33.春の風のように
どのくらいそうしていただろう。涙でぐちゃぐちゃな顔でティアンナはサフィールを支えながら立ち上がった。ぐすりと鼻を啜り、前にいる罪人達を見る。
痛みにもがくユナは良いとして、実行犯のアンジェロは何処かほっとした顔をしていた。その瞳は相変わらず絶望に染まってはいるが、口元の僅かな緩みに彼の本心が見える。そしてリンウッドはティアンナを驚いた顔で見たあと、自嘲する様に笑った。それが何を意味してるのかティアンナは少し分かる気がした。
ティアンナは騎士に拘束されているリンウッドの髪色を見て、いつぞやの焼き鳥屋台でのカツアゲ犯だと気付いたのだ。恐らく彼もティアンナを見てそれを思い出したのだろう。
「地下牢へ入れろ」
ティアンナに支えられながら立つサフィールは冷たい声で指示を出す。まだ本調子では無い、空気が抜ける様な声ではあったが、ティアンナはその冷たい声に顔を見上げた。先程よりは顔色はだいぶ良い。もしかしたらこの支えもいらないかもしれない。そう思い、少し体を離そうと動くとサフィールの視線がティアンナへと向いた。
泣いて充血した目で見つめ返せば、肩にあった腕が腰に回される。
「離れるな」
「は、はい」
言葉と共に頭に口付けを落とされ、今更ながらティアンナは赤面する。
先程まではサフィールの意識が戻った事が嬉しくて、あまり気にしていなかったが、これはとても恥ずかしい行為なのでは?
すりすりと頬を寄せられ、ついでとばかりに唇を落とされる。流石にこれは人前でやる事では無いと感じ始め、キョロキョロと助けを求める様に周りを見れば顎を持たれた。
眼前に月も恥ずかしがり隠れたくなる様な麗しい顔が現れ、喉がヒュッと鳴る。顎をなぞられ、フッと口元が緩められた。
「エミリオ」
サフィールはティアンナを見つめたまま、背後にいるエミリオを呼んだ。
「はい、陛下」
エミリオの声は若干鼻声だった。その声でティアンナは彼も泣いていた事を知った。ズズ、と鼻を啜る音も聞こえる。
「俺は部屋に帰る。誰にも近付かせるな」
鼻を啜っていた音が途切れ『は?』という声が聞こえた。当然、ティアンナもその発言に驚きの声をあげようとしたが、赤い瞳が何も言わせぬという様に輝いていたので喉の奥で声は消えた。
「わかったな?」
サフィールはエミリオの返事も待たず、ティアンナを抱き上げる。先程まで死に掛けていたとは思えない体力にティアンナは『陛下!』と声を上げた。だがサフィールはそれをにこやかに黙殺し、足早に朝議の間からティアンナを連れ去る。サフィール越しに見えたのは驚くエミリオと優しい笑みを浮かべるティモ、そして只々戸惑い顔のゲルトだった。
(まだ何も説明してない!)
ティアンナは自分がまだ何故隠していたのかを誰にも説明していない。こんな事があったのだ、この場で説明した方が絶対良いと思うのだがサフィールはそんな事知ったこっちゃないと言わんばかりの勢いで部屋を抜ける。
「陛下!私まだ何も説明してないです!」
横抱きにされた体勢のまま、ティアンナはそうサフィールに訴えたがサフィールは嬉しそうに笑うばかり。
「大丈夫だ、後で良い。後日でも良いくらいだ」
「さ、さすがに後日は!」
銀髪の女性を皇帝陛下が横抱きにし、廊下を早歩きで歩いている。すれ違う人々は皆、驚きで目を見開き、口までもポカンと開けていた。それはそうだ、何ヶ月も現れなかった存在をサフィールが嬉しそうに抱いていたらそれは驚くものだろう。その中に見知った顔を見つけ、ティアンナは助けを求める様に名を呼んだ。
「アアアアネット」
「ティ、ティアンナ!!」
検体を持ったまま、立ち止まり驚きの声を上げたアネット。それをサフィールは一瞥はするが立ち止まる事なく過ぎていく。背後で『えーー!!』という声が聞こえ堪らずティアンナは顔を両手で覆った。恥ずかしい、とても。何もこんな見せびらかす様に歩かなくても。
指の隙間からサフィールを見る。晴れやかな顔、楽しそうで嬉しそうな顔にティアンナは段々と脱力していった。恥ずかしいが、こんな顔をしているサフィールを見るのは初めてだ。
もっとこの顔を見ていたい、そう思ったティアンナは顔の手を退け、素直に身を彼に任せた。
目が合い、微笑まれティアンナもそれを返す様に微笑む。首に回した腕に力を込めた。
楽しげな二人に驚きながらも、微笑ましい気持ちになったのは一人や二人では無いだろう。まるで春の風の様に抜ける二人を誰もが振り返り見送った。
22時に本日2話目予約投稿済です。
1話におさめるには長すぎました。




