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水面下

 昼食を食べようとした王妃は機嫌が悪かった。愛するハンフリーの無能な婚約者を叱りつけたは良いが、苛々が収まっていない王妃は、好物でも食べて落ち着こうと考えていた。ところが、出てきたスープは王妃の嫌いなものだった。


「どうした? 王妃」


「・・・いえ、いただきますわ」


 スプーンを持ったが、食の進みは遅い。出されたオニオンスープは好きだが、パイ包みが苦手だった。蓋のようになったパイを崩してスープに浸して食べるのがマナーだが、柔らかくなったパイが苦手だった。


「もう下げてちょうだい」


「体調でも悪いのか?」


「大丈夫ですわ」


 サラダは蒸し野菜だったが、ほとんど素材の味で王妃は丸飲みするように食べた。それはメインとして出てきた肉と魚も同じだ。


「・・・陛下」


「どうした?」


「料理長が替わりましたの? いつもと違う気がしましたの」


「そうか? 私にはいつもと同じに感じたが」


 肉や魚が出るときは骨がきれいに取られていることが多い。マナー教育のときは、あえてつけたままにすることはあるが、普段の昼食では無い。食べづらさを感じながら王妃は食べ進めるが、途中で止めてしまう。


「デザートはまだかしら」


「本日は、お茶会がございますので、デザートは無しにと仰せでしたが、今からご用意しましょうか?」


「けっこうよ。部屋で休みます」


 王妃の頭の中からは、フローレンスを待たせていることが抜け落ちている。わざわざ指摘する侍女もいないため部屋でお茶を飲んで時間を潰す。


 嫁いできた頃は、公務をいくつか行なっていたが、体調不良を理由に欠席していたら何も任されなくなった。今では週に一回のお茶会の主催とハンフリーの生誕祭にしか顔を出していない。


「これは、王妃様。ご機嫌麗しゅう」


「バスコミダ公爵。まったく麗しく無いわ。ハンフリーの婚約者が無能なせいで頭を抱えているもの」


「ほう。王妃様を煩わせるとは不敬も良いところです」


「貴方のところの娘たちは優秀だと聞いていますよ。いっそのこと二人を婚約者にできたら、わたくしも心穏やかに居られるわ」


「勿体無いお言葉でございます。王妃様よりお褒めの言葉を賜ったことは、必ずや伝えさせていただく所存です」


 バスコミダ公爵は娘可愛さに、政敵であるガルダイア公爵のフローレンスを王妃に推薦した経緯を持つ。そして、令嬢たちは、帝国と共和国に嫁ぐことが決まっており、今は向こうで生活している。


 婚約の段階だから無理を通そうとすれば、できなくは無いが、流石に国際問題に発展する。それでなくともバスコミダ公爵の令嬢たちに婚約を破棄して国に戻るようにと、王妃は直接手紙を送っていた。それは、それぞれの国から王妃の母国に連絡が行き、王妃は兄に叱られている。


「国のために必要なのだから王命でも何でも使って、破棄すれば良いのです。それを陛下は国の威信に関わると言ってしてくださらない。お前もお前ですよ」


「と、仰いますと?」


「国のために呼び戻せば良いのです。わたくしが優秀だと気にかけているのに、陛下に許可を貰えないと言って。国の危機に動かずして何が貴族ですか」


 王妃の小言は場所を問わずに長い。バスコミダ公爵は王妃の支持者ではないが、無駄に敵対もしたくない。適当に賛同しながら王妃の気が晴れるまで待つ。


「王妃様、そろそろお茶会の準備をなさってはいかがでしょうか」


「もうそんな時間になるのですね」


「はい」


 侍女が穏やかに伝えると、王妃を自室に誘導する。姿が見えなくなってからバスコミダ公爵は、応接室に向かう。


 入り口を警護している騎士に中への取り次ぎを伝える。普通は許可など出ないが、バスコミダ公爵は応接室に入った。


「王妃に呼ばれたと聞いてな」


「本日は泊まることになりそうです」


「ガルダイア公爵から伝言だ。来月の王家のパーティーはエスコートできないとのことだ。王妃より仕事を言いつけられたそうだ」


「まぁ」


 ガルダイア家とバスコミダ家は、縁戚ではないが仲が悪い訳ではない。実際に、私とバスコミダ家の令嬢たちは、幼馴染みのような関係だ。政策の方針の違いで言い争いもあって、政敵とは言うものの派閥違いではない。


「あと、私ができることなら何でも言ってくれ。君には頭が上がらないからな」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、エスコートをお願いできませんか?」


