en会って?
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「お、俺はもうだめだ・・・。こ、これを必ず返してくれ・・・」
「・・大丈夫だ。安心しろ。必ず、必ず返すから」
俺から鞄を受け取った友人は雨に濡れるのも構わず歩道に倒れる俺の横にいてくれた。
「あ、り、がとう・・・。同志、よ」
うまく笑えただろうか。同志タカシも微笑んでくれた・・・
「大丈夫だから・・」
同志の声を聞き、ずぶ濡れのまま、俺は死んだ。
◇◇◇
二時間ほど前。駅前の居酒屋「オリーブ」の一番奥の部屋「ほうれん草の間」は大いに盛り上がっていた。
「オリーブ」という店名からイタリア料理かと思いきや、畳敷きの部屋しかなく、料理も和食が中心だ。
ならなぜ「オリーブ」かというと、アニメおたくの大将ゲンさんの好みのタイプがポ〇イのヒロインだからだそうだ。
古いアニメが好きなのかと思ったら別に最近のアニメも欠かさずチェックしているらしい。それぞれの部屋に今期の一番人気のアニメのポスターが貼られている。美少女の笑みの横に生ビール500円と黄色い紙が貼られているのは少し違和感があった。
そんな訳でこの「オリーブ」は酒が飲める年齢のオタクたちにはとても利用しやすい居酒屋だった。
大将の理解があり。オタクがどんなに熱くアニメ論を語っても隣の客に舌打ちされたりとかせずにすむのだ。
そしてこの「ほうれん草の間」はいつにもまして熱い議論が交わされていた。この部屋には男しかいない。
「en会」
これが、今日発足したこの会の名前だ。男たちはビールを片手に「万歳」とくりかえし、泣いている者もいる。
「会長、鈴木会長!」
二回呼ばれてようやく気づいた。
「ああ、ごめん。そんな呼び方やめてくれよ」
「いやいや。満場一致だったじゃないの。鈴木」
俺の名は鈴木良希。27才。独身。会社員。オタクだ。そして先ほどここにいる8人の支持を受け、新たな肩書がついた。en会会長だ。
「en会」それは「elf nurse会」。
つまりナース服をきたエルフをこよなく愛する男たちの会だ。ここにいる皆、あまりに狭いジャンルに大きな声でカミングアウトできなかった。
しかし大学の同期のタカシと卒業後、SNSで思い切って配信したところ8人もの返信があった。そしてタカシとともに会を立ち上げた。この第一回総会には8人しか集まらなかったが、本当はもっとたくさんの仲間がいるに違いない。みんなもっと心を開放すればいいのに。
「会長。一言お願いします」
酔った会員の一人に上座に引きずり出された。そしてマイクではなくフィギュアを渡された。
「我が同好の士よ。いや、これからは同志と呼ぼう」
8人の同志がざわめく。
「同志諸君。我々はこれまで不当に虐げられてきた。しかし、こうして仲間が集い、増やしていくことで、マイノリティからマジョリティへと登っていくのだ!」
「お~」という7人の群衆の声。
そして、手に持ったフィギュアを示しながら続ける。
「見よ。このエルフの美しさとそしてナースの優しさを兼ね備えた美。さらにエルフがいるファンタジーの世界には回復魔法があるにもかかわらずナース服という矛盾をはらんだ危うさ。このバランスこそ・・」
◇◇◇
「いやー盛り上がったねー」
「ああ。面白かった。久々に楽しい酒が飲めたよ」
店を出て、同志たちを送り、タカシと二人になった。
「雨が降りそうだな。この後どうする?もう一軒?」
「いや、en会会長として、この辺りの調査をしなくては」
そう言ってアゴで道の向こうにある青い看板のレンタルDVD店をさす。
「会長も好きだね~」
「調査だから」
二人で笑いながら店に入った。
数分後
「いや~、まさか新作が出ているとは。さすが会長。カンが鋭い」
「ふふん。そんな気がしたのだよ」
俺の手には18才未満は借りられない円盤が入った黒い袋があった。
「じゃあ、会長は家で調査しないと。お開きだね」
「ばーか。まあ調査はするけど」
「うわっ、雨だ」
急に雨が強くなった。
「まあいいや走って帰る」
タカシは雨の中、人混みに消えた。俺も早く帰ろう。
そして、横断歩道をあと3歩で渡り終えるところで
ドンッ!
俺の体は横に飛んだ。
周りがゆっくり見える。聞いたことのあるやつだ、などと思っていたら目の前に信号を支える柱が迫ってきた
ジタバタしようにも体は反応しない。そのまま柱がぶつかった。鎖骨が折れ、肋骨も陥没して内臓までやられているのがわかった。柱からはがれるように倒れ、意識が遠のく。
「鈴木!!」
聞きなじみのある声で意識がもどった。何があったのか。
「な、、なに、、」
「大丈夫か!車だ。お前は車にひかれたんだ」
横断歩道の方を見てもそれらしい車はない。逃げたのか。まあいい。どのみちもう助からないことは分かる。
右手が何かを強く握っているのがわかった。さっき借りたDVDの袋が入った鞄だ。すでに全身血だらけだが、それ以上の汗が吹き出た。こんなものを握りしめて死ぬわけにはいかない。
「鈴木。鈴木!」
タカシが左手を握って叫んでいる。妙に雨が冷たい。そうだ。タカシにたのもう。
「お、俺はもうだめだ・・・。こ、これを必ず返してくれ・・・」
「・・大丈夫だ。安心しろ。必ず、必ず返すから。」
俺から鞄を受け取った友人は雨に濡れるのも構わず歩道に倒れる俺の横にいてくれた。
「あ、り、がとう・・・。同志、よ」
うまく笑えただろうか。同志タカシも微笑んでくれた・・・
「大丈夫だから・・」
同志の声を聞き、ずぶ濡れのまま、俺は死んだ。
つづく