第7話◆狐神ナコの過去
狐娘は和也に対して「眷属になれ」と命令する。
和也はそんな狐娘の発言を鵜呑みにし、問いかける⋯⋯
狐神が俺に告げてきた言葉──それは眷属という聞きなれないものだ。
「眷属⋯⋯それって神の使いの事だよね?」
⋯⋯稲荷寿司を口にしただけで俺を神に使わせていいのだろうか?
気分屋な子供のようだが、悔しいけど何百年も生きている人生の大先輩さんなんだよな。
「⋯⋯なんともない、世迷言じゃ、気にせんでくれ」
少し言いすぎたか⋯⋯というような表情をしている所を見るに、流石に調子に乗ったというところだろうか。
テンションの余り、勢いで口を滑らせてしまったと言った感じか。
神にしてはこいつの力は大して強くはなさそうだが⋯⋯そんな模索を続けている俺を貫くように、狐娘は俺に突如として質問を投げかけてくる。
「して、人間よ。其方の名はなんという?」
気を取り直した狐神が俺の名を知ろうと、尻尾を揺らしながら声をかけてきた。
⋯⋯名前か、俺の名はお世辞にもかっこいいとは言えん。だがまぁ、別に名前ぐらいなら教えても問題は無いだろう。
俺は別にその質問に答えても問題はないと踏み、戸惑いもせずその場で自己紹介をすることにした。
「俺は高橋和也だ、訳あってこの家には俺以外は住んでいないんだ」
「かずや?実に変な名じゃのぅ⋯⋯まぁよい、妾はお主のことが気に入ったが故、奴隷ぐらいならつかわせてやってもよいぞ?」
嘲笑を浮かべ、飯を提供してあげた俺に対して、思いも寄らないまさかの態度を見せてきた。
狐娘はそんな俺に奴隷にならないかと勧誘をするが⋯⋯俺にとって奴隷と言うのは苦痛でしかない。
「やだよ、俺はただでさえ生活するのが苦しいんだ、お前のお遊びに付き合ってる暇は────」
丁重にお断りしようと言葉を口にしようとした瞬間──俺の頭の中でちょっとした考えが思い浮かぶ──
──コイツ、最初に『あちらの世界』と言っていたな。
もしかしたらこの世界にはないお宝のように価値が高いものもある可能性がある⋯⋯その上、異世界なんてものが本当にあれば世紀の大発見だ。
奴隷としてこいつの下で働くのは御免だが、こっちにも相応の得があるし⋯⋯少しだけ乗ってやるとするか。
「⋯⋯神様の元で働けるならそれはそれでかなり嬉しいのだが、奴隷は絶対にならんぞ。」
まぁ⋯⋯話に乗るとはいえ神様だろうがなんだろうが、人の元で働くにしても奴隷だけには絶対にやりたくない。
あんな人権を剥奪されたような立場に、死んでもなる気は無い──たとえこいつが本当の神だったとしても。
「自惚れるな人間!神の奴隷は立派なる名誉!招かれるだけでも光栄に思うのじゃなっ!」
狐神は人間の事をかなり見下している様子だ。
人間は奴隷でも名誉になると言っているが⋯⋯こいつの世界ではそれほどに人間は貧弱で下等な生き物なのか?
