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25.告白①


 定時を少し過ぎた頃、エミリオは医務室へやってきた。突然のエミリオの訪問に帰り支度をしていた同僚達が騒めいたが、ティアンナを呼んだ事で『なんだ仕事か』とつまらなそうに興味を無くす。エミリオ=ティアンナだと何故かそういう風に感じるらしい。


 呼ばれたティアンナはというと、もう帰り支度は終わっており、あとは鞄を持つだけだったのだが同僚達の反応を見て、このままアホみたいに付いていくのは戸惑われた。

 エミリオも何かを察したのか、ティアンナが何か言うよりも早く『薬の件なのですが』とそれらしい話題をふり、部屋の中へと入り込む。何と仕事の出来る男だろうか。


 ゲルトが不在の室長室はいつもより散らかっていた。どうやら部屋の主であるゲルトが年内最後に大掃除をしようと試みたらしい。だがそれは頓挫し、放り出されたものがいくつも部屋に散らばっていた。いつも使っている応接用のテーブルにも物が置かれ、テーブルの機能を邪魔している。

 そんな雑然とした部屋であっても気にしないというエミリオはかろうじて物が置かれていないソファーに腰掛けると他愛も無い話をティアンナに振ってきた。家族の事、年始は何をするのか、趣味は?等小さな話題を幾つもし、時折自分の話も混ぜる。

 そんな風に時間を潰していると部屋の外の話し声が段々と少なくなり、シン…となったところで漸く二人は医務室を後にした。


「なんかすみません、気を遣って頂いて」


 エミリオの斜め後ろを歩きながらティアンナは申し訳なさそうに眉を下げた。エミリオは少し視線を後ろにやると、安心させる様に笑う。その顔は何かを隠している様に見えたが、それを指摘する程馬鹿正直でもないので釣られ笑いをしてみせた。


「いえ、全然。気にしないでください。寧ろ私こそ気が回らなくてすみません。最初から時間をずらせば良かったですね」


 エミリオは笑みと同じく優しい言葉を掛けてくれたが、やはり何処か違和感を感じた。何が、とは分からないがいつもより距離を感じてしまう。

 何かしてしまったのだろうか。頭に不安がよぎったが、仕事上のやり取りしかしておらず、それに関しても上辺だけの関係なのできっと何も無いだろう。


(機嫌悪いのかな)


 ティアンナはそう勝手に判断し、必要以上に言葉を発するのをやめた。だが、そんなティアンナの思惑と反して、エミリオはティアンナが反応せざる得ない事を言い出した。


「この後こちらで用意したドレスに着替えて貰っても宜しいですか?」

「………?」


 ドレスという言葉にティアンナは目を瞬かせると視線を下げた。今、ティアンナが着ている服は仕事終わりに来たという事もあり、白いブラウスにネイビーのパンツ、それに白衣を羽織るというスタイルだ。今までの仕事に対しての慰労だろうと思っていたので別にこれでも問題ないだろうと思っていたのだが、どうやらティアンナの認識は誤っていた様だ。

 やってしまった、という後悔で青褪めながらそろりと前を行くエミリオを見れば苦笑された。


「いえ、仕事終わりですからね、それが普通ですよ。私も直ぐにお迎えに上がったので着替えるなんて無理だったと思いますよ。……まあ、陛下はその格好でも良いと言うとは思いますが、一応陛下の晩餐会ですからね。着飾りましょう」

「……はい」


 言われてみれば分かる事にティアンナは恥ずかしさで今度は顔を赤くすると、そのまま俯いた。


「本当に気にしないで下さい。こちらがしたいだけなので」


 本当なのか、慰めなのかわからない言葉にティアンナは小さく『はい』と頷いた。


 結局、ティアンナは気が気じゃないまま、着替えの部屋へ連れて行かれ、あれよあれよと言う間に晩餐用に整えられていった。何も無いのは分かっているが、最初にお風呂に連れてかれた時には放心してしまった。何故か香油でマッサージもされ、ピカピカにされたティアンナ。

 自分でも見た事の無い顔と格好にされ、出来上がりに言葉を失ってしまった。迎えに来たエミリオも一瞬言葉を失っていたので、いつものティアンナを知る人からすれば大変身なのだろう。


