忠言
ルイーゼは、話し終えて満足したようだ。まさかタルメニ家が慰謝料の回収に架空請求を使うなど、誰が信じるだろうか。
「まぁ、それまでにも色々あったけどね」
「何があったのよ」
「アルダルナ家が言うことには、支払いは慰謝料でするからタルメニ家に直接渡せって言ってたのよ」
すでに全額を一括で現金で届けたとルイーゼが言っていた。支払ったことを大々的に言っていないが、タルメニ家が支払いを渋っていると勘違いさせるようなことは止めた方が良い。
「店の人も迷惑ね」
「本当にね」
話が尽きることが無く、侍女に止められるまで話してしまっていた。起きたときは寝不足だったから馬車でも仮眠した。仕方ないと言いながらエマが同乗して学院に着いたら起こしてくれる。
「寝不足の歴史学は辛いものがあるわね」
「そうね」
「お辛そうですわね。ガルダイア公爵令嬢」
「ええ、ファーカー公爵令嬢、メリガン公爵令嬢」
「そんなに王妃様の教えが厳しかったのですね」
ただの夜更かしなのだが、わざわざ訂正するつもりはない。反王妃派の二人にとって事実よりも王妃の評判を下げる醜聞の方が重要だ。
「それで我が国とは異なる教育を受けたと聞きましてよ」
「ええ、なんでもお辞儀をしたまま何時間も静止するとか?」
「王妃様は細かく指導なさったのね」
「不出来なわたくしでは、時間をかけるしかできませんもの。ただ、王妃様のお時間を使っていただくほどでは無かったみたいですわ」
私も彼女たちも嘘は何一つ言っていない。反王妃派の二人を満足させる情報は提供できたようで、腹の探り合いは終わった。
「来月の王家の夜会で会いましょう」
「ええ、それが良いわね」
来月の夜会まで、王妃の指導方法が面白おかしくお茶会の話題になるのだろう。すでに聞き耳を立てた学生たちが小声で話している。この調子なら王妃が否定したところで終息することは無い。
「それで来月の夜会にあの方は、エスコートできないって言ってきたんですって?」
「耳が早いわね」
「当たり前よ。婚約者との初顔合わせに愛人を同席させるような人の動向に注目しない方がおかしいわ」
そう。初顔合わせで側妃を容認するように求めた男が、大人しく夜会に婚約者をエスコートするわけが無い。愛人の男爵令嬢に自分の瞳の色の宝石を用意していると、報告があった。
それのどこがおかしいのか理解していないようだ。父親が側妃に自分の瞳の色の宝石を贈っているからだろうが、意味合いが違う。自分にとって都合の良いところだけしか理解しない。
「来月の夜会は、伯爵家以上しか参加できないはずなのに、何故か男爵令嬢だけに招待状が届いたそうなのよ。不思議ね」
「そうね」
「手を回したの?」
「少しだけね。いつも庇ってくれる王妃が不在の中で、高位貴族たちにどう立ち向かうのか知りたいと思ったのよ」
王太子になると信じていながら、王太子教育を受けていない矛盾に気付いていない三番目の息子が立ち向かえるはずがない。私としては、結婚したあとは王妃のように引きこもって気に入った人とだけの内輪の夜会で終わらせて欲しい。
「じゃあ、来月の夜会。楽しみにしてるわ」
「ええ」
三番目の息子は、夜会に出るための服のデザインをなかなか決められず、学院を休んでいる。男爵令嬢も同席してお揃いのデザインを考えているようだ。
エスコート無く夜会に参加した私に嘲笑が向けられることもなく、約束したルイーゼとの会話を楽しむ。三番目の息子は、男爵令嬢をお供に挨拶周りを試みるが、会話が続かず機嫌が悪くなって、早々と切り上げている。
「ねぇ、あの方が愛人を引っ付けてこちらに来てるけど、何かしらね?」
「楽しい話で無いことは確かね」
二人はお揃いのデザインだが、豪華さは三番目の息子の方が上だ。おそらく男爵家では同じ豪華さの服を仕立てられなかったのだろう。刺繍の複雑さと大きさで桁が変わる。さらに夜会に間に合わせるとなれば、特急料金も請求されたはずだ。
