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撤退

 昼寝から起きると、リゾットとソーセージを用意してもらい部屋で食べる。久しぶりに本でも読もうかと考えていると、執事が部屋に来た。私宛に先触れが届いたからだ。


「ルイーゼからね。学院帰りに寄るそうよ。おもてなしの準備をしてちょうだい」


「畏まりました」


 普通は、格上の家に当日訪れる先触れを出すことは、まずもって無いが、そこは友人の気安さで不問にしている。それに学院での状況も知りたい。


 約束通りにルイーゼが来ると、自室に案内する。お茶とケーキが運ばれると、人払いをした。


「聞いたわよ。王妃にしごかれたんですって?」


「話が早いわね」


「当然よ。昨日、小母様からお手紙を貰ったの。だからね、今日しっかりと伝えといたわ」


 ルイーゼは交遊関係が広い。明日には学院中に知れ渡っている。


「それとね、私の元婚約者なんだけど、苦情を言ってきたわ」


「苦情?」


「そう、苦情」


 ルイーゼは、ケーキを一口食べて顔を綻ばせる。外では体面というものが大切だから顔を綻ばせることはできない。ルイーゼが半分ほど食べるまで紅茶を飲んで待つ。


「そう、苦情」


「三回も言わなくても分かるわよ」


「あら、そう? あのパーティーの翌日、つまりは昨日ね。一人寂しくカフェでお茶をしていたところに・・・」


「情報は正確に」


「あら、そう? あのパーティーの翌日、つまりは昨日ね。同級生とカフェでお茶をしていたところに・・・」


「情報は簡潔に」


 ルイーゼはお気に入りの情報を劇場的に話す癖がある。一言で済む話が二時間の観劇になることも珍しくない。暇なときは聞くが、今はそこまで時間はない。


「私の元婚約者が苦情を言いに来たのよ。何故かあの方の愛人を引っ付けて」


「はぁ? なにそれ」


「ねぇねぇ、聞きたい? 聞きたいでしょ?」


 ルイーゼの策略にまんまと、はまってしまった。だが、それも話題を提供してくれた元婚約者であるレオンジェスが悪い。


「友達とお茶をしてたわけよ。そこにレオンジェスが来て、苦情を言ったのよ。『諸々の請求書が当家に届いた。いくら慰謝料を支払いたく無いからと言って、このように回収するのは、貴族として恥ずべきことだ。王命に反することだから正式に抗議させてもらう』だったかしらね。要約すると、こんな感じね」


「それは、大変理解に苦しむ内容ね。よく要約できたわ」


 劇場的に話す意欲が削がれるような内容だったことは、心底同情できる。それを三番目の息子の愛人を引っ付けて言うのだから状況と内容を理解するのに苦労したことだろう。


「そこは、ファーカー公爵令嬢とメリガン公爵令嬢が頑張ってくれたのよ」


「反王妃派二大筆頭じゃない」


「それはそれは、墓穴を掘る聞き方をしてくれたわ」


 反王妃派だからと言って、王妃の息子と婚約している私の敵という訳ではない。むしろ王妃の言動に振り回されている私に好意的だ。表立って手助けはしないが、三番目の息子と従順な取り巻きが失脚するように罠を張り巡らせている。


 従順な取り巻きというのが、レオンジェスや三番目の息子を国王にしようと積極的に動いている子息たちのことを言う。王妃ですら庇えないほどのことをしでかすのを手ぐすねを引いて待っている状況だった。


「アルダルナ家宛の請求書のほとんどを我がタルメニ家が支払っていたのよ。だけど、婚約関係が無くなったから今後は支払わないって、懇意にしている店に連絡をしたら、その日のうちにツケ払いの請求書をアルダルナ家に送ったみたいよ」


「代金が回収できないとみて、送ったのでしょうね」


「タルメニ家が支払うからって、ツケなのに、借金で首の回らない侯爵家にツケを許すほど商人は甘くないわ」


 嫌がらせとして請求書を回したと考えているようだが、請求書の店名と品目を見れば自分が買ったものか分かりそうなものだ。それとも、それが分からないくらい買い物をしているのだろうか。私には考えられない。


