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14.診察後


 指輪の事を忘れていた訳では無いが、突っ込まれるとは思っておらず、少し大袈裟なくらい隠してしまった。どう誤魔化そうかと、焦ったがはたと気付く。別に誤魔化さなくても良いのでは?と。

 ティアンナは曖昧に笑ってその場を凌いだ。

 サフィールの後ろにいるエミリオが面白そうに口を歪ませていたのが気になったが、気付かぬフリをする。今はサフィールでいっぱいいっぱいなので、そこまで気を回す余裕が無い。


「えと、それでですね」

「ああ」


 サフィールの短い相槌の後にティアンナは薬の事、症状の事、これからの事を形式に当てはめて話していく。質問があれば説明し、その反応を診療録に書き記していった。左手をあまり見られるのも気不味いのでテーブルの上には出さず、紙にペンを走らせる。普段、左手で紙を押さえて物を書いている為、なんとも書き辛い。斜めにずれていく紙を見かねてエミリオがポンとインクの瓶を紙の端に置いてくれた。

 前屈みだが、所作が美しい。エミリオの手からトントンと視線を動かし、顔を見ると嫌味なくらいにっこり微笑まれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます……」


 左手は出したくないんですね、という声が聴こえてきそうな顔に口端が引き攣ってしまった。


「で、話を戻すが血液検査か」


 コホンと咳払いの後にサフィールが話を切り出す。話の続きを催促され、ティアンナは頷いた。


「そうですね、出来れば定期的にお願いしたいのですが。万が一、体に影響が出ていたら直ぐに薬を変えた方が良いので。あまりに酷かったら全てストップという事もありますし」


 どうでしょう?とティアンナが問えばサフィールとエミリオが目を合わす。


「別にそれは問題ないよな」

「そうですね、急に倒れるよりは断然やって貰った方が良いでしょう」

「では検査課に伝えておきますので、日程の調整は検査課とお願いしますね」

「わかりました」


 一通りの話が終わり、ティアンナはテーブルに置いていた薬の瓶を一つサフィールの前に出す。エミリオの分はエミリオと視線を合わせてから少し端に置いた。


「今回のお薬です。2週間分なので次の診察も2週間後で宜しいですよね?」


 念の為の確認でそう聞くとサフィールが問題ないと頷いてくれた。だがその後、背後のエミリオを不思議そうな顔で見ると、これまた不思議そうな声を発した。


「何でお前の方が種類が多いんだ?」


 サフィールはエミリオが薬を貰っている事を知らなかったのだろう。片眉を上げてじっとエミリオを見る。

 エミリオは何か問題でも?と目線だけで伝え、テーブルの薬をヒョイと手に持った。


「……最近、顔色が戻ったとは思っていたが」

「部下が元気になった、宜しいじゃないですか。業務効率も格段にアップします」

「別に悪いとは言ってないだろ」

「ええ、そうですね。言ってはいないですね、言っては」


 二人の微笑ましいやり取りに小さく笑うとティアンナはテーブルの仕事道具を片し始める。もう話は終わりだ。忙しい二人の時間をこれ以上奪ってはいけない。手早く物を集め、そっと腰を上げたティアンナは軽く礼をした。


「ではまた2週間後に」

「ああ、また」


 赤い瞳が柔らかく細められ、それに胸が高鳴る。微笑みは駄目だ。心臓に悪い。

 ギュンとなった胸を手で押さえ、ティアンナはそそくさと部屋を後にした。


 サフィールが部屋を出て行くティアンナの背中に強い視線を注いでいたのだが、鈍いティアンナがそれを知る由も無い。気付いていたのはサフィールの背後に居たエミリオくらいだ。

 エミリオは未練ありげにティアンナを見ている主人に溜息を吐きそうになった。サフィールから直接聞いた事は無いが、きっと彼にとってティアンナは大事な人なのだろう。


(だから見つかって欲しくないのか)


 主人の憂鬱の理由を知り、複雑な気分に襲われた。これが普通の人間であれば告白をしろ、行動に起こせと発破をかけるのだが、サフィールであれば話は別だ。そんな無責任な事は言えない。何故なら彼には必ず結婚しなければならない人が出てくるのだから。


