名誉
謹慎というものを今一度、考えて欲しい。三番目の息子は、部屋を勝手に出て不平不満を言いに来る。
「婚約破棄をしたいと父上に言ったら、もう結婚してるって言うじゃないか! しかも男爵だ。僕は父上の三番目の息子なんだ。せめて伯爵だろう」
「確かに貴方は何もなければ、伯爵でした。ですが王家の夜会を騒がしたことで処分が下されたのです」
何もなければ、名誉伯爵となっていた。領地も無く、納税の義務もなく、社交の義務もない。ただ平民でもないが、貴族でもない。
「そんな、男爵ではエルシーに楽をさせられないじゃないか」
「維持費が毎年入りますから、そちらで囲えば宜しいのでは?」
「囲うとは、エルシーに失礼なことを言うな」
「では、なんと言えば?」
名誉爵位では、支払われる維持費は一定だ。もともと国への貢献度が高い平民に対しての報奨目的で制定された爵位だ。完全な貴族にしてしまうと、領地を与えなければならない。それでは、他の貴族から反発が出てしまう。しかし、平民であっても功績を無下にするのは、不満が出る。そこで考えられたのが、維持費という名の報奨金を出し、さらに国に貢献してもらうことだ。
「エルシーは僕の恋人で妻にするつもりだ。それを邪魔したのは君だ」
「離縁したいのなら構いませんけど、そのときは平民になることをお忘れなく」
「何故、僕が平民になるんだ」
「結婚と同時に王籍を抜けたからですよ。一度、王籍を離れた者は、戻れないと決まっています」
平民になったら人知れず儚くなっているだろう。公式の書類上は、王家の血を引いていないことになっているが、実際は王妃が産んだ国王の子だ。
「平民になってもお相手が離れないなら良いですね」
「エルシーは、君と違って僕を愛してくれている。僕も愛している。二人には絆があるんだ」
「そうですか」
三番目の息子が謹慎している間に、相手の男爵令嬢は実家に帰された。特に王家も公爵家も咎めるつもりは毛頭なく、むしろ相手をしてくれていたことに感謝すらしていた。だが、令嬢の両親は三番目の息子に価値を見ていなかったのだ。それもそうだろう。婿入りしてきても子どもが望めず、遠縁から養子をもらうことになる。
そのときは、王家の息がかかった名目上の遠縁がやって来る。男爵家の血筋は、途絶えてしまう。それを受け入れることは、実質的なお家断絶を意味した。
「とにかく僕は君を愛することはない」
「そうですか」
言いたいことだけを言って去ったが、謹慎中だ。だけど、簡単に出てこられる管理体制を見直すべきだ。
約束通り私は、ルイーゼに招待状を出した。サロンや庭ではなく自室に呼んだ。
「フローレンス、待ってたわよ」
「ようこそ」
「なかなか良い部屋ね。小母様の武勇伝を話すのにうってつけだわ」
本当にそうなのか疑わしいが、外部との連絡を制限されている私には有難い友人だ。ルイーゼは、勝手にカップに紅茶を淹れて飲んでいる。側に控えているエマは空気のように何も言わない。
「まず、王妃が・・・王妃様って言わないといけないかしら? まぁ、いなくなるから良いわよね」
「どちらかと言えば、元王妃かしらね」
「そうね。まぁいいわ。でね。王妃がお茶会をしたのよ。名目は、あの方を王太子にできない不甲斐ない婚約者だったフローレンスを貶し、その親を叱責する会」
そこまで明け透けにしたのに噂も聞こえてこないということは、失敗したのだろう。あれから三番目の息子も部屋に来ない。来れないというのが正しいのかもしれない。
「王妃が叱責する前に、小母様の先制攻撃よ。結婚を祝福したの。そして、ファーカー公爵夫人とメリガン公爵夫人が追随した」
「どうして反王妃派の二人をお茶会に招待してるのか理解に苦しむわね」
「公爵家はみんな呼んだのよ。だけど、相手にするわけないわ。周りを誘導して同情を買うのは、王妃の十八番だもの」
王妃は、自分の好きな人と結婚するために周りの国を巻き込んで騒動を起こした。婚約者でも無いのに結婚できないことを嘆いて、自殺未遂を演出した。
「それを失敗したのね」
「王妃に同情する貴族がこの国にいるわけないのに、まだするなんて相当図太い神経の持ち主よ」
王女の自殺未遂が周辺国に知れ渡り、結婚しないのは王女が可哀想だとか、血も涙も無い国だとか、散々なことを言われた。国際社会では爪弾きになりかけた。解決策は、婚約の打診すら無かった王女を娶ることだった。
「王妃のお父様は、それはそれは溺愛してたものね」
「娘を娶らないのは、娘に問題があるとでも言うつもりか! みたいなことを言ったんでしょ? その通りよね。そう思うでしょ? フローレンス」
「ええ、思うわ」
「さらに、普通は関税優遇とかあるのに、むしろ王女を娶れたことを感謝しろとばかりだったらしいじゃない」
「王妃に自殺未遂を選ばせるほどに、思わせ振りな態度を取っていたことの慰謝料として関税を上げたしね」
「王妃の兄は常識のある人のようで、国に帰ってきた妹を幽閉するそうよ。関税も元に戻して、今まで支払った余剰分を返還するんですって」
王妃は年の離れた兄を苦手としているようで、甘やかしてくれた父親が亡き今、誰も庇ってくれない。周りの国も世代が交代した途端に、王妃の所業を批判していた。