「次男と三男も騎士として働くのかしら?」


「それよりも力のある未亡人の後夫にした方が良いんじゃない?」


「すごいこと言うわね。ルイーゼ」


 ただルイーゼの言うことも分からなくもない。レオンジェスが産まれたときには借金に追われており、本人が真面目にしているなら手を貸すのも吝かではない。生まれる前のことの責任を問われても困るだけだ。


「まぁ、だとしても次男と三男ではなく、当人がいくべきよね」


「今、うっすらと彼岸が見えたわ」


「気のせいよ」


 ルイーゼは辛辣なことを言いながらも、情に厚いところがある。アルダルナ家がタルメニ家に支払いを押し付けるようになってから、解消の話は何度もあった。そこを押し留めたのはルイーゼだ。でも、その情を捨てさせたのは、何を隠そうレオンジェス自身だ。


 レオンジェスが三番目の息子の愛人と顔を合わせるまでは、婚約者として正しく交流していた。借金の問題を除けば、仲睦まじい夫婦になっただろうことが悔やまれる。


「明日は学校に来るわよね?」


「えぇ、そのつもりよ」


「ファーカー公爵令嬢とメリガン公爵令嬢が是非ともお昼をご一緒したいわ、ですって」


「あら、楽しみね」


 王妃()反王妃派()は味方という言葉があるように、目的が同じである限り頼もしい味方だ。王妃の非常識な振る舞いを一手に引き受けている私の味方でもある。今のところは、という注釈はつくが。


「そして、まだ話したいことがあるのよ」


「夕飯を一緒にしましょう。泊まっていけば良いわ」


「そう言ってくれると思って待ってたわ」


 幼馴染みでもあるルイーゼは良く我が家に泊まっている。そのこともあってルイーゼの兄との婚約が決まったという経緯もあった。


「それで、小父様と小母様のご機嫌はいかが? フローレンス」


「お父様は、穏便に婚約解消を考えているわね。お母様は、毎日楽しくお茶会で王妃や三番目の息子のあることないこと、ないことの割合で話してるわ」


「小父様には悪いけど、婚約解消は無理でなくて? 陛下に泣きつかれたから受けたのでしょう?」


「そうよ。友人のよしみで受けたは良いものの、ここ最近は後悔してるわ。お母様からは、これなら隠し子がわらわら出てくる方がマシですって」


 後悔するのが、凄まじく遅い気がするが罰はすでに受けている。公爵家の当主らしく、お人好しではないし、無条件に人を信じるのでもない。ただひたすらに押しに弱く断れないだけだ。


「小母様らしいわね」


「そんなお父様だからこそ、お母様が選ばれたのだけどね」


 不利になることに首を縦に振らないが、断言して断らないため、相手も脈ありと見て居座ることがある。そんなときにお母様が出ていき一刀両断する。これまでは上手くいっていたのだが、フローレンスの婚約だけは失敗した。