「君には失望した」
「何のことでございますか?」
「白々しい。僕が側妃を認めるように要請したことに腹を立てているのだろう? 口では認めるように言っていたが、いや、最初は断っていたな。王家に逆らうとは不敬だ。むしろ反逆者として捕らえねばなるまい」
三番目の息子が血迷ったことを高らかに宣言している。ルイーゼも驚いて持っていたグラスを落としそうになっていた。
「反逆者、とは不穏なことですね」
「何を言っている。反逆者のくせにふてぶてしいことだ。自分だけに寵愛が向けられないことに対する抗議なのだろうが、陰湿だ。愛するエルシーが着るドレスの質を落とさせたことは、看過できない。よって、君には婚約破棄を申し付ける」
何を言い出すのかと周りの貴族は冷めた目で見ている。周りが味方をすると思っていた三番目の息子は、思った反応が得られず、ようやく現実が見えたようだ。
「待て、僕が話しているのに何も言わずに離れるとは何事だ」
「そう言われましても」
「ええ、殿下には我々に命じる権限はございませんし」
この夜会は王家主催ではあるが、主催者は国王だ。国王以外の王族も招待客に過ぎない。つまり、三番目の息子と会話をするかどうかは、同じ招待客の判断に委ねられる。
「だが、王族である僕を無視するのは不敬だろう」
「そう言われましても」
「ええ、公爵令嬢が男爵令嬢のドレスの質を落とさせたというのは、信じられませんし」
「見たところ男爵家で仕立てるのに十分な質のドレスであると思いますよ」
三番目の息子は、自分の言うことを誰も信じてくれず癇癪を起こす。男爵令嬢は、周りの貴族にやり込められている三番目の息子に嫌気が差したのか逃げようとしている。
「婚約破棄も殿下の一存で決められることではありませんし」
「陛下に申し出てみられては如何かと」
「ちょうどお見えになられましたし」
子どもが騒いだだけのことと失態を無かったことにしてくれた高位貴族の厚意を三番目の息子は一蹴した。これでは陛下も庇い立てできない。
「そうだな。父上にも聞いてもらおう。よりにもよって王家から打診されたことに胡座をかいて、王太子となる僕の寵妃を貶めるような者と婚約など続ける意味が無い! 父上、僕はエルシーを王妃として迎え、王位に就きたいと思います」
「・・・そうか。お前にそんな思想があったとはな。仕方あるまい」
「ふん。聞いたか。父上も認めたのだ」
「・・・認めてはおらぬ」
「えっ?」
「ハンフリーは、少し疲れているようだ。部屋に連れて行け」
味方であるはずの父親から梯子を外された三番目の息子は、近衛兵に両脇を固められて連れて行かれた。残された男爵令嬢も近衛兵に促されて三番目の息子に同行する。残されたところで味方がいないのだから退出するに限る。
「済まぬが、このまま教会に向かう」
「かしこまりました」
陛下は王命による強制婚姻の手続きをするのだろう。その姿をカーテシーで見送る。三番目の息子と私の結婚は何があっても遂行されることが決まっている。そこに互いの意思は関係なかった。
「気軽に会えなくなるわね。フローレンス」
「もう少し大人しくしてくれてれば良かったのだけどね。招待状送るわね。ルイーゼ」
翌日から私の生活は、城に移った。三番目の息子の妻となったからだ。そして、王妃が病を理由に離縁され、母国に帰されることが決まった。
三番目の息子の妻用の部屋で荷解きをしていると廊下が騒がしくなった。護衛の騎士が追い返そうとするが、相手は元王妃だ。強硬手段に訴える訳にはいかない。
「良いから、そこを開けなさい! わたくしが話をします!」
「お通しすることはできません」
「あの娘が不出来だからハンフリーが王太子になれなかったのです! 良いから開けなさい」
押し問答は元王妃の根負けのようだ。おそらく三番目の息子の失態を私に擦り付けるためのお茶会の時間が差し迫ったのだ。そう思い通りに行くはずはない。そのお茶会には、私の母が出席することになっている。元王妃が勝てるはずの無い相手だ。