「で、フローレンスの旦那様はどうなの?」
「さあ? しばらく文句も言いに来てないから分からないわ」
「謹慎中にも関わらず、二回も部屋を勝手に出たことを咎められて、南の塔に幽閉が決まったのよ」
「よくそんな情報を手にするわね。相変わらず感心するわ、ルイーゼ」
「ただ、あの母親に育てられただけあって、男爵の地位になったのは、フローレンスのせいだって世話係に毎度毎度言っているそうよ。同情を買って、爵位を上げさせたいみたいね」
同情を買おうにも、三番目の息子が結婚と同時に王籍を抜けることは貴族社会では有名な話だ。ただ、それを理由に蔑ろにして、王妃に自殺未遂を演じられても困るから適度に相手していただけだった。自殺未遂を演じれば、自分の思い通りになることを学んだ王妃は、嫁いでからも度々、自殺未遂騒動を起こしていた。
「もう誰も守ってくれないんだから目に余るようだと儚くなるのに気付かないものかしらね? 今のあの方は平民なのだから簡単よ」
「名誉男爵は、ただの勲章だものね。まだ私の夫らしいから完全な平民とも言えないけど」
「フローレンスは、結婚前にガルダイア公爵家が持つ爵位のひとつを譲位されたのだったわね」
「一応、伯爵家をね。ただ、私は伯爵当主として結婚して無いから完全な貴族とも言えないのかしら?」
「あの方の身分は、的確なものが無いわね。南の塔は砂漠の中にある塔で、身分問わずに入れるところだから構わないのでしょうね」
南の塔は、王家に残して置けない王族を収容するための塔だ。王籍から抜いても貴族社会で問題を起こしそうだと判断されると入れられる。王妃に関しては、他国の出身の元王女であったことで入れられなかった。
三番目の息子は、王妃の国から血縁ではないと公式発表されている。当時、王妃の父親は、王妃を溺愛していたが、娘が産んだ子に対して驚くくらいに関心を寄せなかった。むしろ、王妃に出産の痛みを与えた存在だとして嫌悪すらしていた。
「ようやく面倒な王妃がいなくなって、この国も平和になるわね」
「王妃のお父様が国王でいるうちは、下手なことができなかったもの」
「よくあんなので国王を続けられたわね」
「側近が優秀なのよ」
あの国は、王妃が産まれるまでは可もなく不可もなく平凡な国だった。周りにとって不幸だったのは、最高権力を持ってから変わったことだ。周辺国は、外交の一貫として婚約話を出すと、娘が王妃では無いことに激怒して流れた。
そういう経緯もあり、自殺未遂騒動が起きたときに周辺国は、我が国に押し付けられるように陽動した。
「また呼んでね。フローレンス」
「もちろんよ。ルイーゼ」
そう約束したが、ルイーゼとのお茶会の翌日に三番目の息子は、愛人と一緒に逃げ出した。愛人に対しては、新居に行くと嘘を言ったそうだ。
「まさか腰ほどの深さの湖に入って、心中未遂を演じるなんて、血は争えないわね」
「お嬢様」
「知ってる? エマ」
「何をでございますか?」
「何故、王妃が懐妊したか」
「いいえ、存じ上げません」
「国王と妃殿下の閨の場に乱入したそうよ。そして、お得意の技を使ったそうよ」
妃殿下に何故、許したのか聞いてみたことがあった。深い呆れの溜め息とともに聞いたのは、毎晩の自殺未遂騒動の顛末だった。一夜を共にすれば、今度は子どもと要求は留まるところを知らずに増えた。
「それは何とも恥知らずな行いですね」
「どの国も、そんな人を王族にしたいとは思わないもの。火の粉が飛んで来なければ、対岸の火事には見てみぬふりよ」
王妃は自殺未遂演出が通用しない兄の監視のもと王族としての教育を受けさせられているらしい。もともと甘やかされていたから集中力が無いが、騒いでも誰も助けてくれない。何でも叶えてくれた父親がいないことで、ようやく現実を見たようだ。
「一応の私の旦那は、どうなると思う?」
「南の塔に入ったきり出て来ないのではありませんか?」
「そうね。愛人と別れさせられたと思うのかもしれないわね」
強制的に南の塔に入れられた三番目の息子は、毎日脱走しようと無駄に頑張っていると報告があった。塔から出た瞬間に撃ち殺されるとも知らないで。愛人の方は、周りに王妃になると吹聴していたようで、白い目で見られていた。男爵令嬢の父親は、娘が側妃以前に王家に嫁入りできるほど優秀では無いことに気付いていて、ただの箔付けに三番目の息子を利用していた。
公爵令嬢よりも寵愛を得た男爵令嬢という肩書きで、金持ちか余剰爵位を持っている貴族に売り付ける算段だったようだ。それが、完全にご破算になり、勘当同然の扱いをしている。
「フローレンス様」
「ルーサー、どうしたの?」
「中庭の薔薇が見頃だと騎士仲間から聞きました。見に行きませんか?」
「ええ、もちろん」
護衛騎士は有事でも無いのに、勝手に部屋に入ってこない。だけど、ルーサーは特別だ。侯爵家の次男で、文武両道で、王家からの婚約が無ければ私は、ルーサーと結婚していた。
今回のことで王家に認めさせた私の愛人だ。今の夫とは死別すれば、再婚が可能だ。そして、そのときは、そう遠くない。




