引かれる手
この街の、ある道には、ある伝承が伝わっている。それは、夕方以降、その道を通る時は、手を空けてはならないという事だ。もし空けていたら、何かに手をつかまれ、あの世に引きずり込まれるというのだ。
「まぁ、ただの昔話なんだけどね」
「ふーん」
大学の研究で、地域の伝承を調べていた私は、こんな話があると聞いて、詳しい友人に話を聞きに来た。
「過去にいなくなった人は?」
「何人かいるよ。けど、それは別の話かな」
「別の話?」
「大人になってから知ったんだけど、この道で海外に拉致された人がいるからだよ」
「拉致……」
「だから、子供たちがここを使わない様に、怖い話を作ったんだって」
「なるほど……妖怪とかもそうやって作られたっていうよね」
話を聞き終え、現地でその道の写真を撮る。海沿いにあるその道は広く、300メートルほどのまっすぐな道だ。左手には住宅街。右手には2メートルほどの塀と堤防を挟んで海。この街が田舎だからというのもあるだろうが、もうすぐ夕方というこの時間で、すでに人気は少ない。
「確かに不気味な感じはあるかも」
やがて海に沈んでいく夕日。塀と堤防で陽は遮られ、すでにこの道は薄暗くなりつつある。この雰囲気だけでも怖がりな子供は嫌がるかも……まぁ、今回は真相を知っているので、現場の写真を撮った今、もう用はない。最後に、自分で試して、終わりだ。両手を開け、その道を歩き始める。
「………」
ゆっくり、歩いていく。左には、民家が並んでおり、塀越しに夕食を作る音や、匂い。子供たちの騒ぐ声。掃除機をかける音。生活音が聞こえてきて、どこか安心させてくれる。右手は、波の音と、鳥の声。ただ散歩するだけなら、リラックスできるいい散歩道だ。
「……ん?」
両手をプラプラと垂らしながら歩いていたが。一瞬、左手に何かが触れた気がした。
「虫かな?」
特に気にせず進み、残り100メートルになったところで。
「!?」
ぐいっと、強く左手を引っ張られる。
「な、なに!?」
振り返るが、誰もいない。
「え? え?」
周囲も見渡すが、やはり誰もいない。けど、左手に残る感触。人の手だった。何かが、左手を引いた。
「………」
先ほどまで聞こえていた生活音や、波の音が聞こえず、静寂の中、危機感を覚え始めた私は残り100メートルを駆け抜ける。あと少し……塀と堤防が終わり、大きな道に出れば、この道は終わる。あと少し。あと一歩というところで……再び、手を引かれる。
「うっ……!?」
そこで気がついた。ついさっきまで私は道の出口直前にいた。なのに……今、道の真ん中に立っている。
「何で……!?」
反対側の道へ走る。だが、やはり出口直前で手を引かれ、また真ん中に戻される。
「ど、どうしたら……」
夕日が完全に沈み……外灯の明かりが、ポツポツと道を照らす。このままだとまずい。何とかして脱出しようと考え……
「ごめんなさい!」
通報されるかもしれないけど、仕方ない。民家の塀を乗り越え、敷地内から脱出を図るが……
「え……?」
塀の向こう側にあったのは民家でもなんでもない、真っ暗な空間だった。
「そんな……じゃ、じゃあ!」
反対側の塀を乗り越え、海側を見ると。
「ひっ!?」
海から無数の手が伸び、こちらを手招いている。あの話が本当なら、ここはもうあの世という事になる。だから、あの手を見るとそう思えてしまい、海から離れる。
「こんなの、どうしたら……」
と。スマホにメッセージが届く。そこには。
「あ……」
この道について教えてくれた友人からだ。私はそのメッセージを読むと、スマホを収め、右手と左手を胸の前で組み合わせ、祈るような手の形を取り、そのまま道を進んでいくと……
「あ……」
手を引かれることなく、道を抜けた。生活音や波の音が聞こえ始め、安堵からか力が抜けてへたり込んでしまう。
「た、助かった……」
友人からのメッセージ。それは、手を引かれたときの対処方法だ。伝え忘れていたからと送ってくれたのだ。
「あれなら手を引かれることもないし、祈ってもらってるように見えるから見逃される……ね」
対処法があったのは本当に運がよかった。けど、作り話なのにどうして対処法なんかあるのだろうか。もしかしたらと思い調べたところ……拉致されたとされるのは子供ばかりで、今も見つかっていないらしい。それが意味するのは、この道に関する話は、拉致を恐れて作られたのではなく……そういう話にしておかなければ、私のように面白がって訪れる人が後を絶たなくなるからなのかもしれない。なぜなら、未だ見つかっていないのに、海外に拉致されたというのはおかしいからだ。この研究については、このままお蔵入りにしておこうと思う。私と同じことをする人が現れない様に。
完