「さすがに、それは無理だ」


「冗談ですわ。招待状を出していただきたいのです。わたくしの婚約者の愛人に」


「それくらいなら構わんよ。王家招待客一覧に紛れ込ませておこう」


 王家主催ともなると呼ばれるのは伯爵家より上位の家だ。そこを王家にとって何の益もない男爵家を呼ぶのだから、貴族たちはこぞって探りを入れる。学院では有名だが、知らない貴族もまだ多いから良い機会だ。


 簡単に引き受けてくれたが、実際は何人もの人間の目を誤魔化さなくてはいけない。確かにバスコミダ公爵ならできることではあるが、難しい。それを引き受けてくれたのだから私に対しての負い目が大きいらしい。


「ありがとうございます」


「私は、これで失礼する」


 三番目の息子は、来月の王家主催のパーティーで愛人をエスコートしたいようだ。だが、婚約者でも無い令嬢を王家主催でエスコートするのは、相手の令嬢に問題があると公言しているも同義だ。


「よろしいのですか?」


「構わないわ。これは王妃の言う婚約者の手を煩わせるなという教えに従っただけなのだから」


 私に問題があると噂になったところで、婚約破棄されることは無い。むしろ三番目の息子が王族らしくない行動をすればするほど、私の株が上がる。


「私は応接室から出ないからお茶会の様子を見てきてくれるかしら?」


「畏まりました」


 エマをお茶会に送り出した。王妃は、母国でお茶会をあまり開かなかったそうだ。第五王女だったということもあるが、年近い令嬢が少なかった。そのせいで、何を言っても受け入れられるという状況ができてしまった。本人の資質もあるが、環境も悪かった。


 エマが見たところによると、お母様は仕事が早かったようだ。そして疲れた王妃は、夕食と入浴を済ますとすぐに寝たそうだ。


「どうだった?」


「奥様の人脈は素晴らしいです」


 そう切り出したエマはお茶会の詳細を、そのときの会話と共に語った。


 王妃から招待を受けて断るのは難しい。断っても支障は無いが、面倒は極力避けたい。もっと面倒なのが王妃が派閥を理解していないことだ。


「皆さん、来てくれて嬉しいわ」


「お呼びとあらば参加しないわけには参りませんわ」


「えぇ、本当に」


 王妃に答えた二人の公爵夫人は、それぞれ別の派閥に与している。それでも笑顔で同意しているのは、お互いに王妃のお茶会が面倒だからだ。機嫌良く短時間で終わって欲しいというのが共通認識で、今は手を取り合っている。


「そのネックレス、素敵ですわね」


「ありがとう。わたくしも気に入っているのよ」


「どこの領地で採れる石でしたかしら? 不勉強で申し訳ないわ」


 参加者は公爵、侯爵の夫人たちで、石を見ただけで何処で産出されるものか分かっている。普通は、派閥の関連の家のものを身に付けるのだが、王妃は気に入っているという理由で、参加者の誰とも関係の無い家のものを選んだ。


「キムファ侯爵からの献上なのだけど、今日は参加してないのね。してたら説明してもらおうと思ったのだけど、また今度ね」


「そうですわね」


「宝飾品の選び方が秀逸ですわ」


「ありがとう」


 言葉は誉めているが、そこに込められた意味は嫌味だ。それに気付かずに王妃は嬉しそうに笑う。誰も面と向かって非難したりしない。万が一にでも王妃が嫁いで来たときの二の舞になっては困るからだ。


「そうそう、入学式では大層なお役目を果たされたとか」


「えぇ、聞きましたわ。例年に無いお言葉を述べられたと」


「素晴らしいですわね」


「えぇ、ありがとう」


 例年に無い文言ではあったが、王妃は定型文であったことを知らされている。心の中では思うことがあっても笑顔でお礼を言わなくてはいけない。母国では王女という立場柄、本音を隠さなくても許された。十五年経っても未だに慣れない。


「何でも、お一人で成し遂げられたとか」


「素晴らしいですわね」


「そこが悩みなのよ。ハンフリーは自分で、できてしまうでしょ? そこを陰日向に助けるのが婚約者の役目なのに・・・今日も叱責したところなの」


 王妃としては、今日招いた夫人たちの娘を新しい婚約者に据えたいと考えていた。だが、全員がすでに婚約していて無理を通すのが難しい。


「まぁ、叱責を?」


「ガルダイア嬢は幼い頃から王城に通っていらしたでしょ?」


「そんなガルダイア嬢で叱責をされるのなら、わたくしの娘では半日も持ちませんわ」


「わたくしのところも同じだわ」


「えぇ、腰を下ろしたまま維持するなんて」


「我が国とは違う教育を受けていらっしゃるのね」


「そのようなことができる方が陛下の伴侶であるのは誉れですわね」


 王妃は、お茶を飲もうとして手を止めた。叱責をしたと言っても内容までは誰にも言っていない。自分の立場を分からせるために無理難題を言いつけたことは、王妃も理解しているが、あまり厳しいと支持者たちからも良い顔をされない。