────まぁ、たとえこいつの世界で人間がどれだけ低い生き物だろうと、俺は絶対に奴隷にはならん。
俺の意志は固い⋯⋯絶対に考えは変わらないと言わんばかりの強面で狐神に対して物を言う。
「お前が神様だろうがなんだろうがな、お前の言いなりになる気は無いぞ。そもそもお前が神様ってことを認めているわけじゃいしな。」
思わず、思ったことをストレートにぶつけてしまった──部屋での様子を見るにメンタルはかなり弱い方なのかもしれない
少しだけ気をつけておこう。
「むぅ⋯⋯お主が妾を神だと信用せぬのならば仕方ないのぅ。そうじゃな⋯⋯事情とやらでも説明してやるかの」
「おっ、待ってました」
狐神は椅子から降りて俺の視界に入るようテーブルの隣に立ち、続けるように己の自己紹介を始めた。
そして自分の名、自分の過去──そしてあまりにも信じられない話が彼女の口から出始める──
「⋯⋯妾はさきも言うた通り狐の神じゃ。名は『ナコ』と言う。お主の住む世界と色々な種達が住まう世界のふたつがあるのじゃが、妾はこの世界ではない方に住んでおる。」
────やはり見立てた通りだ、にわかには信じられないが異世界が実在していようとは⋯⋯。
「そこでは妾はとある集落を加護していてのぅ、とある日⋯⋯そこに人々を拐かそうとする物が現れておった。」
「なんとか妾は集落を守りながら人々を救い出せた───じゃが奴等も愚かではなかったようでの、その時の妾と互角の相手もおったわけじゃ。」
『その時の妾』ということは、昔は今と違って力も強かったりしたのか?
⋯⋯もしそうだとしたら恐ろしい存在になりうるが。
まぁ憶測にしか過ぎないから深く考えるのはよそう。
「そこで妾は人々を逃がすために時間を稼ぐことに専念していた故、人々は逃がすことに成功したのじゃが⋯⋯」
彼女の発言と性格にはちょっとした矛盾が生じている。
彼女は別世界とは言えど、人間を下に見ている⋯⋯それにもかかわらず、彼女はその者から人間を死守している。
⋯⋯人間を見下すわりには人々を守ったりと中々に神らしい事をしているな。
「そやつと術を交えている時が長すぎたのか、妾とした事が妖力を使い果たしてしもうたようでな」
話の内容から推測するに、つまりは妖力を使い果たした姿が今のこいつとなるんだな。
妖力を失う前のナコか、どんな姿でどんな妖術を使うのか、好奇心でちょっとだけ見てみたい気持ちもある。
「そこで妾は命を断たれそうになるのじゃが⋯⋯彼奴は何を思ったのか妾を殺しはせず、お主のその御札と同じものに封じ込めおった」
────惨い話だ。
村を襲われた挙句に封印か⋯⋯それをやったのが人間かどうかはわからないが、あまりにも理不尽な話しすぎて胸糞が悪い。
その話に痺れを切らしかけている俺は、堪えながらも黙々と彼女の話を聞き続ける。
「して、長い年月をかけて妾は封じられている間も妖力の回復に専念しておった──本来、妾を封じることができるのは、妾の世界の勇者程度の魔力を持つ者だけ⋯⋯」
────勇者という単語⋯⋯異世界はファンタジーみたいな所か。
一体どんな世界なのか気になってしまうが、今は心の隅に留めておこう。
「それからかなり長い年月をかけて妖力を溜め込んでおった。500年の年月を経て妖力が溜まった時⋯⋯妾は人間に封印を解かせようと企んでおっての。」
「術をかける相手によって妖力を消費する量が異なっておる、若ければ若いほど楽で妖力の消費量も少ないのじゃよ。」
つまりは俺は運悪くコイツの餌食になってしまったというわけか。
不幸中の幸い、コイツは力の大半を失っているみたいだ。
ほんの1歩でも事態が変わっていたとすれば、俺は命を落としていた⋯⋯考えたくもない。