「小母様は、私たち世代の生きた教科書だもの。当然よ」


「嫁ぎ先で影の支配者になるって?」


「そうしたら姑いびりとか無いでしょ?」


 この婚約は、先代当主夫妻の逆鱗にも触れてしまいお父様は当主権限を凍結されている。今は、お母様が代理当主として家政を任されていた。


「それで、元婚約者の苦情の内容なんだけどね。カフェにいたら・・・」


 どんな難解な書物よりも解読に苦労しそうだが、どうせ明日には知れ渡っている。ここで聞いておいた方が賢明な判断だ。


「あら、今日はお一人ですのね。タルメニ侯爵令嬢」


「ガルダイア公爵令嬢と喧嘩でもなさいましたの?」


 ルイーゼがカフェでティータイムを楽しんでいると、反王妃派の二大巨頭の令嬢が近づいた。派閥が違うと示すために家名で呼びあっている。


「喧嘩などしておりませんので安心してくださいな。ファーカー公爵令嬢、メリガン公爵令嬢」


「まぁそうでしたの? わたくしたちの早とちりでしたのね」


「えぇ、いつも一緒にいらっしゃるから、てっきり」


「あとで、ガルダイア公爵令嬢は来られるのかしら? わたくし、お伝えしたいことがありますのよ」


 学院内のカフェだから嫌でも人目がある。それを分かっていて声をかけてきた二人の意図に気づいたルイーゼは、小さく笑った。


「フローレンスは、今日学院に来ていないわ。何でも王妃様に呼ばれたとか」


 初めて聞いたように装っているが、すでに事実として知っていることの確認作業だ。周りも気にしていないように見えて、聞き耳を立てている。


「まぁ、では、あのことは本当でしたのね」


「えぇ、ガルダイア公爵令嬢が王妃様の指導を受けて帰って来ないというのは」


「仕方ありませんわ。幼い頃から直々に教育を受けても及第点なのですから」


「そうですわね。もう何年も同じ教育を受けていらっしゃるのに、王妃様の忍耐には頭が下がりますわ」


 一見、王妃を持ち上げているように聞こえるが、実際はオウムのように繰り返すしかない王妃を貶している。言葉の真意は、その人の立場によって変わるから気を付けなくてはならない。


「おい! どういう神経をしてるんだ!」


「・・・アルダルナ侯爵令息、それはどういう意味でしょうか?」


「今まで支払ったことの無い店からの請求書だ。聞けば、お前のところが懇意にしているところらしいな」


 婚約者や友人であっても会話に割り込むときは、断りが必要だ。それを無視して進めるレオンジェスに周りの令嬢たちは眉をひそめた。


「まぁ、そんなところから届くなんて怖いわね」


「えぇ、本当に。懇意にしている店以外で買ってはいけないと、口を酸っぱくして言われていますわ」


「わたくしの家も、よ。普通は届かないわよね」


 同じ侯爵家なら強気にも出られるが、公爵家の令嬢相手に強くは出られない。一応、貴族の家格は理解しているようだった。


「身元が不確かなところで買われたのかしら?」


「あら、それしか考えられないわね」


「いくら公爵家であっても我が家を侮辱することは許さない」


 レオンジェスは、公爵令嬢を睨むが何処吹く風とかわされる。あまり強く出ると、ハンフリーの側近であるレオンジェスの家と反王妃派二大巨頭の公爵家と争うことになる。


「あら、でしたらタルメニ家は身元不確かなところで買ってるのかしら?」


「そうなりますわね」


「まぁ、侯爵家ともあろう家がそんな店で買っているなんて」


 資産家のタルメニ家が懇意にしているなら問題があるとは思えない。


「アルダルナ侯爵令息は、懇意にしているお店はございませんの?」


「あるが、そこの支払いはタルメニ家がすることになっている」


「親戚でもないのに支払ってもらっているのね」


「婚約をしていたんだから問題ないだろう」


 ファーカー公爵令嬢は笑いを堪えて肩を震わせる。レオンジェスも婚約について過去形で話している。なのに、親戚のつもりなのに笑いが込み上げていた。


「婚約をしていた時なら通じたでしょうけど、今は解消しているのでしょ?」


「ええ、タルメニ家が金に物を言わせていたのでしょう? それで慰謝料を支払うことになったと聞きましたわ」


「良かったじゃありませんの? タルメニ家と縁が切れて」


「本当に。殿下には感謝しなければいけませんね」


 金に物を言わせていたタルメニ家との縁が切れたことで発生した請求書だと分かったが、支払えば折角の慰謝料が無くなってしまう。資産を崩すつもりの無いアルダルナ家は何とかしてタルメニ家に支払いを押し付けたい。だが、ハンフリーの手前、強く言う事ができない。


「それで、何のお話でしたかしら?」


「タルメニ家と縁が切れて良かったって話じゃなかったかしら?」


「そうでしたわね」


 これ以上は分が悪いと思ったのかレオンジェスは挨拶もなく、去ることを選んだ。最初から最後まで無礼だったレオンジェスのことを二人の公爵令嬢は許すつもりは無いようで、しっかりと家に報告していた。反王妃派の二人に喧嘩を売った王妃派という構図を作り上げた。

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