 エミリオは改めてサフィールの人生を考えた。この国で一番の権力を持つが、一番ままならない人生を送る人。その歪さを一生抱えて生きねばならぬサフィールを思って、少し悲しくなった。





 部屋を出たティアンナはその足で検査課へ行く事にした。検査課はその名の通り、様々な検査を行う課である。血液検査は勿論、魔石を使っての透視検査も行なっており、この皇城において医療の中枢的な課だ。大変優秀な人が多いのだが、それと比例する様に変人も多く少しでも地雷を踏むと大変な事になる課でもある。地雷を踏んだ後の反応は人によって様々なので一概には言えないが、面倒になる事には変わりないのでティアンナはいつもドキドキしながら検査課へ足を運んでいた。


「失礼します」


 ノックをしてから検査課の扉を開ける。だが、皆多忙そうに駆け回りながら仕事をしていた。当然、ティアンナの存在など誰も気付いてはいない。いや、気付いているのかも知れないが誰も反応してはくれない。これがいつもの事ではあるので、ティアンナは特段気にせず、一番話しやすい人物に声を掛けた。


「アネット」


 アネットと呼ばれた人は、早歩きよりも走っていると言った方が近い速度で移動していたが、ティアンナの声に体をつんのめりながら動きを止めた。

 トレードマークのほぼ頭のてっぺんにあるお団子はその速度でも全く乱れはしない。形の鋭い眼鏡を掛けており、アネットはその眼鏡と同じくらい鋭い視線をティアンナに向けた。


「この忙しい時間に何!?」


 ほぼ怒鳴っている様な声量だが、これが彼女の普通である事は長い付き合いであるティアンナには分かっていた。初対面の人は驚くのだが、別に彼女は怒っている訳では無い。ただ声が大きいだけなのだ。


「あ、すぐだから、すぐ終わるから」

「はい!じゃあ直ぐに言って!今言って!何!?ほら!」


 ズンズンと近寄って来ながらアネットは矢継ぎ早に催促する。それにも動じず、ティアンナは口を開いた。


「陛下とコストナー小公爵が血液検査をします。直接検査課に予約に来ると思うので対応お願いします。誰が予約しに来るかは分かんないです。多分秘書官さんかコストナー小公爵かな?少なくとも陛下以外が来ると思う。あとこれ検査票渡しとくね。基本セットで大丈夫。以上です」


 アネットの早さに合わせて説明し、必要書類を渡せばアネットが珍しく驚いた顔をしていた。


「どうしたの?」

「やっと陛下検査来るのね!働き詰めでいつ来るのかって話してたのよ!」

「駄目元で聞いてみたら快く受けてくれたよ」

「あっそー!良かったわー!じゃあ周知しとく!ありがとねー!」


 最初とは打って変わって明るい声色になったアネットは伝票を確認して、仕事に戻っていった。


 因みにアネットとティアンナは同級生である。チャキチャキ動くアネットにのんびりしているティアンナの組み合わせは在学当時、学校の七不思議の一つにされていた。絶対合う組み合わせではないだろうと思われていた様だ。だが実際はそんな事はなく、特に喧嘩も無く学校生活を送る事が出来た。恐らく二人共とてもマイペースだった、というのが一つの要因だろう。


 ティアンナはそんな旧友の職場からそっと退出し、扉を閉めた。

 さて、医務室へ帰ろうと振り向いたその時、ティアンナの体に何かにぶつかる。ドンと身が詰まった様なものの衝撃が体に伝わり、その勢いでティアンナは検査課の扉に張り付いた。


「うわあ」


 気の緩みから驚きの声を上げ、扉にこれでもかと張り付いているとちょうどぶつかったあたりから声がしてきた。


「どうしたんじゃ、トカゲみたいに張り付いて」


 ドッドッと激しい心音が扉に体を押し付けているからかよく聞こえる。

 ティアンナは声の方をゆっくりと確認して、その人の名を呼んだ。


「ベック卿!」


 その人は編纂室のトップであり、生き地引でもある人物、ティモ・デ・ベックであった。




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