「エマ、今日の予定は?」
「特にございません」
「久しぶりに刺繍でもしようかしら」
放課後は城に呼び出されることが多かったから自由な時間が少なかった。今は、貴族としての義務も皆無のため好きなことに没頭できる。三番目の息子は、すでに王籍から外されている。気付くのがいつかは神のみぞ知るというところだ。
あの夜会から三番目の息子は、部屋に無期限の謹慎を言い渡されたそうだ。愛人を連れて夜会に来ただけなら黙認できても、さすがに婚約破棄は無視できない。
「・・・騒がしいわね」
「見て参ります」
見張りの騎士との押し問答の末、訪問者は入ってきた。エマも強くは出られない相手だ。
「どうして母上が離縁され、国に帰されるのだ。君が何か言ったのか!」
「どうぞお掛けください。わたくしは何も申しておりませんわ。強いて言うなれば、今回の責を取るために離縁することになったのです」
「何故、母上が君の責を取らねばならんのだ」
「わたくしのではなく、貴方の責を取るためにです。貴方を反逆者にしないために離縁となったのですよ」
「反逆者は君だ。何を言っている」
「子を産めないことになっている王妃の無聊を慰めるための養い子である貴方に王位を継ぐ資格はありませんよ」
「はぁ?」
気付かなかったのかとも思うし、気付かないようにしていたとしても、我が国の法律を学べば察しがつく話だ。実際、それで気づいた子ども世代は多い。
「なら僕は母上や父上の子ではないというのか!」
「ある日突然、王妃がお抱きになっていて、国王陛下が三番目の息子相当の扱いをすると公言されたと聞いていますわ」
「僕は王族ではないのか?」
「出自が明らかにされていませんし、貴族なのか平民なのかも分かりませんわ。ただ王妃がお腹を痛めて産んだ子だと言うので、周りも配慮していたまでのこと」
私は嘘は言っていない。この国の法律で側妃を娶る場合は、王妃に二人以上の子がいる、もしくは、三年以上、子が産まれなかったのいずれかを満たせば、娶れる、と書かれている。そして、例外として王妃が不妊であると公言した場合は、期間の定めなく側妃を娶れる、とも書かれている。
「王妃は嫁ぐ際に、不妊であると公言していますから貴方が王妃の養い子となるのです。国王の実子扱いではない貴方が王太子になると言うのは、王位簒奪を目論む反逆者となるのです。反逆者は、わたくしではありませんよ」
「なら、責は僕が負うものだ。何故、母上が問われるのだ! それに僕は謹慎を受けた。十分だろう」
「貴方が未成年だからですよ。王妃は貴方が王位簒奪を企てるように育てたことの責で離縁されるのです。謹慎程度で許されるような罪ではないのですよ」
三番目の息子の教育に陛下は一切、関わっていない。もっと言えば、三番目の息子は王族だけが知る暗部も知らない。
「僕が国王になれないのは分かった。だが、それでは側妃が持てない。だから婚約破棄をする」
「わたくしから申し上げることはありませんわ」
「もう僕の婚約者じゃないから荷造りをしておいてくれ」
確かに私は婚約者ではない。強制婚姻の手続きによって妻となっている。そして法律上、死別以外の離縁する手段が無い。
「いつ気付くかしらね?」
「気付いたら騒がれるのでは?」
「騒いでもどうしようも無いわよ。王妃と同じく病にはなるかもしれないけど」
これで優秀なら文官にでも推薦できたが、下位貴族よりは優秀かもしれないという能力では周りが苦労するだけだ。凡庸な王を御輿に乗せて担ぎたいという野心家貴族にすら三番目の息子は旨味が無い。
「王妃からの呼び出しが無いと平和ね」
「はい、とても」
無期限の謹慎を言い渡された三番目の息子は、あの足で陛下の執務室に行き、改めて婚約破棄を言ったそうだ。そして、強制婚姻の話をされた。その後、名誉男爵を授与されたことも。




