いよいよ
2
目を開けるとメイドが目の前に立っていた。まさにメイドといった服装だ。両手を体の前で重ねて頭を下げている。
「俺、死んだんじゃ・・」
「申し訳ありません」
メイドは改めて頭を下げた。
「実は、こちらにおられる私の主人である『神』が散歩中あなたとぶつかってしまったのです」
メイドの後方に目をやると頭がつるつるのおじいちゃんが大理石でできたような豪華な椅子に座っていた。ふてくされたようにそっぽをむいている。
「え?どういうことですか?」
メイドが言うには、このおじいちゃんの神はたまに人間界を散歩するらしい。ふつう姿は見えないし何かにぶつかることもないがそのスピードはとてつもなく速いということだ。
雨が降ってきたのであわてて帰ろうとしたところでうっかり俺とぶつかってしまったらしい。
「まあ、そういうわけじゃ。ごめんね。DVDも返したし、いいじゃろ」
「あっ、DVD。あ、あれはちゃんと返却されたの?タカシは?」
「あれはタカシさんではありません。私です」
急にメイドの姿がタカシに変わった。
「必ず、必ず返すから」
最後に聞いたタカシの声だった。再びメイドの姿にもどり、
「あの『エルフナースの注射の時間です』というDVDは返しておきました。ご安心ください」
「タイトルを言うな。タイトルを」
「ほほう、お前もなかなか・・。ニヤリ」
「お前が言うな。ジジイ」
「と、いうわけで鈴木様にはお詫びとして別世界に転生して差し上げろと、こちらの神がおっしゃる訳です」
「ありがとうございます。神様」
「切り替えが速いの~。で、何かリクエストはあるのか?」
「そりゃ、もちろんエルフやドワーフがいて魔法のある世界に決まってます」
「やっぱりのー。じゃあ、これで」
神ジイは目の前に現れた20枚ほどのカードから適当に一枚選んでメイドに渡した。
「他にも望みがあるんじゃろ。強くするチートとかいう。」
「もちろん、魔法も剣もステータスMAXで」
「はいはい。んー、はいOK」
俺の体が光につつまれた
「なんかずいぶん慣れてない?」
「はい。このところ年1ペースでこの作業をしています」
メイドはこの説明にも慣れていた。
「じゃあ、いってくるのじゃ。わしはもう関わらないから、あとは好きにしなさい」
メイドがカードを胸の前にかざすと、その周りに光る魔法陣が現れた。魔法陣の光に呼応するように俺の周りが白く輝きだした。と、メイドが何かに気づき慌てている。光の霞の向こうでメイドの声がする。
「あのー、そちらの世界はあなたの考えている世界と少しちがうかもしれま・・・」
◇◇◇
ふわっと体が宙に浮いているような感覚。俺はとても大きな人間に抱っこされていた。自分の手を見て、赤ん坊になっていることに気づいた。
とても安心感があるのは、抱っこしているのがこちらの世界の母だからだろう。
美しい黒髪を短くそろえている。びっくりするほど美人でさらに安心した。この人の子なら多少父がアレでも俺の容姿は大丈夫だろう。おいしくミルクをいただくことにする。
一段落したところで驚いた。天井に蛍光灯があるのだ。部屋を見渡すと壁の一面には窓があり、ガラスがはめられていて金属のサッシで囲まれている。
キョロキョロしていると窓の反対側にあった横スライドのドアが開き看護師が入ってきた。そしててきぱきと体温を測ったり具合を聞いたりして去っていった。
どういうこと?ファンタジーの世界に転生したんじゃないの?あのメイドが少し違うって言っていたけど、元の世界じゃないか。
交通事故を起こす神じゃ仕方ないかとため息をついたところで、またドアが開いた。
「サラ!」
警備員のような服の男が飛び込んできた。
「どうだ?具合は?マイトは?大丈夫か?」
ああ、父親か。防弾チョッキ(たぶん)を着た父は母と俺を触りまくった。顔だちは整っていてスタイルも良い。これは俺はハンサムに違いないと確信した。そして俺はマイトという名前らしい。
「おーかわいいね~」
と目尻を目いっぱい下げた父が俺の頬をプニプニする。
「もう、ジグったら。こっちは大丈夫よ。それよりあなたは大丈夫なの?」
よくみると服のいたるところが破れている。
「ああ、たいしたことないよ」
という父の頬から耳のあたりにかけて薄く切り傷があった。しばらくすると赤い血が垂れ始めた。
「ほらー」
といって母がティッシュを渡すと無造作に傷口に押し当て、看護師さんを呼ぶボタンを押した。
すると再びドアが開いて看護師が入って来た。
「ジグさんここは病院ですよ。ケガしたまま入られてはこまります」
と、入ってきた看護師は耳が人間よりピンと立っていた。端正な顔つきでエルフの特徴を備えている。
そう。まさにエルフナースが入ってきたのだ。
神様ありがとう。さっきまでバカにしててゴメンなさい。
ニヤニヤしながら見つめていると(母にはニコニコに見えたと思うが。)エルフナースは父の頬の傷に手をあてて目を閉じた。そしてブツブツと何か唱えるとエルフナースの指先が輝きみるみるうちに父の傷は消えた。
よかった。魔法もあるのだ。でも今はenを見なければ。見ることしかできない赤ん坊の自分がもどかしい。と、急に視界が右にずれた。母が俺の首を自分の方に向けたのだ。子どもに見せてはいけないものがあるように。しかし、今見ないでいつenを見るのだ。すぐに振り返った。enが出ていく気配がしたからだ。そこには鼻の下を目いっぱい伸ばしてenを出ていく姿を見つめる父がいた。
「同志だったか。いい父をもった・・・」
と、思った矢先、父の顔面に母の鉄拳がとんだ。