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23.あと一週間


 決意をすれば、日々は瞬きの速さで過ぎていく。あっという間に年内最後の診察日となった。年越しまであと一週間である。




「では次からは一ヶ月に一回の診察に?」


 ティアンナは突然の申し出に目を丸くし、内容を復唱した。この年が変わる時期にキリが良かろうと診察間隔の変更を打診されたのだ。以前エミリオに一ヶ月に一度の診察を打診した際は拒否されたのだが、どうやら状況は変化したらしい。


「ああ、仕事の隙間が今後取りづらくなりそうなんだ。本当なら今までと同じペースが良いんだが、どうにもならなくてな」

「いえいえ、私も薬が合っているのなら一ヶ月に一度でも全然大丈夫と思ってましたので大丈夫です。ただ……」


 ティアンナは目線を上にし、思案顔をした後ごそごそと鞄の中を漁り、取り出した薬の瓶をテーブルに置いた。


「ただ、今回も二週間分の薬しか持ってきていなくてですね。後でお持ちしても良いですか?」


 申し訳なさそうに眉を下げるとティアンナはサフィールとエミリオを見た。前もって言って貰っていたら一ヶ月分の薬を用意していたのだが、突然の話であったので当然薬も二週間分しかない。次の診察前に薬が無くなるのは好ましく無い為、そう伝えればエミリオがサフィールの背後から話し掛けてきた。


「それなら私が後程取りに伺いますよ。何時頃に伺えばよろしいですか?」


 ここ一ヶ月前までは少し機嫌が悪そうであったエミリオだったが、最近は雰囲気に穏やかさが戻ってきた。一体何があったのかは分からないが、機嫌が良いのは良い事だ。ティアンナは嫌味の無い整った笑みを浮かべたエミリオにほっとしつつ、頭の中で予定を組み上げる。

 恐らく帰ってすぐ作るのは会議があるので難しい。長引く会議ではないので、それが終われば作る事は出来るだろう。

 因みに会議というのはこのサフィールの診察についてのものだ。この業務を来年早々には引き継ごうと思っている為、誰が適任か話し合う予定なのだ。フィティルオーナ云々は勿論話していない。表向きは後継の育成だが、ティアンナの中では退職の為の引き継ぎと考えている。ゲルトにはサフィールに打ち明けた後伝えるつもりだ。もしかしたら遅いと言われるかもしれないが、どうしても最初はサフィールに伝えたい。


 ティアンナはぶつぶつと時間を計算し、そうですね…と口を開いた。


「恐らく16時には出来ているかと」


 絶対に出来ている確実な時間を伝えるとエミリオは自身の手帳を確認し、頷いた。


「ではそのくらいに取りに伺います」

「わかりました」


 16時16時と頭の中で反芻し、頭に刻み込む。忘れる事は無いとは思うが、何かあってはいけないので必要以上に繰り返してみる。


 そして診察も終わった為、ティアンナはテーブルにある診療録やインク、ペンなどを鞄にしまい込み始めた。いつも診察後に少しの雑談がある為、サフィールの様子を伺いつつ手を動かしていると真っ赤な瞳とパチリと目が合う。サフィールは目元を緩め、微笑むといつだかもした話題を口にした。


「あっと言う間に年が明けるな」


 これは花火の布石?と思う間も無くサフィールが楽しそうに話し出す。


「ティアンナ嬢、花火の事だが」


 やはりそうかと鞄に仕事道具を全てしまい込んだティアンナはドギマギと返事をした。


「は、はなび、ええ、花火ですね」


 ドギマギしすぎて挙動不審となってしまい、思わず口を抑える。緊張が隠せそうにも無い。何故なら花火は夜だ。しかも特別な年越しの花火。噂に寄ると今年は新皇帝即位もあった為例年より派手に打ち上げるという。そんな記念の花火の日にサフィールから誘われたのだ。学生時代からの想い人からの誘い。緊張しないでいられる方がおかしい思う。


 あれからティアンナは色々と考えた。何故サフィールが誘ってくれたのかを。迷宮に何度も何度も入り込み、お風呂も溺れそうになりながら考えた結果、ティアンナが導き出したのは『診察のお礼』だった。