 癖のある髪は纏まりづらく、いつも朝大変なのだがこの皇宮の侍女達の手に掛かればすんなりと言う事を聞くらしい。両サイドの髪を少し残し編み込まれた髪は綺麗に纏められ、一つに丸く纏められた。所謂お団子ヘアだ。その髪にいくつかのパールがついたピンを埋め込まれ、角度を変えるときらりと光る。耳元の大きめなピアスもパールだ。動く毎にゆらゆら揺れて、猫がいたら喜びそうだなとティアンナは思った。


 ドレスも着た事が無い肌触りの良い布地で袖を通す時にティアンナは感動してしまった。サラリと言うのだろうか、ずっと触わっていたくなる感触にうっとりとしてしまったのは仕方が無い事だと思う。


 だがドレスを着る前にコルセットをギューギューされたのは頂けない。久しぶりすぎて内臓が出るかと思った。

 ドレスはふわりとした形ではなく、マーメイドラインの体のラインが出るものだった。それを見た時、だからこれ程までに締められたのかと納得したが、これを着るのが自分だと言う事実に愕然とした。


 確かにティアンナは24歳だ。若いと言えば若いが、社交界の花が10代のこの国では生き遅れの類に入る。なので可愛らしい、スカート部分がふんわりとしたプリンセスラインを着るのは厳しい部分がある。だが、だからといって体のラインが丸わかりのドレスというのも中々厳しい。

 ティアンナは些細な抵抗として着せられる時に侍女達へ他のドレスは、と勇気を持って聞いてみたのだが笑顔で一蹴され、見事に仕立てられてしまった。


 鏡に映る自分は確かに綺麗だ。いつもの垂れ眉も心なしか上がり気味に見える。だが、ドレス、そうドレスだ。確かに着れてはいるが、着ているのが自分という事に違和感しか無かった。


「さて、行きましょうか」


 ティアンナを上から下まで確認したエミリオは、慣れた動きで腕を出した。慣れていないティアンナは一瞬何かと反応が遅れたが、これがエスコートの動きだと思い出しエミリオの腕にそっと手を触れる。

 久しぶりの高いヒールにおっかなびっくり足を運ぶと隣から笑い声が聞こえた。


「凄い新鮮な動きです」

「ははは……」


 全く褒められていない言葉だったが、それどころでは無い。ティアンナは愛想笑いをし、踏ん張りながらサフィールの自室までゆっくりと歩いていった。




―――コンコン


 サフィールの自室の前へと着いたティアンナはエミリオが扉をノックするのを緊張の面持ちで見ていた。これから起こる事、自分が言う事、サフィールの反応はどうなのか、それが一挙に頭の中に流れ込む。どうしよう、どうしようと決意をした筈の心が乱れていく。これはまずいとティアンナは深呼吸をした。


 そんなティアンナの様子など知らぬエミリオはノックと間を置かず、部屋の主に声を掛ける。


「エミリオです。ティアンナ嬢をお連れしました」


 事実をエミリオが言っただけなのに自分の名前にピクリと反応してしまう。


 漸くだ、漸く言う時が来た。緊張から吐き気が凄い。ティアンナは口元を押さえた。


「あぁ」


 扉の向こうで数年来の想い人の声が聞こえたと思ったらエミリオが容赦なく扉を開ける。

 夜なのに眩い程の光にティアンナは目を細めた。


 彼の部屋は皇帝の部屋にしては質素だった。だがその部屋の主はどの装飾品よりも輝いており、質素な部屋を一気に豪奢な部屋へと変える。

 そして眩い理由はこのシャンデリアも原因に違いない。自室を照らすにしては大きく、繊細なシャンデリア。それに下がっている透明の石は水晶だろうか。幾つもぶら下がる水晶は綺麗にカッティングされており、僅かな光でも反射面の多さから明るく部屋を照らしていた。