「そこで妾は丁度いいお主に術をかけた、お主は疑問に思っていたであろう?何を隠そうあれは妾の術なのじゃ!」
──長らく話を聞いていたけど、やはりあれは術にかかっていたのか。
⋯⋯おかしいと思ったんだよ、あの時の俺は自分でも思うほど明らかに不自然だった。
荒れた神社の御札を戸惑わず剥がすなんて、逆に何かにかかっていない方がおかしいレベルだぞ。
流石にあの思考は正常じゃないと言わざるを得ない、彼女による裏工作があり、俺は少しだけ焦ってしまう。
「くふふっ、何を戸惑っておる?話はまだ終わっておらぬぞ?」
俺を嘲笑ってくるナコという狐神、やはりイタズラ好きなのは予想的中と言ったところで、人をからかうのもお手の物のようだ。
「まぁ、その⋯⋯なんた。お前が最初に言った『人間にしては良い思考』という発言についても聞かせてくれよ?」
⋯⋯部屋で出会った時に言われた発言に関して少し触れてみよう。
遠回しにその話題について話すように促すのだが、ナコはそれを気にせず話を続け始めた。
「どこまで話したんじゃったか⋯⋯おお、そうじゃそうじゃ。」
「妾はお主に憑く⋯⋯そんな術をかけたのじゃ。憑くと言うても亡霊のように宿主に影響を与えるというのとはまた別での。あの時はお主を殺しても妾が困るだけじゃ。」
なるほどな、俺に封印を解かせ挙句の果てには殺そうとしていたというわけか。考えただけでも恐ろしいもんだな。
今こそ力を失って非力な子供同然だけど、妖力が回復してしまったら、俺はタダでは済まされないであろうな。
「そこで妾はお主の言動を見ておったのじゃが⋯⋯お主、中々に頭が切れるやつじゃのう⋯⋯妾の存在を認知できる奴が出てきた時は、ちと冷や汗をかいてしもうたわい」
存在を認知⋯⋯彼女が言うことからら神宮寺先生の事で間違いない、俺が出会った中で本物の霊感を持っていると感じるのは神宮寺先生のみ。
「外部からの接触ができなくなる術をかけておったが途中で切れてしもうてな、危うく祓われる所じゃったよ」
⋯⋯お祓いというもの。信じてはいなかったが、ナコの反応から見るに効果はあるようだ。
「あそこで妾は妖力を使い果たしてしもうてな、一事はどうなることかと思ったわい。」
なるほど、だからあの時に炎の威力が低かったのか、こいつが少しでも抜けていなかったら俺はもう⋯⋯。
⋯⋯
何はともあれ、にわかには信じ難い話だ。
だがこいつの見た目と言い⋯⋯話し方と言い嘘では無さそうだ。
そろそろ俺もこいつの⋯⋯神の存在を認めるべきなのかもしれない。
「1人で長々とすまんのぅ、どうじゃ?妾の話を聞いた感想を述べてみてはくれぬか?」
ナコは俺に上目を使い、俺に話しかけてくるがそれに対し、俺は目を逸らし、胸糞悪い話についての感想を答える。
「お前の話した内容は、こちらの世界ではほとんどがおとぎ話の中の内容だ。⋯⋯だけどお前の話を聞く限りでは嘘をついているようにも見えない。」
「俺はお前のことを信じるよ、もし辛い事があったならもっと話せ、聞いてやるぞ」
俺はナコの話を聞いていて、かなり同情してしまう所もいくつかあり、良心の呵責が痛んだせいで、深い話も聞こうとしてしまう。
────最初の金儲けの企みなど忘れるほどに。
「お主、人が変わったかのようじゃが⋯⋯一体どうしたのじゃ?」
ナコはそんな俺を見て、ふと疑問に思ったらしい。
先程まであのようなことを言っていた俺とは別人に見えるからだろうか、まぁ無理もない。
「お前の話に少し情が湧いただけだ、気にしないでくれ」。
俺はらしくも無く少し恥じらいながらも、思ったことを包み隠さずナコに告げると、彼女は笑みを浮かべてご機嫌になってくれた。