 勿論この花火はサフィールにとっては『好きな人』を誘っただけなのだが、最初から『まさか自分なんて』と思っているティアンナの頭からは除外されていた。


 ティアンナは顔を無理矢理仕事モードに戻し、言い直す。


「花火ですね!!」


 今度は勢いがつき過ぎたが、もう言い直す事は無理だ。ティアンナは顔を若干赤くしながらサフィールの言葉を待った。

 サフィールはティアンナのおかしな様子に笑い出す。


「どうした?急に面白くなったな」


 触れてほしくないのに、触れてくる。ティアンナは蚊の鳴くような声で『なんでもないです……』と恥ずかしそうに俯いた。


「そうか。ふふ、そうだな」


 笑い声を含ませながら話すサフィールの姿にティアンナは穴があったら入りたい気持ちになる。


 そしてサフィールの楽しそうに笑う顔のなんと麗しい事。まずまつ毛が長い、鼻も高い。黄金比というのはきっとサフィールの顔だろう。これの横にちんちくりんな自分がいずれ並ぶなんてティアンナは考えたくもなかった。


 顔を下に向けながら、それでもチラリチラリと綺麗な顔を見ていると面白がる様にサフィールが顔を覗き込んできた。


「で、なんだが」


 テーブルを挟んでいる為、距離的には近くはならない。それでもその動きにドキリとする。反射で顔を上げるとサフィールが言葉を続けた。


「花火は私の部屋で見よう」


 満面の笑みでサフィールは『どうだろう?』とティアンナを真っ直ぐに見てそう言った。


(どうだろう?はどうだろう??ん?ん?)


 ん?とティアンナはサフィールの言葉を頭の中で整理する。『私の部屋』という単語が聞こえた。『私の部屋』とはサフィールの自室の事だろうか。まさかティアンナの部屋の事ではあるまい。この執務室もある意味サフィールの部屋だが、だとしたら『此処で』と言う気もする。


「え、ん?……ん?」


 混乱の極みだ。

 ティアンナは混乱と戸惑いを短い言葉で表し、視線をぐるぐると彷徨わせた。


「嫌か?」


 しゅんとした声が聞こえ、ハッとサフィールを見るとそれはそれは寂しそうな顔をしており、まるで雨の日の犬のように見えた。


(んんんん?)


 違うのだ。嫌とか嫌でないとかそういう話ではない。ティアンナはただ『私の部屋』という言葉の処理におわれているのだ。


 一介の薬師が仕事の労いの為だけに皇帝陛下の部屋に入って良いものなのか分からない。これは普通の事なのだろうか。


「嫌なら別に他の場所でも」

「あ、いえ、陛下のお部屋でも大丈夫です!」


 駄目押しの様に伏し目にしたサフィールを見て、ティアンナはそう答えるしか出来なかった。そもそも皇帝であるサフィールの答えに否と答えるなんて出来やしない。

 それでもサフィールの部屋で良いと答えてしまった事に少し震えてくる。本当に良かったのだろうか。本当に一介の薬師が皇帝陛下の部屋に入って良いのだろうか。言ってしまった事はもう戻せないので、どうしようも無いのだが不安しか無い。


 ティアンナの返事を聞いたサフィールは悲しげな顔からパッと笑顔に戻すと明るい声色を出した。


「そうか!良かった、じゃあ私の部屋で見ようか」

「……はい」


 サフィールの表情の変わり様に少し騙された気持ちになってしまう。いや、そう考えるのも不敬かもしれない。

 ティアンナは不安な気持ちを隠せず、いつも以上に下がった眉でチラリとエミリオを見た。見られたエミリオは目が合うとニッコリと微笑み、ティアンナの考えとは少し違う事を言い出す。

 

「大丈夫です。二人きりではありません。私も護衛の騎士も部屋におりますので」


 最初からその心配はしていなかったので、ティアンナは苦笑した。仕事の労いを二人きりでする事はほぼ無い事だと思っている。


 色々と考えていたが、段々と冷静になってきたティアンナはいつの間にか目の前にあったお茶を一口飲むとホッと一息ついた。


「でも、良いのでしょうか」


 落ち着きを取り戻しサフィールにそう問えば何が問題なんだ?と言いたげな顔でじっと見られる。


「私が良いと言ってるんだから良いんじゃないか?」

「そうですよ、何も二人きりじゃないんですから」


 二人に言われれば、そういうものかと納得するしか無い。


「じゃ、じゃあお部屋にお邪魔しますね」


 おずおずとティアンナが答えるとサフィールは満足そうに大きく頷いた。そんなに薬師を労ってくれるとは何とも薬師冥利に尽きるというもの。先程はまでは恐縮と不安でいっぱいだったが、ティアンナの胸にふつふつと喜びと気恥ずかしさが湧いてきた。


「では、当日は私が案内しますので就業時間に医務室に伺います」

「え、あ、わかりました」


 エミリオの言葉にティアンナは頷くと、ふと視界に入った左手の指輪を撫でた。


(あと一週間)


 あと一週間、そうしたらティアンナはこの指輪を外す。そして彼に打ち明けるのだ。自分がフィティルオーナの写身だと。自分があなたの伴侶なのだと。




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