「ホホホ」


「ご謙遜なさらずに、おっしゃってくだされば宜しかったのに、と残念に思いますわ」


「早くに我が国とは違う教育を教えてくだされば、娘にも施しましたのに」


「今からでは、とてもとても、お眼鏡に適いませんわ」


 夫人たちは娘を王妃の息子に嫁がせるつもりは欠片も無い。紳士協定があるように夫人協定も存在する。王妃のお茶会では、娘を貶す発言を全員がするという決まりがあった。


「そんなことありませんわ。幼い頃から教育しても身に付かない者に比べれば、皆様の令嬢の方が優秀ですわ。どうかしら? 今からでも遅くありません」


「あら、そう言われると、その気になってしまいますわね」


「えぇ、出来の悪い娘でも誉められれば嬉しいものですわね」


 王妃としては誉めているのだが、上手くいかない。お茶菓子も少なくなり自然とお開きになった。また婚約者を変えることができず、王妃は苛立ちを抱えたまま自室に戻る。


「食べた気がしないわ。軽食を用意させてちょうだい」


「畏まりました」


 ハムとキュウリのサンドイッチが用意されたが、王妃はキュウリが苦手だ。誰にも言っていないから仕方ないのだが、王妃は我慢して食べる。


「それで、あの子は何をしているのかしら?」


「王妃様のお言いつけ通りにしております」


「そう。無能でも言いつけくらいは守れるのね」


 ソファに深く座った王妃は深く溜め息をついた。王妃は、側を離れた侍女に気づかなかった。


「・・・と、なりました」


「まぁそうなるわね」


「普段の王妃付きの侍女からもお話を聞くと、お嬢様との婚約破棄を望んでいるようです」


「解消ではなく、破棄?」


「はい。お嬢様有責の破棄を考えているようです。そうすれば、公爵家の財産を押さえられますし、ゆくゆくは公爵家を手に入れられます」


 三番目の息子の子の誰かに継がせれば、王太后になった後に豪遊できると考えていそうだ。今は、何をするにしても許可が必要だ。つまり、王妃にとって公爵家は小遣いという認識なのだろう。


「面白い話ね。公爵家を財布扱いとは」


「あの方に振り分けられた予算は少ないですからね」


 予算とて豪遊したり趣味のために使うものではない。公式のパーティーや社交界に使うものだ。私的に使うなら持参金から出さなくてはならないが、すでに使い切って久しいというのは、知られた事実だ。


「王家主催とお茶会だけなのだから少なくて当然よね」


「外交を含めて、全て妃殿下が担っていらっしゃることは考えていないようですね」


「話はこれくらいにして、休みましょう」


「はい、お嬢様」


 ドレスに皺ができるとかは考えないことにする。明日は昼頃に応接室に来るだろうから、それまでに誤魔化せば良い。


 ソファでは眠りが浅いが、本来なら立ったままだ。多少の疲労感は必要だ。


「おはようございます。ガルダイア嬢」


「おはよう」


「王妃様が確認に来られます」


「ありがとう」


 昨日、挨拶した体勢で王妃の到着を待つ。一晩、これで夜を明かしたと誤認させるために。普通は倒れる。だけど、そこには考えが至らないようだ。


「・・・まぁ、及第点ね。今後は考えて行動するように」


「畏まりました」


「下がっていいわ」


 まるで私に非があるように述べているが、親の庇護下にある令嬢が一晩拘束された事実は消せない。そして、一晩もあれば、伯爵家までの全家に事実を伝えるくらい簡単にやってのけるのが、母のマドリーナだ。その母を全面的に支持しているのが、陛下や王妃の親世代の方々だ。特に、ご夫人方の毛嫌いの仕方は末恐ろしいものがあった。


 馬車に乗って家に帰ると、楽しそうなお母様が出迎えた。


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい。フローレンス、今日は学院を休みなさい。その方が良いのですよ」


「分かりました」


「フフフ、楽しくなってきたわね。待ってなさい、女狐」


 お母様は昨日から今日にかけての王妃の所業を夫人の集いで話すのだろう。そこには王妃を嫌う年齢層の夫人たちが多い。王妃がお茶会に招かれないのも、そういった要因が関係している。


「エマ、お母様の言う通りにするわ」


「分かりました。お風呂になさいますか?」


「そうね。ゆっくり浸かって寝るわ」


 安心というのは大きい。寝て起きると昼をすっかり過ぎていた。

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