「そうかそうか!それは嬉しいのぅ、ところでお主よ。このイナリズシというものはもう無いのかの?」
⋯⋯どうやら話しているうちに、彼女は稲荷寿司を1パック分をペロリと平らげてしまったようだ。
底知れない食欲に俺は呆れながらも、無邪気で愛おしい彼女のために稲荷寿司の残りを持ってくることにした。
「そんなに食べてまだ食べるのか?まぁいい、待ってろ、もうひとつあったはずだ。」
俺は笑った後に椅子から立ち再び台所へと足を動かす。
────そこでナコは俺に要求する。
「水も欲しいのじゃ!とびきり美味なものを頼むぞぅ!」
水ねぇ⋯⋯まぁあんな塩っぱい物をずっと食べ続けてたらそれは喉も乾くだろうな。
「へいへい、少し待ってくれ。」
やがて台所に到着した俺は彼女の要求通り、俺は水をコップに入れて冷蔵庫に入っていた稲荷寿司を手に取った。
「────待たせたな、もうひとつあったがそれで最後だ、味わって食ってくれよ」
⋯⋯そこまで上手く食われたら、ちょっとだけおれも食欲をそそられちまう⋯⋯。
俺は少し物欲しそうな目で稲荷寿司を見るが、ナコはそのような様子に気づくことなく稲荷寿司にがっついていた。
「おぉ!これじゃこれじゃ!実に美味じゃのう!」
しっかし美味しそうに食べるな〜、なんか妹ができたみたいだ。
身長的にはまだ小学生⋯⋯だもんな、傍から見たら俺はロリコンでしかない。
「むっ、どうしたのじゃ?妾の顔をジロジロと見ておるが⋯⋯」
そんな考え事をして、無意識にナコのことを凝視してしまい、ナコはその視線に逸早く気づき俺に問いを投げかけてくる──
「いや⋯⋯なんだか、かわいい妹ができたみたいだなぁと思っただけだ。」
思ったことをストレートに発言してしまう、我ながら恥ずかしいことを言ってしまい⋯⋯不本意にもナコを困らせてしまった。
────頬を赤らめながら、和也から視線を逸らし顔を隠すナコ。
「何赤くなってんだ?お前」
なぜ赤くなるかは分からない俺の一方で、ナコは大声を出し、声を荒らげながら恥ずかしそうに怒りを露わにしていた。
「か、かわいいとはなんじゃ!妾はお主に可愛がられるほど童ではないっ!」
赤らめて焦っているようだけど⋯⋯心の底から怒っている様子はない。
何故かは分からないが、そこはかとなく杏華みたいなやつだな。
「⋯⋯?、よくわからないが気に触ったのならすまなかったな。」
恥をかかせてしまったナコに俺は心からの謝罪をするが──それを見たナコは調子に乗り、やはり俺を見下してくる。
「よ、よく謝りおったな!見直したぞお主!イナリズシとやらを贈ってやろう!」
⋯⋯歓喜と焦りでナコは混乱するが、その中でも俺の前に稲荷寿司を渡してきてくれた。
「お、ありがとうな、ひとつ食べてみたかったんだよ。」
俺は貰い受けた稲荷寿司を口に入れ、ナコが感じた味を俺も同様に感じた。
⋯⋯結構うめぇな。
────俺はナコに感謝しながら食べ終えた稲荷寿司のパックを捨て、再びナコに話しかける。
「俺がお前の復活に役立てたならよかった。まぁゆっくりしていって構わない、俺はさっきの部屋にいるからな、なんかあったら呼んでくれ」
俺はどっさりと出ている課題を終わらせるため、ナコにそう告げた後、椅子から立ち上がり、部屋に向かい始めた。
「待つのじゃ⋯⋯もう少しだけ、つまらぬ妾の話を聞いてはくれぬか?」
しかし、俺の後ろからはナコは威張り散らかした態度から一変し、予想も付かない潤んだ瞳で俺を呼び止めてきた──
第7話、読んでいただき誠にありがとうございます!
今回の回はナコの過去の物語が中心となっています。
ですがこれはあくまで断片的なものに過ぎません。
次回はナコと和也の冒険のきっかけが明らかになります。