っていた警棒を捨て太ももについていナたイフに持ち変える。ペッと吐き出した血が父のダメージを物語っている。
父の姿が消えた。と、すでにオルトロスの間合いに入ってナイフを突き出す。しかし、オルトロスはバックステップで躱す。そこからはオルトロスが2つの頭と前足を使った攻撃を父が左腕のプロテクターで防いだり、ステップで躱しながら、お互いにダメージを与え続けた。とても戦闘の素人が入れるすきなどなかった。赤ちゃんと二人で戦いに見入っていたが、父が押され始めていた。
「ちっ。飛び道具は好きじゃねえが・・」
父はナイフの柄で右側のオルトロスの頭をなぐり、左腕のこぶしを首の付け根に向けた。
プロテクターからアンカーが2つ破裂音とともに発射され、オルトロスに突き刺さる。しかし左の頭に肩をかまれ左右に2度ほど振られ投げ飛ばされた。俺の前まで地面を滑ってきた父はすぐにオルトロスに向き直る。左肩にかなりの出血があった。腕が残っているのが不思議だったが、オルトロスを見ると、父のナイフが目に刺さっている。あの状況で反撃していたのだ。そしてオルトロスと父の間に黒い線があった、その線の先端はオルトロスの首に刺さったのアンカー、こちら側は父の籠手につながっている。父はスイッチを押した。
ブゥン
という音がして、オルトロスの動きが止まり、その場にくずれた。
アンカーの刺さった所から少し白い煙が上がっている。おそらく電気ショックなのだろう。
父は伏せの状態のオルトロスにとどめをさすべく、先ほど捨てた警棒を拾って近づいた。警棒を一度振ると先端が鋭利にとがったのが分かった。そして、右側の頭を頭頂部から突き刺した。オルトロスの体が少しビクンと動いた。
「すげえ生命力だな」
父は言うともう一度電気ショックのスイッチを入れる・・がなんの変化もない。
「これだから安物は・・・」
と、父の足元のオルトロスの右頭が父の足に噛みついた。動けなくなった父にもう一方の頭が頭突きをくらわした。固定されていた足が変な風に曲がり父は倒れた。
「父さん!!」
思わず叫んだ俺の前にカランカランと何かが落ちてきた。父の籠手だ。導線はまだつながっている。
父の方を見ると右の頭は力尽きてベロをだらしなく出して絶命しているよう。左の頭が立ち上がろうとするが右頭の警棒が抜けずにに手間取っている。
もう時間はなかったれは父の籠手を拾い、赤ちゃんを見た。
「今度は吸わないでよ」
魔力を集中して放つ。
「サンダー(仮名)」
ブィーゥ!
先ほどよりも高い音ととともにオルトロスがビクンとはねた。そして全身からぷスプスト煙を出してゆっくりと地面に崩れた。
心配だった俺はあと2度サンダーを放ち完全に動かないのを確認し、さらにオルトロスの目に刺さっていた父のナイフを抜いて同じように頭頂部にさした。そして父の様子を確認する。
仰向けに倒れている父の胸がかすかに上下している。生きてさえいれば・・
「ヒール!!」
父の呼吸も落着き、一安心しているとドタドタと走ってくる音がした。父と同じ服を着た男三人とそのあとに園長先生だ。
「マイト君!大丈夫!?」
園長先生は駆け寄って脱きしめてきた。そしてけがを確かめたり、服の砂をはらったり、そして赤ちゃんにも気が付いた。
「この子は?」
「この子は魔族だな。ボウズ俺たちがあずかるぞ」
制服の中でも一番背が高い男が赤ちゃんをとりあげようとする。とっさによけてしまった。何か嫌な予感がした。
「なんで?あかちゃんをどうするの?」
「ボウズ。そいつは魔族だ。大きくなれば悪いことをするんだ。見てみろそいつの背中を」
赤ちゃんの背中を見るとコウモリの黒い羽根が一対かわいらしく生えていた。
「でも、父さんが魔族にもいいやつはいるって言ってたよ」
「お前の父ちゃん?バカじゃないのか。魔族はみんな悪いんだよ。だからその赤ん坊も悪いに決まってるんだ。もしかしたらもう悪さをするかもしれないぞ」
確かに魔力を吸われたが、それは悪ではなくこの子の本能だ。何かこの男、気に入らない。
そしてあっという間に赤ちゃんを取り上げてしまった。そして、黒い網にサッカーボールでも入れるかのように無造作に放り入れた。
「ダー、ダー!!」
赤ちゃんは泣きそうな顔で網の隙間から腕を出しこちらに助けを求めた。
「やめろ!」
と、助けようとしたところを後ろから園長先生に抱きかかえられてしまった。老齢の園長先生を振り切るなど簡単だがけがをされても困る。
男は赤ちゃんの入ったネットを乱暴に肩に担ぎオルトロスの死骸の方へと言った
そこでは残りの二人が父の手当をしていた。が、俺がほとんど回復させたからやることなどないだろう。