 眩さでサフィールへの挨拶が遅れた事に気付いたティアンナは、片足を下げ、膝を屈めると頭を下げた。


「皇帝陛下、この様な姿でお目にかかるのは初めてかと存じます。ティアンナ・ブロアーテで御座います。本日はこのような場にお招き頂きありがとうございます」


 緊張しながら皇帝であるサフィールへの挨拶はどの様なものが良いのか話しながら考えていると、ふと部屋の主の気配を感じない事に気付いた。入室時の『あぁ』という声が最後に聞いた言葉だ。何も声が聞こえない事に不安になったティアンナは、言葉を続けるよりもその事が気になりそっと口を閉じた。

 頭を上げて前を見たいが、この礼をしている時に許可もなく頭を上げるのは礼儀としてしてはいけない気がする。ならば、どうしたらいいと悩んでいると今度は慣れない体勢に体がプルプルと震え始めてしまった。

 慣れないヒールに、使っていない筋肉の悲鳴。倒れ崩れる未来に顔が青褪めていく。


「ンッ」


 短い咳払いが横から聞こえ、それ弾かれた様にサフィールの声が聞こえた。


「ティアンナ嬢、顔を上げてくれ。よく来たな。さぁ、食事にしよう」


 漸く許可がおり、顔を上げるとサフィールが少し焦った様子で近寄ってきた。体勢を戻した事で落ち着いた筋肉にほっとしていたティアンナだったが、目の前に来たサフィールが手を差し出してきた事で頭に疑問符を浮かべた。


「……?」


 何だろうとその手を見ていると柔らかい声がティアンナの名を呼んだ。


「ティアンナ嬢、手を」


 皇帝陛下直々のエスコートに、カチリとティアンナは固まってしまった。そんな恐れ多い、そう口に出したかったがこの場で断る方が不敬だろう。

 ティアンナはおずおずとその手に自分の手をそっと乗せた。


「では、行こうか」


 見上げた先にあったのは真っ赤な瞳。ティアンナはその瞳の中に自分の姿を見つけ、これ以上なく心が跳ねた。


(本当に、好きだなぁ)


 昔は青い瞳が好きだった。でも今はこの赤い瞳も愛おしい。

 ティアンナは微笑み掛けるサフィールを見て、同じ様に微笑んだ。


「今日の君はとても綺麗だ、見惚れるほどに」


 社交辞令でも彼に言われると馬鹿みたいに浮かれてしまう。ティアンナはへにゃりと笑うと小さな声で『ありがとうございます』とぎこちなく礼を述べた。


 気恥ずかしくなったティアンナはそっと視線を下ろし、ドレスを見る。深海の様な濃い青から裾に向かって空色へとグラデーションとなっているドレス。キラキラと所々にあるパールも相まってこの国から見える水平線の様にも見えた。


「このドレスが美しいからでしょうか」


 紅潮したまま、ティアンナがそう言えばサフィールが首を横に振る。


「確かにドレスも綺麗だ。だが私は君が一番美しいと思う。そのドレスよりも何よりも」


 思わぬ言葉にティアンナは小さく悲鳴を上げた。『ひぇ』と溢れた声は恐らくサフィールにも聞こえただろう。

 サフィールは顔色を変えぬまま、緊張でガチガチのティアンナを食事のテーブルへとエスコートする。

 案内された先はバルコニーだった。


 広い広いバルコニーに一つのテーブルと一つの三人掛けのソファー。


 テーブルはガーデンテーブルと言うにはしっかりとした作りの豪奢な飾りのあるものだった。見るからに座り心地の良さそうなソファーは花火があがる方向を計算されているのだろう。何も無い方向を向いて置かれていた。


 まさかの対面ではなく、横並びにティアンナはヒュッと喉が鳴る。だがサフィールは何事も問題ないという様にティアンナを席へと誘った。


「さ、座ってくれ」

「は、はい」


 戸惑いながら腰を下ろせばやはり程良い弾力があり、座り心地が良い。それに今気付いたが、外だと言うのに全く寒さを感じない。恐らく何かしらの魔法が使われているのだろう。

 それでも寒さを感じるかもしれないと、後ろからエミリオが膝掛けを持ってくる。


 その涼しげな顔を見て、やはりこれが一般常識的に正しい席なのか?と納得しかけ、いや違うだろうと首をふるふると横に振った。




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