しばらくして父が起き上がった。
「さすがジグ隊長です。オルトロスを一人で倒すとは」
背の高い男が右手で敬礼しながら言った。俺の時とだいぶ態度が違う。
「それは?」
父が赤ちゃんを指す。
「ああ、これはあそこのガキが連れていた魔族です魔族を助けようなんてバカなガキです。さっさと処分しちまいましょう」
「ふーん。その赤ちゃん貸して。うん。確かに魔族だね。・・でね。あそこのガキ、あれ、俺の息子」
男の顔から血が全部ひいた。
「そして、この赤ちゃんは息子が命がけで守った子だ。さらに魔族を処分などと軽々しく言うやつは俺の部隊にはいらん!」
「いや、しかし、・・あの魔ぞ・・・」
何かを言い終わる前に男は顔面にパンチを受けて吹っ飛んだ。
別の部下に治療の指示を出すと父はこちらに来た。赤ちゃんを袋からだすと、俺に渡してくれた。赤ちゃんはキャッキャと喜んでいる。それを見て微笑んでから父は少し真剣な顔になった。
「お前には聞きたいことが山ほどある」
「うん」
それから俺はたくさんのことを聞かれ、正直に答えた。転生のこと以外は。
シンが拾ってきた石が魔犬になったこと、赤ちゃんも石からうまれたこと。魔法がかなり使えること。父を回復させたのも俺だということ。運動能力も高いことなど。父は質問の答えを「本当か?」と「やっぱり」とがまざった顔で聞いていた。そして。
「これまで人前で魔法を見せなかったのは正解だったな。魔法は魔王の遺産として嫌がる人も多いから。これからもあまり使うんじゃないぞ。まあ、でもよくがんばったな。ありがとう」
と、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。心が暖かくなるのを感じた。でも、こちらも気になることがある。
父の仕事のことだ。ただの警備員にしては装備が良すぎる気がする。
「父ちゃんの会社?MSAK。モンスター保護および駆除チームだ。五百年前に魔王がいたころは、魔王が魔族や魔獣を生み出していた。でも、魔王が倒された後も今日みたいに魔族は生まれてしまうことがある。その魔獣や魔族を何とかするのが俺たちの仕事だ」
「何とかって?」
「うん。人に害を与える魔獣はもちろん駆除する」
「え?じゃあこの赤ちゃんは?」
「この子は魔獣じゃなくて魔族だ。しかも知的にも高そうだ。こういう子は魔族の国『モルガ』に送られて、そこで育てられる。・・その子はサキュバスっぽいな。ちゃんと勉強すれば立派な魔族になれるぞ」
そういって部下が持ってきた小さな黒いネットを赤ちゃんにかぶせた。頭をけがしたときにかぶせられるやつみたいだ。
「こうしておかないと周りの大人が大変になるからな」
なんとなく納得していると
「さっきは悪かったな。あんな袋に入れて。これで十分なのにな」
どうもさっきの奴の袋とこのネットには魔力を抑える力があるらしい。さっきの赤ちゃんの仕打ちを思い出して怒りがまた戻ってきた。
「だあぶだあ」
赤ちゃんが心配そうにこちらを見ながら俺のほっぺをにぎってきた。
「うん。もう大丈夫だよ。怒ってない」
微笑んで言うと赤ちゃんも笑顔になった。
「ぱー、ぱーぱ」
「おお、しゃべったぞ。相当賢いなこの子」
父が驚いた。
「うん。じゃあ名前をつけてもいい?」
「いや、それはやめるんだ」
「え?」と父の顔を見る。
「さっきも言ったようにこの子は魔族だ。人間の国では魔族の教育はできない。それだけの知識もスキルもないんだ。俺たちが育てるより『モルガ』に行ったほうがこの子のためなんだよ」
「・・・・」
本当の五歳児なら、泣いていやがるところだろう。しかし精神年齢三十を超えている俺にはよくわかる話だった。
「うん」
「さすが、俺の息子だ。よくわかってくれたな」
俺は最後に赤ちゃんに声をかける。
「じゃあね。俺はパパにはなれないけど。新しいパパに優しくしてもらうんだぞ。迷惑かけるなよ」
と、言って父に赤ちゃんを差し出した。赤ちゃんは足をジタバタさせ、俺の方を見ようとする。
「パーパー。パーパー」
父は、赤ちゃんを部下に預け、大切に連れていくように命じた。そして、赤ちゃんに背を向けていた俺に話しかけてきた。
「マイト。今日は本当によくがんばったな」
再び頭を撫でられる。
「でも、一つだけまちがいがあったぞ」
「何?」
目をこすりながら訊く。父は両手をひろげながら答えた。
「ここまで回復しちゃったら、病院でナースさんに回復魔法をかけてもらえないだろ」
噴き出してしまった。
「このエロジジイ」
俺は同志の胸にとびこんだ。
つづく




